アインクラッド第三十五層、二〇二四年二月
ナイトとキリトはある依頼の最中だった。二手に別れて捜索している中、キリトは戦闘音が聞こえ、その場に向かっているのだった。キリトが着く頃には少女の近くに死亡を意味するポリゴンが、キリトはすぐさま助けに入る。モンスターが全ていなくなると、キリトは口を開く。
キリト「・・・すまなかった。君の友達、助けられなかった・・・」
少女はその言葉を聞いた瞬間、次々と涙が溢れてくる。
少女「お願いだよ・・・あたしを独りにしないでよ・・・ピナ・・・」
キリト「・・・すまなかった」
少女「・・・いいえ・・・あたしが・・・バカだったんです。ありがとうございましす・・・助けてくれて・・・」
キリトは少女にゆっくり近ずき、少女の前に跪(ひざまず)く。
キリト「・・・その羽根だけどな。アイテム名、設定されてるか?」
少女は羽根におそるおそる手を伸ばし、ウインドウを開く。アイテム名は<ピナの心>。再び泣き出しかけたその寸前で、慌てたキリトの声が割り込む。
キリト「ま、待った待った。心アイテムがあれば、まだ蘇生の可能性がある。四十七層の<思い出の丘>というダンジョンの最奥部にあるアイテムが使い魔蘇生用のアイテムらし ー」
少女「ほ、ほんとですか!? ー ・・・四十七層・・・あたしにはまだ無理だよ・・・」
少女は肩を落とし、地面に視線を向ける。
キリト「実費と、報酬を貰えば俺が行ってきてもいいんだけどなあ。使い魔を亡くしたビーストテイマー本人が行かないと、肝心のアイテムがでないらしいんだよな・・・」
少女「いえ・・・情報だけでも、とってもありがたいです。頑張ってレベルを上げれば、いつかは・・・」
キリト「それがそうもいかないんだ。使い魔を蘇生できるのは、死んでから三日だけらしい」
少女「そんな・・・!」
少女が再び絶望に捕らわれ、うなだれる。すると、システム窓が表示される。見上げると、キリトがトレードウインドウを開き、少女にアイテムを渡そうとしているようた。
キリト「この装備で五、六レベルぶん程度底上げできる。俺も一緒に行けば、多分なんとかなるだろう」
少女「なんで・・・そこまでしてくれるんですか?」
キリト「・・・笑わないって約束するなら、言う」
少女「笑いません」
キリト「君が・・・妹に、似てるから」
少女はその答えに思わず噴き出してしった。キリトはその反応に肩を落とし、俯く。
少女「よろしくお願いします。助けてもらったのに、そうの上こんなことまで。・・・あの、あたし、シリカっていいます」
キリト「俺はキリト。しばらくの間よろしく。とりあえず、俺の仲間と合流しよう」
三十五層主街区。大通りから転移門広場に入ると、シリカの顔見知りのプレイヤーが声を掛けてきた。
シリカ「あ、あの・・・お話はありがたいんですけど・・・しばらくこの人とパーティーを組むことになったので・・・」
?「なら、俺とはどうだい?」
後ろから声を掛けられ、振り向くと
キリト「なんだ、ナイトか。お前を探してたんだ」
ナイト「なんだとはなんだ。キリト、お前、ちょっと目を離したらナンパか?」
キリト「違ぇよ!この子はシリカ。四十七層まで一緒に行くことになった」
ナイト「知ってる。竜使いのシリカで有名だ、四十七層ってことは使い魔蘇生アイテムか」
キリト「話が早いな、明日からだ」
転移門広場から歩き始め、宿に着く。すると、隣の道具屋から、四、五人の集団がでてくる。ほとんどは広場に向かっていったが、最後尾の女性プレイヤーが振り向く。
女性「あら、シリカじゃない。へぇー、森から脱出できたんだ。よかったわね」
シリカ「・・・どうも、ロザリアさん」
ロザリア「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?あらら、もしかしてぇ・・・?」
シリカ「死にました・・・でも!絶対に生き返らせます!」
ロザリア「へぇ、てことは<思い出の丘>に行く気なんだ。でも、あんたに攻略できるの?」
キリト「できるさ。そんなに難易度の高いダンジョンしゃない」
キリトが進み出て、シリカをかばうようにコートの陰に隠す。
ロザリア「あんたもその子にたらしこまれた口?見たトコそんなに強そうじゃないけど」
ナイト「行こう」
宿屋<風見鶏亭>の一階は広いレストランになっている。チェックインをすまし、メニューを開く。ナイトは既に食事を済ませたようで、先に部屋に向かっていった。しばらく食事を楽しむと、シリカは呟く
