感想、ここすきなど皆さんありがとうございます。頑張ります。
「このサンライトウォーク便利だね。空調完備で動く歩道もあるなんて」
「ああ、駅から地下道歩いて競馬場まで五分だからな。雨に濡れることも無いし言うことないよ」
「中央競馬場はアクセスと設備がほんとしっかりしてるよな。駅から30分も歩くほど遠くてバスも数本で便所も汚い中央競馬場なんて、無いのが凄いよ」
「流石は親方日の丸をバックにしてるだけある。キッチリ箱物用意しているよな……それでも客が入り切らず規制するようになっちゃたけど」
「入場規制7万人の枠に入れてよかったわね」
「ああ、ちょっと小さすぎるだろ阪神」
「いや、これでも日本で四番目に大きいから」
「でもさあ。G1をやる競馬場としては問題あるだろ。札幌記念をG1にするために拡張している札幌競馬場とか中京競馬場みたいに拡張工事すればいいのに」
「工事終わった中山競馬場は広くて綺麗になったよなあ」
「ここは無理だよ。周りが住宅地で全部埋まってる。広げようにも広げられないんだ」
「ブームの稼ぎであちこち工事しているけど土地が無ければどうしようもないな」
「だから、地下を広げるとか計画されてるらしい。大スクリーンと馬券売り場と売店。場外馬券売場みたいな施設を地下に作るつもりなんだってさ。そこの看板に書いてる」
「…………何か急ごしらえで作ってない? 看板」
「だな。かなり荒い。急な会議で決まった案件を急いで形だけ整えているっぽい」
「ブームの稼ぎで施設整えるのは良いけど性急すぎない? 美浦トレーニングセンターの浄水場とか坂路とか両方のトレセンに作られたウォーキングマシーンとかは良いけど、他はねえ」
「関東の馬が工事終わった水飲んで目を輝かせてたからな。西高東低とか言われていたけどこれからは違うぞ」
「はいはい関東の人は、これだから」
「そういや、お前今回はどう賭けんの? また投資か?」
「いや、今回は無理だ。投資にならない。千円で済ますよ──前回、税金ガッツリ取られたしな……税務署は何処で見てるんだろうな」
「はは、そうか。俺と同じ応援兼入場料だな。しかし、出走馬10頭だけとはな。宝塚記念が」
「ファン投票の意味あるのかコレ。10頭のうち条件馬4頭とか、本当に宝塚かよ」
「金杯取ったメジロブライトがいればなぁ」
「仕方ないだろメジロブライトは。あいつは、グッドウッドカップ、ドンカスターカップも走って長距離三冠目指す。そんなメジロの夢とロマン路線走るんだからさ」
「9月のドンカスターの後は、フランスでカドラン賞とロワイヤルオーク賞か。メジロはやるなあ」
「頑張って欲しいよ。違う国で走る時は一時帰国ルールをJRAもあっさりと無くしたことだし」
「流石だよなJRA。ま、宝塚も面子は揃ったよ。本当に揃った」
「そうね。誰が勝つのか楽しみね。右も左もサンデーサンデーで、有馬のオグリコールが競馬のクライマックスでエンディングだったって競馬辞めようとしてたけど続けてよかった」
「だな。ホワイトグリントが出てくれたお陰だよ」
人々は熱気をもって阪神競馬場を訪れた。
『宝塚記念でも行われたTV中継での抽選会!
この枠がこの馬にどう影響するのか! 漆黒の馬体が光り輝きます!
