剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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28「闇と光」

 

 いつでも始められる。

 ヨスナを見るが、特に構えを取る様子もなくジッと黒い瞳を俺に向けていた。

 

「一つ聞いておきたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだよ?」

「そちらの方はどなたですか?」

 

 ヨスナが手で指したのはヤミだった。

 

「ヤミ、もう下がっていいぞ?」

「何を言っているのですかネル様。私は貴方を守るためにここに来たのです」

 

 そう言ってヤミは大層な装飾の施されたタクトを懐から出して、俺の前を歩いて行く。

 

「お初にお目にかかります。ヤミ・グラレスと申します。今はネル様の近衛とでも思っていただければと。それで貴方はあの街の領主ということで間違いはないでしょうか?」

「えぇ、今のナスベを統治しているのは私です」

「反乱の理由も、どうして第十一王子とこんな戦いをしているのかも、問いません。もうどうでもいいことです。私はただ許せない。あの方を危険な目に合わせるものが、全て」

「はぁ、そうですか」

 

 ヨスナは興味もなさそうな乾いた返答を送る。

 ヤミもそれに怒りを覚えることもなく、その魔法杖(タクト)を頭上へ掲げ、勢いよくヨスナへ向けて振り下ろした。

 

伍重奏(フィフス)――」

 

 その頭上後方より展開されるのは、黄金に輝き円環する五つの魔法陣。

 魔法陣の模様的に、一種類の術式を五つにコピー&ペーストしたんだろう。

 器用な奴だ。

 

光弾連聚(こうだんれんしゅ)

 

 魔法陣から飛び出すのは光属性の魔力弾。

 しかも毎秒五、六発の高速連射だ。

 それが五つの魔法陣から絶え間なく発砲され続ける。

 

 ヨスナはそれを見ても大した反応はせず、回避行動も迎撃行動もとらなかった。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドッ、

 

 と大量の光弾が地面を抉り、一気に砂煙が舞い上がる。

 たっぷりと三十秒以上の時間をかけて光弾は撃ち込まれ続けた。

 その魔術が停止する頃には地面には大量のクレーターができていて、その有様を造り出した張本人(ヤミ)は背を向けながら俺に謝罪の言葉を口にする。

 

「申し訳ありませんネル様。ネル様の出番を奪ってしまったことは悪かったと思っていますが、やはり王子自ら前線に立つ必要なんてありません。今後も私を頼ってください」

 

 そのままヤミは、踵を返そうと身体を捻ろうとした。

 

「なにこれ?」

 

 土煙の中から、平坦な声色でそんな言葉が響く。

 びくりと肩を震わせヤミはそちらを見直す。

 

 肩に着いた砂を払いながら、黒い巫女は前進する。

 無傷、どころかその衣装の繊維一本に至るまで傷一つもついてはいない。

 

「ッ! 陸重奏(シクス)ッ――!」

「全く――」

 

 その言葉の息を吐き切るよりも早く、ヨスナの身体はヤミの懐まで一瞬で移動していた。

 

 引き絞られた拳はヤミの腹部を捉えている。

 

「魔力障壁!」

 

 咄嗟に発動させる魔術を変更したのだろう。

 腹部を守るように六枚の魔力障壁が展開される。

 しかし、それを見てもヨスナの拳の軌道には一切の揺るぎはなく――

 

「ガッ! ハッ!」

 

 六枚の魔力障壁全てを貫通し、その拳はヤミの腹に突き刺さった。

 アッパー気味に放たれたその拳によって、ヤミの身体は大きく跳ねる。

 五……いや、七メートルくらい打ち上がってるな。

 

「大丈夫か?」

 

 俺はその着地点へ移動し、ヤミの身体をキャッチする。

 

「ブフ、ゲホッ……」

 

 両手で腹部を抑えながら悶絶するヤミは、俺を押しのけて地面に四つん這いになる。

 瞳に涙を浮かべながら、大きく咳き込んでいる。

 

