剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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21「料理と正体」

 

 昨日と同じ丑三つ時に巡回の目を盗んで俺は書庫を訪れた。

 

 クラウスは置いてきた。

 あいつも歳だからあまり夜更かしさせるわけにはいかない。

 あとなんか喧嘩始めるし。

 

「お、もしかして待っててくれたのか?」

 

 書庫の扉を開くとヤミが扉の前に立っていた。

 

「本当にお見えになるとは思っていませんでした。ですが何度来ても禁書庫の閲覧はできませんよ?」

「分かってるよ。けどここの本を読むのは自由だろ?」

「お昼に来てください。こんな時間だと本も読み難いでしょう」

「昼に俺が来ると他の使用者が気を遣うだろ」

「それは、まぁ……」

「理解してくれたなら通してくれないか? 俺はただ書庫を使いたいだけなんだ」

「……他の方には内緒ですよ」

「勿論だ」

 

 さて、取り敢えず書庫へ入ることはできそうだ。

 しかもこの時間ならこの空間には俺とこいつの二人だけ。

 結界のことを聞き出すチャンスだ。

 

「なぁ、あの結界すごいよなー」

「あの、もう少しさりげなく質問することをお勧めします」

「……ふぅ、どうやら勘はいいようだな」

 

 中々やるじゃないか。

 

「なぁ、結界系統の術式ってさー不思議だよなー」

「王子、ですからそういうことはさりげなく聞いた方が……」

「い、いや違うぞ。今のはお前を試しただけだ。お前がポロっと言っちゃわない口の堅い奴で良かったよ」

「はぁ、そうですか……」

 

 ヤミが、まるで残念なものでも見ているかのような視線を向けてくる。

 俺は四百年以上を生きた超高齢者。

 人心掌握だって、話術だって……

 うん、そんなもん鍛えた記憶がねぇ……

 

 だがしかし封じられるほどの叡智の数々がもう目と鼻の先に眠っているのだ。

 それを諦めるなんてあり得ない。

 

「なぁお前、そういや気になってたんだがなんで制服なんだ?」

 

 この身体の記憶によれば、ヤミが着ているのはこの王都に存在する魔術学校の制服だ。

 しかしこいつの身分は宮廷魔術師。

 まさか兼任しているわけじゃないだろうし……

 

「耐久性が高いので」

「……ん?」

「魔術的な腐敗処理がされていますし、クリーニングも魔術で可能。これ一着あれば他に衣類は必要ないレベルです。この製作元が下着も作ってくれればよかったのですが、そういった商品はないようで、下着だけ数カ月に一度見繕わなければならないのは大変です」

「ちょ、ちょっと待て」

「はい。どうされましたか?」

 

 なんでこいつは俺に平気な顔して下着の話なんかしてんだ。

 子供だと思ってるのか?

 いや、実際見た目はそうだが……

 何か根本的に意識が違う気がする。

 

「お前、最後にここから出たのいつだ?」

「十六歳の時、飛び級で魔術学院を卒業して、このお仕事を王より任命された日です」

「今何歳だよ?」

「一月前に二十歳になりました」

 

 四年……ずっとこいつは書庫に居たってのか?

 

「それ飯とか寝床とかどうしてんだ?」

「必要なものは一週間に一度ほど来ていただける商会の方に依頼して買っています。寝室や調理場も書庫内の一角に確保してあるので外に出る必要はありませんよ」

「自炊してるのか」

「まぁ、しかし最近はお弁当や魔術で冷凍した物を解凍して食べることが多いです」

「そうか……質問ばかりして悪いな」

「いえ、しかしどうして王子は私の生活などを気になさるのですか?」

「お前みたいな究極の引きこもりは初めて見たからな。単純に興味本位だ」

 

 四年間も全く部屋から出ない人間なんて居ないだろ。

 龍の時の俺ですら数日に一度は洞窟から出てたし。

 

「レストラン行って美味い飯食いたいとか、高級店に売ってるような豪華な服を着たいとか、恋愛したいとか、そういうのないのか?」

「ですが、ここで禁書庫を守ることが私の使命です」

 

