十傑集が我が家にやってきた!   作:せるばんてす

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謎の犯人

 

 僕は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の十傑集を除かなければならぬと決意した。しかしここで我に返る。僕の実力(コミュ力)では彼らをアパートから追い出すなんてことはできやしない。ならば僕自身がここから出て行くしかない。それしかないのだ!

 

 リュックに服と懐中電灯、寝袋、板チョコ等の食糧、カセットコンロに行平鍋を突っ込む。おっと、魔法瓶にライターも忘れてはいけない。深夜、十傑集が寝静まった時間にこそこそと家を出る。まるで夜逃げみたいだ。いや実際そうなんだけど……何故こんなことになってしまったのか?

 

 あのランニングの日以降、日々トレーニングに励むことになった。かなりキツイし、終わるころには体のあちこちが悲鳴を上げていたが、時々ご褒美で美味しい夕食にありつくことも出来るし、それになにより大好物であるチョコが家で待っていると思えば辛い日も絶えることが出来ていたのだ。

 

それがある日、疲れて帰って来た僕が冷蔵庫を開けるとそこには見るも無残なチョコレートの姿が……

 

包み紙は破られ、板チョコは残り一口。――むしろこの程度残すなら全部食べてくれ! その程度の気遣いなら無い方がまだ許せるんだよっ!

 

 しかし犯人はいったい誰だ? 鍵は閉めているし、窓から登って入るような高さでもない。つまり事件は密室で起きたということだ。普通なら事件は迷宮入りするところだが、このアパートには密室だろうが監獄の中だろうが関係ない超人集団が住んでいる。結論:犯人は十傑集。

 

単独犯か複数犯かは知らないがまず間違いないだろう。さすがに今回ばかりは僕の怒りも有頂天だ。

 

 僕にとってチョコとは唯の嗜好品でもなければ、単なる完全食でもない。納豆にとってのネギ。ペッシにとってのプロシュート兄貴と同じで無くてはならない存在。それなくては完結しない存在なのである! 僕がチョコなのか? チョコだから僕なのか? そんなアイデンティを奪われた僕は怒りに任せ、十傑集の部屋に殴り込みに行く――と見せかけて家出を決行したのだ。

 

 とはいえ行き先さえ決めていない流浪の旅(家出)。警察なんかに通報されるのも困る。僕に友人さえいれば頼ることもできたのだろうが――考えてもしょうがない。とりあえずは夜露をしのげる場所に避難しよう。

 

 探し続けて一時間。家から近すぎても遠すぎてもいけない距離を探し続けていたがそう簡単に見つかるものでもない。日々のトレーニングで体の疲労は知らない間に溜まっていたらしく太ももはパンパンになっていた。おまけにすごく眠い。次場所を見つけたら例え少々汚れていようがそこにしよう。

 

「うん? あそこなんかどうだろう」

 

 建設予定地、立入禁止と書かれた看板のある廃墟が視界の遠くに映っていた。普段なら背景の一部でしかなかった場所に今日お世話になることになるとは思いもしなかった。近づいてみると建設予定とは書かれているものの建物自体のつくりはそこそこ出来ているようである。少なくとも夜露は凌げるし、一日やそこらで崩壊しそうではない。僕にとってそれがわかれば十分だった。

 

しかし、近くで見ると夜であることを抜きにしても不気味だ。そう思いながらも外部階段の下、ちょうど階段自体が屋根になるスペースを今夜の宿泊地とすることに。何かあっても直ぐ逃げ出せるし、隠れるには良い場所だ。

 

「ここをキャンプ地とする!」

 

 続いてガスコンロに行平鍋をかけてお湯を沸かす。フリーズドライの味噌汁の上に注げば一品完成だ。

そして本日のメインディッシュは高級板チョコ。冷凍庫の下に隠しておいたので十傑集の被害を受けずに済んだ。パキッと心地よい音。口の中にゆっくり広がる苦みと甘みの奏でるハーモニー。鼻からはカカオの香ばしい香りが抜ける。その全てのバランスが互いを殺さないように調整されている。

 

なんちゅうもんを食わせてくれたんや……なんちゅうもんを……。

 

味噌汁とは些か合わなかったが、それは割り切ろう。板チョコだけに。

 

「あっ」

 

「お?」

 

向かいの建物の階段から人影が降りてくるのが見えた。これは先住人のお出ましかと急いで荷物を纏めようとすると、

 

「これはこれはあの時の少年じゃないか」

 

