今までありがとうございました。
ついに、ついにここまでやってきたか。
最終皇帝。神からの御使。滅びの具現化よ。
放逐された、帰還への道は。ながい、長い、永い、身を削り抜く旅路だった。人の身はとうに捨て、モンスターに埋まった肉体は理性すらあやふやとなり、仲間の絆すら捨て去りかねない、肉の塊が我々だった。
摩耗した我々がヒトとして人格を保つ唯一の手段は、
クジンシー。愚かで愚蒙な、か弱き男。吸収の法どころか同化の法すら忌避した、古代人で唯一好んで寿命を選んだ死にたがりの弓師。足手纏いとして戦働きをこなしながら
彼は、あの男は、どれほど歪んだか分からない程狂った私達にも変わらずに過ごした。遂に致命傷を負った彼は、マトモに身動きすら儘ならぬ私達を庇った虫の息である筈の男は、私達を見てゆっくりと首を動かした。
肯定しよう。私達は彼の
そして、六英雄は七英雄となった。
そう、クジンシーは古代人にとって、…少なくとも逃げ出した愚か者達の認識として、彼は英雄では無かった。私達は裏切りすら察せない節穴で、彼らは差別という名の無知だった。
…英雄とは強さだけではないと気付いたのは、全てが終わった後だった。天に選ばれしものを英雄と呼ぶなら、彼は産まれた時から英雄だった。古代人の救いの手は、己の愚かさで台無しにしていた。
彼は神のしもべだった。使命を受け、ただ愚直に邁進しただけの世渡り下手な男だった。古代人の…否、私達が節穴だけだったのかも知れない。結論を言えば、彼は私達が求めていた吸収の法のデメリットを緩和、もしかすると無視すらできる存在だった。
真実など無論わからない。事実として、吸収したはずの魂は消え去り、我々の精神だけが余波のようににわかに正気を取り戻した。仲間と融合する忌避感など何一つ存在しなかった。人を喰い、堕ちるところまで狂い堕ちた我々の罰として、私達は友と救いを失った。
与えられた、手に入れてしまった知識…同化の法により自らという自然物を歪めた存在は、世界から災害の形で自然環境を狂わせてしまう。禁忌を侵してでも帰りたかった故郷に、私達は踏み入ることが出来なくなった。
七英雄『クジンシー』は我々の浅ましさの結晶体だ。彼の人格の再現など我々には行えなかった。烏滸がましいと震え上がった。『クジンシー』は我々から生み出された負の遺産だ。彼の罪は七英雄の罪であり、彼の発言は七英雄の発言だ。
産み出さずにはいられない、モンスターとしての七英雄が、我々を死地に誘った。幻影は私達が狂いから退避する為の苦し紛れの策でしかない。私達は、罪の負債を背負ったことを自覚した。
神の実在は私達を決定的に狂わせるには完璧過ぎる代物だった。
因果は応報する。罪には罰が待ち受ける。誰もが期待する天の意思を、私達は知ってしまった。神を認識してしまった。罪過が残ると、確信してしまった…!
死は救済では無く、
「俺を置いていかないでくれ!」
『クジンシー』は叫んだ。空虚だと決めつけられた人格が。あるいは誰かの本心が、その言葉を叫ばせた。
「はっ、虫けらが」
『ダンターグ』は軽蔑して唾を吐いた。その口先は自らの身体に向けていた。唾棄する存在が何かを、逃げ出せない事実として吐き捨てた。
「お前は戦力にならん」
『ボクオーン』は相手にしなかった。静かに、諭すように。殉教者のなりそこないとして、決まりごとを誦じた。
「やめてよ、寄らないでよ」
『ロックブーケ』は気味悪がった。子供のような、悲嘆に暮れた涙声だった。恥ずべきものだと、彼女は肉塊へ不気味に埋まり込んだ。
「お前は来なくていい」
『スービエ』は厳しく言った。その眼はあらぬ方向を向けていた。過去に言うべきだった諫言を、噛み締めるように繰り返していた。
「君は十分働いた」
『ワグナス』の優しい声には拒絶があった。狂い切った男の、狂気に残る残滓がそれを口にした。瞬きの間に、彼は奢り切った引き笑いをあげた。
「頼むよ。俺にも力をくれよ」
『クジンシー』は『ノエル』にすがりついた。彼に言って欲しかった浅ましい願望に、ノエルは死人の顔でその手を激しく振り払った。
『クジンシー』は化け物の絶叫を挙げた。悲しみと憎しみが詰まった、重苦しい声だった。のたうちまわり、圧壊し、七英雄へと混ざり合った。醜悪な肉塊が只管にボコボコと痙攣した。
七英雄を語るソレは、壊れた機構として慈悲深く痙攣した。
最終皇帝よ、最新式の哀れな最期の七英雄よ。功を重ねた我らの理想を走り切った存在よ。人格すら覚えていないクジンシーは、きっと、お前のような存在に生まれ変わったに違いない。だから、だからこそ…!
‥‥逃さん‥‥。‥‥お前だけは‥‥!
