剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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23「知らぬが楽園」

 

 ナスベ龍街。

 砦の将軍いわく、それは六頭の龍に守られた都市である。

 

 ナスベ龍街の主は独立を宣言しているが、レイサム王国はそれを認めていない。

 徴税や法の実施を無視しているその反乱勢力に対して、レイサム王国も何もしないというわけにもいかないから当然だ。

 

 だが相手は自然界の最強種【(ドラゴン)】。

 絶対なる存在を六頭従えたその都市を相手に、真面にやり合おうと思えば国に存在する殆どの兵力を動員する必要が出てくる。

 

 しかし、国防の観点からそれは不可能。

 必然、その皺寄せは現場の兵士にやってくる。

 

 それにナスベ龍街が攻勢を示さないのも質が悪い。

 上層部を勘違いさせるのだ。

 その砦の兵力だけで抑え込めている……と。

 

 増援は期待できない。

 兵士は上層部の意向に背けない。

 それでも龍はその息吹を絶やさない。

 

 確かに俺は赤龍の首を一閃した。

 しかし異常に弱かったあの龍であっても、その鱗の頑強さとブレスの火力は本物だった。

 普通の兵士が幾ら集まっても対処できるレベルじゃない。

 

「まさか、俺が国のために働く日がくるとはな」

「坊ちゃまは王子なのですから当然のことでございましょう」

「まぁ、それもそうか……」

 

 王のために国があるわけじゃない。

 国のために王があるのだ。

 王は国なくして成立せず、されど国はきっと王なくしても存在できるのだから。

 

 ならば、十一番目であろうとも、その継承権を持つ俺が国を守るのは必然なのだろう。

 

 身体の内から、俺には絶対に備わっていないと思っていた『責任感』が湧いてくる。

 

 砦から二km。

 馬車だと潜伏に向かないから徒歩で移動してきた。

 望遠鏡などを使わずとも目視可能な距離まで近づくと、街の外観が露わになる。

 

 聳える城を中心に、六角形の壁に阻まれた城塞都市。

 物理的な城壁とは別に全体を覆う六角形の結界術式が構築されている。

 薄い紫色の結界は、壁に魔法陣を描くように構築され、隙間なく六方向全てを守っていた。

 

 そして――

 

「龍があれほど……」

 

 クラウスが慄きと共に呟く。

 街中を飛ぶ複数の巨大な影。

 持ってきた双眼鏡を使えば、それが『ドラゴン』であることは明白だった。

 

 黄色いのが二頭。

 青いのが二頭。

 緑が一頭。

 

 街の上空を当たり前のように滑空している。

 

「どうやら将軍の話通り、坊ちゃまが倒した赤龍を合わせれば六頭の龍が居るようですね」

「あぁ、すげぇな。一体どんな奴が龍を従えてんだろうな?」

 

 少なくともそいつは龍と対等以上の力を持ってるってことだ。

 今の俺とどっちが強ぇのかな。

 

「行くぞ」

「しかし結界が……」

「あの結界は六匹の龍を媒体にして構築されてる。だから赤龍が倒されたせいで結界の一部が弱まってるだろ?」

「……いえ、わたくしには全く分かりませんが」

 

 ヤミの結界のようにパズルのような代物じゃない。

 ただ龍の魔力で強く硬く造られたものだ。

 弱まっている今なら入れる。

 

「クラウス、魔力の隠密はできるか?」

「はい」

 

 体外に放出する魔力を抑え魔術的な感知能力から身を隠す。

 基本的な魔力操作の一つだ。

 それを使って俺たちは都市へ近付く。

 

 結界のせいか、それとも人手が足りていないのか、監視は顔まで隠したフルプレートの兵士が門の前に二人だけ。

 

 俺たちは二つの門の対角線の位置へ回り込んで接近した。

 結界は威力を絞った【龍太刀】で切り開ける。

 壁の一部に【軟化】の魔術で穴を開け、誰にも見られていないことを確認しながら都市の内部への侵入は成功した。

 