 羽川さんの件で遭った金髪のおっさんが月夜に照らされながら現れた。それだけならまだしもその後ろから鬼太郎のように片目が覆われるほど髪の毛を伸ばした青少年が着いて来た。どこかで見た覚えがある。おそらく同級生だろう。こちらを見る視線はまるで不思議なものでも見るかのような目だ。こんな時間にこんな場所にいたら普通そうなる。実際僕が彼に浴びせる視線も同じものだろう。

 

「何でこんな場所に……?」

 

「おっと先に言われちゃったかな。あとこんな場所だけど一応おじさんの拠点なんだ。それで君はどうしてこんなとこにいるんだい。一緒にいた怖いお守は? 見た感じ傍にはいないみたいだけど」

 

「えっと……」

 

「――おい忍野。僕はもう帰ってもいいか?」

 

「阿良々木君。見た感じ同学年位の子がこんな所にいるなんて不思議に思わないかい?」

 

「気にならないこともないけど明日羽川と会う約束をしているからな。今日のとこは早く帰っておきたいんだ。今日お前に呼ばれたのも予定になかったしな」

 

「それは悪かったね」

 

 阿良々木君は軽く手を上げて、MTBに乗り去って行った。そういえば僕の自転車壊れたんだっけ? ただでさえボロボロだったから買い替えの時期と諦めるしかあるまい。それに比べ阿良々木君のMTBは新品同様で羨ましい。

 

「で?」

 

いつのまにか忍野さんが目の前に座ってこちらの反応を促す。その割に視線が自分の手元から離れないので味噌汁をもう一杯作ってあげた。チョコ? 何調子乗ってんの?

 

「おじさんに話でもあるのかい? 恋愛相談以外なら聞くよ」

 

 なんだか涙が出そうになった。ここ最近十傑集に振りまわされて一人苦労してきたせいか人に話を聞いてもらうというこのシチュエーションに感動している。この人こんなにかっこよかったっけ? チョコ一かけらならあげてもいいよ(血涙) えっ? いらない? ヤッターー!

 

「聞いて、貰えますか?」

 

僕はアパートを出ることになった訳を拙いながらも忍野さんに愚痴った。それはもう愚痴った。僕にとってどれだけ大事なチョコだったか、あの味を夢想してどれだけの(鼻)血が流れたか。枯れぬことのない泉のように滾々と話が湧き出てくる。

 

「少年も大変なんだね~」

 

「そうなんですよ!」

 

「だが少年は何か一つ勘違いしているんじゃないか?」

 

うん? 何だろう? はらたいらさんの職業を最近までクイズ王だとばかり思っていたことかな? それともメンマとザーサイの原料を同じだと思っていたことかもしれない。

 

「多分チョコを食べた犯人は君の後ろにいる怪異じゃないかな」

 

 うん? 十傑集が後ろにでもいるのかな? 神出鬼没な彼らのことなら驚かない。振り向くと自分の影がユラユラと揺れ、形を変えていく。はは~ん、さてはレッドさんだな。前にも僕の影に潜んでいたこともあるし、この程度ではこの僕を……ん?

 

 そこには立派な黒豹がいた。艶やかな毛並みに、鋭い牙爪。瞳は白く淡く光っている。美術品のような完成された美しさがあるが、美しさとは切っても離せない繊細さや脆さというのは感じない。皮膚を下から押し上げている隆々とした筋肉が狩人の強靭さを表しているからだろう。

 

一度忍野さんに振り返って、思わず二度見した。するとそこには黒(ry

 

あかん。何度見ても黒豹がいる。

 

「最近疲れているからかなぁ」

 

「――現実逃避するなんて案外余裕あるね少年は」

 

 不意に黒豹が動き出した。思わずビビって反射的に逃げ出しそうになる体を抑え込む。ネコ科に限らず野生の動物は急に動く物を追いかける習性があるって聞いたことがある。ここはゆっくり距離をとって、

 

「ひいっ!?」

 

僕の動きに反応したのか、スンスンと鼻を鳴らしながら近寄ってくる。

 

「動くなよ少年」

 

 忍野さんの声に心の中で軽く頷き、黒豹が顔を寄せてくるのを黙ってこらえた。近くで見るとやはりでかい。動物園のライオンより大きい気がする。ツンとくるような獣臭さはなかった。

 

「ウゥウウウー」

 

体の芯が震えるような鳴き声。緊張で顔がカーッと熱くなった後、背中の汗が妙に冷たく感じた。黒豹は僕の手元辺りを何度も嗅いでいる。

 

「少年。チョコだよ、きっとチョコを狙っているんだ」

 

ヒソヒソ声で悪魔が囁く。

 

「でも確か猫にチョコって毒だったような?」

 

「普通の猫ならね。怪異にしろ何にしろこいつは普通じゃない。君が食われるのとチョコが食われるのどっちがいいかって話さ」

 

