人が泣いてる横で食う飯は不味い……が、それには例外だってある
メシアンが泣いている横で食う飯は美味いものだ。出来れば絶望してくれていれば尚更良い
(とあるガイア連合黒札の言葉)
悪魔召喚儀式の日から時は三か月ばかし流れ……沖縄支部は幾つかの成果を挙げていた
先ずは北部にある勾玉の所在地を確認完了、あと二つ有ったが内容は『食』と『海』だった……審議の結果『食』は直ちに解放し、『海』はなるべく後の方で解放する事が決まった。これで飢えと言うかむしろ激しい渇きから解放されて皆が心底喜んでいた。この飢えと渇きを抑える為の食糧や水もかなり規制が緩和される、もう食糧を持ち込んでも直ちに腐ることは無いのである……これからは普通の魔法瓶に冷たくて美味しい水を持ち込んでも大丈夫、不条理な激しい飢えや渇きはなりを潜めている
これで作戦行動時間は飛躍的に増大し、この【銃火暴風怨嗟域】で長時間動ける様になれた……だがやはりそれでも敵は手強く、回復手段は限られ、辺り一面全てが敵という現実は変わらない。しかしそれでもあの異界で糧を得る手段を得られた事と、酷い飢えと渇きを克服する手段を得たのは非常に大きな進歩だろう
『海』も解放……は残り時間にどれだけ余裕があるかはわからないから今回は位置だけ特定して暫し放置予定である。未だ方言札も頭蓋骨も其処まで大した数集まってはいない、今この【銃火暴風怨嗟域】を解放するのは間違いなく自殺行為でしかないから修行の役に立つと言えなくもないこの勾玉は回収出来ない訳である
ガンスミスニキが関わる銃器の整備も【銃火暴風怨嗟域】で見つかる銃器弾薬という予備パーツの部品のニコイチサンコイチや発掘した美品の再整備などで新しく増えてゆく……弾薬はちゃんと調べないと錆びたものやシケたものが混ざって不発を引き起こすからまともには扱えないが、それでも彼が自分で選んだコテハンである『
そして、この頃に彼が再生したり整備したりした今では沖縄支部の主力兵装である通称『アリサカライフル』こと『三八式歩兵銃』の中でも一番の自信作を……同じ銃愛好家でTS転生者であるキノネキに送りたいと思っていたのである
嘗て彼がキノネキから貰った『コルトM1911』という傑作自動拳銃のお礼……そして、これには沖縄を今まで護り通してきた沖縄名家達の怨念、いや想いの籠もった対悪霊、天使特効概念が僅かに籠もった逸品である
一応、旧日本陸軍の所有物であるという証の『菊紋』は削り落として『旧日本陸軍とは関係ない単なる武器だ』という型にしているからあの異界でも悪影響は無い……少なくとも嘗ての沖縄支部でもその処置で問題は無かった
何でも……これは嘗て琉球ニキの父親が現役だった頃に使っていた代物であり引退してからも大切に保管されていたが、これは多分キノネキみたいな真の銃使いに託した方が良いとガンスミスニキが琉球ニキの父に頼んで譲って貰ったものである*1
その後、様々なオプションパーツ(弾薬盒や銃剣など)と一緒にキノネキに愛用されてゆく事になった……黒札組は割と使い方が荒く、割と荒い使い方ばかりになって壊したりしたものだ。ある時は悪魔の傷口に銃剣突撃から零距離全弾発射、銃身を盾にして壊す、銃把で悪魔を殴る、時にはつっかえ棒にしてしまったり、弾切れで咄嗟に投げ捨てたら無くしてしまったりと中々に乱雑な扱いになりやすいのである。そしてその結果
「…っ!こんのお馬鹿ども!!また銃を壊しやがってからに!!そろそろお前たちにも銃整備マジでやらせるからなッ!!!」
「すまんガンスミスニキ……という訳だから銃整備教えてくれ。上手く出来るかな?」
「俺も聖者ニキもあまり遠隔攻撃の手札は多くないからな、無駄に使い潰しちまう割には良く利用しているしな……なのに『上手いから』って理由だけでお前と担当さんにやって貰うだけって駄目だわそれ」
「……いや普通に素直だね聖者ニキ、銀剣ニキ。でもちゃんと考えてそう思ってくれるお前達割と好きだわ、僕の前世なら……うん、やっぱ今生の感覚が強すぎて男とか無理過ぎる、女の子の柔らかい躯サイコー」
ガンスミスニキがちょっとキレて、一番やらかす聖者ニキ&銀剣ニキの最前線コンビの謝罪、そしてちょっと転生の闇とそれを抑えるリビドーの発露を見せるガンスミスニキ……これが基本的にこの沖縄支部の黒札達の中で一番激しい諍いらしい。平和か!
