剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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27「無数の瞳と無量の声と」

 

 『怨霊の騎士団』五百強。

 『ストレ魔獣連合』六百六十四。

 

 上から見れば少しだけこちらの陣営の方が数が多かった。

 しかし個体ごとの強さには大きな開きがある。

 怨霊の騎士の戦闘能力は思いの他高かった。

 

「勝てそうですか? 坊ちゃま」

 

 紅茶を淹れながらクラウスがそう聞いてくる。

 

 俺の座る席の隣には同じテーブルを囲んでヤミも座っていて、俺を不安気に見ている。

 砦の兵士たちも少し離れた席から俺の話に耳を傾けているのが分かる。

 どいつもこいつも面持ちは厳しい。

 

「単体の性能はこっちが負けてるな」

 

 相手の騎士の身体。

 ヨスナがどっから拾って来たのか疑問だったが、なんとなく分かった。

 あれは恐らくはヨスナが殺した龍の巣にあった人骨だ。

 ならばその肉体は龍へ挑むほどの英傑の物。

 下級の魔獣共で勝てる訳もない。

 

 そもそも相手には『ドラゴン』が居る。

 そのブレスを真面に食らえば一網打尽だ。

 

「それで勝てるのですか!?」

 

 ウハクが少し大きな声を出して抗議してくる。

 将軍の焦ったような声を聴いて使用人たちが少し委縮していた。

 

「さぁな。けど案外知力の方は俺の召喚した魔獣の方が上みたいだぞ」

 

 上から見た時に両軍で大きく異なる点がある。

 軍略における最重要項目。【陣形】だ。

 

 『怨霊の騎士団』が英傑の肉体を使っているとは言え、中身はそうじゃない。

 

 【怨霊(レイス)】は低位の魔獣で、生前に高い魔力操作技術を持つ人間は幾ら未練を持っていたとしても魔力抵抗の関係で【怨霊(レイス)】にはならない。

 つまり中身はほぼ戦闘経験のない一般人。

 

 優れた身体能力や術式を使えるからといって『戦いが上手い』訳じゃない。

 

「魔獣に知力など……」

 

 ウハクを含めた砦の兵たちが疑いの視線と共に戦場へ視線を向ける。

 

「…………おい、双眼鏡を寄越せ」

 

 ウハクは数秒固まった後、後ろの兵士を振り返ってそう声を上げた。

 双眼鏡を覗くウハクの瞳が徐々に開いて行く。

 

「あり得ない……魔獣が連携している? いやしかし、あれほどの統率は我等正規の騎士団でも不可能だ。まるで……」

「まるで一人の指揮官が全員の耳に直接指示を送っているみたいだ、ってか?」

「王子、しかしそんなことは不可能です。そもそも兵士一人一人には見える視界というものがあり、指揮官の指令は常に指揮官の視界だけの判断であって最適とは限りません」

「だから?」

「王子の言うようなことを可能とするためには、兵士全員の見える景色をリアルタイムで把握する必要が出てきます。仮に視覚を共有し音声を伝達する魔術があったとしても、六百もの視界を全て把握しながら全員へ別々の指示を出すなど、目と口と脳が幾つあっても足りませぬ」

 

 視覚の限界。

 声数の限界。

 同時に処理できる情報の限界。

 

 確かに人である限り、全軍の視覚情報を瞬時に処理して全ての兵士へ的確な指示を出すなんてことは不可能だ。

 

 もしもそんなことができるなら、それは正しく【神業】の類だろう。

 

 エルドから受け取った品をポケットから取り出し、それを耳に付ける。

 コツコツと二度、指先でそれを叩くと『通信機(インカム)』から声が流れ出す。

 

『お久しぶりです、ネル』

「あぁ、戦況はどうだ?」

『上々といったところでしょうか。騎士の個人能力は連携によって十分潰せています』

 

 怨霊の騎士団は龍人(ネル)と同じ弱点を抱えている。

 それは術理の無さだ。

 確かに良い動きはしているし、使っている術式も強力なものが多い。

 

 しかしそれらは全て、ただ放っているだけ……

 ただ撃って、ただ当てようとしている。

 本当に、ただそれだけなんだ。

 

 だから次がない。

 だから仲間との連携が悪い。

 だから生前ほど強くない。

 

 その弱点を突いて引っ掻き回せば、容易に倒せる。

 ビステリアにはそれができる性能が十分に備わっている。

 

『五頭のドラゴンのブレスに関しては、相手の騎士と近距離戦闘することで躊躇わせ、鳥類種を使った攪乱によって牽制することで対応しています』

 