「まるで子供に絵本を読み聞かせているような詠唱と術式構築ね……」

 

 ヤミには致命的に足りていない物がある。

 術式の構築スピードだ。

 戦闘というめまぐるしく敵味方が動く場所で、その遅延は圧倒的な隙となる。

 

 まぁ、術式の威力そのものを加味してもヨスナは無傷な訳だから『足りていない』という評価にはなるが。

 

 そもそもヤミは『最多の魔術師』であり『禁書庫の番人』だ。

 戦闘能力など求められたことは少ないだろう。

 

 十全な用意を許してくれるような相手ならともかく、一対一(タイマン)を含めた前線に出ての戦闘では力量不足と言わざるを得ない。

 典型的な魔術師に多い弱点だ。

 

「コホ、ケホ……」

「大丈夫かヤミ? もう止めとけ」

 

 喉に絡まった胃液を出し終えたヤミは、背をさする俺の言葉も聞かずに魔術媒体(タクト)を振るう。

 その先をヨスナへ向け――

 

漆重奏(セブンス)――術式強化(エンチャント)……」

 

 浮かび上がる魔法陣は全部で七個。

 内六つは同じ形の魔法陣だが一つは別物だ。

 六つの魔法陣から発動された【術式強化(エンチャント)】の術式によって、残りの一つの術式(まほうじん)威力(サイズ)が増幅していく。

 

七蓄一皇(しちくいっこう)――【虹魔天剣(こうまてんけん)】!」

 

 残った一つの魔法陣より、七色に輝く巨大な宝剣が姿を現す。

 

 七個の魔術の同時発動。

 それは並大抵の努力でできることではないし、俺だって真似しようと思ってできるものじゃない。

 一つ一つの魔術の威力が足りないなら、術式を強化する術式によって一つの術式に突出した威力を持たせる。

 

 かなり良い発想だ。

 

 魔法陣から刃の部分のみ飛び出した七色の宝剣は、その刃の切っ先をヨスナへ照準()わせた。

 

「行け!」

 

 短く紡がれたその言葉に呼応するように、巨剣はヨスナへ向かって高速で射出される。

 

龍装(りゅうそう)――【黒砕踵(こくぎょくしょう)】」

 

 ヨスナの靴が黒く光った。

 瞬間、ヨスナの運動量が爆発的に増加する。

 

 地面を蹴った反動で身体を回し、接近する巨大な魔術剣の側面へ踵を合わせる。

 超高速の後ろ回し蹴りは虹色の魔術剣の側面を打ち、その刃を半ばから砕き折った。

 

「なっ……!?」

 

 砕けた破片はその場に散らばり、召喚術式の完了現象によって消失していく。

 

 確かにヤミの魔術師としての技量は並以上だ。

 七つの魔術の同時発動など、俺でも真似することはできない。

 だが、相手はヨスナだった。

 

 それは人として生まれながら、龍の力を獲得した他に類を見ない才能。

 魔術師としても、戦士としても、その能力は『たかが二十年の努力した天才』では勝れぬ領域にあるらしい。

 

「王を守れぬ近衛、敵を退かせることのできない近衛、そんなものに価値があるとでも? ヤミ、貴方に資格はない。でも安心しなさい、その場所には私が座ってあげるから」

「……嫌」

「聞き分けの悪い子」

 

 もう一度、ヨスナの姿が消える。

 龍化と人化を使い熟すヨスナの纏うその衣服と肉体は、龍という存在を押し込めたものだ。

 通常の身体強化に加えて、特殊な効果を持った武装を纏うことで爆発的な速度を得ている。

 

 そして、その起点は『踵』だ。

 ならば攻撃パターンは蹴撃(しゅうげき)に限られる。

 

 利き足はさっきの攻防で分かってる。

 それを軸にヤミを狙うとするなら……

 

「ここだろ?」

「……流石ですね」

 

