剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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37「水の鎖」

 

 水圧が消失するとはつまり、水中であるにも関わらず水の感触を一切感じなくなるということだ。

 だから剣を振る速度も、走る速度も、水中ではありえない速度を出せる。

 

 だが、水圧の消失とはイコールで浮力の消失だ。

 足場を失った俺の身体は『水圧無視の水中』という空気抵抗すら介在しない加速度で落下していた。

 

『水深500メートルを突破』

 

 耳に付けたインカムからそんな報告が響く。

 

 俺はこの状況を打開する方法を考える。

 すでに俺は五百メートル以上落下している。

 この状況で水の足場を造れば転落死&来世へGOだ。

 身体強化でも耐えれないだろう。

 

 浮遊術式を使うのはどうだ?

 あれなら海中でも使えそうだ。

 しかしあれは魔力消費がでかい。

 探索というタスクを熟す上で浮遊術式を常に発動させるというのは実質的に不可能だ。

 

 無論、今のような危機的状況なら迷わず使うべきだが、今後のことを考えると魔道具の使い心地に慣れておきたい。

 

『水深600メートルを突破』

 

 これ以上落ちるのはまずいか。

 つうかいつ地面が来るか分からねぇし、さっさとしよう。

 

「まず水圧無効を解除して、次に水上歩行の再発動、そんでもう一回水圧無効再発動」

 

 水の影響を受けるようになり、俺の身体の落下が止まる。

 そこで水上歩行を展開し足場を形成、水圧無効化を再起動することで速度を取り戻す。

 

「やること多いな畜生!」

『落下停止――』

 

 俺の身体は水中で完全に停止した。

 服がびしょ濡れになったけど……

 

『防水のインカムを渡して置いて良かったです』

 

 しかし、たった三つの機能を連続でオンオフ切り替えただけなのにかなり脳がごちゃついた。

 俺自身が使ってる術式と違って『魔道具に魔力を込める』という工程が毎回挟まることで感覚が狂う。

 それに俺が実行を命令してから発動までの遅延も長い。

 

 深海で切り替えミスったら水圧で即死だし、ちゃんと使い熟せるようにならないとな……

 

 そう思った瞬間、このダンジョン特有の音が響いた。

 

「ピピ――」

「ピピ――」

「ピピ――」

「ッチ、このタイミングで来るのかよ……」

 

 こっちは帰ろうかと思ってたところだっつーのに……

 

『シェルターデザインによれば、魚型機兵=Mоピラニア。冒険者の呼び名は人喰鋼鉄魚兵(ガーディアス・フィッシュ)

「この階層の突破条件はこいつ何匹だ?」

『この機兵は突破条件には含まれません』

「文字通り完全な雑魚ってことか……」

『はい』

 

 水中戦闘用の魔道具が使いこなせていないこの状況で、敵の数は見ただけで数十匹。

 頑強な牙は身体強化した上からでも俺の身体を簡単に抉ってきそうだ。

 

 これだけ数が放たれてるってことは、海中の総数はかなり多いんだろう。

 長引けば増援が来る。

 

 火属性の術式は効果が薄い。

 俺の戦闘力はいいとこ地上の五分の一くらい。

 さて、どうすっかな……

 

 

 ――飛行術式。

 ――骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)

 ――燃身(ねんしん)

 

 ――魔剣召喚【龍太刀】。

 

 

 出し惜しみは無しだ。

 魔道具で水の足場を造るのは諦めて飛行術式での戦闘に切り替える。

 

 魔力感知は良好。

 燃身は身体を熱して強化する魔術。

 外に放出しない魔術ならこの状況でも発動は可能。

 

 ただ【龍太刀】に関しては水圧によって威力が減衰するだろう。

 地上ほどの発射速度や切断能力は期待できない。

 魔道具の効果も俺の周囲だけだしな。

 

 色々と問題(ストレス)が多い状況だな……

 

『大丈夫ですか?』

「何言ってんだ、大丈夫な状況の戦いに勝ったって意味なんかねぇだろ。これを越えれば俺はまた一段階強くなる。だから意味がある」

『究極的な被虐趣味……ですね』

「かもな」

 

 機械の魚の群れが俺に突っ込んでくる。

 動きは単純。故に捌くのが難しい。

 

『一度噛みつかれれば早々離れませんからお気を付けて』

 

 面倒な要素が追加されたし。

 

 魔剣を構えながらさらに追加で術式を発動させる。

 

「付与【魔転吸刃(エーテルスティール)】」

 

 魔道具のせいで魔力が枯れる。補填しねぇと。

 機兵は魔力を持っていないわけじゃない。

 実際、光線とかは魔力攻撃だったわけだし。

 だから多分吸い取れる。

 

