迷宮区へと続く森の小路は、ほのぼのとした空気に包まれていた。柔らかく繁(しげ)った下草を、さくさくと小気味いい音を立てて踏みしめながら、アスナがからかうように言った。
アスナ「それにしてもキリト君、いつも同じ格好だねぇ」
キリト「い、いいんだよ。服にかける金があったら、少しでも旨い物をだなぁ・・・」
ナイト「話はそこまでだ、キリト索敵スキルを使ってみろ」
ナイトは真剣な顔をしながらキリトに索敵スキルを使うように言う。キリトはそれに従うと、プレイヤーの反応があった。
キリト「プレイヤーか、しかし、人数が多いな」
ナイト「それに見ろ、この並び方」
かなりの速度で進むプレイヤー達は整然とした二列縦隊で行進していた。危険なダンジョンならともかく、フィールドでここまできっちりとした隊形を組むのは珍しい。
キリト「確認致するか、その辺に隠れよう」
キリトとナイトは潅木(かんぼく)の茂みを見つけてその陰にうずくまる。アスナとミトもその後に続く。しかし、アスナとミトはあることに気づく。
アスナ「どうしよう、私着替え持ってないよ・・・」
ミト「ギルドの制服じゃ目立つわね」
キリト「ちょっと失礼」
ナイト「スマンが、我慢してくれ」
キリトとナイトは自身のコートを開くと、アスナとミトの体を包み込む。そして、いっそう体を低くしたナイト達の耳に規則正しい足音が届いた。
ナイト「<軍>か」
マップで連中が索敵範囲外に去ったことを確認すると、ナイト達は息を吐き出し、ナイトが呟く。
アスナ「・・・あの噂、本当だったんだ・・・」
キリト「噂?」
ミト「ええ。ギルドの例会で聞いたのだけど、<軍>が方針を変更して上層エリアに出てくるらしいって」
ナイト「だが、あそこはクリアよりも組織強化じゃなかったか?」
ミト「そうよ。それで最近内部に不満が出てるらしいの。 ー で、少数精鋭を送って、その戦果でクリアの意思を示すっていう方針になったみたい」
キリト「実質プロパガンダなのか。でも、だからっていきなり未踏破層に来て大丈夫なのか・・・?」
アスナ「ひょっとしたら・・・ボス攻略を狙ってるのかも・・・」
ナイト「無茶だな。七十四層のボスはまだ誰も確認していない」
キリト「それに、普通は偵察を重ねた上でボスの戦力と傾向を確認して、巨大パーティーを募って攻略するもんだろ」
アスナ「ボス攻略だけはギルド間で協力するもんね。あの人たちもそうする気かな・・・」
ミト「どうかしら・・・まあ、ぶっつけでボスに挑むほど無謀じゃ無いでしょ」
キリト「俺達も急ごうぜ。中でかち合わなきゃいいけど」
ナイト達は早足になりながら迷宮区の入口を目指した。
迷宮区に着くと、戦闘を行いながらマップ埋めも並行しながらしていた。四人の連携はそこそこ上手くいき、相性は悪くないといっていいだろう。
ミト「・・・これって、やっぱり・・・」
ナイト「ボス部屋だろう」
円柱の立ち並ぶ回廊の突き当たりには、灰青色の巨大な二枚扉が待ち受けていた。
アスナ「どうするて・・・?覗くだけ覗いてみる?」
キリト「・・・ボスモンスターはその守護する部屋からは絶対に出ない。ドアを開けるだけなら多分・・・だ、大丈夫・・・じゃないかな・・・」
ナイト「転移結晶を用意しといてくれ」
キリト「いいな・・・開けるぞ・・・」
巨大な扉はあっさりと開く。内部は暗闇だったが、青白い炎が灯る。かなり広く、マップの空白部分がこの部屋だけで埋まりそうだ。アスナとミトは緊張に耐えかねたように、キリトとナイトの右腕にしがみついた。ボスモンスターの姿が顕になり、轟くような雄叫びをあげる。
キリト「うわああああ!」
アスナ「きゃああああ!」
キリトとアスナが悲鳴を上げて全力で逃げ出した。ナイトとミトはボスの名前を確認したあと慌てて追いかける。ボスの名前は<グリームアイズ>悪魔のような姿をしたモンスターだった。
