剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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25「我儘」

 

「貴方様は……ネル様は死んだはずです……」

 

 地下室に二人になって数秒の沈黙が続いた後、ヨスナは不安気に俺を見てそう言った。

 

「俺は俺だ。お前がどう思おうがそれは変わらない」

「申し訳ありません。よく顔を見せてくれませんか? 私は、この魔法陣の外に出られなくて……」

 

 俺がそっちに行けってことね。

 

「分かった」

 

 魔法陣は床に刻まれた溝に魔力の込められたインクを流すことで形成されているようだ。

 歩いた程度で消えることはないだろう。

 

 部屋の端には大量の魔核が積まれている。

 この魔法陣を起動させるための魔力を確保するためのものだろうか。

 かなり上位の魔獣の物であろう巨大な魔核もある。

 

「ほらよ」

 

 魔法陣の内側に入り、ヨスナの顔を見上げる。

 もう手も届く距離だ。

 

「こんな身なりが良いだけの子供が……?」

「それは最初に会った時のお前と変わんねぇだろ」

「っ! 少し失礼します」

 

 そう言ってヨスナは、俺の胸に顔を埋めてくる。

 

「匂いも全然違いますね」

「獣臭しなくて悪かったな。人間の王子なんだよ、今の俺は」

「そうですか。というか何か……もしかして照れてますか?」

「生憎今は人間なもんでな」

「私に欲情していると?」

「十歳のガキ相手に何言ってんだお前」

「八十を超えた老人相手に何を考えているのですか?」

「見えねぇだろ、お前……」

「貴方様を十歳とは到底認識できません」

 

 見た目と精神の乖離。

 それはお互い様か。

 

「この話は意味がないな」

「そうですね」

「それでここは?」

 

 魔法陣の中は小さな部屋のようだった。

 椅子、机、ベッド、タンス、姿鏡、食べ終えた食器、大きめのアルミの水筒、水の張った桶、ゴミ箱。

 机の上には、トランプとかオセロとか花札とか……

 六畳もない空間の中にはそんなものが並んでいた。

 

「お前ここで何してるんだ?」

「…………」

 

 ヨスナはたらした左腕の肘を右手で握り、そっけなく視線を逸らす。

 

 答えたくなさそうだ。

 

 所詮ヨスナは他人だ。

 俺の目的とは全く関係ない。

 

 今の俺の願いは禁書庫に入ること。

 そのためにここへ来た。

 龍を倒し、都市を征服し、禁書庫へ入ることを国王に認めさせる。

 

 だが――こいつを見て、気にならないというのは嘘だ。

 

「なんでこの街の領主なんてやってるんだ? もとはお前を生贄に捧げた村だろ?」

「ですが、貴方様が守った村です。それを私などが勝手な判断で見捨てていいことにはならないと思いました」

 

 ナスベ村は、もともと魔獣が多く生息する地域に造られていた。

 それでも村として成り立っていたのは(オレ)が近くに住んでいたことで、他の魔獣が寄り付かなくなっていたからだ。

 だがそれは、俺が死んでしまえばまた魔獣は戻ってくるということでもある。

 

「私には貴方様より賜った操作術の腕がありました。それを使って死体に干渉できないか試していたんです。貴方様にもう一度、笑って欲しくて……」

「そうか……」

「怒っていますか? 死体を弄んだこと……」

「なんでだよ? 褒めるところしかないだろ。そんな術式を開発したお前は間違いなく凄い奴だよ」

 

 俺がそう言うとヨスナは薄く口角を上げた。

 

「貴方様の肉体に『怨霊(レイス)』という魔獣を入れ、それを使役すれば龍を殺すことも簡単でした」

 

 精霊系アンデッド【怨霊(レイス)】。

 未練を抱えた死後の魂が魔力の影響で魔獣化した存在だ。

 魂だけの存在だから物理干渉はできないが、魔力抵抗の少ない人間の精神への介入が可能で、死人から怨みを買った人間に頭痛や悪夢といった症状を発生させる。

 

 とはいえ、教会なんかで売ってる魔力抵抗を上げる魔道具を使えば誰でも防御できる程度のか弱い魔獣だ。

 

「そうして殺した龍をまた操って、この街の防衛や内政に使ってるってわけか」

「はい」

「龍まで操れるなんてすごい術式なんだな」

「いえ……」

「まぁ確かに、完璧とは言い難い術式みたいだが……」

 

