十傑集が我が家にやってきた!   作:せるばんてす

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爆発する少年

 

 

 夏はいよいよ盛りを迎えた。ジトジトした梅雨のうざったらしさはすっかり姿を消し、随分雲も近く大きくなった。熱波で肌がじりじりするこの感覚。僕の心の海に沈んでいたやる気だとか青春がこの熱で干上がり表へと顔を出してくる。この時まではそんな物が自分にあったなんてとてもじゃないが信じられない。――そんな夏が。まるでカンフー映画を見た翌日のように何でもできる! とにかくやってやる! と方向性の全くないやる気に満ち溢れる――そんな夏が僕は好きだ。

 

 ただ……非常に熱い。勿論夏は暑いから夏だし、夏だから暑いのは百も承知だ。しかし、クーラー一つないまま夏を乗り切ろうとする一市民として「暑い」の一言愚痴ってもよいではないか。

 

 白いシャツは汗でびっしょり体に張り付く。熱風をかき回すばかりでほとんど意味のない扇風機で宇宙人の真似を三時間ほどばかりした頃だろうか。ドアをノックする音が聞こえたのは。

 

「どなたですか~?」

 

 ドアのすりガラス越しの特徴的なシルエットで既に誰かは分かっているが、一応聞いておく。自慢じゃないが十傑集シルエットクイズを出されたら全問正解できる自信がある(ドヤッ

 

「十傑集が一人。白昼の残月です。恐れ入りますが今よろしいですかな?」

 

「どうぞ」

 

 姿を現したのは学帽とマスクが一体化したような不思議な被り物をしている残月さん。常にふかしている煙管は後ろ手に回して畏まった様子だ。

 

「どうしたの? 今日はトレーニング無いって聞いたけど」

 

「実は……お話がありまして」

 

「えっ? 何か悪いこと?」

 

「そういう訳ではありませんが、ビッグ・ファイア様の許可が必要な案件です」

 

ほむほむ。一体何だろう? 正直僕の許可なんて今まで求められたことがない。事後承諾、いや事後報告が常だ。……本当に僕は十傑集の崇めるビッグ・ファイアなんだろうか? 今更ながら崇められている理由が分からない。なんでも十傑集が今までいた場所に彼らの崇めるビッグ・ファイア様がいたらしいが、全く持って関係ない僕を他人の空似というだけで崇めるのはどうなのだろうか? 直接は怖くて言いだせないけど……

 

「実は――」

 

「実は?」

 

「――ビッグ・ファイア様の夏休みを利用して少し遠出をしようかと思いまして。予定があれば日程を変更致しますが、如何ですか?」

 

 夏休みに予定? あるわけないじゃん(逆ギレ)

 

 こちとら長年ボッチ生活をエンジョイしてきた生粋のコミュ障。阿良々木君たちも何だか忙しそうで自分から遊びに誘うなんてことは出来ない。悲しいけど無駄にやる気のあるまま毎年夏は過ぎ去っていくものだよ。

 

それよりも、遠出? いったい何処まで行くつもりだろう? 僕は基本的に町内より遠くに行くこと事態が滅多にない。何処に行くかによって準備する物も変わってくるし、とりあえず目的地を知らなければ。

 

「予定ないから僕はいつでもいいよ。行き先はどこなの?」

 

「富士です」

 

 富士。富士山のことか……言わずもがな日本を象徴する火山だ。美しい稜線、山頂に積もった万年雪は圧倒される迫力と自然の美が一体化した奇跡の光景といってもいいだろう。……とは言ってみたものの、僕って生で富士山見たことないんだよね。温泉番組で富士の絶景がなんちゃらとか言っているのを見てふ~んなんとなく良い物なんだろうな~位にしか思わなかった。この際ちょうどいい機会だし日本人として生の富士を一度見るのも面白い。

 

「行こう」

 

「参りましょう」

 

そういうことになった。

 

 

 