シリカ「・・・なんで・・・あんな意地悪言うのかな・・・」
キリト「君は・・・MMOは、SAOが・・・?」
シリカ「初めてです」
キリト「そうか。 ー どんなオンラインゲームでも、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーは多い。それをロールプレイと、従来は言ってたんだろうけどな。でも俺はSAOの場合は違うと思う。
今はこんな、異常な状況なのにな・・・そりゃ、プレイヤー全員が協力してクリアを目指すなんて不可能だってことは解る。でもな、他人の不幸を喜んだり、アイテムを奪うやつ。 ー 殺しをする奴が多すぎる。
俺は、ここで悪事を働くプレイヤーは、現実世界でも腐った奴なんだと思ってる。・・・俺だって、とても人のことを言えた義理じゃないんだ。人助けなんてろくにやったことないしな。仲間を ー 見殺しにしたことだって・・・」
シリカ「キリトさん・・・キリトさんはいい人です。あたしを、助けてくれたもん」
キリト「・・・俺が慰められちゃったな。ありがとう、シリカ」
その途端、シリカは、心臓の鼓動が速くなり、顔が熱くなる。食事を終え、明日に備えて早目に休むことにした。部屋は偶然にも隣だった。
シリカは部屋の中で眠ろうとしても寝付けなかった。気づけばキリトのことを考えてばかりで、心を整理出来ないまま時間が過ぎて行った。
そんなとき、部屋のドアがノックされキリトの声が聞こえる。
キリト「こんな時間にごめんな、四十七層について話しとこうと思って」
ドアを開けると、キリトだけではなくナイトもいた。
ナイト「キリト、俺はドアの前で待機しとく」
キリト「ああ、頼んだぞ」
キリトは部屋のドアを閉め、テーブルの上にアイテムを出す。
シリカ「きれい・・・それは何ですか?」
キリト「<ミラージュ・スフィア>っていうアイテムだよ」
それはアインクラッドの地図が映し出されていた。
キリト「こここが主街区で、こっちが思い出の丘。この道を通るんだけど・・・」
キリトは四十七層の地理を説明している最中、声が途切れる。そしてナイトの声が聞こえる。
ナイト「キリト、奴らが来たが直ぐに逃げていった。追うか?」
キリト「いや、今はいい。それより、メッセージを打つ」
シリカはその背後でベットに丸くなる。キリトの横顔を見てるといつしか眠りに落ちていった。
朝になり、一階に降りると既にキリトとナイトは朝食を食べていた。
シリカ「キリトさん、ナイトさん、おはようございます」
キリト「おはよう、シリカ。よく眠れたかい?」
ナイト「おはよう」
シリカ「はい。しっかりと眠ったので準備万端です!」
シリカも朝食を摂ると宿屋の隣の道具屋でポーション類の補充を済ませ、転移門へと向かう。
シリカ「あ・・・あたし、四十七層の街の名前、知らないや」
ナイト「いい、俺が指定しよう。転移、フローリア」
転移を終えると、シリカの視界に様々な花が目に入る。
シリカ「うわぁ・・・すごい・・・」
キリト「この層は通称<フラワーガーデン>って呼ばれてて、街だけじゃなくてフロア全体が花だらけなんだ」
ナイト「花を見るのは後にして、今はダンジョンに行こう」
ダンジョンに向かう最中、シリカはキリトに話しかける。
シリカ「キリトさん。妹さんのこと、聞いていいですか?」
以後原作通り
ナイト「さて、ここから冒険開始と言ったところか。シリカ、君に注意事項がある」
シリカ「はい」
キリト「君のレベルとその装備なら、ここのモンスターは決して倒せない敵じゃない。でも、フィールドでは何が起きるかわからない」
ナイト「もし、予想外の事態が起きて、俺か、キリトが離脱しろと言ったら、今から渡す結晶でどこの街でもいいから跳ぶんだ」
シリカ「はい!」
シリカは心の中で決意した。自分に出せる全力を出して戦うと。
しかし。
シリカ「きゃ、きゃああああ!?なにこれ!?き、気持ちワル!」
シリカは、早速エンカウントしたモンスターの姿を見て絶叫する。
キリト「だ、大丈夫だって。そいつは凄く弱いから」
シリカが滅茶苦茶に繰り出したソードスキルの技後硬直時間に滑り込んできたツタが、シリカの両足を捉え、持ち上げる。宙吊りになったシリカのスカートがずり下がる。
シリカ「き、キリトさん助けて!見ないで助けて!」
キリト「そ、それはちょっと無理だよ」
ナイト「そのまま、スカートを抑えじっとしとけ」
ナイトは花の首根っこを切り、シリカをお姫様抱っこしながら着地する。
