剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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36「第一王女の憂鬱」

 

 ミカグラ商会。

 それは俺が奴隷に転生した八度目の人生で主人だった『ベルナ・ミカグラ』が創設した商会の名前だ。

 

 俺も前世ではその振作(しんさく)を少しばかり手伝った。

 前世で俺が死ぬころには、確かにミカグラ商会は世界でも有数の……もしかしたら世界一の商会にまで成り上がっていたかもしれない。

 

「なるほど、確かにここはこの王都で一番の魔道具屋だ」

「えぇ、ミカグラ商会は本部こそ別の街に構えていますが王都にも幾つもの支店を持っています。食事処から、雑貨屋、八百屋、肉屋に武器屋、そして魔道具屋に関しては値段に応じて三等から一等までの三つの店を構えているほどです」

 

 色々と事業展開してんだな……

 ベルナが死んだあとはシュリアが商会を継いだ。

 生きてるなら三十代後半だろう。

 

 勿論、本社でもないこの場所にシュリアが居ることはないだろうが、それでも少し気まずさを感じてしまうのはどうしてなんだろうな……

 

「どうかされましたか?」

「いや、行くぞ」

 

 躊躇う理由なんかない。

 俺は店の扉を開けて中へ入った。

 

「この商会は私と組んでるはずだ! なのになんで第一王子(ダジル)へ商品を売ってんのよ!?」

 

 そんな第一声を聞いて思ったのは、この店の防音はかなりしっかりしてるんだなってこと。

 それと、こんな場所に偶然王族が二人も集まることがあるんだなって感想。

 

 そして……

 

「我々は誰が相手だとしても金を用意してくれるのなら商品を売る」

 

 赤毛の女が赤い瞳を向ける。

 王族相手に一切臆すことなく……

 周囲の使用人やこの店の店員たちも、その喧嘩を止めようとするどころか互いに睨みを利かせあっていた。

 

 つうかなんで普通に居るんだよ。

 シュリア……

 

「それってつまり、私の言うことを聞く気はないってこと?」

「私の商会の判断は私がする。貴女はただ私に情報を寄越せばいい」

「それ侮辱よ? 処刑されたいの?」

「やってみなさいシャルロット。後ろ盾がなくなっていいのならね」

 

 分が悪いのは第一王女(シャルロット)の方みたいだ。

 つうかこいつら、いつまで俺を無視してるつもりだ。

 

「おい、お客様が待ってるぞ?」

「今大事な話してんだからちょっと黙ってなさ……ってネル?」

「ネル……? あの第十一王子か……」

 

 二人の視線が俺を向く。

 俺の名前をシャルロットが言った瞬間、シュリアの目が鋭くなった。

 ベルナにそっくりな表情だ……

 

「あんた何盗み聞きしてんのよ?」

「開店中の店先で喋ってて盗み聞きも何もあるか」

「ッチ」

 

 悪態をつきながらシャルロットは視線を背ける。

 王女が舌打ちとか、シルヴィアとは随分と違うな。

 

 シャルロットとの話を中断してシュリアが俺に一歩近づてくる。

 

「六龍の討伐、ナスベ龍街の征服、一騎打ちにおけるミラエル王子の打倒、他にも『魔獣の支配者』であり『炎と剣の達人』であり禁書庫の魔本を乞うほどの知的探求心、いえ『力への渇望』をお持ちだとか。お噂はかねがね、ネル(・・)・ウィンラクス・レイサム王子殿下……初めまして、でよろしいですか?」

 

 ネル、という部分に力を込めてシュリアは俺の名前を呼んだ。

 にしても色々と調べてるんだな。

 ミラエルとの一件なんてつい最近のことだ。

 見ていた騎士に金でも渡したか、それとも別の情報源を持ってるのか……

 

 侮れない女になったもんだ。

 

「そうだな、初めましてお嬢(・・)

「何言ってんの、あんたの方が年下でしょ?」

「坊ちゃま、失礼ですよ」

「構わないよ。噂通り、相変わらず(・・・・・)生意気ね、ネル」

「そっちこそ」

 

 シュリアはそれ以上は何も言わずに微笑んだ。

 意図は伝わったらしい。

 

「それで用件は?」

「水の中でも活動できる魔道具が欲しい」

「王位継承戦が始まってから一層人気よねそれ。まぁ、あのダンジョンの構造的にしょうがないけど」

「情報収集には抜かりがねぇみたいだな、相変わらず……」

「そりゃね。お母さん(せんだい)から口を酸っぱく言われているもの」

「そうかい。で、あるか?」

「ちょうど選び放題よ。明日じゃなくてよかった」

 

 明日、何かあるんだろうか?