 

 十傑集全員で行くのかと思っていたがそんなことはなかった。何やら最近忙しい様子でアパートにも全員の部屋に灯が燈らない日も珍しくない。今回のメンバーは残月さん、十常寺さん、ヒィッツさんの三人だ。麓まで車で向かう。運転手はこの中じゃ一番常識のありそうな残月さん。助手席にヒィッツさん、後部座席に十常寺さんと僕といった配置だ。途中パーキングエリアで軽めの食事とトイレ休憩を入れて休みつつ、午前10時ごろには富士山の全景が見える麓の駐車場に着いた。

 暑い日が続くので薄着で着たが、富士の麓は肌寒いぐらいだ。これならもう一枚何か着て来た方が良かったな。すると後ろから十常寺さんがどこからか赤いチェックの上着を恭しく渡してくれた。

 

「あ、ありがとう十常寺さん」

 

「否。我等BFの御為。投瓜得瓊。日々是返すこと難く、我が身尽くすのみ」

 

…………うん。何となく伝わるような、伝わらないような。

 

「ビッグ・ファイア様。十常寺は『我らがビッグ・ファイア様に感謝・敬愛の気持ちはあれど、私たちがそれに日々お返しできる事物は余りにも少なく、難しいことだ。これからも我が身を尽くして仕えます』とのことです」

 

「あ、ああなるほど。大したことなんてやってないし、むしろお世話になってばかりだからこっちからお礼を言いたいぐらいだよ。ちょっと遅れたけど、皆いつもありがとう」

 

ハハァーと土下座するいい年した大人三人。ちょっ、本当止めて! 何事かと周囲の人が集まって来たから! 起き上って!

 

 

 

 

「あ、あの一つ聞いていい?」

 

「何なりとこの素晴らしきヒィッツカラルドにお聞き下さい」

 

「何故僕たちはこんな所を歩いているのかな?」

 

「こんな所と申しますと?」

 

「いや確かに僕も富士山に来たから薄々登ることになるんだろうなとは予期していたけど…………何で富士の樹海? おまけに林道からもかなり外れている場所を歩いているんだろう?」

 

「当然ビッグ・ファイア様の為です!」

 

 でしょうね。鍛えることが出来るからという理由で夜通し耐久マラソンやらすような人たちですから僕ももう諦めましたよ(白目) そうそう、何故だか白目になるとヒィッツさんが凄く喜ぶ。仲間が出来たとでも思っているのだろうか? 勘違いも甚だしい(苛烈)

 

 樹海は昼間にも関わらず薄暗い。よくあるデマで方位磁石が使えないというのがあるが実際はそんなことはない。ただ周囲に木しかなく似たような光景が広がっていて、おまけに足元も悪いので迷いやすいのは確かだ。正直先導してくれる残月さんがいなければ確実に遭難する自信がある。

 

 不意に残月さんが止まった。何だろうと残月さんの進む先を覗き込もうとしたところ、伏せるように指で合図された。とりあえず従って身を隠すこと3分。ザッザッと人の歩く音が聞こえてきた。どうやら数人はいるらしく、草木を踏みしめる音もそこそこ大きい。その中の誰かが照らす懐中電灯かヘッドライトの灯りが僕らの隠れている辺りを一周する。吐きかけた息を呑みこんでじっと静止していると、満足したのか、異常はないと判断したのか、再び足音は進みだした。そのまま五分程してから残月さんがOKサインを出してようやく一息つく。

 

「一体何者なんだろう?」

 

 一般人ならこんなとこにいるはずはないし、自殺志願者にしては装備も人の数も不自然だ。そもそもそれならば残月さんが隠れるように指示する筈がないだろう。

 

「不可解也」

 

「うむ。この国の軍隊のような者たちがこの場所を訓練で使うと聞いたことはあるが、奴等は何かを警戒しているようであった」

 