ナイト「大丈夫か?」
シリカ「は、はい大丈夫です。・・・キリトさん、見ました?」
キリト「・・・見てない」
黒衣の剣士は左手の隙間からシリカを見下ろしつつ答えたのだった。
その後の戦闘はシリカがこなしていき、危なくなったらナイトが刀で攻撃を弾くだけのアシスタントに徹するのだった。
キリト「あれが<思い出の丘>だよ」
シリカ「見たとこ、分かれ道はないみたいですね?」
ナイト「だが、モンスターの量は相当らしい。気を引き締めて行くぞ」
シリカもナイトに慣れたのか道中ナイトにも話しかけていた。丘の頂上に登ると、ぽっかりと開けた一面に美しい花々が咲き誇っていた。
キリト「とうとう着いたな」
シリカ「ここに・・・その、花が・・・?」
キリト「ああ、真ん中あたりに岩があって、そのてっぺんに・・・」
キリトの言葉が終わらないうちにシリカは走り出していた。自身の胸ほどまでもある岩に駆け寄り、おそるおそるその上を覗き込む。
シリカ「え・・・ない・・・ないよ、キリトさん!」
キリト「そんなはずは・・・いや、ほら、見てごらん」
シリカ「あっ・・・」
岩の上に花が咲き始める。つぼみが開くと、シリカは花に手に触れる。
アイテム名は<プネウマの花>
シリカ「これで・・・ピナを生き返らせられるんですね・・・」
キリト「ああ。心アイテムに、その花に溜まってる雫を振りかければいい。だが、ここには強いモンスターが多い。街に帰ってからの方がいいだろうな。急いで戻ろう」
シリカ「はい!」
帰り道ではほとんどモンスターと出くわすことがなく、駆け下りるように進み、麓に到着する。シリカは弾む胸を抑えながら、小川にかかる橋を渡ろうとしたとき。
ナイト「おい、キリト」
キリト「分かってる。シリカ、少し待ってくれ」
シリカ「え?」
シリカが振り返ると、厳しい顔をして橋の向こうを見るキリトとナイトがいた。
ナイト「・・・そこで待ち伏せてる奴、出て来い」
数秒が経過すると、木の葉が動く。橋の向こうに現れたのは ー
シリカ「ろ・・・ロザリアさん・・・!?なんでこんなところに・・・!?」
ロザリア「あたしのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、剣士さんがた。あなどってたかしら?
その様子だと、守備よく<プネウマの花>をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん。じゃ、早速その花を渡してちょうだい」
シリカ「・・・!?な・・・何を言ってるの・・・」
キリト「そうは行かないな、ロザリアさん。いや ー 犯罪者ギルド<タイタンズハンド>のリーダーさん、と言った方がいいかな」
シリカは呆然と傍らのキリトを見上げ、掠(かす)れた声で問い質す。
シリカ「え・・・でも・・・だって・・・ロザリアさんは、グリーン・・・」
ナイト「犯罪者ギルドと言っても、全員が犯罪者カラーじゃない場合も多い。グリーンのメンバーが街で補給と獲物をみつくろい、パーティーに紛れて、待ち伏せポイントまで誘導する」
シリカ「そ・・・そんな・・・じゃ・・・じゃあ、この二週間、一緒のパーティーにいたのは・・・」
ロザリア「そうよォ。あのパーティーの戦力を評価すんのと同時に、冒険でたっぷりお金が貯まっておいしくなるのを待っていたの。
一番楽しみな獲物だったあんたが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテム取りに行くって言うじゃない。
でもそこの剣士サンがた、そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて馬鹿?それとも、本当に体でたらしこまれちゃったの?」
キリト「いいや、どっちでもないよ。俺達はあんたを探してたのさ、ロザリアさん」
ロザリア「 ー どういうことかしら?」
ナイト「十日前、三十八層で<シルバーフラグス>というギルドを襲ったな。メンバー四人が殺され、リーダーだけが脱出した」
ロザリア「・・・ああ、あの貧乏な連中ね」
キリト「リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれる奴を探してたよ。
でも、その男は、依頼を引き受けた俺達に向かって、あんたらを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ったよ。