3枠3番! 昨年のダービー馬スペシャルウィーク! 竹優!』
(どいつもこいつも逃げやがって)
スペシャルウィーク鞍上で竹優は嘆いていた。
全部で10頭、そのうち4頭が条件馬な宝塚記念に嘆いていた。
多くても少なくてもスペシャルウィークの操縦性ならば関係ないが、それはそれとしてグランプリのG1が10頭とかお客さん怒らないかと不安になってしまう。
オグリブームの熱狂をデビュー直ぐに浴びて騎手生活を始めた竹優だからこそ、客が冷めてしまうかもしれないのは怖い。
競馬の主役は騎手ではない馬だ。
ブームの熱の頃には「そんなことない。俺の腕で幾らでも客を呼べる」そんな風に身近な人に話せたが、今の竹優には考えることさえできない。
忘れもしない。トウカイテイオーがターフを去り、阪神大賞典を圧勝したナリタブライアンが、故障したためにそのピークを終え海外挑戦の道が閉ざされた日。
あの日、オグリの余熱が消えて競馬場の空気が冷めたのを昨日のことのように思い出せる。
それからホワイトグリントがデビューするまで、どれだけ自分がサンデーサイレンス産駒に乗って良い騎乗をしようが熱は帰ってこなかった日々。
「だって、オグリキャップの子が、知っている馬の子が重賞にいないじゃないか。サンデーサイレンスって何だよ。そんな馬知らないよ。私たちはあのコールの続きが見たいのに」そんな声と共に客の目が冷めていき──そして去って行った。
友人の野球選手に話すと「野球も同じだよ。日本でやるのだから、日本人選手をみんな応援するんだ。海外選手が居るのは良いけど、日本人選手が活躍するからこそ。それが大前提なんだ。海外選手だけがヒーローになった試合は、冷めきったものだよ。君の話を聞く限り、馬は、日本生まれの馬の子でないと日本の馬とお客さんに認められないんだね」
そうだ。その通りだ。今なら分かる。つい先月の安田記念の顛末を経た今なら分かる。
オグリキャップたちに惹かれた何百万人ものお客さんは、オグリキャップたちの子の活躍を見に来ていたのだ。知らない馬の子では無いのだ。
知らない馬の子に乗ってどれ程良い騎乗を見せても熱を持てるはずがない。逆に白けて去ってしまうのだ。
そんな日々が何年も続いた。
「オグリキャップという魔法使いが、日本競馬っていうシンデレラにかけてくれた魔法が解けたんだよ。これから酷くなるぞ」三年前馘首された番記者の人が遺した言葉通りの日々だった。
自分の無力を痛感した悪夢のような日々だった。
オグリ! オグリ!
竹優は知っているあの日を。
オグリ! オグリ!
竹優は浴びたあのコールを。
オグリ! オグリ!
共に戦った愛馬と共に日本一の熱を浴びたあの日を、一度、もう、決して帰ってこないと諦めたあのコールを浴びた日を。決して忘れられない魔法のような日を。誰もがその続きを望んだ日を。
あの日が、あの日こそが、一番競馬が熱い日だった。あの日には想像できなかったことが一昨年までの竹優にとっての現実だった。
あの日が、あのコールが、競馬が一番熱かった瞬間だったのだ。夢のような時だったのだ。過ぎ去った時なのだ。と痛感し続ける。
そんな日々を、悪夢のような日々を、ずっと過ごして、これからも過ごすのだと、一昨年まで諦めていた。
しかし──
(お客さんどうやろ)
不安に顔を上げて観客席を見ると
わあああああ!?