「それにこの匂い。殺気のこもった汗の香りが空気に漂っているな。既に何人か殺った後か」

 

おいおいおいおい。話がきな臭いどころか完璧な黒じゃん。やべぇよやべぇよ。

 

やはり僕に遠出は早すぎた。さっさと帰って皆でチョコでも食べようよ(提案)

 

「これからどうする。尾行してみるか?」

 

と、カニ頭のヒィッツさん。髪形だけでなく頭の中までカニになってしまったのか。

 

「ビッグ・ファイア様がいなければ頷いていただろうが、さすがに危険な場所にお連れするのはあまり気が進まないな」

 

いいぞ、もっと言ってください残月さん!

 

「否。我等BF。斯様な些事にて気息奄奄。疑うは釈迦に説法これ真なり」

 

……うん? 何を言っているかはよく分からないけど、十常寺さんもその調子でヒィッツさんを止めてください!

 

「確かに十常寺の言うことも最もだ。では参りましょうか」

 

「参りましょう」

 

そういうことになった。……どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 何故か追跡することになった一行。軽い気持ちで富士山に行こうなんて言わなければ良かった。――なんて今更思っても仕方がない。幸いなことに追跡は十常寺さんのお陰で随分楽だった。黄土色の道服を身に纏い、目が真っ赤に充血している見た目からして非常に怪しい存在ではあるがその能力は異端揃いの十傑集の中でもさらに異端。自他問わずに命を自在に操り、無機物に命を与えることも奪うことも可能。ローゼンさんも吃驚のとんでも能力だ。

 

 そんな能力を使って命の残り香を追跡していく。相手方も追跡を警戒しているのか罠や誘導もあったが十常寺さんの力で誘導に引っかかることもなく、罠は十傑集としての基本スペックで尽く無力化していく。もうそこにいちいち突っ込むのは野暮ってものだろう。それよりここまで警戒しているということはこの先相当ヤバいものが待っているのだろうか? 昔カッコいいとか思って手に様々な模様や漢字を悪戯書きしていたこととか、そういう感じの痛い思い出でも隠しているのかもしれない。何より僕が一番恐ろしいのはそういう思い出話で笑えないことだ。

 

随分話が逸れたが、いよいよ目的地に着いたらしい。

 

 ここまで蛇の尾のようにグネグネと歩いて来た。僕はてっきりこのまま山頂に向かうのかと思っていたがどうやら違うようで……。十常寺さんが指さす先には草木で入口を覆い隠された洞窟があった。そこにあると指摘されなければ気付かないほど周囲の景色と一体化している。なんだか秘密基地みたいでワクワクするな。

 

「あの先にいるの?」

 

「諾」

 

「どれ私が先陣を切ろう」

 

「うむ。任したぞヒィッツ」

 

 グッとサムズアップしてヒィッツさんはゆっくりと洞窟に向かって行く。見た限りでは人の姿は無いが、電子機器や洞窟の中に隠れている可能性も否めない。いや、ここまで追手を警戒しているのならば十中八九監視はいるだろう。

 

 ヒィッツさんは入口に向かって軽く片手を上げ、親指と人差し指の先を合わせる。そしてパチンッと指パッチンにしてはかなり高い音を出した。すると入口はまるでカーテンを勢い良く開いたかのように真っ二つに裂ける。ついでに入口の中でこちらを伺っていた着流しの侍姿の人物の持つ日本刀も柄から切っ先まで真っ二つだ。ヒィッツさんも凄いけど平成の世に侍がいることに驚いた。

 

「チッ、朱雀院の連中か!? 出会え出会えっ」

 

 洞窟の奥からぞろぞろと血走った眼の侍たちが現れる。腰には脇差と太刀の二本差し。あれよあれよという間に囲まれてしまった。まるで大河ドラマの撮影に巻き込まれたかのようで真剣を突き付けられているこの状況にいまいち危機感を感じない。僕を守るように残月さんと十常寺さんに囲まれて、ようやくこれは危険な状況だと察知できた。