 すごくいい。

 俺もそうだ。

 生物的な欲求よりも優先するべきものがある。

 

 だけど最近思う。

 少なくとも前世の俺は、俺のために生きていなかった。

 

 こいつはどうなんだろう。

 こいつの意志はどれほど固いものなんだろう。

 それを知りたくなった。

 

「そんなことは分かってる。俺は今、お前にそういう欲求が全く無いのかって聞いてるんだ」

「……多分、あります。でも、勤めより優先しようとは思いません」

「お前可愛いからモテそうなのに、もったいね」

「……そうでしょうか?」

「そりゃ、メイクとかしてねぇけど誰が見たって美人じゃん。まぁいいや、また明日来るよ」

 

 喋りながら三冊ほど魔術に関する本を読んでみたが、知らない話は殆どなかった。

 やはり魔術師として成長するには禁書庫に入る他ない。

 しかしヤミのガードは結構硬いし、長期戦になりそうだな。

 

 まぁいいか。

 俺はまだ十歳、普通に考えれば半世紀以上の時間があるんだから。

 

 

 ◆

 

 

「よっ」

「また来られたのですね王子、何度来られても結界の解き方は教えられませんよ?」

「分かってるよ」

「ん? あの、それはなんでしょうか?」

 

 書庫へ通うこと三日目。

 今宵は幾つか材料を持って来た。

 

「昨日思ったけどさ、この時間って腹減らね?」

「お腹ですか……まぁ……」

「調理場あるんだろ? ちょっと貸してくれよ」

 

 材料は持って来た。

 俺の人生は一人旅も多かったから飯を作る機会もそれなりにあった。

 美味い飯ってのは心を落ち着ける。

 メンタルが安定すればそれだけパフォーマンスに揺らぎがなくなる。

 

 よって、自分で美味いと思えるくらいの料理はできる。

 

「構いませんけど……」

「なんか食べられないものとかあるか?」

「……私の分もあるんですか?」

「お前の睡眠時間奪ってること一応悪いと思ってるんだよ。まぁ明日も来るけど。だから礼じゃねぇけどお前の分も作らせてくれ」

 

 俺がそう言うと、ヤミは前髪を弄りながら後ろを向いた。

 なんだ?

 

「ありがとうございます。食べられない物は別にないです。調理場に案内するので付いてきてください」

 

 書庫の一角に設けられたそこは給湯室のような内装をしていて、隣に続く扉は倉庫になっているようだ。

 かなり散らかってる。

 

「すいません、今片付けますね」

「俺も手伝うよ」

「いえ、王子にそのようなことをさせるわけには……」

「今更だろそれ。それにできないかやりたくないからこんなに散らかってんだろ?」

「家事は……あまり自信はありません」

「じゃあしょうがない。ここには俺とお前しか居ないんだから」

 

 多分こいつしか使わない場所だから仕方ないんだろうが、パンツやらブラやら転がしとくなよな。

 でもこいつ、そういうのは全然気にしてなさそうだ。

 

 片付けを終え料理をしていると、後ろからヤミが俺の手元を見てくる。

 

「手際がいいですね」

「まぁな」

「何を作ってるんですか?」

「雑煮」

「東の料理ですね。本で読んだことがあります」

 

 こっちじゃ珍しい料理だ。

 だから久しぶりに食べたくなった。

 

 ていうか、やけに見てくるな……

 

「一緒に作るか?」

「……! はい!」

 

 

 ヤミの料理は死ぬほど下手クソだった。

 だが、流石『最多の魔術師』と呼ばれるだけはあって覚えは悪くない。

 

 数日ほど続けていると基本的なことはできるようになった。

 

 

「お前、たまには休み貰えば?」

「王子は、どうしてこの禁書庫の守りを国で最も多くの術式を修めた人間に任せるのかご存じですか?」

「いや?」

「あの結界術式を絶やさないためです。使用者が範囲内に居る限り、仮に私が死んだとしてもその場所が範囲内であればあの結界は数カ月は作動し続ける。だから、私は休息を欲しません」