顔を上げて自分たちを見た竹優に対して大歓声と拍手が沸き起こる
(ああ──)
あの日と同じだ。あの中山と同じだ。最後のレースに向かうオグリキャップに跨った時にみんなそうしてくれたのだ。「しっかりせいや。おまえはオグリキャップやぞ」とつい言ってしまうほどの熱量をくれたのだ。
(帰ってきてくれたんやなあの熱が、オグリキャップの子が、ホワイトグリントが帰してくれたんや。魔法をもう一度かけてくれたんや)
オグリキャップの時と同じ熱が、欲してやまなかった熱が帰ってきてくれた。
「オグリコールの続きを見たい」客も自分たちも求めていた物語が、続きであり全く新しい物語であるホワイトグリントの物語が競馬場にあるから。
新馬戦で10万人がグリントコールした願いの物語があるから。
竹優は泣きたくなった。
(やったなスペシャルウィーク)
そして安堵した。歓声の中には愛馬を応援する声が幾つもある。
(サンデーサイレンスの息子じゃない。余所者の息子じゃなくて、あいつの、ホワイトグリントのライバルとしてお前は認められている)
安田記念の実況のやらかしが、罰せられないどころか賞賛されたほど嫌われている馬の息子ではない。黄金世代の一頭として、ヒーローとして、客はスペシャルウィークを受け入れてくれている。
これなら、勝っても「また、サンデーサイレンス産駒かよ」と罵られない。
(TVやラジオでサンデーの息子と一言も言わずに、ホワイトグリントへの再戦と逆襲とホワイトグリントの飼い葉桶に頭突っ込んだみたいな可愛いエピソードだけを吹き続けて良かったわぁ──勝ってやる。今のスペシャルウィークが去年と同じと思うなよ)
竹優は一瞬凶悪に笑った。
(それはそれとして、欧州遠征ぐらい乗せてくれないかなホワイトグリントに。俺は欧州G1制覇経験あるし、もっとアピールしよ)
そして、まだあきらめてなかった
『は──』
オワアッあぁぁあ!!??
『大歓声! 一際強い大歓声! 主役がやって来たと大歓声! ファン投票でも一位でした!
先月に偉大な記録を更新した白馬が! 阪神競馬場に! 銅像を作られた阪神競馬場に帰ってきました!
白い馬体が陽の光を浴びて美しく輝きます! 果たしてどのように駆けるのか!
4枠5番! 八冠馬ホワイトグリント! 沙藤徹三!』
どうどう。と沙藤は愛馬を抑えていた。
二週間前にハードトレーニングを竹優に止められた愛馬を抑えていた。
二週間前にハードトレーニング後の大好きな笹針を竹優によりマッサージに変えられた愛馬を抑えていた。
二週間前から竹優への好感度を『悪い奴、大嫌い』から『悪の権化、絶対に赦せない怨敵』へと跳ね上げた愛馬を抑えていた。
マゾヒスティック満喫を邪魔されたあの日から二週間、竹優への殺意を溜めに溜めていた愛馬。パドックで竹優の姿を見た途端に殺意を爆発させ竹優の腹を顔で突こうとした、殺意を持っても怪我をさせることさえ出来ない優しすぎる愛馬を抑えていた。
(やっぱり俺のグリントは最高やな)
昨年乗せた竹優を振り落として顔で突いてから自分の所に駆けてくれた時以来の、「トップジョッキーより、俺が良いんだ!」感動と喜悦を噛み締めながら抑えていた。
ぶひっ
ああ、鼻息一つで竹優への殺意を抑え込んで、気持ちいいレースに意識を向けてくれた愛馬の頼もしさよ、
(最高だ)
さあ、勝ちにいこう。お客さんの大歓声にこたえるためにも。
前の競馬ブームを良く知らない沙藤は、純粋に歓声を喜んでいた。
♪♪♪♪♪
『イントロが鳴り響いても無視しています。温泉に入った途端に歌い出して私たちを慌てさせながらも、締めまでキッチリ合唱してくれた姿は何処に。
馬と気持ちが通いあったやったぜ! と私たちドリフター○全員に全く新たな感動を与えてくれた相方は、きっと、間違いなく、おそらくは、ええ、本業に熱中しているのでしょう。
そう、私たちとのコントは本業ではなかったのです。棄てられました。私たちとは遊びだったのです。