 街を覆う結界術式。

 龍の死骸六頭、そして街に配置された数百以上の騎士。

 あれも全てアンデッドだとすれば、ヨスナの使っている術式は相当高度なものだ。

 例えばヤミの結界術式の副作用と、ヤミが図書室から出られなくなっているのと同じように、相当な条件があると見るべきだろう。

 

 それにベルナの隷属術式とは違い、死体を操るという原理なら対象の魔力を利用するという方法は取れない。

 その術式を維持するためには莫大な魔力を必要とするはずだ。

 

「それが、お前がここで生活している理由か?」

「気が付いていたのですね……いえ、貴方様の魔術師としての力量であれば当然ですよね」

 

 結界を維持する限り――

 アンデッドを維持する限り――

 

 ヨスナは、この魔法陣の中心から外に出ることはできない。

 

 そしてその術式の維持に必要な大量の魔力は、アンデッドやドラゴンが集めた魔核で補われてるんだろう。

 

「良い暮らししてんな、この街の連中は……」

「そうなのでしょうか? でも国民は、私に不満が募っているみたいです」

「あの演説か、ありゃ無知な馬鹿の妄言だろ」

 

 隣の芝生は青く見える、なんてレベルじゃない。

 隣の芝生を見たこともないから、この世に存在しないような幻想を抱いてる。

 

「それでも民意はそちらに傾いていますから」

 

 そう言って落ち込んだ様子を見せるヨスナは、昔と全く変わっていないように思えた。

 

「我儘にはなれなかったみたいだな」

「……貴方様が龍を越えた龍であるという証明。貴方様が守った村の存続。それが私の我儘、ということにはなりませんか?」

「……どうだろうな」

「また、私とずっと一緒に居てください」

 

 ヨスナが最初に言い淀んだ理由はこれか。

 

 自分のために生きられない。

 どうやっていいのか分からない。

 誰かのため、何かのためにしか行動できない。

 

 確かにヨスナの人生は、そういう物だった。

 

 俺の言葉たった一つには、その在り様を変えられるような力なんてない。

 そんなの分かってたことなのにな……

 

「ヨスナ……」

「はい?」

 

 不安気に俺を見るその顔は、俺が聖剣所有者の元へ向かった時と同じ。

 

「何か、ゲームしてくれね?」

「ゲームですか?」

「どれでもいいけど、お前が得意な奴でいい」

「じゃあ、チェスでもしますか?」

「あぁ、それがいい」

 

 椅子は一つしかなかったから、俺たちは床に座ってゲームを始めた。

 

 この女を作ったのは俺だ。

 俺が何も教えなければヨスナはもうとっくに死んでる。

 俺が何もしなければヨスナがここで魔法陣に囚われることもなかった。

 

 最近の俺は迷ってばかりだ。

 いや、人生ってのは元々そういうものなんだろうな。

 

「ずっとお前と一緒に居るのは無理だ。俺には俺の生きる理由がある。転生なんて魔術が使えても、俺は一人しか居ないんだ」

「転生……それが貴方様の……いえ、むしろ龍の身でありながら卓越した魔術師でもあったことへの合点が行きました。チェック」

 

 こいつ強すぎ。

 チェスなんか全部の人生合わせて十局もやったことねぇけど、負けてることは分かる。

 

「お前の人生を狂わせたのは俺だ」

「……は?」

「俺が居なければお前は生贄になんてならなかった。俺が居なければお前の寿命はこんなに長くはなかった。俺が居なければ、お前にはもっと良い人生があったはずだ」

「何を言っているのですか?」

「何ってそりゃ、後悔……かな?」

「つまり、私と出会ったことは貴方様の中で後悔するようなことだったと……?」

 

 ヨスナの目が、爬虫類のような獰猛さを帯びていく。

 抱き籠る感情は、怒りと失意。

 

「へぇ……いいな、その顔」

 

 俺が笑みを浮かべると、ヨスナの瞳孔が開く。

 その変化は幻想ではなく、現実の身体変化としてその身体を鱗が覆う。

 

 変化が際立っていたのは右腕だ。

 完全に纏った鱗。鋭利に尖った爪。

 それはもう人ではない。

 それはどう見ても、龍と同格の身体機能。

 

