黄金世代の白雪姫   作:サリエリキキ

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出会い

『内を通ってシンコウノビー! しかし、リードは十分だ! ホワイトグリント! 

 そのまま逃げ切るか! 逃げ切った! 11番ホワイトグリントです! 

 2着にシンコウノビー! そして3着には8番のダイワリプルスです! 

 ホワイトグリント重賞制覇。父オグリキャップに初の重賞タイトルを捧げました』

 

 

 

 デビュー三戦目のG3ファンタジーステークスを、ホワイトグリントが相手が可哀想になるほどの大逃げ??? で圧勝して少し経った11月中旬。

 初勝利の日から、予想通り散々かかってきた取材許可電話や見学許可電話やそれ以外の電話や様々な訪問者を、JRAから出向してくれた人員と増強しておいた事務員の活躍によって抑え込んだのが一段落したころ。

 月末に行われるG1である阪神3歳牝馬ステークスに勝ち、オグリローマン以来のG1のタイトルを厩舎に、と意気上がる瀬戸内厩舎は来客を迎えていた。

 

「オグリを阪神競馬場に連れてくるんですか?」

 

 瀬戸内は訪ねて来たJRA職員に思わず聞き返した。

 

「はい、その通りです。展示馬として来てくれないかとお願いしたら、所有者である大栗オーナーは是非お願いしますとおっしゃってくれて」

 

 産駒で初めて重賞馬になったホワイトグリントのデビューの前にオグリキャップのシンジケートは解散した。

 その後の所有権は2代目馬主がそのまま持つ予定だったが、本業が思わしくなくなっていたため、手放すことにした。

 聞きつけた北野オーナーを含めたオグリキャップファンは大攻勢をかけたが、私に持たせてくださいといった初代馬主の大栗オーナーに絆され所有権を譲ったというのは瀬戸内も耳にしている所だ。

 だから、持ち主が許可を出せばオグリは展示馬として来れる。そこは納得できる。

 そして、そこは問題ではない。

 

「阪神3歳牝馬ステークスは、客がそこまで入って来ない3歳限定戦ですよ。態々オグリを呼んでも意味がないのでは?」

 

 何だかんだ言って、客が入るのは八大競走と相場が決まっている。それらに比べると、3歳限定戦である阪神3歳牝馬ステークスや朝日杯3歳ステークスはG1ではあるが、客も売り上げも八大競走と比べると3分の1程度になってしまう。

 おおよそ5万人も入れば御の字の、G1? G2やG3じゃなくて? と悪意なく言われてしまうのが3歳限定戦だ。イベントに相応しいとは到底言えない

 例年ならば

 

「大丈夫です。何の問題もありません」

「はあ?」

 

 

 

「今年はホワイトグリントが居ます」

 

 

 

 思わず瀬戸内は目を逸らした。

 JRA職員の目の輝きが凄まじすぎたからだ。

 新馬戦、条件戦、ファンタジーステークス全てで10万人というG1すら越える客を呼び込んだ。

 だけならまだしも、春や夏で前年比減60万人と絶望的なほどに減ってしまった客が、秋にある程度戻ってきてくれた。

 全部あのオグリキャップの娘の白馬のおかげだ。

 帰ってきてくれたんだ。

 そんな風に言われているホワイトグリントに対してJRAが熱を持っているんだろうなあと想定していた。

 だが、現実はそれ以上だった。

 

「そうです。ホワイトグリントが居るのです」

 

 もう一度、自分も含めて言い聞かすような言葉は、敬虔な信仰者のソレだった。

 背筋に寒い物を覚えて沈黙してしまう瀬戸内に対してJRA職員は言葉を続ける。

 

「オグリキャップ・ホワイトグリント父娘効果も併せて、来場者数12万人、売り上げ300億以上を見込んでいます」

「そうですか」

 

 あんた分かってんの。それ去年の倍近い数字だよ。特に来場者数。問題だろうそれ。と瀬戸内は突っ込まない。儚い望みを持つ。

 

「それはあなた個人の見込みでしょうか。それともJRAの」

「??? 勿論JRAの見込みによるものですよ? 理事会で審査され通っています」

「そうですか」

 

