剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

39 / 95
38「詠唱術式」

 

 第十一王子に転生してから六年が経過。

 俺は十六歳になり、骨格は大きくなり、筋肉量は増し、魔力量は爆発的に増加した。

 

 が……

 

「クソが!」

 

 びしょ濡れの俺は第三階層の海岸でそう叫ぶ。

 今日も海へ潜ったが、この階層の突破条件『鋼鉄鮫兵(シャーク・ガーディアン)の討伐』はまだ果たせていない。

 そもそもまだ三回くらいしか見てねぇし。

 

 魔転吸刃(エーテルスティール)で魔力を奪えるとはいえ、消費量が多すぎて補完しきれていない。

 そもそも敵に遭わないと魔力の回復はできないし。

 

 歩くだけで魔力を消費するのがきつい。

 炎属性の術式がほぼ機能停止しているのがきつい。

 魔道具の操作をしながら別の術式を並列に使わなきゃならないのがきつい。

 上下も警戒する必要があって魔力感知を常に全開にしてるのがきつい。

 

 水中戦闘は一朝一夕でできることじゃなかった。

 

 いや、この五年で水中での動き自体は真面になってきてる。

 魔道具の操作にも慣れてきたし他の術式と併用する戦闘パターンは幾つか開発できている。

 

 まぁ、それでも足りないって話なんだが……

 

 できることはやった。

 やりつくした。

 これ以上の解決はもっと根本的な方法が必要になる。

 水中でも機能する新しい術式を創出するしかない……

 

『ネル……この五年、貴方は単独でこの階層へ挑み続け、失敗し続けた。このままこの状況を維持するつもりですか?』

「たかが五年だ。気にする年数じゃない」

 

 ここを俺自身の力で攻略すれば俺はさらに強くなれる。

 そういう課題を一つずつクリアすることで俺は強くなってきた。

 五年の挑戦なんて長い方じゃない。

 俺は何百年も掛けて今の実力を手に入れたんだから。

 

 才能が無いことは自覚してる。

 課題が中々片付かないのは慣れてる。

 

『ですが、貴方の目的はレイサム王国の国王になり禁書庫を閲覧することなのでは?』

 

 ヨスナと戦う前の作戦会議で、俺の事情は粗方こいつにも共有してる。

 そしてこいつの言っていることは何も間違っていない。

 極めて論理的な理屈だ。

 

 海での戦闘に慣れるだけなら王子という出生じゃなくてもできる。

 だが、禁書庫の閲覧にここまで近い立場に生まれることは今後あるか分からない。

 優先すべき方向は決まっている。

 

「けど、突破する方法がねぇしな……」

『本当にそう思っているのですか? 貴方がプライドを捨てれば、この階層は容易く突破できるはずです』

「…………何言ってるかわかんねぇな」

 

 俺はそう言ってインカムを耳から外し、胸ポケットに仕舞った。

 

 さて、休憩は終わりだ。

 魔力も体力も多少は回復した。

 午後の探索に行くか。

 

 そう考えていると、仰向けに倒れていた俺に影が差し込んだ。

 

「こんなところで何をなさっているのですか? ネル様……」

 

 黒い髪が垂れ、丸い眼鏡の奥の瞳が俺を覗く。

 そいつはいつもと同じように魔術学校の学生服に身を通していた。

 

「ヤミ……お前こそこんなところで何やってんだ?」

 

 こいつは禁書庫の番人として結界を維持する役目がある。

 その制約として書庫の外に出られないはずだ……

 

 なのになんでダンジョンに?

 そう思いながら俺は立ちあがる。

 

「お久しぶりですね。かなりご成長なられた様子」

「お前こそ、少しは色気出てきたじゃん」

「そうですか? ありがとうございます」

 

 ヤミの後ろには結構な数の人間が見える。

 殆どが魔術師風の恰好に見えるが、足捌きとかからして戦闘経験の全くない人間が殆ど。

 三十人くらいの大所帯だ。

 

「無論、ダンジョン探索ですよ」

「ダンジョン探索って……結界はどうしてるんだよ?」

「術式を改造しました。効果は維持していますが、書庫内に居なければならないという条件は撤廃しています」

「あれって何代も継承されてる特別な術式じゃなかったっけ?」

 

 その問いに答えたのはヤミではなく、その後ろにいた男だった。

 男は前に出てきて俺に語りだす。

 

「その通りだネル。あれは何百年も全く進歩しなかった過去の天才魔術師が造り上げた超高度な結界術式。だが、だからと言って今の我々がバージョンアップさせることができないなどという道理は存在しないのだよ」

「眼鏡くいくいしながらドヤ顔でそんなこと言われてもだな……つうか誰だテメェ?」

「なっ、私を憶えておらんのか貴様!?」

 

 あ……?

 どっかで会ったっけ?

 

「この方は第三王子のコーズ様です」

「あぁ、あのオタク面の奴か。居たなそんなの」

「貴様ぁ! 百歩譲ってオタク(特定の趣味や分野に異常に熱中する人間)というのは認めよう。確かに私は術式や魔道具の研究に生涯の殆どの時間を捧げているからな! だが面とはなんだ!? オタクだからと言ってそれが顔に指向性を与えるなどという科学的根拠は存在しなっ――」

「うっせぇな、童貞かテメェ?」

「ち、違うわ馬鹿者!」

「お、おう。冗談だからそんな食い気味に否定しなくていいぞ……?」

 

 だってこいつもう三十とかだろ?

