剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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24「過去と今」

 

「誰だお前?」

「オレはネル、我が主の筆頭騎士だ」

「お前にはどこまでの記憶がある?」

「意味が分からん。この身体にこの魂が宿った時より記憶はある。それが普通だろう」

「そうか……あぁ、俺はネル・ウィンラクス・レイサム。レイサム王国の第十一王子だ、よろしく頼む」

「オレと同じ名前の王子? 戯言だな……そんな奴がたった二人で敵の本陣に乗り込んでくるわけがない」

「まぁ、信じるも信じないもどうでもいい」

 

 問題や疑問は大いにある。

 けど……こいつを見た瞬間から、こいつの魔術が目の前で魔力障壁に激突する様を見たその時から、俺の心は高鳴って仕方がねぇんだ。

 

 俺の十度の生涯で最強の肉体。

 それは確実に目の前にある身体(これ)だ。

 魔力も膂力も、十歳の人間(おれ)などとは比べものにならないだろう。

 

 だからこそ、やりあいたい。

 

 身体能力で劣るのなら、勝つために必要なのは経験だ。

 龍の生涯を今の俺が超えているのか。

 それを確かめたい。

 

「クラウス、背中は任せる。この部屋に誰も入れるな」

「坊ちゃま……」

「それと、こいつとの戦いの邪魔をするんじゃねぇ」

 

 そう言うと、クラウスは覚悟の籠った表情で答えた。

 

「かしこまりました。ご武運を……」

 

 お前は本当にいい執事だよ。

 

 頭が空っぽに近づいていく。

 禁書庫も、この街のことも、ヨスナのことすら……どうでもよくなっていく。

 

 ただ確かめたい。

 自分がどれほど強くなっているのか。

 

 言い訳は……なんでもいいな。

 

「レイサム王国の第十一王子として、反乱勢力を制圧する。とか、まぁそんな感じだ」

「なんだその適当な――」

「身体強化【爆】」

 

 加速した身体に任せて思い切り鉄剣を叩きつける。

 だが俺の加速に容易く反応した龍人(ネル)は、一瞬で抜刀し斬撃を合わせてくる。

 

 ガリン、と綺麗な音がした。

 俺の鉄剣が砕けた音だ。

 

 奴の剣は龍の爪や牙が変化したもの。

 その耐久性や強度は鋼鉄などとは比べ物にならない。

 当たり前の予定調和だ。

 

 こいつが持つ剣に対抗できる武器を、俺は一つしか持っていない。

 

「――魔剣召喚【龍太刀】」

「なんだそれは……」

 

 俺の魔術を扱えるように、お前が『終奥・龍太刀』すらも使えるのなら、こいつの危険(ヤバ)さが少しは分かるだろ。

 

「こいつはお前の先にある力だ」

 

 さぁ、開戦の狼煙だ。

 まずは最大値で打ち合おうか。

 

「「――終奥・龍太刀!」」

 

 この技は全身の魔力を龍のうねりのように動かし、その全てを刃に乗せて放つ技。

 

 つまりその威力は、使用者の魔力総量が多いほど強力になる。

 

「ガッ……!」

 

 吹き飛ばされたのは俺の方だった。

 二度ほど地面をバウンドし、俺の身体は壁に激突する。

 

「坊ちゃま!?」

「黙ってろ」

 

 クラウスが心配そうに俺を呼ぶより早く、すでに俺は起き上がっていた。

 

 ビリビリとした感覚が手に残る。

 これが龍太刀どうしの激突か。

 

「期待通りだ、お前……」

「何故、オレと同じ技を使える……?」

「さぁな、俺をぶっ倒して聞き出せばいいんじゃねぇか!?」

 

 アドレナリンとドーパミンが大量分泌されている。

 闘争が快楽へひも付いて、俺の身体を挑戦へと向かわせる。

 

「――蒼炎球」

 

 両手の指先を合わせ、二つの火球を合成した蒼い火球を五つ投げ放つ。

 それは弧を描いて龍人(ネル)へと向かって行く。

 

「魔力障壁!」

「蒼炎龍咆!」

 

 俺の火球に対応するために展開された五つの魔力障壁。

 それを見て、即座に俺は次の魔術を起動する。

 五つの魔力障壁に意識を割いている今は、他の魔術を同時に使うのはかなり難易度の高い作業になるはずだ。

 