 シュリアは店の奥へ入って行こうとするが、

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 それをシャルロットが止めた。

 

第一王子(ダジル)から依頼された品を此奴(ネル)に流す気!?」

「一つや二つ無くなったところで手違いで済む問題だ」

「賠償金は……?」

「そんなものは惜しくない」

「なんでぽっと出のこんな奴にそこまでするのよ、何かあるの!?」

「そうだな、この王子は逸材だよ。だから是非とも味方にして欲しいものだ。じゃなきゃ私たちミカグラ商会は貴女を裏切ってしまうかもしれない」

「は……?」

 

 愕然とした表情で瞳を震わせるシャルロットは、内心を不安で満たしていることが俺にも分かるほどだった。

 

「シャルロット第一王女殿下、決して勘違いされませんように」

「何が……」

「貴女にはミカグラ商会以外は何もない」

「ふざけんじゃ……」

 

 反論しようとするその声は、しかし微弱に震えていて、最後まで言葉を紡ぐのを遮ってシュリアは話を続けた。

 

「武才も、軍からの支持も、貴族からの信頼も、魔術師や学者のような聡明さも、誰かを率いる慈愛も胆力も、貴女にあるのはこの商会とこの商会が持つ莫大な金貨だけです」

 

 最早、シャルロットに反論する意志も言葉も残ってはいないのだろう。

 それほど、双方の力関係がハッキリとした問答だった。

 

「何も持たない貴女がこの戦に負ければどうなるのか……決して、勘違いされませんように」

 

 振り返りもせず、シュリアは店の奥へ行き、階段を上っていく。

 俺もそれを追った。

 

 下の階から「あああああああああああああああ!」というシャルロットの絶叫が響く。

 随分血気盛んだな、あの女。

 

「にしても、なんでそんなに低く評価してる奴と組んでるんだよ。シュリア?」

「一応確認しておくけど貴方本当にネルってことでいいのよね? いや転生するって話を疑ってたわけじゃないんだけど、ちょっと見た目が変わりすぎてて……」

「パパって呼んでいいぜ?」

「うっざ」

 

 おい、言いすぎだろ。

 俺がしゅんとしちゃったらどうしてくれるんだ。

 

「で、パパ……」

「マジで呼ぶなよ……三十後半」

「……あ、うん。って歳のこと言うな!」

 

 咳払いを一つして、シュリアは気を取り直したように話始める。

 

「シャルロットと組んでるのは、あの子が何も持ってないからよ」

「その心は?」

「あの子にあるのは『王族の長女』という生まれ、それに付属した『プライド』とその立場に恥じないような結果と称賛を欲する『承認欲求』。だからあの歳で婚約もできないし、貴族からも軍部からも面倒くさがられてる」

「つまり、母親に認められたいって思いで頑張って、だけど商会の連中から嫌われてた自分と似てるから組んでるってわけか?」

「単純に強いと信じてるのよ。そういう思いの上に築かれるものが」

 

 ここよ、と促されるままシュリアと俺は部屋の中に入る。

 そこには誰も居らず、執務机と応接用のソファがあるだけ。

 偉い奴の部屋って感じだ。

 

 執務机の上にはアタッシュケースが二つ置かれている。

 

「でもあの子はまだ全然ダメ。昔の私と同じくらいダメ。だって、肩書が上の第一王子には負けてもいいと思ってるし」

 

 話ながらシュリアは俺に中身が見えるようにアタッシュケースを開いていく。

 

「だから第一王子に少し手助けして競争意欲を煽ってる最中よ。これはその貢物の一部」

 

 蒼い宝石や装飾の施された魔道具がアタッシュケースの中には大量に入っていた。

 

「第一王子の後ろ盾は軍そのもの。だけど幾ら軍人の味方が居ても、ダンジョンの奥へ進めない奴は居ないのと同じ。条件を満たせば周囲の人間にも奥へ行く権利が与えられるって言っても十人までって条件があるし、それにすでに権限を持ってる人が条件を満たしても周囲への権限付与は行われない」

 

 上限人数に重複付与の禁止?

 なるほど、俺の適当な考察よりずっと多くダンジョンのことは解明されているようだ。

 まぁ当然だな。俺まだ二カ月くらいしか入ってねぇし。

 

 しかしダジルはそういう作戦か、少数精鋭じゃなくダンジョン内で戦争しようとしてるわけだ。

 第六階層へ行くためにより多くの第五層の侵入権限所有者が必要。

 そしてそのために……

 

「だから第一王子(ダジル)は軍事力を第四階層以降でも活かすために大量の水中戦闘用魔道具を買い漁ってる。これも明日届ける予定だった品」

「それを俺が貰ってもいいのか?」

「一つ二つ無くなってもなんとでもなるわ。だから好きなのを選びなさい」

 

 あまり気を遣われるのは好きじゃない。

 だけど水属性の魔道具が必要なのは確かだ。

 

「なんか困ったことがあったらいつでも相談しろ」

「あんたもね」

 

