十傑集が我が家にやってきた!   作:せるばんてす

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文量が減ってきている。なんとかしなければ……


少年と訓練

 

突然だが僕こと山野 浩一はコミュ障である。もはや衆知の事実であるが、同時にこのことはあまり知られてない。自分で言うのも恥ずかしいが結構運動神経が良いということ。

 

 体育の時間でもバスケやサッカーでは素早くパスを回し、野球では毎回ヒットで一塁に出るくらいにはできる。決して目立ちはしないことが重要だ。処世術の一つとして身についたわけだけど、運動すること事態は嫌いじゃない。むしろ好きかも?

だけど決して自分を追い込むようなランニングとか地味な筋肉トレーニングを進んでやるほどアクティブな人間でもない。そう自負している。

 

「ビッグ・ファイア様。ペースが落ちていますぞ」

 

「何? それはいきませんな。まだたった15kmだというのに」

 

 何故休日に十傑集とトレーニングする羽目になったのか!? 十傑集が来てからというものの、なかなか気の休まる暇もなく今日こそはゆっくり過ごそうとしていたのだが、寝起きドッキリのようなタイミングで部屋に押し入られ、あれよあれよという間に外に連れ出されていた。あの一瞬で寝癖も直して服まで着替えさせられていたことに驚愕せざるを得ない。

 

 逃げようにも十傑集二人に囲まれた状況では諦めるしかないので渋々走っている。僕の左側でペースの指摘をしたのが眩惑のセルバンテスさん。スーツの上からカンドーラを着て真っ赤なサングラスをかけている。時々僕を見る目が恐ろしいので正直避けていたが、声色は爺様に次いで柔らかいので気分的には楽な方だ。僕の右側には衝撃のアルベルトさん。右目にメカメカしいモノクルをつけてハート形のオールバックに髪を固めているその容貌はとても堅気のものとは思えない(実際そうだけど)。自他共に厳しい武人肌な気質は、彼が十傑集の中でも一目置かれている理由も分かる。

 

「ハァハァ。あ、あの何で僕たちは走っているんでしょうか?」

 

「昨日の猫の化生への対応を見る限り、ビッグ・ファイア様のお力ではこの先不安に思えましてな。その為の基礎体力作りというわけです」

 

 無論我々も全力で守りますが、とセルバンテスさんが付け加える。一見なるほどと思わないこともないが、よくよく考えると昨日のような事件はそうあるものじゃない。唯でさえ平和ボケが酷いこの日本の地で『いつか強盗犯に襲われるかもしれないから鍛えよう』なんて発想を本気でする人はかなりの少数派だ。それに加えて十傑集の二人が護衛についている状況じゃ事故に遭う方が難しいだろう。無論彼らもいつも一緒にいるわけではないし、いつかは去ってしまうだろうが、それにしても杞憂に過ぎないと僕は考えている。

 

 そんな考えが表情に出ていたのだろう。アルベルトさんは葉巻を一気に根元まで吸うと靴で消化しながら呆れ顔で口を開く。

 

「この国の警察とやらではあまりに貧弱すぎる。せめて国際警察機構の下級エキスパート程の実力がなければビッグ・ファイア様を守るどころか日常の犯罪にすら対処できないでしょう。やはり例の計画を進めていくしかないようだな」

 

「うむ。その為にはまず潤沢な資金が必要だ。カワラザキの爺様が『創設時を思い出すわ』と張り切っていたが、我らも遅れをとるわけにはいかん」

 

 何やら怪しい会話が頭上で繰り広げられているが気にしてはいけない。短いながらも十傑集との付き合いの中でいちいちつきあっていたら疲れるだけだと学んだのだ。そして放置していても碌なことにならないことを後ほど僕自身が知ることになる(確信)。結局どちらにしろ碌なことにならないのなら楽な方がいいじゃん(真理

 

 ランニング開始後2時間。さすがにヘトヘトで地面に息を切らせながら休んでいるとセルバンテスさんが何処かから高級車に乗ってやってきた。あまり詳しくないけどこのロゴってもしかしてロールスロイス? そのまま高級ホテルに着くと、自分の部屋(畳四畳半)の十倍はありそうなスイートルームに案内される。

 

「いやっ、あ、ああああの。セルバンテスさん? いや、セルバンテス様? わたくしめの財布の中は漱石様以外年中欠席しているんですけども……」

 

「ビッグ・ファイア様、何も御心配めされるな。このホテルのオーナーは既に私でしてね。よろしければさしあげますが?」

 

「結構です!」

 

 さすがにセルバンテス閣下の言うことでもそれは聞けない。根っからの庶民である僕としてはあのアパートの狭さが一番落ち着くのだ。

 

「それは残念。しかし我ら十傑集の物はビッグ・ファイア様の物と同義。ビッグ・ファイア様はただ胸を張っていて下されば我らも安心致します。それをお忘れなきよう」

 

 これまた広いシャワールームで汗を流した後、真っ白なスーツをホテルのスタッフに着せられる。そして再びロールスロイスに乗ること30分。入口こそ少し狭くはあるものの歴史と格式が感じられる洋風のお店に到着。アルベルトさん曰く、なんでもドレスコードがあるらしくスーツを着たのはその為だとか。周りのお客はシックな色合いのジャケットだというのに僕だけ真っ白なのはとても恥ずかしい。すいません、帰ってお茶漬け食べていいですか?