 一応持ってきていた鉄の剣によって、ヤミを狙ったヨスナの蹴りを受け止める。

 衝撃で刀身が砕け散ったが、まぁ問題はない。

 

「ヤミ、もういいだろ?」

「ネル様……ですが……」

「ありがとな、来てくれて。だけどお前が死んだら俺が困るんだ。今は引いてくれ」

「っ……はい……申し訳ありません……」

「クラウス!」

 

 俺がそう叫ぶと、老骨とは思えない速度で男は直ぐに傍に寄って来る。

 

「はっ、ここに」

「ヤミを連れて行ってくれ」

「かしこまりました」

 

 ヤミを抱えたクラウスはそのままさっきまで俺たちが居た丘へ戻っていく。

 

 その場には俺とヨスナだけが残される。

 

「随分とあの女にお優しいのですね……」

「そうか? さっきも言ったがあいつが死ぬと困るってだけだ」

 

 禁書庫の番人が死ねば、当然次の番人を決める必要が出てくる。

 そうなると、仮に報酬を貰える状況になっても門番決めのゴタゴタで禁書庫を覗けなくなるかもしれない。

 

「そうですか。それで、本当によろしいのですね?」

「何が?」

「今見せた私の力は全力の一割と言ったところです。勝負になるとお思いなのですか?」

「はっ、そういうセリフは俺に魔術の一つでも使わせてから吐きやがれ」

 

 俺はまだヨスナに身体強化と魔力感知以外の、真面な術式を使ってない。

 そんな俺に一割も出してるってのは、負けてるようなもんだろ。

 

「では、参りますね」

「あぁ、掛かってこい。やっと楽しめる」

 

 黒い魔力がヨスナの身体を包んでいる。

 それは右手に集まり武器の形を生み出していく。

 

「龍装【黒引刀(こくいんとう)】」

 

 それは一本の刀だった。

 柄から刀身まで全てが漆黒に包まれたそれは、俺の魔剣召喚と同等以上の魔力を内包している。

 

 両踵、それに剣、そして肩甲骨辺りに魔力が集中していく。

 

 ――来る。

 

 刹那、ヨスナの姿は黒い魔力の残滓を残して掻き消える。

 

 だが、いくら視覚から消えようとも魔力感知によってお前の居場所は特定できる。

 

「魔剣召喚【龍太刀】」

 

 ヨスナは目の前に現れ剣を振り下ろす。

 それに合わせる形で俺も龍太刀を振り上げた。

 

 俺たちは火花と共に鍔ぜり合う。

 

「さっさとさっきの龍の姿にならなくていいのか? あっちが本気だろ?」

「必要があればそうしますよ」

 

 もう一撃、そう思い剣を引こうとした瞬間だった――

 

「は?」

「やっと気が付きましたか?」

 

 剣が戻ってこない。

 まるで磁石のようにあの黒い刀に吸着している。

 

「闇属性は物理的精神的問わず、その繋がりを象徴するもの。つまり『引力』です」

「テメェ……」

「もう離しませんよ」

 

 暗闇を彷彿とさせる笑みを浮かべたヨスナがそう言った瞬間、刀の接着が解除される。

 

「なんちゃって」

 

 その拍子に俺の身体は勢い余って後ろによろける。

 茶目っ気を帯びた笑みへと変わったヨスナは、そのまま黒い刀が振り上げて鋭く踏み込んでくる。

 

 魔力障壁で防げる威力じゃねぇ。

 刀を引き戻すのは今更不可能。

 

 だったら、

 

炎螺玉(えんらぎょく)!」

 

 空いた左腕に渦巻く炎を握り、降りかかる刃へと宛がう。

 

 小さく爆炎が上がり、その衝撃で俺とヨスナは距離を開ける。

 

「ッチ……」

 

 ポタリと赤い血が地面を濡らす。

 完全に相殺しきれなかったらしい。

 指先が切れていた。

 