馬に棄てられたぁ! と私たちに全く新たな切なさと哀しみを味合わさせ涙させてくれているのは
グラスワンダー。
5枠7番グラスワンダー号であります。皆さま応援をどうか、どうか、よろしくお願いいたします。
『『『夏も一緒に歌ってみんなを笑わせようなぁー』』』
『ドリフター○の皆さんありがとうございます!!!』
(やっぱりブームは良いなあ)
阪神競馬場が爆発したような大歓声を上げて拍手する観客に手を振りながら、的羽は思わずニコニコしてしまった。
ハイセイコーブームの余熱が漂う1975年にデビューした的羽は、競馬界を馬に乗りながら見てきた。
ハイセイコー時代に1400万人を超えた観客が、レジャーの多様化、テレビなどメディアの発達、ギャンブルや若者の嗜好の変化、馬券購入方法の進化などが複合的に作用したため、競馬場に足を運ぶ人が減るが馬券売上は上がるのを馬に乗りながら見てきた。
それから、800万人に減ってからの「安馬葦毛の地方馬、それも南関東ではない笠松出身という本当の意味での地方馬による下剋上」というオグリキャップによる代え難い物語が始まってのオグリブーム。そのお蔭で1400万人まで観客が回復しつつ馬券売上も上がるというジェットコースターを馬に乗りながら見てきた。
そして、「またサンデーたち高額輸入種牡馬産駒が重賞馬かよ。生まれから違うエリートばかりかよ。バブル崩壊で、減俸もされず俺らをクビにしたり新入社員として入れなかった連中のような馬ばかりじゃねーか…………つまらねぇ。競馬辞めよう」とオグリブームの熱が冷め客が離れ始めて怯えた。
今回は、「競馬場に行かなくとも、テレビを見れば競馬が見れる。馬券は場外馬券場などで買えばいい」と客が割り切ったハイセイコー後の客の減少とは違う。あの時は怖くなかった。
今回は怖かった。
「観たい馬の子が居ない。馬に共感出来ない」という競馬そのものに飽きに繋がる気配がしていた。客離れは売上も減る気配が濃厚だった。この流れは怖い、と思っていた時にホワイトグリントブーム。
オグリキャップの娘による活躍が間に合ってくれた。
(──そうだ。間に合ってくれたんだ)
それらを馬に乗りながら見てきた的羽は、今、心の底から安堵して笑顔だった。
(いや、本当に良かった。馬主が減るし、預託依頼も減るだろうものなあ。みんなが競馬に冷めてしまうのだから……下手しなくとも日本競馬自体が下り坂になっただろうな。よかったよ。今回、ホワイトグリントが出てきてくれて、下り坂になりかけてた。日本競馬今まで下り坂になったことないから、パニックになったり些細な事が大事になるほど空気悪くなっただろうしな。なにより、下り坂の時は新人調教師が開業するの一番キツイだろ)
グラスワンダーが引退すると同時に引退して調教師になる──この世界線では田柳調教師がやらかしてないので、中央競馬の騎手として1000勝以上の勝利を挙げると調教師試験の一次試験が免除されるシステムが生きている──予定の的羽としては馬主が居なくなり預託が減るのは死活問題だ。
(知り合いの馬主さんも預けてくれると明言してくれたし、厩務員やってくれる人も目途がついたし、騎手続けて欲しいって頼む馬主や先生には同じ関東の大里紹介して納得して貰えたし、ブーム様様だな)
史実だと、知り合いの馬主が去ったり、田柳調教師のやらかしにより「騎手上がりの調教師はちょっと」と言わたり、下がり続ける給料に厩務員が辞めたり、騎手もっと続けて、と顧客とスタッフを集めるという重要かつ切実であり大事な厩舎立上に失敗した的羽騎手。
この世界線では、厩舎立上の明るい目途とブームの熱にニコニコしていた。
(さて、勝つか。第二の人生の元手を増やしたいしグラスの子も預かりたいしな)
宝塚記念1着だと、騎手には660万円が入る。さらに「主戦だったでしょう。産駒預けますよ」と言ってくれる馬主も今以上に増える。
的羽騎手はやる気満々だった。
『外枠と言いたいが! 少数のレースゆえに真ん中だ!