う~~~~~~~~~~~~~~~ん。悩む。でも……しょうがないよね。僕のチョコを渡しさえすれば助かるかもしれないんだから。断腸の思いでチョコを一欠けら割って放り投げる。手ごと噛まれたら大変だし。

 

「やっぱり君結構余裕ある? 見習いたいもんだね全く」

 

そんなものあるはずがない。僕にあるのは例えどんな不条理な相手にでも自分のチョコをみすみす奪われたくない、そんな気持ちだけだ。

 

 黒豹は旨そうにチョコをかっ喰らう。あぁ、もっと味わって食べてくれ(切実) そうでないと折角作ったチョコ職人に申し訳ないと思わんのかっ! ……ん? こいつ僕の影から出てきたよな。するとこいつが今回の真犯人じゃないかっ!! 十傑集はやはり悪くなかった。僕はずっと信じてたよ(白目)

 

黒豹は僕の怒りも知らず、もう少しくれとばかりに首をふる。忍野さんも顎で軽くこちらに指図する。さすがにもう我慢できん。トサカに来たっ!!

 

「いい加減にしないかっ黒豹! もう一個やったろ? それで我慢しなさい!」

 

黒豹は逆上して僕に襲いかかってくる――かと思いきやクーンクーンと子犬のように鳴いた。まるで飼い主に怒られた飼い犬のようだ。どうも可哀想になって毛並みを撫でてやると甘えるように寝転がった。なにこの可愛い生物。

 

『我々はアキレス様と呼んでおります』

 

げえっ、孔明!? 

 

『随分私の印象が良くないようですな』

 

いや何というか、様式美? 的なもので決して悪意はないんです。それでアキレス様って何ですか?

 

『……良いでしょう。アキレス様はビッグ・ファイア様を守り、手助けする三つのしもべの内の一つ。どんな姿にも変身でき、ビッグ・ファイア様のお傍で護衛するのにこれ以上の存在もそうありますまい』

 

ただ可愛いだけじゃないんだな。この可愛さだけでも傍にいてくれると嬉しいが。三つの内の一つって言ってたけど後二つは?

 

『既にビッグ・ファイア様にはアキレス様がいらっしゃるではありませんか。なにか御不満でも?』

 

不満はないよ。ただ後二匹もこんなに可愛いのなら知っておきたいじゃないか!

 

『…………いずれ必要な時が来れば自ずと姿を現すでしょう』

 

孔明さんは本当何でも知っているな。

 

『私など天と地の間にあることしか存じ上げていません』

 

謙遜しているようで全くしてない不思議。でも納得してしまう、ビクンビクン。

 

「何してんの少年?」

 

 どうやら現実世界でもビクンビクンしている所を見られてしまったようだ。クッソ恥ずかしい。呆れ顔の忍野さんはポケットから煙草を取り出して一服する。最近アルベルトさんと一緒にいる機会が多いから煙草の匂いにも慣れてしまった。一服するかい? と差し出されたが勿論ノーサンキュー。普通高校生に煙草勧めるか? そうですね。僕の周りは普通じゃない人ばかりでした(自己完結)

 

しかし、これにて今回の謎は解決。頼りになりそうな相棒も見つかった。

 

「少年。警告しておくよ」

 

こちらを指さしながら忍野さんがコンクリートの地面から立ち上がった。いつになくマジな顔だ。思わず背筋も伸びる。

 

「正直言って君たちは危険だ。でも僕が一番危惧しているのは山野浩一。君という存在なんだ」

 

「僕は唯の一般人ですよ。十傑集と一緒にしないでください」

 

「それは随分面白い冗談だね。あれほどの傑物を従え、おかしな怪異まで君の仲間。それでも君は唯の高校生だと、そう言い切れるかい?」

 

言い返そうとして言葉に詰まった。忍野さんにとってそれだけで十分だったらしい。

 

「今までに見たことがないよ君のような歪んだ人物は。修羅場を潜り抜けた空気もなければ、特殊な暮らしをしてきたわけでもないただの一般人だ。だからこそ怪しい」

 

 アキレスが僕の隣で忍野さんに向かって低く唸りだした。喉をさすってやると静かになる。そう僕は知っていた。そう知っていたんだ。奇妙に思いはするものの違和感はない。

 

「……忍野さん。どうもお世話になりました」

 

「待ちなさい」

 

「……何か?」

 

「荷物忘れてるよ」

 

「こ、これは失礼しました」

 

なんだか締まらないな~。第三部 完!

 




なんという雑なオチ。このオチを作ったのは誰だー!

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