まぁ、彼らの内輪だけでも穏やかでないと……外部の環境は進展と同時に穏やかさを失い初めている様である
先ず、この三ヶ月で【銃火暴風怨嗟域】から採掘される都市鉱脈……リサイクル出来そうなスクラップをガンスミスニキが恋人である『鍛治神の権能持ち猪笹王』のデビルシフターである白崎香織と協力して商業に使える金属に戻したりしていた
その中で、白崎香織とその中に存在する猪笹王の鍛治、精錬と神道の術式知識……『穢れを祓う事に特化した術式』を必死にこねくり回し、沖縄のノロやユタ達の術式を問うて沖縄ナイズを積み重ねながら穢れの祓い具合を調整していた。この術式は沖縄が自立で出来る沖縄固有の術式でなくては意味がないのである
最初のうちは調整が上手くいかずに『ほんのり呪殺属性がある様な気がする鉄』か『呪われた鉄』のどちらかになる程度だった……仮にこれを工業刀の工程でナイフ化して適当な悪霊、いや魔蟲辺りで試してみても少し不快そうにするか持ち手の体力が奪われたり殺戮衝動に汚染されそうになったりと何とも微妙な結果で終わってしまう
そして鉄の浄化だが……最初は香織が感覚で行っている為ガンスミスニキ以外には伝授に失敗している状況だったりする。琉球ニキとのちょっとした縁故*2から沖縄支部の現地民クルーに『スパルトイ修繕技能伝授』する為に山梨支部から半年という期限で出向してくれた技術部のブランカニキも協力してくれているからそちらも重要な研究になっている。これを沖縄支部の技術系霊能者達が自力で行える様になれば沖縄都市鉱山計画は成功なのだが世の中そう辺り甘くはなかった。だが
「香織、ブランカニキ……この術式比率でよくないかな?」
「……あー、確かにこれなら?」
「しかもこれなら術式の一般化にもなっているからいけなくない?」
師走間近の沖縄北部の何処かの今は使われていない自動車修理工場の中でその技術……『怨鉄リサイクル技法』が完成した訳である。この技法は今は殆ど沖縄以外では使い道の無い地域限定技法であったが、後々の終末後は日本以外の土地の核やオカルト汚染で穢れ果てたスクラップ金属を浄化して再利用する際に活用される事にもなった。その成果には沖縄支部の連名だけでなくブランカニキの名前も記載されている
その技術を用いて新しいガイア連合沖縄支部固有の特産物一号である『対天使用鉄鋼:怨嗟鋼』、そして『対亡者用鉄鋼:呵責鋼』が誕生した訳である
そしてその二つの鋼やその応用である鉛から銃弾……の弾頭が出来る様になったり、その鋼を使ったナイフやその延長であるゴボウ剣こと三八式歩兵銃の銃剣を最初に作成し、今度は沖縄支部の現地民達が使い慣れた軍刀、いや工業刀型の新装備である量産型妖刀『怨嗟刀』、『呵責刀』の試作型が完成したのである。だいたい沖縄でもそろそろ寒くなる師走の頃の出来事であった
一方、九月の終わり辺りの塩漬け依頼デスマーチがひと段落した頃だが……銀剣ニキもまた新しく自分に出来る事を探しながら考えていた。書類仕事を更に頑張ってみたり、ガンスミスニキの仕事を手伝ってみたり、スパルトイの整備を勉強してみたり、手習いで多少は覚えた魔法をつかう魔法石の作成を同じく魔法下手な聖者ニキと学んでみたりと余暇の端切れ時間で手を出せそうな作業を勉強したりしていた*3
銀剣ニキの転機は10月初めの沖縄在来の大豆である地大豆の収穫の手伝いだった……たまたま自分だけ暇があった時ほんの気まぐれで農家をやっている支部メンバーの手伝いをしたのだが、その作業が何故か非常に身体にしっくり来たのである
隣には『火難除け、安産、子授け、農業、漁業、織物業、酒造業、海上安全・航海安全などを権能とする女神の転生体』である
他の農家達に話を聞いてみるが特にそんな身体にしっくり来たとかそういう事は無かった様だ、代わりに収穫した地大豆の味が何時もより更に美味しくなっているらしい。作った沖縄固有の島豆腐の味が非常に良くなっている事がわかった