この枠でも関係ない! 間違いなく逃げる! 葦毛の馬体が躍動します!
7枠9番! 葦毛の逃亡者セイウンスカイ! 横田典洋!』
(さて、どう乗るか)
一瞬だけ、(セイウンスカイは十分末脚あるから差しで行かないか、あの末脚お化けたちと単独で逃げるのはキツイって)という考えが浮かんだがすぐに捨てた。
(そんな、生兵法が通じるレベルじゃないんだよ。アイツラ)
逃げるしかない。馬と鞍上、両方の心身がキツクても逃げるしかない。セイウンスカイの一番強い競馬をするしかない。
(それはそうと、今度こそ勝たないとなあ──同着は嫌だ)
外から見て一致団結しているセイウンスカイ陣営だが、ちょっとばかりオーナー親子で意見の食い違いが出てしまった。
「海外! 西森牧場の最強馬で海外に挑む! そしてセイウンスカイを真のG1馬に!」と夢を追う初代オーナーと、「いや、此処まで強い馬生産できるなんてそうそう無い。日本に居て秋天走ろう。他の黄金世代が海外行っているうちに単独で秋天の盾獲ろう。天皇賞春の盾は嬉しいし牧場に飾ったけど、同着というのが癪だ。で、ジャパンカップと有馬走ろう。そして、帰ってくる他の黄金世代に勝とう。西森牧場の名を刻み込もう。海外は来年」とロマンに焼けた二代目というか実質的なオーナー。
既に向こうの牧場に話を付け凱旋門賞などにも登録したのだが、あまりにも強い生産馬に脳が焼き尽くされたオーナーブリーダー達は贅沢すぎる悩みをもってしまっていた。
「日本一になろう海外は来年」「今年海外に挑む真のG1馬になる」
という、今現在の黄金世代以外の古馬陣営が聞いたら嫉妬で狂いそうな贅沢な二択を。
とてもとても悩みながら。
(まあ、勝てばいいんだグランプリに。勝てば──アイツラと戦って)
三十年以上競馬界に居たオーナー達だ。セイウンスカイの強さが、間違いなく今まで所有した馬の中で最強だと確信している。
それと同時に、黄金世代の強さのおかしさに戦慄している。
セイウンスカイで絶対に勝てると確信できないこの世代のおかしさに戦慄している。
海外G1を、パート1国G1を制覇したホワイトグリントの強さに血が湧きたち、有馬で同着だったセイウンスカイを誇っている。
だから、決めた。
宝塚の結果で、と決めた。
(黄金世代の連中相手に三着以内なら海外で、四着なら国内って──西森オーナー達にそう決めさせるってどうなってんだよ)
自分の知っているオーナーの中でも、騎手を信用して馬を預けてくれる良いオーナーである西森オーナーにそこまで悩ませたのが申し訳ない。
勝とう。勝って、全ての憂いなく海外へ行こう。
この大歓声に応えて見せる。
ボクの馬が一番強いと示すのだ。
『ついに! ついに! 黄金世代が四頭揃いました! 海外へ行っているエルコンドルパサーを除いた黄金世代が! ここ阪神競馬場でぶつかります!』
3着に大差つけての春天レコード同着、府中の直線3ハロンを他馬より4秒以上速く駆けての決着により、黄金世代以外の重賞馬が全頭逃げた決戦が始まろうとしていた。
同時刻
「ファン投票五位だったのに宝塚走らなかったのは不味かったかなあ。未だに抗議の電話が鳴りやまん」
「仕方ないわ。黄金世代と戦ったら、「こんな速い奴らが居るなんて、オレひょっとして一番速くないのか? ……いや、オレ、今は本気で走ってないから。だから一着じゃないだけだから。負けてないから」とか何とか理由つけて、ステイの奴、途中から本気で走らなくなる」