「畑か……?」

 

 都市の外周部分は作物を育てる田園が広がっていた。

 いや、そりゃそうか……

 この都市はレイサム王国に全方位を囲まれている。

 つまり貿易の類が一切できない。

 食料や衣服なども全て自足自給するしかないわけだ。

 

 けど、そんな状況でよくこの規模の都市を維持できているな。

 広大と言っても都市の人口を支えられる範囲には見えないが……

 

 だが、その答えは天からやってきた。

 

「坊ちゃま……上空を……」

 

 脅えたような表情でクラウスの視線は天を向く。

 俺もそれを追って空を見上げた。

 

 黄土色の鱗を持った龍の一頭が天上より飛来し、四足の足をゆっくりと地に付けた。

 まるで、畑にダメージを与えないようにしたかのような、優しい着陸だった。

 

 その龍は土属性の魔術を大地へ向けて行使し始める。

 それは土壌を豊かにし、作物の成長を促進させる魔術。

 

 それも龍の規模だ。

 その範囲は数百メートルに及び、効果は絶大の一言に尽きる。

 

「なるほどな……そりゃ、食料不足にならねぇわけだ……」

 

 水の龍が居ればいつでも綺麗な水を無尽蔵に生み出せる。

 風と火の龍が居れば天候すら操ることができるだろう。

 そして土の龍が居れば農業だけじゃなく、建築すら人間とは比べ物にならない速度で行うことが可能だ。

 

 俺の奴隷の人生が十四年。

 スケルトンの生涯が十三年。

 そして俺が今十歳。

 

 俺が龍の生涯を終えてから、多く見積もっても四十年程度の時間しか経っていないはずだ。

 

 クラウスから聞いたこの都市の反乱は三十三年前だから、その記録とも合致する。

 

 何より、ここまで歩いていた景色を見れば流石に俺も思い出した。

 この場所は間違いなく、ナスベ村があった場所だ。

 

 そんな村が、この規模の都市に四十年足らずで成長した理由……

 

「龍を内政に利用してるって訳か」

「途轍もない手法ですな」

「あぁ、そうだな」

 

 何よりも龍は竜巻や津波、噴火と並ぶ【天変地異】だ。

 それはすなわち、龍にはそれらを相殺できる力があるということ。

 

 

 ――つまりこの街は、天変地異を【克服】している。

 

 

「城へ向かうぞクラウス。俄然、ここの主に興味が湧いた」

「えぇ、私もでございます。この文明は、レイサム王国の大敵になるでしょう……」

 

 やっと俺とクラウスの意志が統一された。

 ここに来るまでクラウスは「やめましょう」が口癖になってた。

 けどこいつも騎士だ。

 国の脅威と思われるのなら調査は必要。

 どうやらやっと覚悟が決まったらしい。

 

「さて、街中はどんな景色が広がってるのやら……」

「そうですね……」

 

 ガチャガチャ――

 

「あと、その鎧は置いてけよ。それと武器も袋か何かに入れて隠して置け」

「そんな!? 鎧と剣は騎士にとっての誇り――」

「うるせぇし目立つんだよ! つうか隠密作戦にフルプレートで来る奴があるか!?」

「ぐっ……あの坊ちゃまが真面なことを……かしこまりました……」

 

 何言ってんだ。

 俺はいつも真面だろうが。

 

 

 ◆

 

 

「我々に自由はない!」

 

 一人の若者が声高々にそう演説していた。

 建築様式は俺たちの街とそう変わらない都市の中心。

 聳える王城の前で集まった人々に語り掛けている。

 

「俺たちは領主によって外へ出ることを禁じられている。外交が禁じられるどころか外に出ることすら禁止。こんな状況で生きていると言えるのか?」

 

 演説か……?