 

 意味が分からねぇ。

 結界術の継承が大事なら多くの人間に学ばせるべきだ。

 この書庫内に居ないと機能しないのなら持ち回りでやればいい。

 俺にはこいつが『王命』に自由を奪われているようにしか思えなかった。

 

 こいつの目的はこいつ自身の目的じゃないらしい。

 それは、俺が龍だった時に生贄として捧げられたヨスナと同じように感じられた。

 そういやあいつ、幸せになれたのかね。

 

 俺は、誰かのために何かをするという行為を嫌悪していた。

 だが、ビステリアは俺に言った。『誰かを守りたいと思う意志と、俺が最強へ至りたいという意志は、同じ道で繋がっている』と。

 少しだけ、ほんの少し……俺も、そうかもしれないと思った。

 

 こいつにとっての使命もそういうものなんだろうか?

 

「本当にそれでいいのかよ?」

「はい!」

 

 無表情で居ることが多かったヤミは、笑みを浮かべて元気よく返事をした。

 

「今日も来たんですね」

「何度来ても禁書庫には入れませんよ?」

「私から禁書の内容を聞き出そうとしても無駄です」

「王子ももっと大人になって王に認められる功績を得れば閲覧できるようになるのでは?」

「飽きませんね王子、もう一月は経ちますよ」

「ちょっとくらい? 少しでも危険だから禁術なんです」

「あの王子、この前の卵焼き美味しかったです……」

「王子昨日はなぜ来られなかったのですか!? え、懇意にしている貴族の方の家に招待されていた? それなら仕方ありませんね」

 

「王子……」

「ネルでいいよ。その呼び方だと他の王子と区別付かないだろ?」

「……しかし」

「いいって、俺がそう言ってんだから」

「……では、今後はそのように」

 

 

 俺がこの身体に転生して半年が過ぎた。

 

 未だ、俺は禁書庫に入れていない。

 

 

「坊ちゃま、少しよろしいでしょうか?」

 

 神妙な表情をしたクラウスは二本の木剣を持っていた。

 

「剣術の稽古か?」

「えぇ、ですが今日はいつも使っている騎士団の修練場ではなく裏庭で行いましょう」

 

 クラウスは元騎士だ。

 若いころの写真はかなりイケメンで、実力も確かだったらしい。

 

「分かった」

 

 今は老いているが、それでも卓越した技術というものは早々失われるものではない。

 俺の剣術の師匠はずっとクラウスだった。

 

「今夜も書庫へ行かれるのですか?」

「あぁ」

「家庭教師の者が言っていましたが、科目によって院生クラスの授業をお受けになっているとか」

「まぁな」

「最近は剣技にも磨きがかかっておられます。それは坊ちゃまと毎日剣戟を交わしているわたくしめが保障いたしましょう」

「そりゃどうも」

 

 裏庭に向かう途中、クラウスがやけに話しかけてくる。

 

「あの日以来、口の悪さは直りませぬな」

「直す気がないからな」

「着きました」

 

 裏庭は、まるで人払いでもされているかのように無人だった。

 クラウスは俺に木剣の一つを渡し、向かい合う。

 

「それでは始めましょうか」

「今日は何するんだ?」

「何、単純な模擬戦ですよ」

 

 皺だらけの口角が上がったと思った瞬間、クラウスは本気の踏み込みで俺に迫る。

 

 持っていた木剣で剣戟を受け、流す。

 

 確かに俺はクラウスには体格で負けている。

 だが、相手は骨と皮でできたような老骨だ。

 身体能力の基礎値はそう変わらない。

 身体強化の係数(りきりょう)も同レベルだろう。

 

 なら勝負を分けるのは技。

 そして、魔力感知を含めた感覚の精度だ。

 

「半年前の坊ちゃまなら絶対に受けきれなかったでしょう。成長なされましたな」

 

 全く、本心ではなさそうにクラウスはそう呟く。

 

