先ほどまで照っていた月は雲へと隠れ、雨音が王都の喧騒を紛らわしている。
「ん?」
他所よりも少し騒がしいところに足を運んでみれば、巨躯の醜悪な姿をした“誰か”がいた。
赤髪の女、アイリス・ミドガルがその“誰か”を斬り刻んでいる。苦しめているだけなのがわからないのだろうか。なぜ、無意味な攻撃をするのだろうか。
救ってあげないと。そう思い、屋根の上から飛び降りようとした時だった。漆黒に身を包んだ女が、アイリスの剣を弾き飛ばす。
強い。もしかしたら、アペルに匹敵するのではないだろうか。
そう考えているとアルファと名乗った女性は“誰か”に向かって歩き出した。そして、一歩。自然と踏み出した一歩で“誰か”を正確に断ち斬った。
そして、“誰か”は白い煙を上げながら萎んでいき、左腕から短剣がこぼれ落ちた。目を凝らしてみると、柄には『最愛の娘ミリアへ』、そう刻まれていた。
胸の奥から、哀惜の念が込み上げてきた。
ディアボロス教団について、私の一週間で存在を知って、あの手この手を使ってかき集めた中で浮かび上がってきた派閥。フェンリル派。
おそらくは、その実験体として使われたのだろう。やはり、到底許せるものではない。ディアボロス教団は潰す。
アペルは詳しく言及をしていないが、ディアボロス教団の壊滅が目的だろう。
「ねぇ、あなた。私を見ていたようだけど……、何者かしら?」
「っ!?」
気配がなかった。気づかなかった。
「クロア。それ以上でもそれ以下でもない」
思考の海に沈んでいる場合ではなかった。今はこの女の対処に全神経を注ぐべきだと本能が告げている。
「そう。で、何が目的なの?」
彼女は一歩、また一歩と間合いをつめてくる。
「さぁ?目的なんてないさ」
間合いに入らせないように少しずつ後退していく。
「そう……。嘘ね。貴方は何かしらの目的で動いている」
彼女からの圧が強まっている。
「証拠はあるのかい?そんな勝手に嘘だと決めつけないでおくれよ」
「ここ一週間、王都の各地で情報をかき集めいている少女がいたのよ。オレンジ色の髪に、緑色の瞳を持った……ね」
「偶然じゃないのかい?」
「そうかもしれないわね」
クスッと笑う。
「そうだとしても、貴方ほどの実力者がなんの目的もなしにこんなところにいるわけがないわ」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「それで」
「おとなしく目的を吐くか、私に捕まって吐くまで拘束するか。どちらにする?」
下手に怪しい人物に情報を開示するわけにはいかない。アルファという女性の情報などは調べた中になかった。
逃げるか……?現に実力は彼女の方が上。
「沈黙は後者として受け取らせてもらうわ」
アルファが1歩踏み込む。彼女の漆黒の刀が私に襲いかかる。基本に忠実な美しい一太刀。
「それは、早計じゃないかなっ」
それに合わせて私も刀を振り、相殺する。アペルも同じような太刀筋だから反応こそできるものの、このままではジリ貧になって負ける。
踏み込んでは一太刀、またも一太刀。
あまりの威力に腕が痺れてくる。テンポを取られている。
戦闘において相手に呑まれることは負けに直結する重大な要因だ。
「そういえばっ、私は名乗ったけどっ、貴方のっ、名前はっ」
だとしてもある程度の情報は持ち帰りたい。無事に帰れるかすら怪しいが。
「アルファ」
これは質問が悪かった。頭がしっかりと働いていない証拠だ。
斬り結ぶなかで、少しずつ切り傷が増えていく。だんだんとその傷は深くなっていく。
なにか、打開策を考えないと。どうすればいい?距離をとって逃げても追いつかれる。
「そろそろ、目的を教えてくれないかしら?」
彼女は余裕の笑みを崩さない。
「教えるわけっ、ないだろっ……」
どうする?どうする?このままだと私の人生の終着点がここになってしまう。
「あら?目的はないんじゃなかったの」
焦りで頭の回転が鈍くしまっている。
「うるっ、さいっ!」
力ずくで彼女を弾き飛ばす。
「図星ね」
ひとまずの距離は取れた。少しずつ下がりながら戦っていたため、路地裏に辿りついた。
