剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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王子
20「禁庫」


 

 煌びやかな社交場。

 その中心に居るのは一人の少年だ。

 身綺麗さと気品ある佇まいからは、彼が普通の身分の人間ではないことは明らかだった。

 

 その場の客人たちも錚々(そうそう)たる顔ぶれに溢れていて、将軍や貴族、宰相すら足を運んでいた。

 

 それも当然のことだ。

 何故ならこのパーティーの主役は――

 

「本日は私、レイサム王国第十一王子、ネル・ウィンラクス・レイサムの十歳の生誕パーティーに足をお運びいただきありがとう……めちゃくちゃ腹痛いから今日は解散で」

 

 特筆すべき点がもう一つ。

 今この瞬間、彼は記憶を覚醒させてしまった。

 

 それは今世を含め十の生を持つ不死者。

 それは数多の魔術を修める魔術師。

 それは剣の秘奥を修めた剣豪。

 

 それは、ネルという転生者の記憶と人格を有していた。

 

 

 ◆

 

 

 ――大当たりだ。

 

 目覚め、記憶を読み、そして抱いた最初の感想はそれだった。

 

 俺は王子に転生した。

 

「どういうつもりですか坊ちゃま、いきなり生誕パーティーを中止にするなど!」

 

 クラウス・ベクター。

 演劇なら主人公に抜擢されるような名前を持つこいつは、若い時はイケメン騎士だったらしいが、老いた今はただの俺の執事だ。

 齢七十二。俺からすればクソガキの範疇を出ないが、それでも今の肉体年齢から考えれば相当に年上で、相応に説教臭い。

 

「仕方ないだろ、急な腹痛に襲われたんだ」

「なっ!? まさか何かの病気でしょうか、すぐにでも都市一番の名医の元へ、いえ国中の医者を招集し……」

「もう治ったから心配すんな」

「なんですかなその言葉遣いは、生誕パーティーの際もですが王子たるものもっと……」

 

 あぁ……うぜぇ……

 地位も金も権利もどうでもいいんだよ俺は。

 一秒でも早く、俺は『あの場所』に向かいたいのに……

 

「そんなことではお父上も……」

「ッチ、息子の誕生日に顔も出さない父親にどう思われるかなんて、重要なことなのか?」

 

 俺の父親、つまりこの国の国王と最後に会ったのはもう三年も前のことだ。

 この体のこのネルは毎年馬鹿みたいに期待していた。

 自分の父親に会えることを、認められることを……

 

 その感情は今も健在で、だからこそ俺は興味がない。

 主観的なこの体と違って、客観的な俺は理解できるからだ。

 王位継承権十一位の俺に王様は期待なんかしちゃいないって。

 

「坊ちゃま……」

「少し書庫に行ってくる」

 

 やっと話が終わった。

 夜も暮れ、外には満月が昇っている。

 城の中には警備の騎士が徘徊している程度で、ほとんどの人間は就寝している。

 

 そんな時間。

 城の地下に建設された書庫の扉の前に俺は立っていた。

 

「流石に施錠されていますね」

「なんで付いてきてんだよ、クラウス」

「無論、坊ちゃまがここに居られるからでございます」

 

 邪魔くせぇ。

 そう思いながら、俺は金属の指輪を一つ取り外し鍵穴へ当てる。

 

「坊ちゃま? 何を……」

「付与――【軟化】」

 

 ぐにゃりと指輪が歪み、鍵穴へ入っていく。

 

「解除」

 

 指輪を回転させると「ガチャリ」と音がして鍵が開く。

 

「坊ちゃま!? 今のは……!」

「うるさい、デカい声出すな。巡回の騎士に見つかったらめんどくさい」

「はっ――」

 

 両手で口元を抑えるクラウスを連れ、俺は中へ入る。

 今まで勉学は家庭教師に行わせていたし、資料の作成も王子が自分からするなんてあり得なかったから書庫に入るのは初めてのことだ。

 

 だが目的はここじゃない。

 この更に奥、更に地下。

 今の扉とは違う、厳重な扉に守られたそこは【禁書庫】。

 この国で収集された禁術の魔導書が保管される、国の最高機密の一つだ。

 

 二度目の人生、俺は世界を旅して様々な魔術を知った。

 それでも禁術は殆どが国に管理されていて、全く知ることができなかった。

 

 だが、王子という立場を利用すれば、国中の魔術師の叡智の結晶……街すら滅ぼすことができるその術式群を知ることができる。

 

「坊ちゃま、そこはなりません」

「黙ってろって言ってんだろ」

 