 相手のドラゴンも仲間を巻き込むブレスは撃てないだろう。

 それに、ブレスは連射できない。

 鳥類種の魔獣で周囲を囲んでいれば、ブレスを撃った瞬間に一気呵成で攻撃できる。

 幾ら龍の鱗に守られていると言っても無傷とはいかないだろう。

 

 この二つの理由から相手のドラゴンは必殺であるはずのブレスを封じられている。

 

 これなら、普通にやれば俺たちは負けない。

 

『問題は貴方の前世の肉体による【龍太刀】ですが……』

「エルドたち四体に当たらせ、溜めの時間を作らせないように波状攻撃すれば問題はない、か?」

『イエス。【龍人ネル】の戦闘データは貴方から得ていますから。不確定情報はヨスナという個体の戦力のみですが、結界から出られない以上はこの戦争に介入してくるとしても騎士団が全滅した後でしょうから戦況が動く要因にはなりません』

 

 勝利の理由をビステリアは淡々と語る。

 むしろこういうのは感情的じゃない方が安心感があるな。

 

「にしても凄いな。この数を正確に指揮できるんだから」

『それが機械の本領です。いつでも私を頼ってください』

「そういやなんで協力してくれるんだよお前」

『元々、エルドたちに経験を積ませるための協力をお願いしたのはこちらです。それに貴方に協力しなかったことがバレるとリンカが拗ねてしまうので』

「あいつは元気か?」

『えぇ、日々修練に励んでいますよ』

「そりゃ良かった」

 

 そこで会話を終え、俺は戦場へと視線を戻す。

 ビステリアの戦況把握は戦場に居る全ての魔獣の視覚情報を集めた上での演算。

 故に、そこから算出された答えは正確無比だ。

 

「勝てる、勝てるぞ! 流石赤龍を倒した王子だ!」

「流石王子ですな」

「これで地獄の監視業務から解放される……!」

 

 めちゃくちゃ手の平返すなこの兵士共……

 別にいいけど……

 

「流石坊ちゃまですな。まさかこれほどの軍力を単独で保有しているとは」

「私が付いて来る必要はなかったみたいですね。それと今、誰と喋られていたのですか?」

「ん? あーそうだな」

「そうだなって、なんでそんなに上の空なんですか……まぁいいですけど」

 

 ただ、気になることが一つある。

 さっき龍人(ネル)が言っていたことだ。

 

 ――三日前のオレと同じだと思うなよ。

 

 さて、どんな秘策を用意してるのか。

 見物だな。

 

 

 最初に気が付いたのはヤミだった。

 

「あのネル様、あの位置……様子がおかしくありませんか?」

「わたくしもそう思っておりました。何か感じが変わったというか」

 

 ヤミとクラウスが指した方向は、一際激しい戦闘が行われていた。

 よく見ればエルドたち四体の上位種、それに龍人(ネル)の姿が見える。

 

 だが重要なのは誰がそこに居るかじゃない。

 劣勢なのだ。エルドたちが。

 圧倒的な斬撃の『連射』によって。

 

『どういうことでしょうかネル……あの者は【魔剣召喚】は使えない。そういう話ではなかったのですか?』

「あぁ、少なくとも三日前のあいつは使えなかった」

『五十パーセントとは言え、それでも特異点であることには変わらないと言うことですか……』

「特異点?」

『ただ忘れていたというだけ……いえ、もしかしたら考えないようにしていただけかもしれません。貴方が、手にしたその瞬間に女神(われわれ)のテクノロジーの一端を理解したというあの事実を……』

 

 あの身体は俺の前世。

 ならばあの身体の先に【魔剣召喚】は確かに存在する。

 そもそも【魔剣召喚】という術式は俺の術式を剣の形に押し込めるものだ。

 

 一目で再現したのは驚いたが、龍の絶大な魔力と魔術適性があればそんな芸当もできるのかもしれない。

 

 もし俺の『固有属性』まで使えるとすれば、術式を情報として解析したのかもしれない。

 流石に転生術式は使えないと思うが……今は考えても仕方ないか。

 

「それで勝敗は?」

『極めて怪しくなりました』

 

 魔剣召喚による龍太刀の連射。

 それがあれば一閃で大量の魔獣を撃破できる。

 連射という性質上、溜めはかなり軽減される。

 龍人(ネル)が馬鹿じゃなければ、その力を牽制されている五龍の解放に向かわせるだろう。

 

 龍のブレスで戦場が焼かれれば確かに、かなり怪しい……

 