 手の平より放たれた、蒼き炎がとぐろを巻いた龍の息吹の再現が、玉座の間を蒼く染める。

 

 が――

 

「蒼炎、龍咆」

 

 その魔術を使えるのは奴も同じ。

 俺の火炎が到達する前に、膨大な魔力によって俺よりも更に巨大になったブレスが俺の息吹を押し返してくる。

 

 衝突によって若干角度を変え、その炎は俺の右上後方へ走り、城の壁を貫いて空を舞った。

 

「俺の最大火力でも返されちまうのか……あぁ、おもしれぇ」

 

 三重(フル)詠唱でも同じ相殺がやっとだろうな。

 火力じゃ絶対に勝てない。

 

「なんだキサマ、なぜ笑っている……!?」

 

 そりゃ楽しいからに決まってるだろ。

 考えるのだ。

 どうすればこいつを倒せるのか。

 

 俺にあってあいつにないもの。

 それは地力ではない。

 俺があいつより勝るのは早さと巧みさ。

 

 そして、使用可能な術式の数だ。

 

「【魔転吸刃(エーテルスティール)】」

 

 魔力を吸い取るこの術式を知っていて良かったよ。

 より長く、この時間を楽しめる。

 

「楽しいなぁ、(ネル)?」

「狂っているのか?」

 

 あぁ、やっぱりそうなんだな。

 お前は七度目の俺と同じことができる。

 でもそれだけで、【俺】ではないんだな。

 

 それでも構わねぇよ。

 だが俺の身体を勝手に使ってる代金だ。

 俺が満足するまで付き合って貰うぞ。

 

「魔剣――龍太刀!」

「終奥――龍太刀!」

 

 俺の魔剣は魔力を込めるだけで龍太刀を再現できる。

 俺はすでに龍太刀の連射速度の遅さと、他の魔術併用できないという弱点を克服している。

 

 だが、七度目の俺はそうじゃなかった。

 

 一発目は龍太刀で返された。

 俺の龍太刀の方が押し負けたが、軌道を変えたことで俺には命中せず、後方の天井を斬り裂くに終わった。

 

 だが二発目はどうする?

 

「連撃――?」

 

 驚いたまま奴は身体を逸らす。

 身体強化【爆】による加速で身体を横にズラしたようだが、龍太刀の発射速度は極めて高い。

 見てからの反射では身体強化【爆】でも回避できない。

 肩に直撃した龍太刀は、その腕を跳ね飛ばす。

 

「オレがここまで押されるだと……? いったい何者だキサマ……」

 

 だが、悲鳴すら上げることはなく――

 そもそも傷口から血飛沫が出ることすらなく――

 

 極めて平静な表情で、男は飛んだ自分の腕を拾い上げ、切断面をくっつけた。

 

 すると、腕は一瞬で完全に癒着した。

 

「やっぱりそうか。あの龍も、外を守っていた騎士共も、おかしいと思ってたんだ。生物的じゃない箇所が多かった」

 

 この城には騎士しかいなかった。

 給仕も料理人も、この城には兵士以外の誰もいない。

 まるで騎士共には生物的な補給など必要ないかのようだ。

 

 そんな存在を、俺は一度だけ体験したことがある。

 

「お前、アンデッドか?」

「だったらなんだ?」

 

 まぁ、どう考えたってあれは死体だ。

 聖剣で貫かれた胸は再生不能。

 死人じゃないって方が無理がある。

 

「いいや、なんの問題もねぇよ」

 

 互いに剣を構え直す。

 

 龍太刀の連射を警戒しているのだろう。

 手数勝負になれば軍配は俺に上がることにこいつも気が付いたようだ。

 『魔転吸刃(エーテルスティール)』で魔力は回復できる。

 時間を掛ければ有利なのは俺。

 

 ならば、火力で勝るこいつの選択は――

 

天馬の加護(ペガリレス) 真色の風鈴(フロンティア) 皇の星(イットウセイ)

 

 詠唱術式。

 術式発動の前に特殊な祝詞を読むことによって、次に発動する術式の性能を向上させる技術。

 

 何がくる?

 最大の攻撃範囲と火力を持つ蒼炎龍咆か?