 

「珍妙な恰好をしよってからに。だがここまでたどり着いた以上は始末させてもらうぞ。何か言い残すことは?」

 

 普通なら侍姿の男に言われたくないだろうが、今回においてはぐうの音も出ないほどの正論。全面的に完敗だ。

 

「フッ。そんなものはない」

 

とヒィッツさん。僕は最後に言い残すとしたらどんな言葉が言いだろう? やっぱり『なんじゃこりゃあ!』とか渋いのがいいな。そんなことを小声で呟いていたら縁起でもないことをと、残月さんに窘められた。

 

解せぬ。カッコいいじゃないか。

 

「随分諦めがいいじゃないか。我々の栄華の礎となれることを誇りに思うがいい」

 

「まさか三下風情に先に言われるとは……この素晴らしきヒィッツカラルド一生の不覚だ。――ならば証拠を消すしかあるまい」

 

「何を世迷い言――をっ!?」

 

 男は最後まで言い終わることも無く、地面に崩れる。頭頂部から股間までが綺麗に避けた死体は先ほどまで物を言っていたとは信じられないくらいに憐れなものだ。周囲に血の生臭い匂いが広がるまで辺りは妙に静かだった。だが一度現状を認識してしまえば侍たちの反応は素早かった。気合いと共に真剣を振りかざし、一足飛びに駆けよって来る。その統率力たるや、例え時計で合わしたとしてもこれ以上に揃うことなど出来ないだろう瞬間に息を揃えて立ち向かってきた。誰一人として怯えの表情は無く、白刃の一太刀は必殺のものに思えた。

 

――しかし逆に言うと、ここまで対処の早い彼らでさえ先ほどのヒィッツさんの一撃は衝撃的な訳であって。

 

 そんな彼らの反応も予想済みとばかりにヒィッツさんはその尽くを撃ち落としてゆく。

 

パチンッ、パチンッ

 

 命が無くなるとは思えない程軽い音で一人、二人。時には三人一遍に倒れる。さすがに戦況が明らかに押されていると知ると逃げ出す者も出てきたが、ヒィッツさんに優先的に狙われる結果になり、残った者は決死の面持ちでこちらへ向かってくる。一番手玉に取りやすそうな――実際そうだが――

僕を狙ってくる者も少なくはない。しかしある者は残月さんの目にも留まらぬ一撃で粉砕され、ある者は十常寺さんの鐘から放つ音波で苦しみながら倒れ伏す。

 

 こうも目の前で死体を量産されて、可哀想にとぐらいしか思えない僕は相当歪んでいるのかもしれない。勿論恐怖はある。しかしそれはもし僕が十傑集に攻撃されたら? とかあくまで保身の意味での恐怖であり、殺し自体に対する恐怖ではない。『人間問わず、生物は基本的に自己保身する生き物だから』とか弁護する訳ではないが、さすがに自分がここまで無感情な人間だったと自覚すると酷く気持ち悪い。

 

「ほう。あの若造なかなかやる」

 

 残月さんの感心したような声に項垂れていた顔を少し上げる。見れば僕たち以外にもはや立っているのは一人しかいなかった。他の侍たちに比べてやや痩せ形の眉目秀麗な優男といった風貌だ。脇差を片手に息も荒く、随分怪我している様子だがその目には闘志が未だ宿っている。

 

 ヒィッツさんが実に楽しそうな笑みを浮かべて指を鳴らせば、男は空を斬るように脇差を振るう。すると男の腕の周りから血飛沫が上がる。そして少し遅れて男の斜め後ろの木が鈍い音を立てながら地面へと轟音を響かした。

 

「ビッグ・ファイア様を気遣ってかなり威力と速度を落としているとは言え、ヒィッツの斬撃を逸らすとは……」

 

「――全く持って驚きだよ。お前のその小刀、なかなかの業物と見た」

 