「ねぇ、貴方様。貴方様は一つ、勘違いをされていますよ?」

 

 チェス盤と駒が空を舞う。

 

 龍の巨腕で俺の肩が掴まれ、そのまま体を押し倒される。

 地面に刺さった爪が、その威力と硬度を物語っていた。

 もしもヨスナがこのまま力を強めて、俺の身体にその爪を突き立てたのなら……

 

「貴方様が人としてどれほどの剣術や魔術を得ているとしても……龍の肉体を失った貴方様よりも、既に――私の方が強い」

 

 右半分が龍に変わったその表情で、ヨスナは涎と共に笑いかけてくる。

 その様相の、なんとそそることだろうか。

 

「それは……あぁ、凄く楽しみだな」

 

 強い相手が現れることは俺にとって喜ばしいことでしかない。

 

 それが俺の知り合いだというのなら尚のこと……

 それが、元々俺より弱かった人間だというのなら尚のこと……

 

 ――俺はもっと強くなれると、そう思えるから。

 

 だけど、その強くなりたいと思う欲求と同じくらい『嬉しく』思うものがある。

 

「憶えてるか? お前、最初は自分を殺そうとしてたんだぞ?」

「憶えていますとも、貴方様との記憶は全て」

「だけど今お前は、俺を支配しようとしている。自分じゃなく、他者(おれ)を変えることで自分の欲求を満たそうとしている」

 

 目を細め、訝しげな視線を向けたヨスナは、俺が何を言おうとしているのかよく分からないといった表情に見えた。

 

「思ったよりもずっとお前は我儘になれてたんだな。良かったよ」

「この状況で、貴方様は一体何を言っているのですか? 貴方様は今、殺されかけているのですよ?」

「俺が死を怖がると思うのか?」

「転生できるからですか?」

「お前が満足できるなら一度くらい死んでやったっていい」

 

 ヨスナの目尻に大粒の涙が溜まっていく。

 怒りと悲しみとが混ざったその顔が、俺の首元に埋められる。

 

「満足なんてできる訳ないです……」

「教えてくれよ。お前は何がしたいんだ?」

「私はただ貴方様と共にありたい」

「なんのために?」

「それしか満たされる方法を知らないからです」

「そうか……」

 

 艶やかなその髪を撫でていれば、ヨスナの変化は徐々に元へ戻っていった。

 

「じゃあこの街は要らないのか? あのネルももう要らないのか?」

怨霊(あのひと)たちには、こんな私に付き合わせたのでお礼はしたいです。この国はそこまで大切だとは思ってません。統治したのは、貴方様が守った村が魔獣の危機にさらされていたからというだけです」

「なるほどな。良かったよ、すり合わせができて」

「すり合わせですか?」

「お前が要らないならこの街貰っていいか? それとお前は俺の騎士になれ。ヨスナ」

「騎士……ですか?」

「俺には俺の目的がある。だからずっとお前の傍に居てやることはできない。だから、お前が勝手に俺の傍に居ればいい」

 

 これが今の俺に出せる最大限だ。

 それ以上を望まれても俺には出せる物はない。

 

 前世では主義を曲げてベルナのために尽くす道を選んだ。

 

 だがもう曲げる訳にはいかない。

 俺が目指すのは『世界最強』。

 その信念を失うということは、過去の辛酸を忘れるということで。

 

 それだけは、絶対にダメなんだ。

 

「最初からそう命じていただければよかったのに。はい、私は貴方様の所有物です。これからも、ずっと……」

「そんな風に思ったことは一回もねぇけどな」

「ですが私はずっとそう思っていますから。私は我儘なので、譲れません」

「分かった分かった、もうそれでいい」

 

 全然俺の上から退かないヨスナを撫でていると、視界の端に転がったチェスの駒が見えた。

 

「あと、ひっくり返したのお前だからチェス俺の勝ちな?」

「……もう一局やりましょう!」

「いやでーす。俺の勝ちでーす」

「貴方様! ずるいです! もう一回!」

「えぇ~?」

「勝てたら私の術式お教えしますから!」

「しょうがねぇなぁ」

 

 その後、十回やって十回負けた。

 クソが。

 悔しくて別のゲームも挑んだけど全部負けた。

 クソが。

 

 

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