 闇夜の中、指先に灯した魔術の光を頼りに鍵穴を探す。

 が……その扉には鍵穴の類は一切付いていなかった。

 

「なんだこれ……どうやって開けるんだ?」

 

 鍵がかかっていることは間違いない。

 実際に押しても引いてもびくともしないんだから。

 物理的な鍵じゃないなら魔力的なものだ。

 

 扉に触れ、最大限の魔力感知で探る。

 スケルトンで鍛えた俺の魔力感知能力は常人の数倍。

 それは物体に込められた術式の理解力にも及ぶ。

 

「結界だ。しかも一つじゃねぇ、同時に三つ……いや五つか?」

 

 それに極めて面倒なことにその結界には解く順番が決められている。

 それを間違えれば爆音が響くようになっている。

 五つの結界の全組み合わせは百二十通り、当てずっぽうで正解を引けるわけもねぇ。

 

 どうする?

 もう全部無視してぶっ壊すか?

 いや、それだと騎士に見つかって意味がねぇ。

 聖剣の能力があれば……いや、ないものねだりは意味がないし、研究は進めてる。

 今は今の状況でとれる手段を考えろ。

 

 ……この結界の解除方法を知ってる誰かに聞き出すしかない。

 

 

「こんな夜更けに、こんな場所へ……」

 

 

 それは魔力感知を最高レベルで展開したはずの俺の背後を易々と取っていた。

 

「なんのご用でしょうか? 王子」

 

 振り返れば、窓から差し込んだ月光と共にその人間の姿が露わになる。

 漆黒の髪と瞳、眼鏡をかけたその人物は訝し気に俺を見ている。

 この国の魔術学校の制服に身を包んだ若い女、されど感じ取れる魔術師としての練度はその年齢に相応しいとは言い難い。

 

「何者だ?」

「失礼。自己紹介が遅れてしまいました。私はヤミ・グラレス、この書庫の管理と守衛を任されております、宮廷魔術師の端くれでございます」

「この方は禁書の番人とも呼ばれる最多の魔術師でございます」

「さいた?」

「そうです。この国に仕える全ての魔術師の中で最も多くの魔術を体得した者だけが、代々この場所の管理を任されるのです」

 

 なるほど、それで『最多』か。

 おもしれぇ。

 

「この結界を施したのもお前か?」

「上出来です王子。その結界を知覚できている時点で、貴方には魔術の才がございます」

「世辞はいい。これを解け。俺を中に入れろ」

「申し訳ございませんがそれはできかねます。これより先は悪魔の知性が保管されし魔境、入室が許されるのは王より許可を与えられし知恵者のみ。王子には、その権利はございません」

 

 女が俺の手首を掴む。

 その接触から感覚で理解できる。

 こいつは身体を巡る魔力の全てを完全に統制している。

 

「お引き取りを」

 

 魔術師としての練度で負けるつもりはない。

 されど、クラウスが言ったようにこの女が見た目通りの若さでこの国で一番多くの術式を会得した個人であると言うのなら……

 

 その才覚は間違いなく俺より上だ。

 

「グラレス殿、この方は王位継承権第十一位、ネル・ウィンラクス・レイサム様であらせられます。それ以上の狼藉はお控えください」

 

 俺の手首を掴んだヤミの手首をクラウスが更に掴む。

 

 圧倒的な身体強化の係数。

 元騎士の名に恥じぬ信念の籠った瞳。

 年齢に裏打ちされ、その肉体が証明する不足なき努力。

 

 少なくとも、身体強化の練度だけを比べれば、こいつは俺より上だ。

 

 だが双方共に、持ち得る力の上限は俺の片方(・・)にしか及ばない。

 

「――やめろ」

 

 身体強化を強め、放出する魔力を強める。

 ここは禁書庫の目前、こいつ等が暴れれば中身が無事で済む保証はない。

 

「これが十歳の少年の魔力……?」

「坊ちゃま……貴方様は一体……」

 

 驚きと共に、俺の手首は解放された。

 

「クラウス、今日は帰る。ヤミ、また明日来るよ」

 

 書庫を後としながら、俺は思案する。

 

 あの高度な結界を完璧に無効化することは現状の俺には不可能。

 

 今の俺には禁書を閲覧するための権利も足りていない。

 国王から魔術師として認められるには相応の成果が必要だろう。

 それを狙う手もあるが、国王(ちち)という存在には嫌悪感しかない。

 好んで関わりたいとは全く思わない。

 

 ならばあの結界を破り、中の禁書を閲覧する現実的な方法は一つだけ。

 

 ――あの女、ヤミ・グラレスを手中に収める。

 

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