 そのまま派生した連撃を受け流していると、クラウスは徐々に剣戟の強度と速度を上げていく。

 

「なぁお前、気が付いてるんだろ?」

「随分と余裕がおありですね!」

「俺が本気に見えるのか?」

 

 魔術を使うまでもない。

 煽り交じりに打ち合い続ける。

 すると、クラウスは足を止めた。

 

「坊ちゃま……貴方は一体、何者ですか?」

「俺はこの肉体に宿った別の魂だ」

「別の魂……つまり、やはり貴方は偽物であるということですね……」

「いいや、俺はネルだ。二つの人格と記憶は融合し一つになった。昔はよくここに来て二人で稽古をしたな。片手を縛っていたお前に何度もボコボコにされた」

 

 逃れることなどできはしない事実だ。

 俺は他人の人生を奪ってここに存在する。

 

 だがこの肉体が……今までの肉体が生きた十年は俺の中に確実に存在する。

 それらの声が俺という人格に全く影響を与えていないかと言われれば、そんなことはあり得ない。

 

 今まで行った九度の転生。

 スケルトンを抜いた八度の生涯。

 その転生前の記憶と経験は、俺の中に今も残り続けている。

 

「だからと言って、お前に認めて貰おうなんて思わねぇよ。お前の行動はお前の意志で確定される。俺を殺したいなら挑んで来い、俺を引き剝がしたいならその(すべ)を探せ。それでも俺は……俺に統合されたこの身体の記憶は、執事としてのお前を望んでいるがな」

 

 これが俺の本心だ。

 理解されようなんて思わない。

 俺の邪魔をするなら打ち砕くのみ。

 だが、お前の選択を俺は強制しない。

 

「怒りもございます。怨みもございます。元に戻って欲しいという思いは、確実にこの心中に存在している。坊ちゃまは、今のその状況を快く思っておられるのでしょうか?」

 

 芯の通った在りようで、クラウスは俺に問う。

 

「俺はテメェが満足いく答えなんか持ち合わせてねぇよ。自分で勝手に確かめて、勝手に納得しろ……クラウス・ベクター」

「――御意」

 

 その剣が上段に構えられる。

 それは木剣であるにも関わらず、確かな切れ味を持っていた。

 

「――魔技【水刃】」

 

 クラウスが持つ木剣の周囲に高圧水流が荒々しく纏われる。

 水といっても圧倒的な密度と勢いを持てば、それは触れるだけで岩をも切断する刃に化ける。

 

 例え魔力で身体を強化していようが、人の肉や骨なんて触れれば容易く切断されてしまうことは想像に難くない。

 

 だが、その一閃は俺の目前で停止した。

 

「何故ですか……貴方の力量なら、きっと反応できたはずです……」

「先にお前が答えろよ。どうして止めた?」

 

 互いに口を紡ぐ。

 その問いに対する答えは双方一つで、それは両者共に理解していたから。

 

「もう一度、問いましょう。本当に貴方の中に坊ちゃまは居るのですね?」

「あぁ、もう既に俺はこいつで、こいつは俺だ」

 

 薄皮一枚を傷付けた刃は降ろされ、クラウスは膝を付き胸に手を当て首を垂れた。

 

「かしこまりました。坊ちゃまがネル・ウィンラクス・レイサムである限り、(わたくし)は坊ちゃまにお仕えいたします」

「あぁ、そうしろ。そんじゃあ少し続きをやるか、こっからは俺も本気でやってやる」

「えぇ、お付き合いさせていただきましょう」

 

 

 クラウスとの模擬戦は良い修練になった。

 それから三日に一度程度のペースで続けている。

 禁書庫に入ることも重要だが、身体作りと並行し剣術が衰えないように鍛えることも大事だ。

 

 色々とやることも多いが環境的には悪くない。

 まともな飯が食えるし、良いベッドを使えるし、面倒事は人に押し付けられる。

 