ナイト「ようやく追いついた」
ナイト達がキリト達に追いついたのはアスナがキリトに隠していることに問い詰められているときだった。
キリト「な、ナイト!お前らも無事だったんだな!」
キリトが逃げるようにナイト達の無事を喜ぶ。
アスナ「まあ、いいわ。スキルの詮索はマナー違反だもんね。わ、もうこんな時間だ。遅くなっちゃったけど、お昼にしましょうか」
キリト「なにっ。て、手作りですか」
アスナはバスケットを出現させる。
ナイト「俺も作ってきてある。食べたい人は食べてくれても構わない」
ナイトもバスケットを取り出す。二つのバスケットの中身は、両方ともサンドイッチだった。
キリト「う・・・うまい・・・」
ナイト「この味、醤油だな。さすがアスナだ」
アスナ「ナイト君のサンドイッチも美味しいよ」
二人してサンドイッチの味付けについて話し合っていると、プレイヤーの一団が鎧をガチャガチャいわせながら入ってきた。
?「おお、ナイト!キリト!しばらくだな」
入ってきたのはクラインとクライン率いる<風林火山>だった。
キリト「まだ生きてたか、クライン」
クライン「相変わらず愛想のねぇ野郎だ。珍しくナイト以外にも連れがいる・・・のか・・・」
クラインはアスナとミトを見ると目を丸くした。
ナイト「ボス戦で顔を合わせてると思うが、こいつは<風林火山>のクライン。こっちは<血盟騎士団>のアスナとミトだ」
アスナとミトはナイトの紹介と共に頭を下げたが、クラインは口を開けて完全停止した。
キリト「おい、何とか言え。ラグってんのか?」
キリトの言葉で動き出すと、凄い勢いで頭を下げる。
クライン「こっ、こんにちは!くくクラインという者です」
<風林火山>のメンバーはクラインの言葉が終わらないうちから我先にと挨拶を始める。
キリト「・・・ま、まあ、悪い連中じゃない。リーダーの顔はともかく」
クライン「どっどとどどういうことだよキリト!?」
アスナ「こんにちは。しばらくこの人とパーティーを組むので、よろしく」
クライン「キリト、ナイト、てんめぇら・・・」
ミト「ナイト、<軍>よ!」
ナイトはその言葉で入口を注視しると、現れたのは森で見かけたあの部隊だった。クラインが仲間を壁際へ下がらせる。
?「休め」
先頭にいた男は仲間の疲弊した様子に目にもくれずこちらに歩み寄ってくる。
?「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
ナイト「ナイト。今はこのパーティーのリーダーをしている」
コーバッツ「君らはもうこの先も攻略しているのか?」
ナイト「ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしている」
コーバッツ「うむ。ではそのマップデータを提供してもらいたい」
クライン「な・・・て・・・提供しろだと!?手前ぇ、マッピングする苦労が解って言ってんのか!?」
コーバッツ「我々は君ら一般プレイヤーの解放の為に戦っている!諸君が協力するのは当然の義務である!」
後ろから激発寸前の声を出すクライン達を手で制するナイト。
ナイト「解った。提供させてもらおう」
クライン「おいおい、そりゃあお人好しすぎるぜナイト」
ナイト「マップデータで商売する気はない」
コーバッツ「協力感謝する」
キリト「ボスにちょっかい出す気ならやめといたほうがいいぜ」
コーバッツ「・・・それは我々が判断する」
コーバッツ率いる解放軍の部隊は限界近くまで消耗しているようだが、武器を構え進軍を再開した。
クライン「・・・大丈夫なのかよあの連中」
アスナ「いくらなんでもぶっつけ本番でボスに挑まないと思うけど」
ナイト「・・・俺は様子を見に行く。先に帰っても構わない」
ミト「冗談。ついて行くに決まってるわ」