 この職員だけが脳焼けされてるんじゃないかなあという儚い望みは消えた。

 どうやらオグリキャップブーム時と同じく、JRA上層部は焼け切っているらしい。

 瀬戸内でも気付いている問題に気付かない程度に。

 

『面倒ごとは全てお任せください。ホワイトグリントを十全な状態にする。それだけを考えてください。オグリキャップの時の二の舞はしません』

 新馬戦直後にこんな感じに口頭で言われ文書で送られてきた手紙そのままに、警備員を含めた人員の出向など様々なことをしてくれているのに甘えて、調教師としての本業に勤しんでいたのだが、その間にJRAは戻れない所に至ってしまっていたようだ。

 オグリキャップブームの時でさえ──多分、きっと、おそらく、だったらいいなぁ──流石に此処まででは無かった。

 そうか、オグリキャップブームの終焉の絶望からの希望の発現で行くところまで行ったのか。

 気持ちは分かる。理解しよう。だが、自分たちの上の組織の連中が焼け切っているとは納得したくなかった。

 気付けよ。問題に。

 

「勿論、問題があるのは承知しています」

「そうですか!」

 

 やはりJRAはJRAだ。瀬戸内でも気付いていた問題は重々承知らしい。

 

「はい、展示馬に来てくれるオグリキャップとホワイトグリントが仲違いした場合、親子仲が悪いというイメージを持たれ、ホワイトグリントの人気に陰りが生まれるかもしれない──大問題です」

 

 違うよ。俺が問題だと思ったのは収容客数8万人の阪神競馬場に新馬戦の10万人は兎も角、12万人は入らないだろという現実的な問題だよ。そういうこと避けるためにデカいレースは東京と中山と京都でしているんでしょう。だから、イベントする時には基本的に前述の競馬場を使っているんでしょう。阪神競馬場は日本で4番目に大きいけど、大イベントには能力足りないでしょう。なのにデカいイベントしてどうすんだよ。何で調教師の俺がこういうこと心配して、本来こういうこと心配しないといけないJRAのあんたが俺の仕事の馬の精神の心配してんの? 頼むから大の大人が想像して真っ青にならないでよ。小刻みに震えないでよ。

 などと口に出すわけにはいかなかった。

 

「しかし、馬の親子関係は母と子だけで成立するものですからね。父と子は他人ですから上手くいくかどうかは相性ですし」

 

 調教師という馬の専門家の立場に瀬戸内は逃げ込んだ。

 会場の収容人数はどう考えてもJRAの問題だし、目の前の人物の精神問題は心の医者の問題だ。どちらも何とかなるだろう。きっと。

 

「はい、そこで是非当日までオグリキャップをこちらで預かって頂けないかと」

「はぁぁぁっ?」

 

 何言ってんだおめえ此処は現役調教馬しか入れないんだぞ、あんたらJRAが決めたルールだろうが。という眼差しに

 

「名分は何とでも致します。此方の厩舎にご迷惑はかけないと書面にて約束致します。ですので、出来る限りあの二頭を仲良くさせて欲しいのです。日本競馬のために」

 

 JRA職員は信念と信仰に満ちた目で返した。

 

 

 

 

 

 権力ってえげつねえなあ。

 そこまで言うならと言った次の日の夕方に、オグリキャップを乗せた馬運車が厩舎近くの駐車場に停まったのを見ながら瀬戸内は独り言ちる。

 600kg越えの大型動物が、遠路遥々北海道から滋賀県栗東まで昨日の今日で正式な名分で届くなんてどうやったのやら、瀬戸内には見当もつかない。

 

「テキ、どうするんです。全く準備出来てませんよ」

「せやなあ」

 

 オグリが現役の頃の人間が中核となっている厩舎だ。オグリがまた来てくれるなんてと喜んでいたが、こんなに早く来るとは思わなかった。馬房さえ空いてない。

 だから、どこで寝かせようかすら決まっていなかった。オグリの事だからそうそう逃げないし、軽く繋いで風通りが良い所に寝藁用意して寝てもらおうかなあと決めて、今厩務員が準備してるところだ。

 そんなレベルで準備が出来ていない。だって、昨日の今日だもの。

 