 それとも当てさえすれば勝負を決められる蒼炎螺玉(そうえんらぎょく)

 幻影術式【陽炎】で姿を消す可能性や、身体強化そのものを強化してくる可能性も――

 

「付与――【蒼炎】」

 

 奴の持つ龍の素材から造られた剣より、蒼い炎が一気に噴出する。

 ここに来て、単純な付与術式。

 それも近接戦闘用の魔術だ。

 

 なるほど。

 龍太刀の撃ち合いになれば奴に勝ち目はない。

 だから距離を詰める。

 近接戦闘中なら龍太刀の遠距離斬撃や発射速度も意味を成さない。

 

「いいだろう。乗ってやる」

 

 剣術の練度に関しても、俺は努力を怠ったことなどない。

 

天馬の加護(ペガリレス) 真色の風鈴(フロンティア) 皇の星(イットウセイ) 付与――【蒼炎】」

 

 蒼炎の規模は奴が上。

 膂力も身体強化の係数もやはり奴が上。

 

 だがそれでも――

 

 同時に俺たちは互いへ向けて走り出す。

 

 その剣戟の流れすらも、それは俺の動きと瓜二つ。

 

 振り上げた太刀を振り下ろす。

 俺が右に避けると、奴は刃の向きを斜め上に向け直して振り上げる。

 剣を宛がいながら、上体を下げて刃を掻い潜る。

 そのまま懐に身体を入れていく。

 

 俺の召喚した魔剣は、今の俺の身体に合うようにサイズを調整している。

 要するに奴の武器より大分短い。

 あらゆる戦闘において『間合い』とは勝敗を決するほどの重要な要素だ。

 

 俺がこいつに近接戦闘で勝つには、もっとド近距離まで接近するしかない。

 

「ッ、魔力障壁」

 

 ネルの胸を狙った刺突は、されど強固な魔力障壁に阻まれる。

 その瞬間、刃に内包された蒼炎が一気に燃え上がり、奴の身体を包んだ。

 

「くっ」

「どうした? それくらいじゃ大したダメージじゃねぇだろ?」

 

 こいつの衣は火龍の鱗でできる。

 炎に対しては高い耐性を持ってるはずだ。

 

「黙れ!」

 

 強引に振り抜かれた刃は、少し下がるだけで首元を掠めもしなかった。

 

 敵の動きがよく分かる。

 スケルトンの時に手に入れた魔力感知のお陰だ。

 身体強化によって魔力を纏っている人間は、攻撃する瞬間に使う身体の部分に魔力が集中する癖がある。

 

 魔力感知の精度が高まれば、このレベルの剣技なら先を読める。

 

「何故だ……オレの方が強いはずだ。オレの筋力もオレの魔術も人外領域のモノであるはずだ! 何故こうも容易く掻い潜れる!?」

「あ? お前の剣はただ型をなぞってるだけなんだよ。その身体に記憶された剣士の剣戟を再現しているだけじゃ、戦いに勝つための思考は生まれない」

 

 世界は模範解答だけでできていない。

 いかなる状況においても正解は変動するもので、あらゆる正解は満点じゃない。

 

「その一歩の意味を思考しろ。その一閃の意味を知れ。敵の網膜の動きと意図を察知しろ。その上で、常に最適な攻防を考え続けろ。じゃねぇと、すぐ終わっちまうぞ?」

 

 そういう意味じゃこいつの剣術はクラウス以下だ。

 

「戦いだぞ。勝ちたいなら(てめぇ)呼吸も瞬きも敵を倒すことを目的にやれ」

「……ただのガキが何を語る!?」

「……俺が怖いのか? 魔力が委縮してるぞ」

「なんだと……? そんなわけがあるか!」

「取り合えず肩の力抜けよ。身体能力はお前の方が上なんだから自信を持って挑んでこいよ。まぁ、それ以外は全部……まぁ、さっさと掛かってこい」

 

 カチカチと、剣を握る手が震えていた。

 意を決したように、ネルは俺を睨みつけ。

 そして上段に構えた刃で、切り札を放つ。

 

「終奥・龍太刀!」

 

 その技に俺も龍太刀を宛がい、軌道を逸らす。

 斬撃は俺の後方へ流れて行った。

 

「何がしてぇんだ?」

「終奥・龍太刀!」

 

 流す。

 

「終奥・龍太刀!」

 

 逸らす。

 