 なるほどヨスナの得意属性は『闇』か。

 闇属性の魔術の例としてはベルナの隷属術式やヨスナの使う死霊魔術が上げられる。

 

 あれらは精神的な『繋がり』を操ることで術式を成立させる。

 対して、今ヨスナが使った術式は物理的な『繋がり』を操ることで成立していた魔術だ。

 

「中々、面白い術だな」

「褒めている場合ですか?」

「そりゃ、弟子の成長だからな」

「余裕ですね? ですが前にも言った通り、私の戦闘能力は既に貴方様を越えています。こんな戦いに意味などありませんよ」

 

 俺を越えている……か……

 

 まぁ俺なんて凡人だからだ。

 才能と努力と時間、全てを使って成長していく奴らには敵わないのかもしれない。

 

 彼奴(リア)に負けた時も、俺は似たようなことを思っていた。

 本物の天才には勝てないと。

 

 俺は心の中で言い訳していた。

 俺には無限の時間があるからいつか越せると。

 

 ははっ、いつかっていつだよ?

 

 悔しかったんだ。

 心のどこかで確かに俺はそう思っていた。

 

 元は俺より弱かったエルフでも、精霊眼なんて才能を持ってるんだから仕方ないって、そんなくだらない納得と言い訳を心のどこかで抱いていた。

 

 だけど本当は嫌いだ。

 ただ才能があるというだけで、俺よりも下だったお前らが、軽々と俺を抜いて行くその姿。

 

 マジで――

 

「うぜぇんだよお前」

 

 身体強化【蒼爆】。

 俺は一息でその距離をゼロに詰める。

 

「え?」

 

 その龍太刀(いっせん)は、ヨスナの持つ引力の黒刀を砕き折る。

 そのまま狙うは、首――

 

「どうしてですか?」

 

 俺の剣戟は停止していた。

 ヨスナの首を掻き切る、その一ミリ前で。

 

「いや、違いますね。これだけでは貴方様の本領を発揮させることはできなかったということでしょう」

 

 俺の構える刀身に触れ、ヨスナはその刃を手招いて自身の首に浅く傷を付ける。

 鮮血は首を垂れて、空いた胸元の中へと吸い込まれていった。

 

「ごめんなさい、今からは本気でいいですよ。貴方様の殺意(ほんき)を、私にぶつけてください」

 

 思えば、最近はどうやっても勝てるような相手か……それか、会話の通じねぇ怪物しか相手にしてなかったからな。

 いつ振りだろうか。

 力の全てぶつけられる、受け止めてくれるような意志を持った相手。

 

 ネオン? いや、あいつの力量は所詮ヨハンの劣化だ。

 それにストレ大迷宮で戦った時は本気じゃなかったしな。

 

 じゃあやっぱり、最後にそんな相手と巡り合ったのは『リア』の時か。

 

「はは、そりゃいいな。確かにお前くらいだ、俺の全力で死ななそうな奴は。つうか、この気持ちは俺だけなのか?」

 

 ヨスナとて同じはずだ。

 俺と同じだけの力量を持つということは、俺と同じように全力を出さなければならないような相手は居なかったはずだ。

 龍すらも片手間で、龍人(ネル)とて相手にはならなかっただろう。

 

「そうですね。確かに、貴方様なら私の全霊を受け止めてくれるかもしれません」

 

 刀を引いた俺は、数歩の距離を取り、再度構えを取る。

 

「黒龍装【神薙】」

 

 黒い魔力が、その身体の輪郭を渦巻く。

 衣服が換装されていく。

 黒いドレスが、黒い巫女服のような着物へと。

 

 そして、ヨスナの身体強化の深度が一段階上がる……

 

「これが私の第二段階です。先ほどまでに比べれば……そうですね、三倍は強いかと」

「面白ぇ」

「ずっと、これまでも、これから先も、貴方様をお慕いしております。だからもし壊れてしまっても、大切にしますからご安心くださいね?」

「気持ち悪ぃなぁ……」

「我儘になれと教えたのは貴方様ですよ」

「そうだな、だから俺の方が断然我儘だって教えてやる」

 