「まあ、飯を沢山用意してふっかふかの寝藁あれば何とでもなるやろ。オグリやし」

「オグリですからね」

 

 競馬ファンが聞いたら雑な扱いに憤激し、同業者が聞けばその飼いやすさっぷりに激高して怒鳴り込んできそうな調教師と助手の会話だが、良くも悪くも身近で世話してきた瀬戸内厩舎にとっては当然のことでしかない。

 だって、そういう奴だものオグリキャップって。

 思い出したくもない24時間密着取材の時ですら、暴れたり人を蹴ったりしなかった。あの時、気性が荒い馬なら暴れて蹴り飛ばして何人も怪我人だすし、サンデーサイレンスとかなら噛み殺しに行くだろう。

 オグリキャップと厩舎の人間が責められなければそうして欲しかったとさえ思うが。

 あの時だけはオグリキャップが気性難ならな、と黒いこと考える厩舎一同の前で、馬運車からオグリキャップが姿を現した。

 

「おっ、こりゃ」

「やっぱり白くなってますね」

「ああ、そうやなあ。──おっ」

 

 ほぼ白くなった芦毛の怪物は、のっそりと瀬戸内を始めとする厩舎の者たちに近寄り顔を寄せた。

 馬の親密のサイン。

 

「そうか。覚えてくれてたんやなあ」

 

 首筋を何度も優しく撫でてやる。

 ぶぼっ。

 当然でしょう。芦毛のアイドルではなく、素の頭が良く人に従順かつ大人しく穏やかで精神の強い大食い馬のオグリキャップが変わらずに居てくれた。

 

 

 

 

 

 外に流すかどうかは別にして二頭の絵を撮りたいんですが、とビデオカメラを掲げるJRA撮影班の要求に対して、厩舎内にオグリキャップを撫でまわしながら連れ込んだ池柄厩務員は応える。

 

「あ~、今、ホワイトグリント休んでまして……ん? どうしたオグリ」

 

 ハードトレーニングの疲労を取るために爆睡するホワイトグリントの馬房の前に立ち止まったオグリキャップが、じっと中をみつめていた。

 

 ひんっ

 

「入れてくれって言ってんのか」

 

 はいそうですか。と入れられる訳が無い。若い牝馬のホワイトグリントに触れることが出来るだけの近くに、シンジケートが解散したとは言え去勢して無い牡馬であるオグリキャップを入れることは出来ない。

 馬の父と娘の距離感は他人だ。

 交配する危険性があるくらいに他人なのである。

 狭い馬房では種付けは困難だろうが、不可能ではないだから絶対不許可なのだが。

 

(ホーリックスの時以来か)

 

 こんな風にじっと他の馬を見つける愛馬の穏やかな顔と目は二度目。思い出した瀬戸内は決断した。

 

「何かあったら俺が責任取る。入れたれ」

 

 そのまま、オグリキャップはスピスピ爆睡するホワイトグリントの横に脚をまげて座り込み、ホワイトグリントを優しい目と顔で見つめた。

 その姿には情欲の欠片もなくただ慈しみだけがあった。

 爆睡する白馬をほぼ白い葦毛が座り込んで優しく見守る姿は恐ろしいほど可愛らしい。

 

「「「ほう」」」

 

 何だかんだホースマンは馬好きだ。あまりの可愛らしさに感嘆の吐息が漏れる。

 視界の隅で迅速かつ無音でビデオカメラによって絶好の絵を撮影し始めたJRA撮影班は、プロだった。

 

 

 

 

 

 優しい匂いがする。

 抜けきれない疲労の痛気持ち良さを味わいながら意識が覚めていくホワイトグリントが感じたのは、懐かしく優しい匂いに、暖かなとても暖かな温もりだった。

 何処かで似たようなのを嗅いで包まれていたことがある。

 そうだ。大大大大大好きなお母さんによってだ。でも、この匂いと暖かさはお母さんの物と違う。

 誰だろう? 

