十傑集が我が家にやってきた!   作:せるばんてす

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日常回は楽しいな(白目)


悪の秘密結社……秘密?

 

朝。

 

 それは一日の始まり。憂鬱な仕事や学校を思い浮かべて、嫌な気持ちになる人も多いが僕は嫌いじゃなかったりする。日の出の淡い光は胸の内に溜まった穢れを浄化し、空気は澄んで肺の空気を綺麗なものに入れ替えてくれる。

 

それに人が少ない。何より人が少ない。

 

 人見知りの激しい僕にとって日中はまさに地獄。明るく美しい景色を楽しむにはこの時間(午前五時)がベストなのだ。いつもならこの光景を見て一日の活力源にするのだが、どうも嫌な予感がしてならない。昨日酷い悪夢を見たような? それのせいかな。

 

 

「随分お早いお目覚めですな」

 

 

まぁ――うすうす気づいていたけど。やっぱり昨日のあれは現実だったみたいです(絶望

振り返るとアパートの屋根の上に颯爽と佇む樊瑞さん。いい大人がピンクのマントを風になびかせていると普通なら通報ものだけど、この人がやると違和感ない。

 

「――っていうかまだいたんですか!?」

 

 思わず口走ってしまって後悔した。急いで謝ろうと震える体に活を入れ、口を開きかけた時

 

「うん? まだ報告していませんでしたかな? 今日からこのアパートに我ら十傑集も入居させてもらうことになりましてな。これからもなにとぞよろしくお願いします」

 

 

 衝撃的な事実に固まった。え? つまりこの人たちがアパートの同居人になるってこと? わざわざ人気の少ない路地奥でボロボロのアパートを借りているというのに――嘘でしょ? いやこれはきっと白昼夢を見ているんだ! 学校へ行き、アパートに帰ってくればいつもの平穏な日常が戻ってくるはず。

 

 有無を言わさず部屋に戻ってカーテンを引き、すぐさま制服に着替える。朝食なんてとっている場合ではない。10年物の年季チャリに乗っかり、フレームが曲がっているせいで少々ふらつきながらも登校。

 

 時刻は6時過ぎ。私立穂群原高校に到着。

郊外に位置するこの学校では弓道部が有名らしく、立派な弓道場が設けられている。こんな早い時間だというのに既に弓道場からは弓の弦が弾く音が聞こえる。朝から大変だなと呟きながら誰もいない教室に入った。

 

 時期は春。高校生活も3年目に入りだんだんと授業にも慣れてきたけど、未だ友達らしい友達というのは一人もいない。クラスメイトが賑やかに話しているのを見て少し憧れの気持ちもある。けれどそれ以上に怖い。幼少の頃から人の視線が、考えが何となく悪意に感じてしまうのだ。勿論考えすぎだってのは分かっている。僕が本当に恐れているのは嫌われることだ。好きの反対は無関心というけど、無関心なら別にいい。下手に交流して嫌われてしまったら? そう考えると怖くて仕方ないのだ。

 

 だから学校での基本的なスタンスとしては寝る→授業を受ける→寝るだ。誰にも関わり合いにならないし、先生に怒られることもない。そんな味気ない毎日がこれからも続くのだと思っていた。

 

「何やら浮かない顔をしておいでだな」

 

 目の前の机にいつの間にか誰かが腰をかけていた。ヒッと魂の抜ける様な声が口から洩れる。あれ? 股間濡れてないよね?

 

ん? そういえばこの人どこかで見たような?

 

「これは申し訳ない。挨拶が遅れましたな。私は暮れなずむ幽鬼。以後お見知りおきを」

 

 濃緑のシャツに藍色のジャケットを着こなし、人の顔色を心配するよりまず自分の心配をしたほうがいい程顔色が悪いおじさん。そういえばこの人十傑集が集まっていた時にいたような気がする。

 

 ハッ!? いかんこれは夢だ! 自ら認めてどうするんだよ。……とはいえ、この威圧感。コミュ障のみが感じ取れる第六感、それが僕に間違いなく目の前の人物が現実の存在だと教えている。この感覚を疑うべきではない。今まで人との接触を避けるのに頼ってきたこの相棒を疑ってしまっては僕に信じることのできる相手がいなくなってしまう。

 

悔しいが……認めよう。しかし僕の理想郷を奪った彼らにこれから一歩たりとも引く気はない!