 しかし完全にこの街を否定する内容だな。

 

「外にはもっと幸福な人たちがもっと幸せな世界を作ってるんじゃないのか!? 領主は横暴だ! 俺たちを街に閉じ込め自由を奪い、龍の結界によってそれを強制している。だから文化は発展しないし技術は進歩しない!」

 

 レイサム王国の王都でこんなこと言い出したら速効で刑務所だろうな。

 

 けど、なるほどな。

 この街の連中は領主に不満があるらしい。

 俺たちにとっては都合のいい話だ。

 

「外には楽園があるはずだ! 目指そう! 俺たちで!」

 

 若い男がそう言って拳を掲げると、見ていた人間も声と拳を上げた。

 そして若い男は次の日時と場所を伝えてその場は解散になった。

 近い内に領主へ抗議するとも言って。

 

「クラウス、どう思う?」

「演説を聞きながら近くの商店で売られているものを見ていたのですが、驚くべきことに【無料】のものがありました。個数制限はありましたが毎日取って行っていいそうです……」

「なんだそれ?」

「おそらく日用品や食料品などの生活必需品を国が提供しているのかと。つまりこの街には『飢餓』も『貧困』も存在しないということでございます」

 

 龍の労働力があれば人が苦労する必要はないってことか……

 

「それに通貨に関しても一定額が領主から支給される形になっており、料理や芸術、絵画や研究、商品開発、教師、医師など仕事は知的労働が主なようです。当然、命を危険に晒す冒険者もいない」

「俺たちからすれば楽園だな。白黒の部屋から出たことのない人間に赤色が伝わらないように、楽園しか知らない人間はそこが楽園だと気が付けないってか」

 

 龍を使役することも、こいつ等にしてみれば当然のことなんだろう。

 他の街や国にも当然のように龍が居ると思っていそうだ。

 じゃなきゃあんな演説しないだろうし。

 

 しばらく街の様子を見て回ったが、俺もクラウスもここより『楽園』と呼べる都市は見たことがないという結論に至った。

 

 そして結界によってこの街の人間を閉じ込めている意味も分かった。

 龍の使役数だ。

 魔術的な作用なのか、動物的な本能を利用しているのか、なんらかの取引をしているのか……

 分からないが六頭しか居ないということを考えると、無尽蔵に増やせるわけじゃないんだろう。

 

 なら支えられる街の総人口には限界があるはず。

 だが生活に問題がないのなら必然的に人は増える。

 加えて移民を受け入れることになればすぐに人口はパンクし、この都市構造は維持できなくなる。

 

 だから、外との接触を断っているわけだ。

 

「中々、合理的な領主だな」

「この街に思い入れがなければそこまでの決断は下せないでしょう。一個の都市が一国と戦うなど……」

 

 外には敵しかいない。

 それも龍での迎撃ですませてるってことは、住民に戦わせる気はないんだろう。

 つうかこの街の連中は喧嘩もしたことなさそうな奴ばっかりだ。

 戦士の類は最初の門兵くらいしか見てねぇ。

 

「日が暮れてきたな」

「宿を取りますか?」

「いや、城に行く。一国の王子が挨拶もなしじゃ嘗められるだろ?」

「相手は龍五頭……いえ、他にどんな戦力を持っているか予想もできませんよ?」

「じゃあお前は帰ってもいいぞ?」

「何を仰いますか……だからこそ、わたくしもお供するに決まっております」

「あぁ、分かってんならいい。そうしろ」

 

 俺が笑みを浮かべると、クラウスは胸に手を当て頭を下げた。

 

 

 ◆

 

 

 陽が落ち切った頃、俺とクラウスは城へ向かう。

 途中、若い男女が空を見上げて呟いていた言葉が印象的だった。

 

「あれ、今日は火龍の灯りが浮かばないな?」

「いいじゃない、星とか沢山見えるし」

「まぁそれもそうか……」

 