 

「御予約されていたアルベルト様ですね。奥の部屋にどうぞ」

 

「うむ。御苦労」

 

 よくよく考えると僕以上に目立った二人がいるから気にする必要がないことに気付いたのは、店の奥に案内されてからだった。そして始まったのはフルコース形式の食事。フレンチどころかいいとこ中華料理が財布の限界である僕の身からしてみればそのほとんどが食べたことのない未知の領域だ。正直緊張してほとんど記憶がないのがもったいない程素晴らしい味だった。

 

「とっても美味しかったよ。今日はありがとう、アルベルトさん。セルバンテスさん」

 

「なんの。この程度のことなら何時でもおっしゃってください」

 

 夜の街は光で溢れ真昼よりも明るく感じる。ロールスロイスの後部座席で寝転びながら点滅する光を見つめていると妙な空しさに襲われた。今まで僕は一人暮らしを、学校でも一人だけの生活をしてきてそこそこ自分だけで生活できているという自負があった。それが十傑集が来てからはどうだ? なんというかつくづく自分が誰かの庇護を受けるべき存在ってことを痛感させられた。

 

『それでよいのです』

 

いや、そういうわけにもいかないでしょ。僕だって少しは自分のダメなところを治したいって気持ちはあるし、この間まずは友達を作るって目標立てたしね。

 

『私の国ではこのような言葉があります。【彼を知り己を知れば百戦殆うからず】と。ビッグ・ファイア様はその一歩を踏み出した。それは素晴らしいことではありませんか? 』

 

それは……そうなのか?

 

『そう。どれだけ小さな志でもまずは立てることそれが全ての始まりなのです。無欲でなければ志は立たず、穏やかでなければ道は遠い。お分かりですかな?』

 

うん。よく分からないけどなんか良い言葉な気がする。

 

『そしてゆくゆくは世界征服を目指す悪の秘密結社のボスになるのです!』

 

よし……決めた。僕は将来悪の秘密結社のボスにな――――んねぇよ!

あっっぶねぇぇ。なんか妙な方向に先導されてとんでもないこと口走るとこだった!? てかこの頭から聞こえてくる声の人物何者?

 

「ん? どうされたのですかビッグ・ファイア様?」

 

「い、いや。何でもないです」

 

「……そうですか?」

 

「はい。ただのうわ言ですから」

 

「…………」

 

ふぅ。何とかごまかせたみたいだけど問題は頭の中のこの人だ。――いかん、このような展開に対応するなんて大分十傑集の非常識に染まりつつあるな。僕の対応力、高過ぎ……!?

 

『これはこれは、私はBF団の軍師。姓は諸葛、名は亮。字は孔明と申します。諸葛亮とも孔明ともお好きなようにお呼び下さい』

 

あ、どうも。ご丁寧に。――ん? BF団の軍師ってことは十傑集とも知り合いなのかな?

 

『十傑集の皆様にはいつもお世話になっております』

 

それで? いきなり頭の中からどのような御用ですか? 

 

『まずは一つお願いがあるのですが、私がビッグ・ファイア様と会話できる状況にあることを十傑集の方々には内緒にして頂きたい』

 

それはどうしてですか? さっきは何となく事情を隠してしまったけど、知っているならそのほうがいいような気がするんですが……(そして早く十傑集を回収しに来てほしい)

 

『十傑集の方々が軍師の私無くしてどれほど行動できるか把握しておきたいという点もありますが、主に監視の意味合いが強いですな。残念ながら今はこちらとの接触も絶え、御仁達は独立した状況にあります。ビッグ・ファイア様がいらっしゃる限りそのようなことはないと言いたいですが、あれほどの力を持った方々が我欲で好き放題に動かれては困りましょう? その為にあえて今はこの孔明の存在を明かさず事態の進捗を見守って頂きたいのです。それに例えこの先何が起こるにしても第三者の視点から冷静に物事を見れば解決できる事案もあるはず。私の言葉ではなく、ビッグ・ファイア様のお言葉なら十傑集の方々も従うことに何の不満もございますまい』

 

 さりげなく十傑集の回収が拒否された……うん、理由は分かる。けど孔明さんのこのどうにもネットリした言い方で言われると何か嘘っぽい気がするんだよな~。はっ!? そういえばこの思考も筒抜け?

 

『この孔明。例えビッグ・ファイア様に偽りを述べようとも、それも全てはビッグ・ファイア様の為! その心に偽りなどあろうはずもございませぬ。それでも疑われるのならばこの場で首を差し出す覚悟です』

 

 は、はい。分かりました。暗に嘘言っているのを認めた気もするけど、やはり根っこの所では十傑集と同じなんだと言葉では無く心で理解できた。

 

『なおそちらの世界との接続が不安定なので、伝達は不定期なものに――ピピッ、ガーガー』

 

 図ったようなタイミングで会話にノイズが混じり、会話は中断された。有事に繋がるかどうかわからないのはネックだけどいつも繋がっているのもプライバシーの侵害だから使いどころを選ぶな、孔明通信(命名)は。

 

 

…………なんか、どっと疲れた。帰って直ぐ寝よう、そうしよう。

 

 

「ビッグ・ファイア様。明日のトレーニングの件なのですが――」

 

 

もう、好きにしてください。

 

 


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