 王子という立場故の拘束性が無いわけじゃないが、それでも奴隷や魔獣に比べればかなり当たりの出生だ。

 先天的な魔力量も少なくはないしな。

 ただ筋肉はほぼ無かったから筋トレは続けていく必要がありそうだ。

 

 

 ◆

 

 

 ある日、家庭教師の授業が暇すぎてサボるために書庫に来ていた。

 珍しく今は昼だ。

 ヤミの姿はあるが、昼は司書の仕事もしているそうであまり俺に構わせるわけにもいかない。

 それに変に目立つと王子だということが周りにバレて面倒だしな。

 

 普段着ないような目立たない服を着て、一応サングラスを掛けている。

 めちゃくちゃ文字が読み難れぇ。

 外そうかなこれ。

 

「やぁ、ヤミ!」

「これはケネン殿下……」

 

 どうやら俺が顔を隠していた意味はなかったみたいだ。

 ケネンと呼ばれたその男はこの国の第二王子、つまり俺の相当上の兄に当たる。

 

 歳は二十八。顔はかなり美形だとメイドが噂をしていた。

 少し女遊びが激しいきらいがあるらしいが、王子の中ではかなり人気のある部類だ。

 すでに妻も三人娶っている。

 

 ケネンが入って来た瞬間、若干書庫内の人間の空気がピリ付いた。

 他の利用者がケネンとヤミから距離を取っているようにも見える。

 

「今日もご苦労様。君の仕事はこの国にとって重要なものだ。毎日サボることもせず真面目に仕事に取り組む君の姿は尊敬に値する」

 

 そう言ってヤミの頭に手を置こうとするが、ヤミが勢いよく頭を下げたことでその手は空を切った。

 

「もったいないお言葉でございます」

「……そうか、それであの件は考えてくれたかな?」

「何度も言っている通り、私には禁書庫を守るという役目があります。なので……」

「それは私の妻になれば解任されることだ。金銭という意味でもここで働くよりも多くの財が手に入るぞ? それに君は魔術師としても一級、僕も魔術の腕にはそれなりに自信があるから、きっと僕等の子は才能に恵まれる」

 

 相手は第二王子。

 次期国王にもかなり近い。

 王子なら複数の妻を娶るなんて普通だし、財産や権力は破格で見た目だっていい。

 結婚したいって女は国中に居るだろう。

 

「申し訳ありません……私はケネン殿下と結婚するつもりはございません」

「そうか……分かった。長い目で考えてくれればいい。また来るよ」

 

 そう言い残してケネンは書庫を後にしていった。

 

 しかしケネンがあれだけ口説いても無理なのか。

 確かに歳の差は少しあるし、妻が三人も居るというのは普通なら嫌な女もいるだろう。

 しかし、そのマイナス要素を掻き消して余りあるスペックと立場をケネンは持っている。

 

 顔、財、権力、魔術の才。

 社交場の経験も俺とは比べ物にならない。

 それだけ対人能力にも長けているはずだ。

 

 実際、今のやりとりもそこまでしつこい感じはなかったし、すぐに退室したのはヤミを必要以上に不快にさせないように気を遣ったっぽい。

 夜に忍び込んでいる俺とは違ってかなり真面だ。

 

「やはりケネン殿下は人格もすばらしいですな」

「えぇ、第一王子は少し横柄なきらいがありますから個人的にはケネン殿下に王位を継いでいただきたいものです」

 

 周りの連中の空気がピリ付いたのは、二人の邪魔をしないようにとの意図だったらしい。

 

「しかしヤミ殿はケネン殿下の何が気に入らないのか……」

 

 そう、それでもヤミはあの誰がどう見ても優良物件の王子からの婚姻を拒否したのだ。

 

 自分の使命に対する強固な意志。

 それを懐柔し結界の解除方法を聞き出す?