 俺たちは互いに笑みを浮かべる。

 

「黒龍装【羅切(ラセツ)】」

 

 それは槍だった。

 東洋で使われる鉤槍に近い形状。

 さっきの剣と同じように全体が黒く作られている。

 

 だが、何がこようともこの剣術は絶対の効果を表す。

 剣聖が作り、俺の元で進化したこの斬撃の前には、引力など関係ない。

 

 ――龍太刀!

 

 魔力を込めて魔剣を振るえば、その斬撃は空を斬り進みヨスナへ迫る。

 

「その技は知っています。何度も破っていますから」

 

 ヨスナはその槍を俺の斬撃に合わせて振り抜く。

 無駄なはずだ。

 龍太刀は剣速と切断能力に全てを振った奥義。

 

 過去に破られたのは聖剣による魔力の無効化のみだ。

 

 だが、空を直進していた斬撃は黒い槍の一閃によって真っ二つに切り裂かれ、そのままヨスナの後方左右へ流れていった。

 

「何しやがった……?」

「闇属性は繋がりを操る。それは引き寄せる力だけではなく、反発する力でもあるのですよ」

 

 引力の逆、斥力か……?

 あの槍は切ったその場に反発する力を発生させるって訳か。

 その効果によって龍太刀は左右に分けられ、互いに反発して弾けたと。

 

「とんでもねぇな」

「えぇ、だってこの槍は貴方様を倒すために開発した魔術ですから」

 

 そうか、こいつは俺の死体と長い年月を共にしている。

 魔術の修練にも俺の死体は役立ったはずだ。

 その過程で、俺の必殺である龍太刀も何度も受けてるって訳か。

 

 しかも、龍の死体の方が威力自体は高い。

 

「三連・龍太刀!」

「無駄です」

 

 舞うような槍捌き。

 俺の放った縦、横、斜めの龍太刀全てが切り裂かれる。

 

 無理だな。

 龍太刀じゃ、あの槍は破れない。

 

 そう思ったのも束の間、舞う勢いのままヨスナの身体が俺に迫る。

 やはりさっきより速い……

 衣装(ドレス)の変化に伴った身体強化の増加だけじゃない、『黒砕踵』というあの魔術自体の威力も上がっている。

 

「ッチ」

「まだ理解していないのですか……?」

 

 棒高跳びの要領で跳躍したヨスナは、俺へ向けて槍を振り下ろす。

 なんとか反応し魔剣【龍太刀】で受け止めるが――

 

「この斬撃は左右の刃に触れた物同士に斥力を生み出し、その威力は接地面積に比例する」

 

 パキリと、龍太刀の刀身にヒビが入る。

 その後、龍太刀の刀身は半ばより容易く折れ散った。

 

「故にミクロ単位の傷一つでも付けられれば、そこから発生した斥力によって引き裂かれ、槍が進めばその威力も増して行く。言ってしまえば、この槍が斬った物に物理的に連続する物体は『なんであろうと割断される』のです」

 

 太刀が折れたことで、槍はそのまま落ちてくる。

 俺の横腹に薄く傷を作りながら、黒い槍は抜けて行った。

 そのままヨスナが目の前で回転し、俺の腹に回し蹴りが叩き込まれる。

 

「ぐっ」

 

 魔力障壁の三重展開でガードしたが、それでも勢いは止まらず俺の身体は打ち上げられる。

 

 受け身は取れたが、腹に負った傷の様子がおかしい。

 切断したものに斥力を生み出す刃。

 それが人体にも有効なら傷口はどんどん広がっていくことになる。

 

「クソが」

 

 折れた魔剣召喚を解除し、右手で傷口に触れる。

 赤い光と共にジュッと音が鳴り、焦げた匂いが鼻を覆った。

 

