ディアボロった 作:鼻筋ナーゾ
「何だって、こんな事に……」
190センチに迫る長身を猫背にしながらも、その恵まれた体格は服越しにもよく分かる。
フードの影から覗くのは、エメラルドグリーンの鮮やかな瞳に、パッションピンク髪の毛。しかし染めているのではなく、地毛である。
真昼間から人目を避けるようにして、しかし体格のせいで悪目立ちしている男。そんな彼を、治安維持を生業とする者達は見逃してくれる筈もない訳で。
「――――少し、宜しいでしょうか?」
「ッ!」
怜悧な声に、男の肩が跳ねる。
声を掛けたのは、所々に赤いメッシュの入った黒髪ロングをポニーテールに纏めた女性の治安官。
渋々、男が振り返る。
「……何でしょうか?」
「すみません。実はこの近辺で数日前、空き巣が入ったんです。今は聞き込みをしている所でして。何か不審な人物を見たり、おかしなことはありませんでしたか?」
「……さて。生憎と、私は存じ上げませんね」
惚ける、という訳ではない。
実際問題、彼は不審な人物であったりおかしな事を目撃していないのだから。
何故なら、
ただ、これにはやむを得ない理由がある。
何かを見咎めたのか、治安官の目が細まる。
「失礼ですが、今は何を?」
「……特に何も。無職なものでしてね。モラトリアムを過ごしている所ですよ」
嘘は言っていない。無職であるし、就職の
「何か、身分証明書などはありますか?」
「……生憎と」
「では、名前は……」
「…………ソリッド・ナーゾ」
偽名である。
だが、
名乗れる名前は、三つ。その内一つを名乗っているのだから、やはりこれも完全な嘘とは言えなかった。
それから二三言葉を交わして、男はその場を後にする。
「…………」
離れていく猫背を、
そんな彼女の背後に人影が近づく。
「どうした、朱鳶」
「!先輩」
やって来たのは、朱鳶よりも小柄なツインテールの髪をした少女?である。
「星を見つけたのか」
「分かりません。怪しくは見えましたが、証拠もありませんし……先輩」
「うん?」
「ソリッド・ナーゾという名前を知っていますか?」
「そりっど・なーぞ?……いや、知らんな。本部のでーたべーすにあくせすすれば分かるかもしれぬが」
「……とりあえず、張ってみましょう。尻尾を出すかは、五分五分ですね」
@
男が、見た事もない街で目を覚ましたのは二週間ほど前の事であった。
気付けば、道端に置かれたベンチの上に腰掛けていた。身に纏っていたのは、紫のパンツに同色の革靴。淡い紫のセーター。
髪はパッションピンクになっており、無造作に伸びて鬱陶しく、何よりも
その違和感を覚えながら、彼の口から零れたのは、
「オレは、誰だ……?」
疑問。
両手を見下ろして浮かぶ気持ち悪さ。
(ディアボロ、ヴィネガー・ドッピオ、ソリッド・ナーゾ……違う!オレは!……オレ、は…………)
頭を抱える。
自分の事ではない筈の情報はスルリと浮かぶというのに、肝心の自分に関する事は何一つ思い出せない。
言い様の無い違和感だけが、ただそこにはあった。喉に小骨が刺さり続けている、不快な違和感だけだ。
彼にあったのは、自分のものではな記憶と知識と、それから――――
「……『キング・クリムゾン』」
ポツリと呟き出現する二メートル弱はあるだろう人型。
クリムゾンの名の通り、鮮やかな紅に白の格子模様が入った見た目に、肩や肘、膝に設けられたシルバーメタルの装飾。
何より頭部には通常の顔と額にもう一つ小さな顔が付いていた。
派手な存在が、男の斜め後方で控える様に浮いていた。にも拘らず、道行く人々も獣も、車も、何れもがその存在を
個々人が持つそれら特殊能力が、明確な像を持って出現したモノ、とでも解釈すれば分かりやすいかもしれない。
(操作できる……思うがままに。能力も……使えるのか)
ひらりと自身の目の前に掛かった前髪を見やり、男はそう結論付ける。
そこには、短い映像が映っていた。
男を中心として、まるで無声映画でも見ているかのような映像だ。
限定的な未来視。しかしそれは単純なものではない。
彼のコレは、
例えを出すなら、じゃんけん。
勝ちたいと思って、この未来視を使って自分がグーを出して負けた未来を見たとする。
この場合、何をどうやっても自分はグーを出して負ける事になる。例え、未来を知ってチョキを出そうとしても何かしらの要因がやって来てグーを出さざるを得ない状況に陥るのだ。
未来を知れて、未来を変える事が出来ない。理不尽の塊のような能力だが、これがもう一つの能力を組み合わせることで意味を成す。
「……時飛ばし、か」
座り込む男の視界から、動いているモノ以外が消える。
時飛ばし。物としては、映像作品を見る際に用いるスキップ機能が近いだろうか。
数秒から十数秒の時間を消し飛ばす事が出来、この消し飛ばされた時間の中ではキング・クリムゾンを持つ者以外は運命に決められた動きしかできない。
そしてこの消し飛ばされた時間の中では、何人もキング・クリムゾンを傷つける事が出来ず、キング・クリムゾンもまた干渉は出来ない。
この能力と上述の未来視である
具体的には、エピタフで未来を確認し、相手の動きを先読みしキング・クリムゾンの時飛ばしによって回避&先回り。その後、時飛ばしが成立すると過程が消し飛び、自分にとって都合の悪い出来事を確実に回避した上で常に先回りしつつ強力な不意打ちを叩き込む事が可能となる。
欠点を挙げるならば、キング・クリムゾンが近距離パワー型と呼ばれる燃費が悪く射的距離の短いスタンドである点。
そして、時飛ばしの能力内容そのもの。
例えば、全力で逃げる相手を追う際に時飛ばしを発動しても、消し飛ばされる時間の中でも相手は必死に逃げるという運命通りの行動を続けるため、逃げ続けるという結果は変わらない。そして逃げ続けるという事はそれだけ距離が開くという事。距離が開けば、射程距離の短いキング・クリムゾンは手が出せなくなってしまう。
強大な能力だが、だからこそ縛りも強い。手を出せるのは、あくまでもその手の届く範囲だけ、という事だ。
「はぁ~~~~……」
男は項垂れて、溜息を吐きだした。
確かに、自分の事は何一つ思い出せず、違和感だけが募って気分が悪いが、だからといって
だが、人間生きていれば糞もするし、腹も減る。
タイミング悪く、男の腹の虫が鳴いた。
飯の種は無い。だが、
男は悪人ではなかったが、善人でもなかった。
敢えて言うなら、
程々の善性を持ち合わせているが、同時に縛りが無ければ割と平気で手を汚すタイプのありふれた人間。
そしてこの街は、男にとって未知の場所。更に、彼には戸籍が無く縛り付ける法律もありはしない。
手を汚す理由など、ありふれているのだ。