 ……かなり難易度の高い話に思えてきた。

 少なくとも、自分の意志が揺らぎを見せている今の俺にとっては……

 

 そう考えているとヤミが俺の座っている席に近付いてきて、周りに聞こえない程度の小声で話しかけてくる。

 

「ネル様? お昼にお見えになるのは珍しいですね」

「あぁ、ちょっと授業をサボりたくてな」

「ちなみに今夜は何を作って下さるんですか?」

「そうだな。おでんって奴を作ってみようと思ってるんだ」

「ネル様は東洋料理がお好きですね」

「お前は嫌いか?」

「いえ、全く。今夜も楽しみにしています」

 

 それだけ言ってヤミは仕事に戻っていった。

 仲が悪いってことはないだろう。

 だが、俺の身体はまだ十歳。

 そもそも恋愛的に好感を得るつもりだったわけじゃないが、ヤミは恋人にも結界の解き方を教えなさそうだ。

 

 俺があいつと親密な関係になるには色々と足りないな。

 

 

 ◆

 

 

「結局正攻法で行くしかねぇか」

「どうされました坊ちゃま? そういえば最近家庭教師の方が授業の時間になると坊ちゃまが消えると嘆いておられましたよ」

「知ってる授業受けたって面白くねぇんだよ」

「それでも彼はそれが仕事ですから、彼も仕事をしていないことが国王にバレれば解雇されるかもと怯えているのでしょう」

 

 どうせ親父はそんなことに興味ねぇよ。

 だがまぁ、家庭教師が交代するのはそれはそれで面倒だ。

 

「分かったよ。次からばっくれる時は事前に言ってからやる」

「それは……まぁ……今よりはマシでしょうが。それで正攻法とは?」

「いや、ヤミの口が俺の想像以上に堅いってことが分かってな」

「なるほど……確かにあの方は仕事が人生というような雰囲気を感じますな」

「だから禁書庫に入る正攻法。何か手柄を立てて親父に認めて貰う」

 

 ヤミに口を割らせる方が早いと思っていたから毎晩通っていたが、今日の一件を見ると寧ろこっちの方が長くかかりそうな気がしてきた。

 そもそも俺の得意なことは『戦闘』だ。

 実際、戦争に出陣して手柄を認められている王子は多いし、そっちを狙うのは現実的にアリだ。

 

「つうわけで、なんか手柄になりそうな話ないか?」

「……そうですな、無論国境線では戦争の話ばかりですがあまり近いとは言えませぬし、勿論そこには将軍がおられるわけで王子が行っても邪険にされるでしょう」

「国境か、確かに遠いな」

 

 この王都は国の中心地に存在している。

 国の端である国境に向かう場合、どの方角でも最低三日はかかる。

 流石に一週間も外出するのは色々と問題がある。

 

「そう言えば一つ、かなり昔にこのレイサム王国から独立を宣言した都市国家がございます。勿論、レイサム王国はそれを認めていませんので現在は戦争中です」

「都市国家……都市を一つしか持ってない国か。よくそんなのが長く戦争を続けられてるな?」

「えぇ、わたくしも伝聞で聞き及ぶ限りですが……なんでも『龍が守護している』とのことでございます」

 

 龍……か……

 なんというか、色々と俺の人生に縁のある存在だ。

 

 だが俺は既に白龍アザブランシュ討伐の実績を持っている。

 白龍は龍の中でも稀有な能力を持つ強い個体だった。

 その都市国家を守る龍がどんな種類かは知らないが、様子見程度に突くのはありだ。

 

 俺にも倒せそうな奴なら、国王から認められる実績としては十分。

 

「そこは近いのか?」

「はい。馬車で九時間といったところでしょう」

「二日程度で帰れるな」

「えぇ、しかし本気ですか?」

「不安か? 俺の実力は毎日見せてるだろ?」

「しかし相手は最強種【(ドラゴン)】です」

「そうだな、確かに龍は強かった……」

 

 白龍の時は聖剣を握ってギリギリ倒した。

 だが、あれは白龍の奥の手が三匹への分裂だったからだ。

 一対一ならおよそ勝てる。

 

「それはどういう意味で……」

「いいから準備だクラウス」

「かしこまりました。では『ナスベ龍街』へ向かうための馬車を手配いたしましょう」

 

 

 …………………………ナスベ?

 

 

 

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