「傷口を焼いて接着しましたか。流石ですね、確かにその方法なら斥力を付加した部分が灰になって効果は失われますからね。もし放置していれば治癒術式も効果はなく出血多量で死んでいましたよ」

 

 懇切丁寧な説明をどうも。

 クソうぜぇな。

 

「ですがこれで理解していただけたと思います。今の私は、貴方様より強いということを」

「もういいからそれ、黙っとけ。今のはその槍の威力を試しただけだ」

「その言い訳は流石に恰好が悪いですよ。まぁ貴方様を愛でるのに頭と胴があれば十分ですから、分からせてさし上げましょう」

 

 槍を二回転させて、ヨスナは構えを直す。

 

 それを見ながら、俺は真理を得ていた。

 今の俺が使えるあらゆる術式を用いても、ヨスナには勝てない。

 

 リアの時と同じだ。

 この間には絶望的な違いがある。

 魔術師としての規格が違う。

 武闘家として、槍兵として、剣士として……格が違う。

 

「悔しいな、悔しくてたまらねぇ」

 

 お前たちは俺と並び立とうとしてくれるのに。

 俺がその進化に追いつけない。

 そんな状態が悔しくて、惨めで、情けなくて。

 

「俺はなんでこんなに弱ぇんだろうな……」

「あぁ、何故でしょうか。貴方様のその絶望的な顔、すごくゾクゾクします」

「仕方ないか……」

 

 ここで負ける――

 

「ようやく諦めていただけましたか?」

 

 ――のだけは、あり得ねぇ。

 

 リアに負けた時、俺は心底『申し訳ない』と思った。

 

 だって俺が一番よく知っている。

 自分に敵う相手がいないってのは絶望でしかないってことを。

 

 俺がなるんだ。

 リアやヨスナを絶望させないような、そんな救世主に。

 

 似合わねぇことは分かってるよ。

 それでも、こんな似合わねぇ力を使ってでも俺はお前たちを満足させたいんだ。

 

「魔剣召……いや、違うな……」

 

 敵は黒い龍。

 人の姿になっているとは言え、その本質は龍化によって得た絶大な身体能力と魔力。

 龍の姿や龍のブレスは未だ使われていない。

 まだまだヨスナの本領は発揮されていないのだろう。

 

 だが俺は知っている。

 赤龍はもう死んでいたからノーカンだとしても、二度の龍の死を知っている。

 一度目は俺自身が殺された。

 二度目は俺が白龍を打倒した。

 

 そして、その二度の討伐が同じ力によって引き起こされたという事実を知っている。

 

「行くぞ」

「一体何を……」

 

 俺の手に白い炎が収束していく。

 

 これはお前を照らすことのできる、魔を滅却するための白き炎――

 

「――聖剣召喚【迦具土命(カグツチ)】」

 

 それはティルアートの聖剣を解析した力。

 

 ずっと鍛錬はしていた。

 それでも本物の聖剣無しでこの力を再現するのは、転生術式の次に高難度だったよ。

 聖光という未知なる属性を操ることは至難の業だ。

 

 だが、俺には一度それを使ったという経験がある。

 絶大な聖光を操ったという過去がある。

 聖剣の保有された莫大な情報を俺は記憶している。

 

 悪いな女神共――その力はもう俺のモンだ。

 

「今、やっと形になった」

「形になる? どういう……」

 

 魔剣召喚の術式に組み込むことで、召喚術式として成立させることができた。

 

 きっと、相手が人龍(おまえ)だったからだ……

 

「ありがとな。お前のお陰で俺は覚醒できた」

「どうして……貴方様がその力を……!?」

「今日初めてだな。お前の驚いた顔は」

 

 その炎は剣の形に押し込められ、最終的に一振りの白き剣が完成する。

 

「さぁ、第二ラウンドと行こうじゃねぇか、メンヘラ女」

 

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