『魔力感知を除いたとしても同時に四つの術式行使。魔道具の制御も合わせれば情報の処理量は人間の限界に迫る規模になっています。本当にその状態で戦いなどできるのですか?』

 

 ヤミが七つの術式を同時に使っていたが、魔道具と【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】を含めて六つの術式制御+近接戦闘の構えだ。

 処理しなければならない情報量は今までの戦闘とは桁違いに増す。

 

 しかし……

 

「情報か……」

 

 蒼爆の高速移動は水中という状況に封じられている。

 飛行術式じゃ、あの機械魚共の遊泳速度を越せない。

 時速三十キロくらいありそうだしな。

 

 金属の魚が俺の間合いに入る。

 龍太刀の射程が水圧で激減していても、近距離の攻撃力上昇効果にはなる。

 

「ピピ――」

 

 そんな音が先頭の一匹から聞こえた瞬間、後続の機械魚どもが網が広がるように展開する。

 まるで群れ自体が一つの自我を持つような連携起動。

 これはビステリアの指揮能力と同じ……通信による超連携!

 

 全方位からの噛みつきが、一斉に俺を狙う。

 剣戟で全てを迎撃するのは不可能だ……

 

天馬の加護(ペガリレス) 千の夕凪(サイレス)――」

 

 全方位展開。

 

「魔力障壁!」

『魔術発動数――7』

 

 魔力感知、身体強化、剣術、魔道具、その他術式多数。

 脳へのフィードバックの量が途方もない。

 目がチカチカするが、視界が歪んでも魔力感知によって敵の位置は把握できる。

 

 魔力障壁で突撃を防いでる今しかチャンスはない。

 

「はぁぁああああ!」

 

 斬る。

 龍太刀を剣の形に押し込めた魔剣を振るう。

 剣聖の開発した奥義を連発していく。

 

 ――脳への負荷が更に加速する。

 

 だが止まるわけにはいかねぇ。

 

 ――バキ。

 

 と、音がした方向を見れば魔力障壁にヒビが入っていた。

 詠唱込みの術式とは言え、全方位を囲っている分耐久性が弱い。

 時間がない。

 

 もっと速く、剣速を上げる。

 それはつまり龍太刀の使用頻度を上げるということだ。

 

 ヤミの多重奏(マルチスペル)を見といて良かった。

 あの経験がなければこんな戦術はイメージすらできなかっただろう。

 

 だが、俺の脳は特別だ。

 なんせ数百年分の記憶を収めてる。

 人の脳でそんな長大な記憶を可能としているのは、確実に俺の固有属性【情報】の影響だろう。

 

 つってもかなりキツイ。

 

 けどまぁそれは、ここで止まる理由には全くならんけど。

 

「魔力障壁、魔力障壁、魔力障壁、魔力障壁、魔力障壁……」

 

 部分展開の方が強度は上がる。

 さっき全方位にしたのは処理が間に合わないと思ったからだ。

 だがもう慣れた。

 

『術式の処理速度がさらに加速した……?』

 

 機械魚の動きは【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】で見えてる。

 突撃に合わせて魔力障壁を展開すれば激突は避けられる。

 数秒で割れる壁ではあるが、それだけの猶予あれば後はただのモグラ叩きだ。

 

 魔力障壁が割れるよりも速く、龍太刀で切り裂いていく。

 第一第二階層で出た鋼鉄巨兵(ガーディアン)と違って小型な分、防御性能はほぼない。

 

『お疲れ様でした』

「あぁ」

 

 接敵から魔力感知に反応がなくなるまで三分程度。

 魔力消費は【魔転吸刃(エーテルスティール)】で抑えたが、それでも全く減らないわけじゃない。

 というか同時に発動している術式の数が多すぎてヘロヘロだ。

 

「ゲート【第一階層】」

 

 一先ずこの階層から撤退する。

 こういう時のこのダンジョンのシステムは便利だ。

 コントロールワードを呟くだけですぐに撤退できる。

 

 考えてみればさっきの落下中も一応この方法で脱出できたか?

 いや、転移先で運動量が保持されてたら一発で潰れたトマトの出来上がりだ。

 止めといた方が無難だな。

 

 そう考えているとすぐに三十秒が経過し俺の身体は第一階層へ転移した。

 

「全術式解除……」

 

 一気に脳への負担がなくなった。

 立ち眩みみたいな感覚がする。

 今日は一度帰って寝よ。

 

 階層間移動の転移地点はその階層の入り口になるから第一階層へ移動すればすぐに外に出られる。

 

 にしても雑魚相手にこの消耗具合か……

 もっと真面にこの魔道具を使えるようにならないとダメだな。

 

 

 それから俺は第三階層へ毎日通った。

 毎日、毎日、毎日、毎日毎日毎日……

 

 

 五年くらい毎日……

 

 

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