 

「あ、あの? 何で学校に来ているんですか?」

 

まずはジャブだ。これから放つ必殺右ストレートを見舞う前のほんの牽制であって、決してびびっているわけではない。

 

「同じアパートの同居人のよしみで貴方をお守りしていると言ったら信じられますかな?」

 

明らかに無理のある言い訳で真面目に答える気のないことはわかった。もし本当だとしたらそれは唯のストーカーだ。――いや、まさかね……

 

「むっ、樊瑞からの緊急招集か。それでは後は頼んだぞレッド」

 

「うむ」

 

 僕の影から赤いマスクをつけたおじさんが頭だけ出して現れ、幽鬼さんは二階の窓から颯爽と外へ飛び出していく。この集団に出会って直ぐの僕だけど確信できることがある。この人たちはきっといつもこうなんだろうな(レイプ目)

 

 そんな始まりだったけど僕の一日は今までと何一つ変わらなかった。

いつもと同じように授業を受け、いつもと同じように眠って、いつもと同じように一人ぼっちだった。

おじさんが隠れているはずの影にも特に変化はなく、僕の頭がおかしくなっているだけなのかもしれない。今までの平穏を享受することはできたが、その一方心の隅で少しばかりつまらなく思っている自分もいた。ひょっとして僕はこの日常をぶち壊してくれる何かを待っていたのかもしれない。

 

 暇つぶしにクラスメイトの会話を聞いてみる。恋愛、部活、遊び、最近の噂。どれも僕には縁のない話であって、どこのスーパーが安いだとかあそこの路地は悪い奴が溜まって危険だとか重要そうなところだけ頭の隅にメモしておく。

 

 一日の授業も終わり、噂のスーパーへ直行。野菜も安く、品ぞろえも中々。ここは贔屓にしようと思ったけど、偶然クラスメイトの衛宮君と出くわしてしまった。なんとか黙礼でことなきを得たけどもうここには行けないな。クラスメイトが話してたんだからクラスメイトがいるのは当然だけど、まさか衛宮君も帰宅部だったとは。基本的に部活所属を推している内の高校では珍しい存在だ。

 

 彼は悪い人ではない。むしろ俗に言う良い人すぎて一時期僕なんかに構ってくれた。でも話しかけられて僕がそれに答えようとおどおどしている間に、他の仲のいい友人に連れていかれてしまうというパターンが何回か続いた後は自然消滅してしまった。優しい人だからこそその気遣いがコミュ障の僕にとって重かったりするんだよね。まぁ悪いのは全部僕なんだけどさ。

 

 アパートに帰って電気をつけると四畳半がおっさんで埋め尽くされていた。それも土下座の状況で。一番前にいる樊瑞さんなんか玄関の靴に半分頭をつっこんだままだし、一番後ろのヒィッツさんはベランダにいる。なんかもうカオスだ。

 

「ビッグ・ファイア様! 今までの御無礼お許しください!」

 

 はい? 確かにいきなり現れて迷惑ではあったけど無礼という無礼をされた覚えもない。それにだいの大人に土下座させているこの状況は酷く居心地が悪い。ただでさえ暑苦しい恰好をしている人たちだ。何より近隣の住民に迷惑。もし苦情なんてかけられた日には僕のガラスハートはぶち壊れること必須だ。――それとビッグ・ファイアって誰? なんかデジャヴを感じる。

 

「す、少しだけでいいので静かにして貰えますか? あ、あと土下座なんて止めてくださぃ」

 

「ハッ! ×9」

 

 少し声量を下げて、頭を上げる十傑集。とはいえ正座のままでこちらに対して今まで以上の敬意を払っている。僕はむしろこうなった経緯を知りたい。

 

「樊瑞。まずはビッグ・ファイア様に我々BF団の事を説明しなければ」

 

「確かに、これではさすがのビッグ・ファイア様もご理解できないだろう」

 

 幽鬼さんと爺様が促して、所以を聞くこと一時間。ビッグ・ファイア様への熱い信仰心がほとんどだったが、なんと僕がそのビッグ・ファイアだったらしい(他人事)

 

 正直こんな人たちに信仰される覚えはないし、誰かと勘違いしているのだろうと思った。しかし今は違うが確かに我らの崇めるビッグ・ファイア様だと言われ、更に何を言っているのかさっぱりになってしまった。しかもそのビッグ・ファイア様率いるBF団だとかは世界征服を企む悪の秘密結社だというではないか。なんて悪い奴らなんだ!

 

 訂正。やはり今日という日はいつもと同じつまらない日なんかじゃない。

 

 

 

そう今日は悪の秘密結社が設立した日。

 

 

 

――やっぱ、それはないな

 

 




26.11.20 高校2年生→高校3年

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