ー あんたに、奴の気持ちが解るか?」
ロザリア「解んないわよ。で、あんたら、その死に損ないの言う事真に受けて、アタシらを探してたわけだ。ヒマな人だねー。ま、あんたらの撒いた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど・・・でもさぁ、たった三人でどうにかなるとでも思ってんの?」
ロザリアが掲げた右手が、二度宙を扇いだ。途端、次々と人影があらわれる。その数 ー 十。新たに出現した盗賊は、皆派手な格好をした男性プレイヤーだった。
シリカ「き、キリトさん、ナイトさん・・・数が多すぎます、脱出しないと」
キリト「大丈夫、俺が逃げろと、言うまでは結晶を用意してそこで見てればいいよ」
シリカ「キリトさん!・・・ナイトさん、キリトさんが一人で!」
盗賊A「キリト・・・?ナイト・・・?その格好・・・盾なしの片手剣、刀・・・
<黒の剣士>・・・<剣聖>・・・?」
急激に顔を蒼白にしながら、男は数歩後ずさる。
盗賊A「や、やばいよ、ロザリアさん。こいつら、攻略組だ・・・」
男の言葉を聞いた残りのメンバーの顔が、一様に強張った。シリカもあっけにとられて、前に立つキリトの背中をみつめる。ロザリアは我に返ると、甲高い声で喚いた。
ロザリア「こ、攻略組がこんなとこをウロウロしてるわけないじゃない!どうせ、名前を騙ってびびらせようってコスプレ野郎に決まってる。それに ー もし本当に<黒の剣士>と<剣聖>だとしても、この人数差でかかれば余裕だわよ!」
盗賊B「そ、そうだ!攻略組ならレアアイテムや金を持ってんだろ!」
盗賊達は一斉に抜剣しながら、同意の言葉を喚く。
シリカ「キリトさん・・・無理だよ、逃げようよ!」
ナイト「シリカ、大丈夫だ、キリトをよく見とくといい」
盗賊の攻撃を無抵抗で受け、キリトの体が揺れる。シリカは短剣を握り、駆け寄ろうとしたところであることに気づく。キリトのHPバーが減っていない。ロザリアや盗賊もそれに気づき戸惑いの表情を浮かべる。
ロザリア「あんたら、なにやってんだ!さっさと殺しな!」
キリト「十秒あたり四〇〇、ってとこか。俺の体力は一四五〇〇・・・さらに、戦闘時回復スキルによる自動回復が十秒で六〇〇ある。何時間攻撃しても俺は倒せないよ」
盗賊A「そんなの・・・そんなのアリかよ・・・ムチャクチャじゃねぇかよ・・・」
キリト「そうだ。たかが数字が増えるだけで、そこまで無茶な差がつくんだ。それがレベル制MMOの理不尽さというものなんだ!」
ロザリア「チッ。転移 ー 」
ナイト「させん」
ナイトはロザリアの襟首(えりくび)を掴み盗賊達の元に投げる。
ナイト「コリドー・オープン」
回廊結晶を使い、牢屋につなげると、盗賊達を次々と投げいれ、ロザリア一人が残るだけとなった。
ロザリア「グリーンのアタシに傷をつけたら、今度はあんたがオレンジに・・・」
ナイト「俺は別にオレンジでも困らない」
全員を牢屋送りにした後、静寂が訪れる。キリトは立ち尽くすシリカをしばらく無言で見つめ、やがて囁くように言った。
キリト「・・・ごめんな、シリカ。君を囮にするようなことになっちゃって。俺達のこと、言おうと思ってたんだけど・・・君に怖がられると思って、言えなかった」
ナイト「街まで送る」
風見鶏亭に到着するまで三人はほとんど無言だった。シリカはキリトに向かって震える声で言った。
シリカ「キリトさん・・・ナイトさん・・・行っちゃうんですか?」
ナイト「ああ、五日も前線から離れたからな」
シリカ「・・・そう、ですよね・・・」
シリカは唇を噛み、溢れでる気持ちを必死に押しとどめる。それは涙へと形を変え、頬にこぼれた。
キリト「レベルなんてただの数字だよ。そんなものよりもっと大事なものがある。だから、次は現実世界で会おう。そうしたら、また同じように友達になれるよ」
シリカ「はい。きっと ー きっと」
キリト「さ、ピナを呼び戻してあげよう」
シリカ「はい!」
キリト「その花の中に溜まってる雫を、羽根に振りかけるんだ。それでピナは生き返る」
シリカ「解りました」
振りかけた雫は羽根にかかるとほのかに青く輝き、収まるとそこには、ピナが眠っていた。
シリカ「・・・ピナ・・・ピナ・・・!」
ピナが目を覚ますとキョロキョロと周りを見渡し、キリトとナイトの頬を舐めると、シリカの肩にとまる。
シリカ(ピナ、今日のこといっぱいお話してあげるからね。冒険のことと、たった一日だけのお兄ちゃんの話を)