 そんな思いを抱きながら瞼を開けると。

 そこには

 

 ひんっ(大丈夫か。疲れがたまりすぎている。これでは怪我をしてしまうよ)

 

 とてもとても優しい目でホワイトグリントを心配して見つめる葦毛の馬がいた。

 そのまま、ゆっくりと丁寧に毛づくろいをしてくれる葦毛の馬。

 その暖かで安心できる温もりと優しい匂い。

 そうかこの馬が──

 

 おとうさん。

 

 ホワイトグリントに母親と同じく大大大大大好きな存在が出来た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 辻元助手はこれが夢ならば覚めないでくれと願った。

 ひんっ。ひんっひんっ。

 トラックを常歩で進む葦毛の馬の後ろピッタリに白毛の馬がトコトコ付いていく光景は暴力的に愛らしいが、辻元助手にとって重要なのはそこではない。

 あのホワイトグリントが、ハードトレーニングをすることなく一日を過ごしていた。勿論、競走馬として最低限の調教は行っているが、辻元助手の心を苛んでいたプールでの水責めも含めて、最低限以上は調教をしていない。ほぼ休みのようなものだ。

 今のホワイトグリントは、それ以上の調教に使っていた時間を、全てオグリキャップと過ごすことに使うようになっていた。

 そして、夕方になるとオグリキャップと一緒の馬房でオグリキャップにもたれながら大人しく休むのだ。

 ハードトレーニングによる苦痛が足りなければ、夕方の馬房で二本足で立ち上がって背伸びしたり逆立ちしたりする等の変かつ危険極まりないことをするのがホワイトグリントだ。

 そんな時には、一本坂路走らせたり鞭をやったりプールに沈めたりして苦痛を存分にやらなければ、大人しく休まないのがホワイトグリントだ。

 最近はホワイトグリント用のメニューが確立したためほとんどなくなったが、そんなホワイトグリントに散々手を焼いた辻元助手と横に居るホワイトグリントに対してはサディストへと変貌してしまった沙藤騎手には、涙するほど嬉しく心安らぐ光景だ。

 ひんっ。ひぃぃんっ。

 オグリキャップに追いつき、撫でてと強請るホワイトグリント。そんな娘に目を細めてグルーミングするオグリキャップ。

 親子の触れ合いがあった。馬にはないはずの父娘の触れ合いだった。

 愛らしい。

 主戦の沙藤と並んで目を細める。

 

「馬は良いですねぇ」

「せやな。ええわぁ……助手の目から見るとグリントは能力キープどころか成長してると思うんやけど、主戦の目から見てどうや」

「僕の目にも能力は成長してると見えます。ハードトレーニングは勿論の事、レースに出るようになって顕著にたまっていた疲れが抜けてるのが、何よりも大きいですわ」

「その上心配してた故障も遠ざかったな。幾らドマゾとはいえ身体は誤魔化せん。頑丈とはいえ疲労が蓄積しすぎると内臓や骨や筋に来るし、ほんま助かったわ」

「はい、かといってグリントにハードトレーニングして苦痛与えんと変なことし始めますし、レースでは苦痛の限界を与えんといかんので疲労が溜まって抜けずに……助かりました」

「話し合って如何にもならんって頭抱えたわなぁ。こんな手があったとはな──馬は良いなあ」

「良いですねぇ」

 

 二人して父娘の触れ合いにメロメロだった。何だかんだホースマンは馬好きなのである。

 

「「このままオグリいてくれないかなぁ」」

 

 

 

 

 

 池柄厩務員は感涙に咽びそうになっていた。目の前の光景、オグリキャップと居るホワイトグリントが厩舎の牝馬に受け入れられているのは、それほどの光景だった。

 馬の世界は厳しい上下関係だ。特に牝馬は厳しい。グリントが引かれているだけで済んだのは、厩舎の牝馬ボスであるフリートが面倒を見ていたからだ。

 ひんっ、ひんっ。ひんっ。

 だが、今は違う。

 オグリキャップと一緒に居るホワイトグリントは愛らしさが前面に押し出されて取っ付き易くなっているため、他の牝馬たちに囲まれてグルーミングされるほど可愛がられていた。