「ビステリア、あいつらに俺の声を繋げられるか?」

『イエス。上位種四名に対して、この通信を接続します』

 

 

 ◆

 

 

「全く、効いとらんじゃ……」

「然様だな。まさか連射してくるとは……」

()一先ず僕の後ろに(ピピピピピピピ)

 

 まさか、未来に覚えるはずの術式を呼び起こすとは……

 流石に我等が主の過去の身体だな……

 

 『魔剣召喚』による『終奥・龍太刀』の連射。

 ソウガは右目を負傷。リクウは左翼を折られた。

 我も肋骨三本ほど逝ったな。

 斬撃速度は我等の回避速度を越えている。

 

 今は肥大化し、硬質化したラムスの影に隠れることで斬撃をいなしているが、それもいつ命中するか分からない。

 それにラムスの肉体とて際限がない訳ではない。

 いずれ尽き、尽きれば終わる。

 

 そして我等が敗北すれば龍への攪乱と牽制が機能を失い――敗北は必定。

 

「どうするんじゃ?」

「エルド……」

「ピィ……」

 

 満足な身体なのは我だけだ。

 それに我はビステリアより指揮権を賜っている。

 

 だが、龍太刀は我が知る最強の剣術だ。

 対抗手段は限りなく少なく、一手で形勢を逆転させる力を持つ。

 それを抑え込めていたのは『連射不能』『他術式との併用不能』といった弱点があったからだ。

 

 魔剣召喚はその弱点を克服する術式。

 最強が更なる段階の強さを得てしまった。

 

 我らに勝てるか?

 

 難しい。そう言わざるを――

 

『ネルより通信を接続します』

『あー、テステス。聞こえてっか?』

 

 脳に……いや、我に脳などない。

 響いたとするのならば、それは魂にだ。

 

 間違えることなどない。

 我らが王のその言葉に、我らはただ心を傾ける。

 

『お前らはもう俺の力だ。お前らが負けるってことは俺が負けるってことだ。なぁ、今の俺は過去の俺に負けるほど弱いのか?』

『――以上』

 

 全く、ふざけた男だ。

 相手は龍の身体を持つ、其方の生涯の歴代最強だ。

 そして未来の技術であるはずの魔剣召喚まで得た強者(ツワモノ)だ。

 

 そんな存在を相手にしている我らに、我らが王は半笑いで煽ってくる。

 

「馬鹿者が……」

「イカれてるじゃ、俺様たちの大将は」

「自分の技を模倣されておいて負けるなとはな……」

「キュウ!」

 

 だが、あの男の言葉によって我らの気持ちは少し前を向いた。

 

「カカカ」

「珍しいな、お主が笑うのは」

「それでどうするんじゃ? エルド」

 

 どうするか?

 あの男に、我らが王に、あそこまで言われて、諦められるはずもなし。

 

「勝つぞ」

「「「御意(キュイ)」」」

 

 我らにはビステリアの魂での通信がある。

 それにより、瞬間的に全員の頭の中に我の描く勝ち筋を思い浮かばせる。

 

 この十年、我らとて何もしていなかったわけではない。

 迷宮で数多の冒険者と死闘を繰り広げ、時に死に、そして蘇り、経験を糧として……其方(ネル)と同じように、我らもまた練磨を繰り返して来たのだ。

 

 我らは声もなくラムスの影より一斉に飛び出す。

 連携も対応も全ては頭の中にあるのだから合図の類は必要ない。

 

 最初に飛び出したのは翼を負傷したリクウだ。

 あまり高いとは呼べない高度の滑空で『龍人ネル』へ接近していく。

 

「馬鹿め! この斬撃相手に飛び出すなど気でも触れたか獣!」

 

 当然、敵の攻撃は最前線を走るリクウへと向く。

 

「身体強化【風爆】」

 

 その術式はネルが使う『身体強化【蒼爆】』より着想を得て開発されたリクウのオリジナルの術式。

 効果は【蒼爆】とほぼ同等の加速であり、両手両足両翼から風の爆発を起こすことによる驚異的な推進力を得られる。

 

 それはタイミングさえ合えば、龍太刀すら回避する。

 そして、タイミングに関しては何度も見て覚えているのだから。

 

「なっ!? 消え――」

 

 弱点は膨大な魔力消費と身体に掛かる負担。

 傷を負っている今のリクウでは数回しか発動できないだろう。

 だが今は、それで十分――

 

()くぞ」

 