アルファは間合いに入るチャンスを伺っている。
今の私の手持ちはこのスライムのみ……。そうか!どうにか逃げれるかもしれない。
できる限りのスライムを集め、彼女に投げる。
その瞬間だった。青紫の魔力が空に広がり、爆風が街を、大地を揺らした。
少しばかり驚いたが、何よりも逃げることを優先していたため、どうにか、無我夢中で足を動かした。
アルファは、足を止めていた。
アペルの部屋に戻った。主はまだいない。
スライムスーツに魔力を流すのをやめ、姿見の前に立つ。
「治るかな……」
そこに写っていたのは、無数の傷に身を包んだ少女だった。
傷の部分に魔力を集中させ、自己再生力を高める。アペルならば、このぐらいの傷はすぐに治せるのだろう。
今回の騒動は、私の無力さを実感しただけだった。私は弱かった。ただ、逃げることしかできなかった。
もっと上手くやれたのではないか。他にも手段はあったのではないか。そう自責をして、ため息をつく。
こんな私がアペルのそばにいていいのだろうか。主の好意に甘えていていいのだろうか。
いくら考えても答えが出てこない。
「ただいま」
その声に反応して窓を見ると、清々しいほどの満面の笑みを浮かべたアペルがいた。
ただ、私とは比べ物にならないほどの傷が無数に刻まれていた。
「大丈夫?」
「ええ、もちろんよ。それにしたって、すごい暗い雰囲気じゃない。どうしたの?」
「アペル……。私は、負けた。完膚なきまでに叩き潰された……」
思い出すだけで辛くなってくる。
「私なんて、あなたのそばにいる価値な……」
「そんなことないわよ」
「だって、私は負けて……」
「私だって負けたわよ。でも別に死んだわけじゃない。何もできなくなったわけじゃない」
「だけど……」
「そうね。悔しいわよね。その気持ちを忘れてはいけないの」
アペルがぎゅっと抱きしめてくれた。
「悔……しい……」
「そう。また強くなってリベンジすればいい。命ある限り、命が尽きぬ限り、強くなって戦い続けなさい」
「そうだよね、次こそは勝つ!」
「そうよ。それでこそクロアね」
そうだ。そんなうじうじ悩む必要なんてなかったんだ。もっと強くなって、アペルの役に立つんだ。ただそれだけでよかったんだ。
主はやっぱりやさしい。
「生涯を尽くして、貴方に仕えるわ」
「って、あれ?」
アペルが視界から消えたと思ったら私の膝の上ですやすやと寝息を立てていた。
「朝までこのままの姿勢で居ようかな」
主の寝顔は可愛かった。
◆◇◆◇
「ガンマ、ちょっといいかしら?」
「なんでしょうか、アルファ様」
そばにある暖炉では火がぱちぱちと燃えている。
「例の少女と出会ったんだけれど……」
あのアルファが少し言い淀む様子にガンマは驚きつつも、話の続きを待つ。
「クロアと名乗ったのよ。少女に目的を聞き出そうと拘束をしようとしたのだけれど……、取り逃してしまって……」
「アルファ様が!?」
「恥ずかしながらそうなのよ……。シャドウにも報告するのだけれど、一応ガンマにも知ってもらいたかったの」
「では私の方でももう少し調べてみようと思います」
「頼んだわよ」
そしてガンマが部屋を退出したあと、アルファは寂しげな瞳で夜空を見上げていた。
取り逃したからなのか、はたまた別の理由があったのか。それは彼女にしかわからない。
◆◇◆◇
「あの子、かっこよかったなぁ〜。『いずれ貴方を超えるものよ』なんて陰の実力者の強さに惹かれた上で越えようとする、本筋の主人公とは違ったサイドストーリーの主人公って感じですごいよかった」
「圧倒的な壁を見せつける陰の実力者プレイも良かったなぁ〜。ただ、最後の去り際に一言言えなかったのがちょっと残念……」
「また会えるといいな〜。意外と強かったし。アルファより強いかも」
「今度会った時は、どんなセリフで迎えようかな〜」
なんか……、筆がすごい乗りやすくなってしっかりと木曜日の更新に間に合ったぜ。ということでいかがだったでしょうか?ぜひ感想をいただけるとありがたいです。それか、お気に入り登録だけでもよろしくお願いします。