 夜すら克服してんのかこの街は。

 灯りの魔道具を街全土に配備し維持するのにどれだけ予算が必要だと思ってやがる……

 

 城の前に到達すると、顔まで隠したフルプレートの騎士が二人居た。

 街の出入り口に居たのとガタイまでそっくりだ。

 

「魔力隠密で入るぞ?」

 

 軟化の魔術で壁に穴を開ければ、簡単に中へ入れた。

 魔力感知で城内を探れば巡回の騎士は三十人程度。

 スケルトンになったことで手に入れた魔力感知能力があれば出くわさないように移動することは簡単だった。

 

「王様って普通は一番奥の部屋に居るもんだよな?」

「東洋では天守閣などは上にあるものですが、この街の建築方式は我が国とそう変わらないようでしょうしおそらくは」

「じゃあ行くか」

 

 門の正面に進むこと数分。

 それはすぐに見つかった。

 一際巨大な門、その前に見張りの兵士が四人。

 今までで一番多い人数だ。

 

「構造的にここは突破するしかなさそうだな……」

「えぇ、坊ちゃまの壁抜けもバレずに行うには一度中庭に出る必要がありそうです」

 

 その庭にも巡回の兵士の気配がある。

 

「三体は俺がやる。右端の一体、一瞬で制圧できるか?」

「かしこまりました」

 

 物陰から、俺たち二人は一気に駆けだした。

 

「身体強化【蒼爆】」

「体魔歩法【流水】」

 

 その場には、俺とクラウスが剣を入れていた袋が二つ舞い落ちる。

 されど、それが床に着くよりも四人の騎士の膝が床を打つ方がずっと早かった。

 

 俺の加速に全く反応できなかった兵士。

 左端の頭を剣で殴りつける。

 更に【蒼炎】の付与でもう一体を弾き飛ばし。

 【炎螺玉(えんらぎょく)】で最後の一体をアッパー気味の掌底で上に吹き飛ばす。

 

 全員昏倒させた。

 

 クラウスの方を見ると、騎士の頭を掴んだ手から大量の水が溢れ敵の頭に纏わりつき溺れさせていた。

 

「やるじゃねぇかクラウス」

 

 床に転がった騎士を眺めながらそう言うと、クラウスは頷いた。

 

「坊ちゃまこそ」

 

 そのまま俺は重く硬い扉に両手を翳し、両開きの扉をゆっくりと開いて行く。

 

 隙間が徐々に広がり、内部の様子が少しづつ見えてくる。

 レッドカーペットが敷かれたその部屋には一つの玉座と、その横に立つ一人の――

 

「――蒼炎球」

「ッ!?」

 

 反射的に展開した魔力障壁が、その蒼い炎の衝撃を和らげる。

 

「あっぶねぇ……」

 

 もし、発動が一秒でも遅れていたら、俺の頭は吹っ飛んでただろう。

 それほど高威力の魔術だった。

 ちょっと髪が縮れたわ。

 

「坊ちゃま!?」

「ふざけろテメェ、いきなり随分な挨拶だなぁ!?」

 

 しかし、問題はそんな攻撃一発のことじゃない。

 それよりも目の前に居る人物だ。

 

 もしかしたら、そこに居るのは『ヨスナ』かもしれないと全く期待していなかったわけじゃない。

 

 だが、これは予想外過ぎるだろうが……

 

「なんで生きてる……(ネル)!」

「ネル……? どういうことですか坊ちゃま……!?」

 

 赤黒い髪、黒い瞳。

 龍の爪や牙で造られた太刀。

 龍の鱗で生成された衣。

 そして聖剣によって空いた、胸の穴……

 

 二十代前半に見えるその男は、俺のよく知る人物だった。

 

「キサマ、侵入者……何故、オレの名前を知っている?」

 

 それは間違いなく――七度目の龍の生涯を人として終えた『俺の身体』だった。

 

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