 リクウの生み出した空白の時間。

 剣が引き戻され、再度振られるまでの一瞬の猶予。

 我は二つの術式を両手へ同時に発動し、両手の指先を合わせる。

 

「術式合成【紫電】」

 

 両の手に展開された黄色の雷は接触によって重なり、【紫】へと変色する。

 電圧、攻撃範囲、発射速度、その全項目が強化された一撃は龍人(ネル)へと一気に走る。

 

「魔力障壁!」

 

 無駄だ。

 幾ら龍の魔力とは言え、合成で強化した魔術を一枚の魔力障壁では防ぎきれない。

 中身も本物であったならば、複数展開する術式制御と直観を得ていただろう。

 

 だがあれは所詮、ネルの半分。

 

「ガッ!」

 

 魔力障壁を割り、奴の体内に電流が走る。

 通常の生物なら即死する電圧だが、流石にドラゴン。

 死までは至らぬか。

 

 されど、それが生物である以上、その肉体を動かしているのは生体電気だ。

 どんな生物であろうが、体外から電気を注入されれば身体が一瞬は麻痺する。

 

粘剣(ピピ)――【油刀(ピピピ)】」

 

 我らの止めはその一撃だ。

 ラムスの術式は体液の性質をある程度コントロールすることができる。

 更にラムスは自分の肉体を意図的な形状へ変化させられる。

 

 その二つの能力を使用することで、発火性の剣という武器を創造したのだ。

 

 そして、それを持つ剣士は悪鬼の英雄。

 餓鬼の救世主(ゴブリンブレイバー)……

 

「行け、ソウガ!」

 

 それは渇望だ。

 いつかソウガはネルに己の剣術を模倣された。

 その悔しさ、その憧れ、二つの感情は混ざり合い、一つの術式として昇華されたのだ。

 

「付与――【蒼炎】!」

 

 発火性のスライム剣を手に、その術式は一気に燃え上がる。

 頭上へ掲げた蒼き炎、その大きさは十メートルを優に超えていた。

 

「ギッ! グッ!」

 

 まだ、龍人(ネル)の痺れは解けていない。

 

 ――蒼炎が降りる。

 

 まるでそれは神が矮小なる人を踏み潰すように、緩やかに、されど不可避。

 

「何故だ……? オレはドラゴンだぞ……!」

「スケルトンだって龍に勝てる。俺様たちはそれを知っとるんじゃ」

 

 蒼い炎が敵を包む。

 圧倒的な火力による燃焼。

 塵一つ残さず消滅するだろう。

 

 これで、我らの勝利――

 

「ふ、っざけるなぁぁぁああああああああああああああ! オレは! オレたちは! あの街を絶対に守る!!」

 

 立ち上がる。

 炎の中から。

 真っ青に焦げた衣を纏い――

 最強の魔剣を振り上げて――

 

 それは龍。それは火龍。

 人の身を得たとしても、その耐火性能はこの世のどんな生物よりも上位にある。

 

「あぁ、分かっていたことだとも」

 

 其方の半分はあの男なのだ。

 この程度で、あの男が終わってくれるはずもない。

 

「だから備えていた」

 

 リクウの足を掴み【風爆】によって刹那的に敵後方へ回り込んだ我は、龍人(ネル)の後頭部を掴む。

 

「あ?」

「術式合成は既に済ませている。【紫電】」

 

 ガードの全くないゼロ距離状態で脳へ直接高圧電流を流し込む。

 幾ら龍とは言えど、この攻撃を凌ぐことは不可能な確死の一撃。

 

「英雄よ、今一時眠るがよい。案ずるな、あの男は王としてもきっと優秀だ。其方らが守りしその街はきっと、今よりも良い方向へ歩みを進めるであろう」

「クソッ……」

 

 龍人(ネル)はそう吐き捨てながら大地に伏した。

 勝敗はほぼ決した、とそう思った刹那の油断だった。

 

 敵の大将を討ち取ったことで気が緩んでいたのだろう。

 それに敵の五頭のドラゴンが物言わぬアンデッドだったことも、その攻撃の認識を遅らせる要因になった。

 

 ドラゴンの周囲には多くの鳥類種の魔獣が滞空している。

 それはドラゴンがブレスを撃った直後に奇襲をかけるためだ。

 

 ブレスは連射できない。

 故にブレスを使ってしまえば、こちらの滞空戦力に対しての警戒ができなくなる。

 その弱点を突いたビステリアの策だった。

 

 だが、大将が討ち取られたことでなりふり構っていられなくなったらしい。

 

 龍の開けた五つの大口が我らを一斉に向いていた。

 