ナイト達は上階へと続く通路に向かったのだった。道中運悪くリザードマンの集団に遭遇してしまい、最上部の回廊に到達した時には三十分以上も経過していた。
ナイト「いないな」
クライン「ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃね?」
?「あぁぁぁぁ・・・」
聞こえてきた悲鳴はモンスターのものではなかった。ナイト達は顔を見合わせると、一斉に駆け出した。ナイト達四人がクライン達を引き離しながら駆ける格好になったが、風の如く疾駆する。
アスナ・ミト「バカッ・・・」
ボス部屋は開いており、悲鳴が更に聞こえると、アスナとミトは更にスピードを上げる。
キリト「おい!大丈夫か!」
扉の内部は地獄絵図だった。必死に逃げ惑う軍の部隊。統制も何も無く、各々が逃げていた。人数は二人ほど少なく、今もHPバーが減少している。
ナイト「早く転移結晶を使え!」
部隊メンバーA「だめだ・・・!く・・・クリスタルが使えない!」
キリト「な・・・」
ミト「なんてこと・・・!」
コーバッツ「何を言うか・・・ッ!我々解放軍に撤退の二文字は有り得ない!戦え!戦うんだ!」
キリト「馬鹿野郎・・・!」
クライン「おい、どうなってるんだ!」
手早く状況を伝えるとクラインの顔が歪む。
クライン「な・・・何とかできないのかよ・・・」
緊急脱出が不可能な空間で全員の退路を開くにはこの人数は少ない。判断を迷ってる内に部隊をどうに立て直したらしいコーバッツの声が響く。
コーバッツ「全員・・・突撃・・・!」
ミト「やめて・・・っ!」
余りに無謀な攻撃だった。ボスの攻撃によって隊列はガタガタになり、そのうち一人はすくい上げるように斬り飛ばされ、ナイト達の前の床に激しく落下した。
コーバッツだった。HPバーは既に消滅していた。自身の身に何が起きたか理解できないという表情のなかで、無数の断片となって飛散した。
アスナ「だめ・・・だめよ・・・もう・・・」
ミト「だめーッ!」
アスナとミトは絶叫と共に駆け出た。空中で抜いた細剣と鎌は一筋の紫紺の閃光となってグリームアイズに突っ込んでいく。
ナイト「ミトッ!」
キリト「アスナッ!」
クライン「どうとでもなりやがれ!」
ナイト、キリト、クライン達はその後を追いかける。アスナ達の捨て身の一撃は背中に直撃した。だがHPはろくに減っていない。
ナイト「下がれ!」
叫ぶと、キリト以外の全員がそれに従う。ナイトとキリトはグリームアイズの攻撃をパリィとステップで防御に徹するが、一撃の威力が凄まじく、時々体を掠める刃によってジリジリとHPが削られる。
視界の端では、 風林火山が倒れた軍のメンバーを部屋の外に引き出そうとしているのが見える。
キリト「ぐっ!」
とうとう一撃がキリトを捉える。HPもぐいっと減少する。このままでは支えきれないことを理解し、キリトはナイトに叫ぶ。
キリト「ナイト!十秒持ちこたえてくれ」
ナイトはキリトがする事に気づき、ナイトも切り札を起動する。
ナイト「了解。<絶刀>起動」
ナイトの体に薄く蒼い光が纏う。ナイトはいつも以上に速く、鋭く、強い攻撃を繰り出す。そしてHPバーが攻撃ももらってないのに少しづつ減少する。
キリト「いいぞ!」
キリトの声にナイトは頷くと刀を振るう。
ナイト「ふっ!」
空中でグリームアイズの剣と衝突して火花を散らした。大音響と共に両者がノックバックし、間合いができる。
キリト「スイッチ!」
キリトは敵の正面に飛び込む。硬直から回復したボスが剣を振りかぶる。キリトは右手の愛剣で弾くと、間髪入れず左手で新たな剣を抜く。
抜きざまの一撃をボスの胴に見舞う。初めてのクリーンヒットで、ようやく奴のHPが目に見えて削れる。
グリームアイズ「グオォォォ!」
憤怒の叫びを洩らし、上段の斬り下ろし攻撃を放つ。それをナイトが弾く。体制が崩れた所に、キリトがラッシュを開始する。