島豆腐というのは基本的に木綿豆腐に近い代物だが、本式は作りたて熱々のものを食べるのが一番美味いとされている豆腐だ。沖縄のスーパーでは食品衛生法とどうにか折り合いを付けて熱々の本式島豆腐が時間制限で買えたりする……通や飲食店を開く者達は豆腐屋に自ら赴き直接買いにゆく様だ
そんな出来立ての島豆腐で作った沖縄固有の野菜炒め豆腐とゴーヤーのチャンプルーをおかずに夕飯を食べながら二人はこの間の事を話し合う
「この間のアレってやはり咲の力なのかね?少なくとも俺は剣振ることぐらいしか取り柄ないから違うと思うけど」
「いやいや、陽介や私の基本的体力じゃない?私達は仮にも結構高位の霊能者らしいし?」
プライベートだから本名で呼び合う二人である。だいたいレベル40と20という本土なら高位も高位、現状ですら激戦区沖縄でもそうそう見られない英雄級と、沖縄でも高い地位を約束される生え抜き級の二人である。確かに彼らの身体能力は最早常人とは違うから慣れない農作業程度ならば魔法系特化ビルドである咲でも余裕綽々でこなせるだろう
しかし……陽介が言いたいのはそれとは別の意味である
「いや……違うんだ咲、俺が言いたいのは
陽介の言葉に咲も「あぁッ!?」と納得する。確かに彼女自身も農作業に縁なぞ無い身なので良く考えたらあんなに綺麗に身体が動くとかあり得ない。普通なら身体は上手く動くけど無駄だらけである筈だ……実際農業というものは非常に精緻で複雑な化学技術だと言える
旧い時代の農法……有って牛馬を利用する程度の時代知識とはいえまるで熟練した農夫の様に身体が動き、どうすれば良いかが何とはなしに分かるのだ、良く良く考えてみれば正に狐に摘まれた様な奇妙な話である
咲の様に最初から『木花開耶媛』の転生体である事がわかっているならまだ話は分かる……しかし陽介は黒札とはいえ普通の霊能者である筈だ。これは後でショタおじに相談するべきだろう
実際、ショタおじが観た結果だが陽介も何らかの豊穣神の転生体である事はわかった……少なくとも日本以外の神である事は確からしい。まぁこれで一応『豊穣神の権能を持つ木花開耶媛の夫*5』が来なかったのだけはありがたい。セツニキから蛇蝎の如く忌み嫌われているアレだったらガイア連合でも大規模かつ強力な星祭との関係性が微妙かつある意味致命的な罅になってしまう処だった。沖縄支部と星祭の関係も沖縄的には重要だから真面目に怖く感じてしまう、ガイア連合において邇邇芸というのは『無責任なクズのヤリ◯ン野朗』だし
一応、自分の起源を知ってそれから真面目にトレーニングすれば幾らだって強くなれる筈だからその起源を探るのもまた修行だろう……一応は蔵書庫に行って豊穣神に纏わる資料を調べてみようと思う。やはり何らかの預言者の転生体らしい稟も一緒に誘って二人で自分達の起源を識る勉強をしたいものだ
星祭の人達は神学については学者並みの知識や見識の持ち主ばかりらしい……基本的に修行にその生涯を捧げている様な頭インド神話な面子ばかり*6故に真面目に彼らの見識を羨みはすれど自分達に出来る歩みで調べてみるだけだ。余暇を使った調査だからどれだけ時間が掛かるかわからないけど
一応、稟も聖書や一神教系統の神学書を片手に調べものはやっているらしい……まだ成果は現れてはいないが何時かは結果が出るだろう
そんなこんなで銀剣ニキにまた一つやるべきことが増えた……彼らの日常は常に忙しく過酷なものではあるが、それでも彼らは来るべき未来に備えて今日も明日も頑張っている
「……で、陽介?今日は……」
今日は『お誘い』が来たか……なら酒は一切飲まずに素面でそのお誘いに乗らなくては無作法というものだな
陽介は咲をいわゆる『お姫様抱っこ』で寝室に運ぶ……今日も楽しく幸せだ、だから明日も頑張れるってものだ
そうして夜は更けてゆく……
そして時は十二月のとある日だが、沖縄支部に一つの激震が走った……さてそれはどんな事態かは次回の話である