 アンデッド故に咆哮はなく、その五撃は無音で放たれた。

 魔力も限界。身体もボロボロ。満身創痍。

 ラムスに至っては先の一撃のせいで身体の七割以上が蒸発して縮小している。

 

 我らには既に、それを避け切るだけのリソースは残っていなかった。

 

「――お前ら、中々やるじゃねぇか」

 

 それは空から飛来する。

 圧倒的で絶対的なその声は、龍の息吹の渦中であれど、我ら全員に安堵を与える。

 

「終奥――龍太刀」

 

 その一太刀は、風と砂と水のブレスを一息に一閃した。

 

「蒼爆、術式合成、魔剣召喚、蒼炎……たった十年で、しかも自分なりにアレンジまでして、よく使い熟せてるもんだ」

 

 五つの龍のブレスを圧倒する。

 なんだ、何が起こっている?

 そこまでの威力だったのか?

 この男の龍太刀は……

 

「ネル様、また一人で行こうとしないでください」

「悪かったって。でもすげぇな、お前の術式強化(エンチャント)は。全部一刀両断しちまった」

「光栄です。しかし元の能力が高いからですよ」

 

 仕立ての良い衣装に身を包む黒髪の女。

 眼鏡の奥に見える黒い瞳からはどこか暗さを感じさせる。

 冷静沈着という言葉が似合う雰囲気で、その女は龍が跋扈する戦場へ歩を進める。

 

 まるで、龍すらも脅威に感じていないような有体で。

 

 一体、何者だ……?

 

「よくやったエルド、お前たちはここまででいい」

「ネル……しかしまだ残党が……」

「いや」

 

 ネルがそう言った瞬間、敵の騎士たちが次々に倒れ始める。

 それを維持していた術式が途切れていっている……

 龍すらもその意識を飛ばし、大地へ伏せていく。

 

「あいつが魔法陣から出たな。来るぞ」

 

 空の彼方を見上げるネルの視線を追えば、一つの影が見えた。

 

 その影が徐々に巨大になっていく。

 近付いているのだ、途轍もなく巨大な何かが……

 

 それは【龍】なのだろうか……?

 

 その全長は優に三十メートルを越える。

 意識を失った五匹のドラゴンの倍近い体躯だった。

 

 それは漆黒の外皮を纏いて、赤い眼光を我らへ向ける。

 巨影は巨大な魔獣としての姿を現し、その四足を着陸させる。

 

 しかし我らが王は、その巨体に臆することはなく。

 いつも通りの不敵な笑みで呼びかける。

 

魔王(ラスボス)の最終形態って感じだな、ヨスナ」

 

 ネルがそう声を掛けると、黒い龍はその身体を徐々に縮小させ始めた。

 それは最終的に人の外見に集束する。

 

 こちらも黒髪黒目の女だ。

 ヤミと呼ばれた女は腰まで髪を伸ばしているのに対して、ヨスナと呼ばれた彼女は肩辺りで切り揃えられている。

 魔術師でもある我だからこそ分かるが、その女が纏っている黒い衣は龍の鱗を変化させたものだ。

 

「どうしますか? ネル様、私は私の負けでも構いませんよ?」

「悪いが俺は、弱い騎士なんか要らないんだ」

 

 ヨスナという者の視線が鋭くなり、その口角が三日月のような笑みを作る。

 

「仰せの通りに」

 

 まるで冥府の帝王に睨まれたようにも感じる極寒の微笑。

 先の龍とも比べ物にならない絶大な魔力を有するその女の微笑みは、見る者全てを威圧していた。

 

「エルド、ソウガ、ラムス、リクウ、それにビステリアや他の魔獣も。よくやった。ここからは俺がやる。お前らは戻ってろ」

「良いのか? 手伝わなくて」

「邪魔にしかなんねぇから必要ねぇ」

「……そうか」

 

 ヨスナという女がネルと対等以上の力を持っていることは、その雰囲気からも、二人の会話からも明らかだった。

 なればこそ……

 

「ネル、一つ頼んでもよいか?」

「なんだ?」

「手は出さぬ故、その戦闘を見ていても良いだろうか?」

「まぁいいけど。邪魔すんなよ」

「無論だ」

 

 邪魔にならぬように、我らは三者より距離を取る。

 ソウガやリクウ、ラムスもこの戦いに興味があるようで、我と共に遠方より見ることにしたらしい。

 他の魔獣は召喚術式を解除し迷宮へ戻っていった。

 

「じゃあ始めるか、ヨスナ」

「えぇ、そうですね。貴方様」

 

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