 特にオグリキャップが傍に居るのは大きかった。馬は生来の本能で牝馬グループと牡馬グループに別れる。

 そういう意味において、受胎経験の無い若い牝馬しか居ない厩舎牝馬グループは、人間で言えば隔離された女学校に似た雰囲気がある。

 そこに現れた、穏やかかつ温和で精神が強く雄大な馬体のオグリキャップは良い意味での歳上牡馬だった。

 ひんひんっと懐いてくる牝馬達に股間のアレを馬立ちさせることなく穏やかに対応する様、流石は俺のオグリやと池柄厩務員は鼻高々だった。

 ひんっ。

 寂しくなったのだろう。私も相手してと突っ込んでいくホワイトグリント。順番守れよ下っ端と、少し嫌な空気が流れるが、オグリキャップが牝馬に謝るように優しく首筋を顔で擦ると霧散した。

 そのまま、娘に向き合いひんひん楽しそうに鳴く娘を優しくオグリキャップは窘めつつグルーミングするのだった。そうすると周りの牝馬たちも、仕方ないなぁとホワイトグリントを優しい目で見てくれるのだ。オグリ様々だった。

 

「父娘で親子関係になるってあるんやなあ」

 

 感涙しながら、父娘合わせて1回6升を越えた大量の食事の準備を池柄厩務員は始めた。

 

「このままオグリいてくれないかなぁ」

 

 

 

 

 

「馬って良いですね」

「ええ、良いですわ」

 

 JRA職員は良い絵が取れた上に父娘仲が極めて良好なことに加えて動物の愛らしさに、調教師は愛馬たちの純粋な可愛さと厩舎への良い状態を喜ぶ。

 牝馬だけでなく、牡馬たちにもオグリキャップは良い影響を与えていた。引退後は絞らなくなったため現在600kgを越える馬格の雄大なオグリキャップは、それだけでほとんどの牡馬を圧倒する上に気性が穏やかなために、どの馬にも一目置かれている。

 やんちゃで人の言うことをあまり聞かない馬でさえ、昨今は大人しく調教に従ってくれている。

 人間に従順なオグリキャップに倣っているのだ。

 

「できればオグリには阪神3歳牝馬ステークスまででは無く、もっと居てもらいたいですね」

「それは無理ですね。どの厩舎もリードホースを入れたがりますし、何よりそれでは競馬として失格です」

「でしょうね」

 

 当たり前だが馬は人間よりも馬の言うことを聞く。

 なので、今のオグリキャップのような人に従順で他の馬に言うことを聞かせることの出来る年長の馬はリードホースと呼ばれる。彼ら彼女らは牧場の宝であり、今のオグリキャップのような突出した効果をもたらす為、厩舎に入れることは厳しく制限されている。

 オグリキャップが此処に居るのは、JRAの熱意があってこその異常なことなのである。

 後年、こういうリードホースが居る所に調教の主軸を移すことを含めた制度が外厩と呼ばれるようになる。

 

「海外遠征の帯同馬ならば可能でしょうが、まずやりませんからね」

「帯同馬なら可能なんですか」

「制度的には可能ですが、同厩の仲の良い馬の方が経済面などの様々な面で良いので、誰もやったことが無かったはずです。海外遠征の記録がそこまで多くないので、試したことが無いだけなのか知らないのかまでは分かりませんが」

「ですなあ。海外遠征は夢はありますが難しいですからね……最近ではフジヤマケンザンに夢を見せてもらえました」

「確かに、ただJRAとしては痛し痒しな所がありますからね。海外挑戦の偉業を応援したくとも、人気馬が海外に行くと、どうしても客数と売れ行きに響いてしまうので」

「なるほど」

 

 JRA職員に言質を与えずに相槌だけで済ませる瀬戸内は、「重賞馬になったし海外遠征本格的に考えましょう」と社大を始めとした色々な所に話を聞き始めた馬主と、「海外遠征は夢がありますね。水と食事は持ち込めますかね」と細部を検討し始めた錦田場長に対して、「設備さえ見も知らぬ海外ではハードトレーニングが出来ず、ハードトレーニングの苦痛無くしてはホワイトグリントの調子が維持できないです」と慎重派だった態度を内心で改めた。

 オグリキャップが一緒に来てくれれば、ハードトレーニング無しでもホワイトグリントは調子を維持できるどころか絶好調になる。

 ならば、遠い異国の地でも通じるかもしれない。

 いや、日本調教馬初めての海外G1制覇さえ可能かもしれない。

 