 アタッシュケースの中から腕輪を一つ拝借する。

 術式を物体に込める場合、それには魔法陣が必要不可欠だ。

 その構造に魔力が流れることで術式が実行される。

 

 しかし、逆に言えばその構造の意味を理解できるなら効果はなんとなく予想できる。

 

「それでいいの? この中じゃかなりランクの低い魔道具よ? 自動効果も弱いから意識しながらじゃないと発動しないし、色々と戦闘中に切り替えが必要になる完全マニュアル式だから結構人気のないモデルなんだけど……」

「あぁ、これで行く」

 

 使い熟すのには時間がかかるが使い熟せば自由度は他の魔道具を凌ぐ。

 俺が選んだのはそんなタイプの魔道具だ。

 

「代金は?」

「要らないわよ」

「それは流石に悪い気がすんだけど?」

「シャルロットが負けそうになったらそれとなく助けてあげて、っていうのはどう?」

「一応俺も継承戦に参加してる身なんだけどな?」

「本当に王様になりたいの? それなら手伝ってあげるけど、私にはネルがそんな人間には思えないんだけど……?」

 

 見透かされてるな。

 この親子には勝てないな。

 

「分かったよ。助けられる時は助けてやる」

「ありがとう。それとネル、これも持っていきなさい」

 

 そう言って放り投げられたのは紫の液体が入った瓶だった。

 俺は瓶が割れないように優しくキャッチする。

 

「っと、なんだよこれ?」

「あんたが倒した白龍の血液から造った回復薬(ポーション)よ。毒や病気に対しての効き目はその種類にかなり左右されるからイマイチだけと、外傷なら心肺停止三十秒程度までなら完治させられるわ。掛けても飲んでも効果あり」

「そりゃすげぇな、結構な値段するだろ?」

「あんたが倒した魔獣の素材で作ってるし、そもそもその素材で大量に儲けてるから安心しなさい。あんたが死ぬとは思ってないけどさ、もうあんたが死ぬのは嫌だから……一応持ってなさい」

「助かる。じゃあまたなんかあったら来るよ」

 

 回復薬(ポーション)を懐へ仕舞い俺が部屋から出ようとすると、シュリアが俺の腕を掴んだ。

 

「もう、私が死ぬまで死なないでね」

「保障はできねぇ、けど善処はする」

「相変わらず戦いが好きなのね。バカ……」

 

 呟かれるように吐き出された叱咤は、言葉とは裏腹に切ない音を響かせていた。

 

 

 ◆

 

 

 古代型迷宮(ダンジョン)【銀庫】の第三階層へ戻って来た俺は、水色の宝石が幾つか取り付けられた腕輪を装着し、そこへ魔力を流す。

 

「アクアヴェール――起動」

 

 この魔道具の効果は大まかに五つ。

 水中呼吸。暗視。水圧無効。水を足場として利用可能。

 それに、水中でも音を正確に聞き取る効果もある。

 

 海中で戦闘するために必須となる効果を一つの魔道具で補えるのだから、魔道具としての性能は悪くない。

 

 問題は……

 

『気を付けて、その魔道具は初見で使うには少し効果が複雑です』

「これくらい余裕だっての、俺は龍だって倒した男だぞ?」

『白龍は独力では倒していません。ナスベ龍街を守っていた六龍は紛い物です。そして龍化を使ったヨスナには敗北しています』

「黙れっての。俺は魔術師だ。魔道具の扱いは得意なんだよ!」

『そうですか……』

「まぁ見てろって」

 

 入水するが身体にも服にも水の感覚が殆どない。

 少し違和感はあるがそれだけだ。

 

 そのまま俺は水の中を歩いて進んで行く。

 顔まで浸かる深さになったが呼吸も問題ない。

 暗視効果も十分、魔力感知も良好。

 

 これなら水中でも問題なく戦闘できそうだ。

 

 少し奥まで進んで行くと地面が断崖絶壁になっていた。

 ここから更に海の底へ移動できそうだ。

 魔道具の効果の一つ『水上歩行効果』を起動する。

 

 前に出した片足に確かに地面を踏みしめる感覚がある。

 足裏の水が魔道具の力によって凝固している状態だ。

 

「よし、このまま……」

 

 二歩目。

 水を踏みしめる右足を追うように左足を前に出すが、上げた左足が下がらない……

 

 なんだこれ……?

 そうか、『水上歩行』の効果によって足裏の水を固定してるから上げることはできても下げることができないんだ。

 じゃあ、一度魔道具の水上歩行効果を切って足を前に出し切ってから再度――

 

「あ、ちょまっ!」

 

 間違えて両足の水上歩行を解除しちまった!

 水圧無効はそのまま発動してる。

 

 つまり、それは空気中と同じ環境で足場が突如消失したような物で――

 

「落ぉぉぉぉちぃぃぃぃるぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううう!!!」

『はぁ……』

 

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