エクストラスキル<二刀流>。その上位剣技<スターバースト・ストリーム>連続十六連撃。
キリト「うぉぉぉあああ!」
途中の攻撃がいくつかボスに防がれるのも構わず、キリトは絶叫しながら左右の剣を叩き込み続ける。
キリト「・・・ぁぁぁああああ!」
雄叫びと共に放った最後の十六連撃目が、グリームアイズの胸の中央を貫いた。
グリームアイズ「ゴアァアアアアアア!」
天を振り仰いだグリームアイズが、口と鼻から盛大に噴気を洩らしつつ咆哮している。キリトは硬直した ー と思った瞬間。ナイトが一閃する。
グリームアイズは、膨大な青い欠片となって爆散した。部屋中にキラキラ輝く光の粒が降り注ぐ。キリトは両の剣を鞘に納る。HPバーは残り数ドットの幅で残っていた。
キリトは全身の力が抜け、声もなく床にころがった。意識が暗転する。
アスナ「・・・くん!キリト君ってば!」
キリト「いてて・・・」
アスナ「バカッ・・・!無茶して・・・!」
キリト「・・・あんまり締め付けると、俺のHPがなくなるぞ」
キリトは冗談めかしてそう言うと、アスナは真剣に怒った顔をした。辺りを見回すと
ミト「ナイト、お疲れ様」
ナイト「俺より、キリトに言ってやってくれ」
ミト「アスナがいるからいいでしょ」
ナイト達も会話していた。全員無事な事に安堵していると足跡が近ずいてくる。
クライン「生き残った軍の連中の回復は済んだが、コーバッツとあと二人死んだ・・・」
ナイト「・・・そうか。ボス攻略で犠牲が出たのは、六十七層以来だな」
クライン「こんなのが攻略って言えるかよ。コーバッツの馬鹿野郎が・・・死んじまっちゃ何にもなんねぇだろうが・・・」
吐き出すようなクラインのセリフ。落ち込んだ空気を変えるかのようにクラインは訊いてくる。
クライン「それはそうと、オメェら何だよさっきのは!」
キリト「・・・言わなきゃダメか?」
クライン「ったりめぇだ!見た事ねぇぞあんなの!」
キリト「・・・エクストラスキルだよ。<二刀流>」
ナイト「エクストラスキル<絶刀>。効果はソードスキルが使えなくなるのと、HPが減少し続けるが、ステータス上昇と制限解除だ」
クライン「しゅ、出現条件は」
キリト「解ってたらもう公開してる」
クライン「ったく、水臭ぇなあキリト、ナイト。そうなすげぇウラワザ黙ってるなんてよう」
ナイト「スキルの出し方が解ってれば隠したりはしない」
キリト「・・・こんなレアスキル持ってるなんて知られたら、しつこく聞かれたり・・・いろいろあるだろう、その・・・」
クライン「ネットゲーマーは嫉妬深いからなあ。俺は人間が出来てるからともかく、妬み嫉(そね)みはそりゃああるだろうなあ。それに・・・」
クラインはアスナとミトを見てニヤニヤしながら
クライン「・・・あま、苦労も修行の内と思って頑張りたまえよ若者よ」
キリト「勝手なことを・・・」
クラインは軍のメンバーへ声をかける。軍のプレイヤーたちはナイト達にお礼を言うと結晶を使いテレポートしていく。
クライン「俺達はこのまま七十五層の転移門をアクティベートして行くけど、お前らはどうする?」
キリト「いや、任せるよ。俺はもうヘトヘトだ」
クライン「そうか。・・・気をつけて帰れよ」
クラインは頷くと仲間に合図した。六人で、部屋の奥にある大扉のほうに歩いていく。
ナイト「俺達も行くか」
ミト「そうね、でもアスナとキリトは置いて行きましょ」
ナイトとミトも七十五層へ向けて歩いていく。
ミト「ねえ、ナイト。私がもしこれからもパーティーを組みたいって言ったらどうする?」
ナイト「別に構わないが、ギルドはどうするんだ?」
ミト「休みを貰うわ」
ナイト「なら俺がヒースクリフに直接話そう。俺も聞きたいことがあったしな。丁度いい」
ナイトとミトは楽しげに階段を登って行ったのだった。