 大栗オーナーの許可を得る必要がある。北野オーナーに話してみよう。

 JRAは嫌がるだろうが、俺はオグリキャップの時果たせなかったアメリカ遠征の夢を追う。

 

「それと、先生」

「なんでしょうか?」

「そろそろマスコミを厩舎に入れたいのです──お気持ちは分かります。オグリキャップの事を思えば嫌がるのは当然の事です。JRAとしても猛省しております。ただ、このままだとマスコミを敵に回してしまうかもしれません。そうなると厄介です」

 

 思いっ切り顔を顰めたこちらに遠慮するように言うJRA職員の言っていることは理解するが納得できなかった。

 ホワイトグリントが入厩してから今日まで瀬戸内厩舎にはマスコミは入れていなかった。取材は全てトレセンの応接室で済ませるか競馬場で済ませている。

 テレビに勝る報道が無い今日(*この時代はインターネットは知られるようになったばかりで〇chさえありませんテレビ全盛期です)、不味いのは分かっているが、直ぐに頷けるほど瀬戸内のトラウマは払拭されていなかった。

 これがオグリキャップの子であるホワイトグリントでなければ受け入れることが出来た。

 だが、ホワイトグリントは駄目なのだ。

 あの頃、何も出来ずオグリキャップを苦しめてしまった自身の無力さをフラッシュバックさせる。

 その娘にも同じことをしてしまうのかと。

 だが、このままではいけないとも分かっている。

 

「厳選して馬の知識が豊富なスタッフや馬に理解のある番組以外こちらで弾きますので、どうか」

 

 JRAも自分たちが矢面に立つとまで言っている。なら

 

「下手なことしたら、JRAの方が叩き出すと書面で確約してください。なら、年が改まってからならば大丈夫です」

「分かりました。直ちに書面にします」

 

 JRA職員の安堵の意が込められた笑顔に対する瀬戸内の表情は暗い。そのトラウマは深い。

 

 

 

 

 

 1997年11月30日阪神競馬場。

 

『2番アインブライドが迫るが差は縮まらない! 逃げ切った! 勝ったのはホワイトグリントです! これで4戦4勝で無敗のG1制覇!』

 

「や、やりましたよ。錦田さん! 錦田さん! シロが、あの子がやってくれました。初めての産駒がG1勝利何てあまりによくできてますが、流石はシロです」

「ええ、全くです……こんなにあっさりと夢がかなって良いんですかねぇ。オーナー」

「良いんですよ。良いんですとも」

「ええ、ええ……すいません、少し、少し、失礼します」

 

 馬主席で、これまでの思いがこみ上げてきて感涙にむせぶ錦田場長。

 牧場にとって初となるG1競走勝利に、TV越しで見守っていた北野牧場でも大騒ぎになっていた。

 

『孝行娘がまたもやりました。イベントに来場している父オグリキャップにG1勝利を捧げました! ホワイトグリントです!』

 

「さ、錦田さん。あなたが中央に、シロの傍に行ってあげてください」

「しかし、オーナー」

「良いんです。私はこれから何度も機会がありますから。この子はそういう子です。今日は錦田さんに。今日この日が迎えられたのは錦田さんのお陰なんですから」

「はい……お言葉に甘え、させて、頂きまず、オーナー……っ」

 

 ふひんっ。

 

「ありがとう。ありがとうなあ。ホワイトグリント」

 

 馬主ではなく生産牧場長が中心となったG1口取り写真撮影が行われた日。

 この日、阪神3歳牝馬ステークスは来場客数13万8762人売上362億円強の史上最高記録を出した。




 今回の話に出てきたJRA職員さんは、3話『黄金世代』でも出てきている方です。
 とてもお元気そうでよかったですね(目逸らし

 オグリキャップが来ないとホワイトグリントは疲労の蓄積により阪神3歳牝馬ステークス前に故障し、ぶっつけで桜花賞でしたがそのプロットは捨てました。
 ホワイトグリントを早くオグリキャップに会わせたかったんです(笑)

 マスコミ関係はさらっと流します。
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