「賊に答える言葉なぞ持っておらぬわ。玄武派の名に懸けて貴様らを討ち取るのみ」

 

 よろよろと立ちあがる姿は見るのも痛ましい。しかし手負いの体の心身に意識が充実しているのだろう。彼の姿はその細身よりもはるかに大きく見えた。おそらく今の彼にヒィッツさんが先ほどの斬撃を飛ばしても同じ結果になるだろう。

 

「よかろう」

 

「――えっ?」

 

 男が脇差を力強く握りしめていた片手がそこにはなかった。本人も何が起こったのか信じられないらしく、何度も勢い良く血の吹き出る肘から先を探していた。

 

「左足」

 

ヒィッツさんの宣言通り今度は左足が斬れて、木々の奥に吹き飛ぶ。

 

「右手、右足」

 

「ウワァァアッーーーーーー!? 止めろっ、止めてくれーーーーっ!」

 

 恥も捨てて、泣き叫ぶ彼に先ほどまでの雄姿はない。当然だ。四肢が落とされてまで動じないのはもはや単なる勇ではなく蛮勇でしかない。そんな彼の姿を見て笑みを深めるヒィッツさん。戦意を失った相手にそれはさすがに悪趣味と言わざるを得ない。

 

「落葉帰根、命の鐘の響きあり!」

 

 そんな時十常寺さんの鐘が木々に反響して安らぎの音を奏でる。まるでこの場だけ花畑に包まれたような思わずうっとりするイメージだ。男の苦痛と恐怖に満ちていた顔も静かに和らぎ、僅かに頬を緩めるとゆっくり瞳を閉じた。死には均しく尊厳を、命を操る彼だからこその見送りだろう。

 

 ヒィッツさんは少し不満そうだったが、十常寺さんにジッと見つめられると両手を広げて何でもない振りをした。残月さんも十常寺さんの行動に納得して頷いているので、状況が悪いと判断したのだろう。

 

「ビッグ・ファイア様。彼らがここまでして何を為そうとしたか気になりませんか?」

 

 明らかに話を逸らすことが目的のヒィッツさんの提案だが、確かに気になる。まず彼らが何者なのかさえもよく知らないのだ。襲われたから一応正当防衛という名の過剰防衛が成り立つ……筈。

 

 確か朱雀院だが、玄武派とか言ってたような。随分厨二心擽るネーミングだけど、あの動きからして子供の遊戯の集まりじゃないだろう。そんな彼らが富士の樹海の奥で何を企んでいたのか――確かに気にならないこともない。明らかに一個人が知るべき秘密じゃないと思うけどね。

 

 こういう時幽鬼さんがいてくれたらな。常識枠としても情報収集にしても凄く頼りになる。今一番信用出来る人だ。

 

閑話休題

 

とは言ってもヒィッツさんのことだ。きっとなんだかんだ言い訳をつけて残ろうとするに違いない。僕の目の届かない所でとんでもないことをされるよりも僕の目の届く所で満足させて、これ以上事を荒げない内にさっさと帰るに限る。いや、もうこの手しかない!

 

「と、とりあえず行ってみる?」

 

「我らがビッグ・ファイアの為に!」

 

 

 

 

 

 洞窟の奥は意外と快適だった。侍姿の人達のいた場所だったのでてっきり行燈や松明が灯り代わりに使われていると想像していたけど、LEDの照明が配置されている。

 

最近の侍は進んでいるな(錯乱)

 

 先ほどの侍たちが駐屯していたであろう広間にはキッチンや寝所等生活感を垣間見える物もあり、よほど長い期間ここで生活してきたことが伺える。残月さんはまだ内部に侍がいる可能性は十二分にあるとのことだったが、外の警備が全滅した時点でどうやら随分手荒く物を纏めて運び出したらしい。書類の山が崩れたまま、PCの配線の切れ端、データを消すために残骸と化した筐体。

 

何処かに脱出口でもあるのだろう、人の気配は全く感じられなかった。

 

 ただ長く続く洞窟にもようやく終わりが来た。そう瓦礫と土砂での行き止まりという結果で。ここまで来て行き止まりというオチはひっじょ~~うに残念だが仕方ない。さっさと帰るとしよう!