メルー砂漠にある移動湖に聳え立つ遺跡にて、古代人の一人であるサグザーは
「献杯」
光を浴びながら、サグザーはゆっくりと酒を飲んだ。友であったクジンシーと一緒に拵えたソレは、いつしか酸化して酢の味しかしない代物となっていた。明日は間違いなくトイレの住民となり得る液体を飲み干した後、彼は光が消え去るまで一夜中その光景を見続けた。
「さよならだ。我が友らよ。君達の弔いと墓守は死ぬまでこなしてみせると約束しよう」
「反次元転移装置が出来次第、私も君達のところへ堕ちよう。あるいは、本当の意味で古代人が迷惑をかけないと確信したら…いや、それは恥だな」
「オアイーブはやりきった。ならば、私もやり切らねば、死んでも死に切れない。必ず、完成させてみせよう。クジンシーが語った英雄候補の片割れとして」
どうも、─様。お隣、失礼しますね。
ええ、ええ。お久しぶりです。或いは初めまして。オアイーブです。この度は我々古代人の醜態への尻拭いをして頂き、誠にありがとうございました。
>ピコン。
伝承法について、ですか。広めるつもりは…無さそうですね。それならば構いません。幾らでも説明いたしましょう。
その前に、失礼ですが、ミルクを一つ。この歳では深酒は体に響きますので。…あまり路銀は無いのもありますが。
ノエルから何を聞いたかは聞きませんが、伝承法は貴方にお伝えしたのが全てです。そもそも彼らが戻るまで術式の改造に勤しんでいた非才の身ですよ?
私の目的は古代人の尻拭いであり、
貴方達が育てた力は強大です。しかし、世界は大きく、私達の足は小さい。ヒトの戦闘員としてのパフォーマンスを維持できる寿命はおおよそ二十年。不老の七英雄を相手に貴方達の寿命が耐えられない可能性がありました。
吸収の法ならぬ、吸老の法。貴方の歩む刻は私には余りにも早く、遠隔の技は効率を悪化させました。貴方が皇帝となった時点で、私の脚は杖なしでは歩けないほど老化していました。
そう遠くない日に私は死ぬでしょう。貴方と同じくらいでしょうか。後悔は数多く遺しましたが、納得は出来ました。愚かな国盗りを目論んだ政敵『オアイーブ』はついぞ地位を盗ることもなく、惨めに死んだ。それで私の歩みは終わりです。辛く、自嘲に耽った人生でしたが、不思議と悪くない気分です。
着膨れのオアイーブと、クジンシーは私を喩えました。あらゆるしがらみを捨てきれず、風評を変えられず、ただ便利な畏怖なるモノとして、鏡のような女だと。
私は漸くファッションを着こなしました。初めて出た街には親切な人達が沢山いて、貴方の居る店へ辿り着くには苦労しませんでした。この世界に、いつか私が馴染めることを思うと、年甲斐もなくワクワクしてしまいます。
ねぇ、皇帝様。貴方の中での七英雄を語ってくださらない?
>ピコン。
>ピコン。
>ピコン。
…!ふふふっ!
なぁんだ、貴方も楽しんで生きていたのね。
……七英雄の伝説……
数多くの悪しき魔物を倒し
世界を救い、その後
いずこかへ消えた……
クジンシー、スービエ
ダンターグ、ノエル
ボクオーン、ロックブーケ
ワグナス
いつの日か、彼らは戻ってきて
再び世界を救うのだという……
世の中が乱れる度に、人々は
伝説を語り、救いを願った。
しかし、平和が訪れると……
伝説は忘れられた……
人の世の興亡はくり返す。
安定した国々による
平和な時代が終わり、
分裂と闘争の時代が始まった。
「この町にもいつモンスターがやって来ることか……」
「七英雄さえ帰ってくれれば……」
七英雄の名は
ふたたび
語られ始めた。
そして、彼らは来た。
……だが。
オアイーブ
父の尻拭いのため七英雄の名誉を守った。ノエルの様子から予定していた伝承法では敵わない可能性を考慮し、負担分を自らが請け負う形で術式を強化した。最終皇帝が寿命で亡くなってもまだまだ生きるつもり。最近は最終皇帝の長男と長話するのが日常となっている。
サグザー
世界を救うためにクジンシーと共謀して七英雄を転送した。ラストダンジョンが七英雄の吸収の法による負荷を受けないのは、ダンジョンそれ自体が負荷をモンスターという形で生み出すように二人で作り上げた人工異界のため。いざというときはクジンシー考案の『デーモンコア殺法』を駆使して諸共自爆する予定だった。最近は最終皇帝の長男と文通している。
最終皇帝
鬼滅の刃の継国縁壱のメンタルと能力を持った超人皇帝。特に政治野心が皆無だったため、そのまま市井に出て一般人と結婚。子供を七人こさえた。最近の悩みは子供達に弟妹が出来ることを伝えると何故か死んだ目になること。
クジンシー
頑張ったけどダメだった自称転生者。狂人の戯言か、はたまた未来予知をした悲劇の男かは不明。ただ胸を張って生き、そのまま死んだ。もしかしたら誰かの長男としての人生があるかも知れない。