「終奥・龍太刀!」

 

 避ける。

 

「なっ……」

「そりゃ同じ軌道でずっと撃ち続けてりゃ、剣速とか関係なく避けれるようになんだろ」

 

 俺がそう言うと、カラン……と静かな部屋に音が響いた。

 

 龍人(ネル)の持つ剣の切っ先が、諦めたように地面を叩いていた。

 

「オレの負けだな……」

「あ? ふざけんなよ」

 

 つまんねぇ。

 

「ガッカリだ」

「だが、悪いがオレの言うことは聞いて貰うぞ」

「どういう意味だそりゃ?」

「後ろを見ろ」

 

 言われるままに俺は振り返る。

 

「申し訳ありません、坊ちゃま……」

 

 騎士に両腕を掴まれ身動きを封じられたクラウスが、悔しそうな表情で跪かされていた。

 その後ろには数十の騎士が並んでいる。

 

「それ以上暴れるなら、その老人を殺す」

「そいつは困るな」

「ならばお前も……」

「もういい、お前は期待外れだった。さっさと俺をこの街の王様に会わせろよ」

「……いいだろう。だが拘束はさせて貰うぞ」

「はいはい」

「案内しよう。この国の主は地下に居る」

 

 騎士達が持って来た手枷をはめられ、俺とクラウスは龍人(ネル)の案内の元、玉座の裏にあった階段から地下へと足を踏み入れる。

 

 

 地下へ進んで行くと、そこにはかなり広いスペースが広がっていた。

 石材で造られたそれは、発光石の灯りによって示された一本道を歩いて行く。

 

 階段を降り終えると、そこには少し広い空間が広がっていた。

 

 まるで神殿のような様相を見せるその場所には、空間ギリギリのサイズの魔法陣が刻まれていた。

 それはベルナの隷属術式の触媒である首輪に刻まれていたものとは全く規模が違う。

 

 まるで街一つを魔術の対象にしているかのような、広範囲の術式を使用するための巨大な魔法陣だ。

 

 そして――その魔法陣の中心には一人の女が膝を付き、祈るような姿勢で鎮座していた。

 

 俺の位置からじゃ後ろ姿しか見えない。

 けれど、一目でそれが誰なのか理解できた。

 

「ヨスナ……いいですか?」

 

 ぎこちない声で、龍人(ネル)が問うと女はゆっくりとこちらへ向き直った。

 

「ネル様は、私に敬語など使いませんよ」

「もうし……悪かった」

「謝罪もしません。変えますか? 中身」

 

 ヨスナがネルへ鋭く暗い瞳を向けてそう言うと、龍人(ネル)は冷や汗を流しながら言葉を返す。

 

「ヨ、ヨスナ……よくやってるな。今日もまた魔術の訓練に付き合えよ?」

 

 緊張した様子の隠せないネルは、そう言ってヨスナにぎこちない笑顔を向けた。

 

「はぁ……」

 

 溜息を一つついたヨスナは、どうでも良さそうにネルから視線を外し、俺たちを見る。

 

「それで、その子とその老人はなんですか?」

「あ、あぁこいつ等は……」

 

 魔法陣のギリギリまで俺が歩き、ヨスナと視線を合わせる。

 

「坊ちゃま……?」

「キサマ何を勝手に……」

 

 俺はヨスナと約束をした。

 

 

『お前がちゃんと欲深い子になれたらまた会いに来てやるから』

 

 

 と。

 

 故に俺は問う。

 

「お前、欲深い人間にはなれたのか?」

 

 俺がそう聞くと、ヨスナは瞳を目いっぱいに開いてパタリと両膝を付いた。

 俺を見上げるその瞳に涙が溜まっていく。

 

「貴方様……なのですか?」

「お前、あんまり変わんねぇな」

 

 ヨスナが顔を隠すように下を向く。

 そのまま震えた声で指示を出した。

 

「この人と二人にしてください」

「だ、だがヨスナ……」

「早くして!」

「っ……分かった。おい、行くぞ」

「坊ちゃま、一体どういうことです……?」

「クラウス、お前には後で説明する。ちょっと待ってろ」

「……かしこまりました」

 

 龍人(ネル)は他の兵士に指示を出し、クラウスを連れて上の階へ戻っていった。

 

 地下室には、俺とヨスナの二人だけが残される。

 

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