「それですまんやろ「それはそれとして、本気で走らないの楽だな。よし、もう二度と本気で走るの辞めよう。五着以内に入れば一着より質素だけど美味しいもの食えるし人間嫌な顔しないし」と決意しかねん。……ステイゴールドやからな」
「ステイゴールドやからな。こちらに嬉しくないことばかり学習しやがる奴やもの」
「本気で走って大差つけられた去年の宝塚のトラウマから、相手を選びに選んだ裏街道を貫いて一年。熊の努力と何よりもショック状態やったのもあってアルゼンチン共和国杯勝利してからの今は。
豪勢な一着褒美と一着の愉悦とトラウマを忘れた相手が弱い今は。
手を抜かずに最後まで本気で走ってくれるわ。
けど、嫌な学習するか、トラウマ再発したら競走馬としての精神に致命傷になりうるわな。
……アカンな。黄金世代と走らせたら絶対にアカン……鳴尾記念勝ったから良いかぁ。クラブに還元は出来たし」
「せやで、親父。これでええんや」
「……いや、良くないわぁ。重賞三連勝やぞ。アイツの成績でこれ以上裏街道は許されん。社大さんは許してくれても、ファンと、誰よりも今も抗議の電話しとるような一口馬主の皆さんが許さん。なのに
──あああぁ、あの自分より速いとみなした馬がいたら途中から本気で走らなくなる気性と、瞬時に自分より速い馬と見切れてレースで五着以内に入れば良いと見抜ける頭の良ささえ何とか出来ればなあ」
「加えて、全力で走ってなかったから、とか何とか理由付けて自分よりも速い馬が居ると認めない。そんな、めんどくさいプライドもしとるからな」
「死力尽くせば黄金世代相手でも見せ場作れる地力はあるんやがなぁ。負けるのに死力を尽くすなんてステイやないし……当分は自分が一番速いと確信出来る連中相手の裏街道しかないな。晩成やから、まだ成長できるし」
「せやな。今は、弱いもの苛めして豪勢な一着褒美の味を心身に沁み込まさんとどうしようもないわ……心に傷を負った頭の良い癖馬って奴は本当に」
「ああ、厄介だ」
ぶひんっ(チビが、でかい顔しやがって)
ぶひんっ(あ、見てわかんねぇのか。この待遇。オレがココのテッペンなんだよ)
ぶひんっ(はっ、人間に取り入るのが巧いだけじゃねーか)
ぶひんっ(──上等だ。コイよ。馬房から出てかかってこいよ)
重賞四勝馬なのに
※作者注
的羽騎手と違って、竹騎手に経営の視点が一切ないのは仕様です。
「生涯で一度も勝ったことがない馬が、GIレースを勝った馬達よりも注目を集める対象になるというのはどうにも理解し難いものがある。ハルウララが名馬とは到底思えない」ハルウララに乗って観客の歓声浴びるまで、そう確信していたほどの根っからの騎手なんです。竹騎手。
競馬は興行であり、客を呼び込んで銭を落としてくれる馬こそが偉大な名馬。という視点が一切ありません。だからこそ偉大な騎手なのです。
そんな騎手だから、ディープインパクトとホワイトスノーで牡牝三冠・メジロガルダンで春秋天皇賞制覇して周りの騎手から孤立しても一切気にせず(マイルカップと阪神3歳はディープとガルダン優先したいから他の人に乗って欲しいなぁ。でも、依頼貰ってる馬良い馬だから他に渡したくないな──よし)「大里せんぱぁい、この一戦だけお願いしまーす」というド畜生な事が出来るのです。
騎手会長になるまでは、完全無欠な騎手星人とも言えます。
そして、史実の的羽騎手……田柳せんせぇ、あんたさぁ。それ以上に時代が悪すぎた。としか言えません。
この世界線では大丈夫です。
尤も的羽騎手もあのままだと日本競馬が半壊していたなんて想像だにしてません。下り坂どころか崖から落下するなんて想像するのは不可能です。