 

「いや、この匂いは火薬を使っていますな。この瓦礫の先に見せたくないものでもあるのでしょう」

 

「で、でもこう塞がれてたらどうしようもないよね? ねっ?」

 

「否。吾が力にお任せあれ」

 

 十常寺さん。今日だけでも凄く頼りになるのは分かったから、そんなに自信満々な表情やめて! このままだと……

 

 そんな僕の意思とは逆に事は奇妙なぐらい順調に進んでいく。十常寺さんの鐘の音で命なき無機物の瓦礫は一体の大きなゴーレムへと変貌する。誘うように差し出されたそのゴツゴツした手は、まるで僕を地獄に誘う悪魔のものと何ら相違なかった。

 

道は下へ下へと続いていた。僕の気分もそれに合わせて下降していく。

 

それにしても深い。重機の手があったとしてもここまで掘るのに一体何年かかったのだろうか?

 

心なしか暑くなってきた。確かここって富士山の地下だよね。周囲に温泉も湧くからマグマでも近いのかもしれない。――いや、まさかな?

 

 

ようやっと辿り着いた先には何やら大量の筒のようなものと、後は何やらデジタル表記の時計がっ!?

 

 僕は最後まで見ることも無く、何かとてつもない勢いで引っ張られた。正面からの突風に髪の毛はまるで生き物のように後ろ後ろへと流れて行く。背中と膝の裏に逞しい腕を感じた。僕はどうやら誰かに運ばれているらしい。それもお姫様だっこでとてつもないスピードで! 風に逆らいながら上を見上げるとそこには残月さんの顔が。

 

「何が~~~起こっているのっ!?」

 

 風に負けないように出来る限りの声で叫んだが、普段滅多に大きな声を出さない僕だ。僕自身でさえも途中で何を言っているのか分からなくなるほどのか細い微かな声になった。それでも残月さんには聞き取れたらしく説明してくれる。それほど大きな声には聞こえないけど不思議とハッキリ聞きとることができた。

 

「奥に大量の爆薬があったのです。時限式のようで小細工する時間も余りありませんでしたので撤退しているところです」

 

なんですとっ!? 富士山の地下に爆薬? ひょっとしてそいつは本当にヤバいんじゃなかろうか、いやかなりヤバい(反語) だって確か富士山って活火山だったような……

 

「早く逃げよう!」

 

「委細承知」

 

 口だけの僕は何もできないまま焦りで急かされるよりも周囲の状況の把握に努める。どうやら先頭にヒィッツさんがいるようで下半身が残像に見えるほど素早いスピードで走っている。後ろには十常寺さん。先ほど造ったゴーレムを元の瓦礫に戻して洞窟の途中を塞いだようだ。途中見知らぬ誰かの声を聞いた気がしたか、『車は急に止められない』もとい、『急ぐ十傑集は止められない』。

どうやら轢いてしまったようで人影が転がってゆくのを目の端で捉えたような気がしたが、それはおそらく気のせいだ(冷や汗)

 

 ようやく洞窟の出口の明かりが見えて来る。先頭のヒィッツさんが更にスピードを上げると、僕を抱える残月さんにもグッとGがかかって景色が霞んでゆく。背後からの爆風に巻き込まれながらも、それすらも加速の足場にしながら青空へと舞う残月さん。普段ならとても絵になったであろう富士山の壮大な景色は山頂から立ち上る黒煙でそれはそれは台無しだった。

 

僕は悪くねぇっ! わ、悪いのは全部十傑集だ! 僕は悪くないぞ!

 

 

 

 

 





それでも僕はやってない

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