 それでそんなわけねぇし、王子なんだから婚約者や嫁の一人や二人くらい当たり前に居るだろ。

 

「コホン。ネル様、それに第三王子も……下世話な話題はその辺りにしていただけますか?」

「あぁ、悪い悪い」

「す、すまないヤミ君。少し取り乱してしまった……」

 

 しかし、なんでヤミと第三王子が一緒に居るんだ?

 シルヴィアによれば第三王子の後ろ盾は学者や研究者連中だ。

 確か次代のテクノロジーを自分で開発することで国王を目指しているとか言ってた気がする。

 だったらダンジョンに用はないだろ……?

 

「行きますよ、第三王子」

「あぁ、そうだな」

「行くって海中にか? そんな足手纏いみたいな連中を連れて?」

「いえ、私は海が嫌いです。泳げませんし」

「ちなみに私も運動は全般苦手なのだよ」

「……じゃあ何する気だ?」

 

 俺の問いにヤミは答えることはなく、杖を突きながら海面に近付いて行く。

 

「まぁ見ていろ弟よ。最多の魔術師の本領は魔術の歴史を一変させるぞ」

 

 自信の溢れた表情で眼鏡を直し、コーズの視線はヤミとその先の海へ向く。

 この二人に着いて来た他の奴らも期待感を高めるような表情でヤミの様子を注視していた。

 

 何が始まるってんだ?

 

金色の炎帝(ジルレイド)千の夕凪(サイレス)を越えて……」

 

 それは魔力の籠った声だった。

 そしてこの世界にそんなものは一つしかない。

 

理想の桃都(シャングリラ)空隙(くうげき)を埋めた――」

 

 その綴りが意味するところを、魔術師たる俺は一小節で理解できた。

 そして同時に断じる。

 

「不可能だ」

 

 けれど、俺の否定は隣に居る王子の言葉に打ち消された。

 

「正しくは【不可能だった】だ」

 

 ヤミが唱えているそれは魔術の威力や効果に変化をもたらすオプションパーツ。

 魔術の【詠唱】と呼ばれる技術だ。

 

 しかし、ヤミの詠唱は普通とはまるで違う。

 普通は『単語』だけを使って詠唱する。

 だが今あいつが唱えているのは単語同士を接続し、強力な意味を持たせた完全な詠唱。

 

 だがそんなことは不可能なはずだ……

 魔術言語なんてものは、誰も解読できてないんだから……

 

 難解に極まるその言語は、過去の歴史の中で偶然発見された【単語】でしかない。

 しかも単語ごとに術者との相性があるから一定の効果を持たない。

 だから意味なんてまるで分かっていない。

 しかも使用するには卓越した魔力の制御が必要になる。

 

 故にそれは永遠の未知だった……

 

「私はお前と違って過去の功績から禁書庫へ立ち入ることを許されている。その知識と私の後ろ盾である研究者や技術者の『叡智』を総動員し、我々はついに解読したのだよ。魔術という現象に刻まれた特殊な言語(コード)を。無論全てではないが、それでも我々の執念はこの魔術の完成にまで漕ぎつけた」

 

 祝詞は続く。

 

「ただそこに道を切り啓け(ゴルディアス・ノット)――」

 

 おそらく史上初の完全詠唱。

 

「それでも並みの魔術師にはあれを(うた)えるだけの魔力操作技術はない。二十歳で最多の魔術師となった彼女のような天才でも五年の月日が掛かった。だが修練を重ね、成長を重ね、同時に十の術式発動が可能なほどに至った今の彼女であれば、あの長文詠唱を十分に制御できる!」

 

 ヤミの頭上に七色の光が顕現し、それは剣の形状を形成していく。

 サイズこそあの時と変化はない十数メートル。

 だが、内包する魔力量はあの時の比ではない。

 

「――虹魔(こうま)天剣(てんけん)

 

 詠唱が終わる。

 同時に剣の形を形成した七色の光が海へと落ちる。

 光の波動が海中を走り、その水を二つへ分ける。

 

 それは天変地異でしかなかった。

 

「は……?」

 

 ――海が割けた。

 

「よし! 行くぞ皆の者! 今こそあの動く鉄を探求する時!」

 

 斬り分けられ、海底が露見するその道をコーズを筆頭にした学者たちが走って降りていく。

 飛行術式で崖を降りて、その道に打ち上がった『人喰鋼鉄魚兵(ガーディアス・フィッシュ)』を見分しているようだ。

 

 確かに『人喰鋼鉄魚兵(ガーディアス・フィッシュ)』は地空では無力に等しい。

 戦闘経験のなさそうなあいつらでも余裕で捕獲できるだろう。

 生け捕りにしたところでダンジョンの外に持っていくことはできないが、ダンジョン内なら機能停止にならない程度に解析できる。

 

虹魔天剣(こうまてんけん)は切断の結界系統術式です。今回は斬撃状の魔力の通った部分で水と生物の通過を拒むという効果を与えています。だから断面を通過して落ちてくるのは海中で生物以外の動く物体、つまりガーディアンです」

 

 ヤミがそう言いながら俺の元へ戻って来る。

 

「お前はあいつらと一緒に行かなくていいのか?」

「私はこの術式の開発の手伝いをしていただいた代わりに第三王子に何度か協力するという条件で働いているだけです。本当は禁書庫を封じる【五神盾(アランテス)】の強化だけで良かったのですが、ここまでの力を得られたことは幸運でした」

「なんだ……ついにお前もあの書庫での生活に飽きたのか?」

 

 俺のそんな軽口を無視したヤミは、俺に向かって膝を付き首を垂れた。

 

「ナスベ龍街の元領主に私は言われました。王を守れぬ近衛、敵を退かせることのできない近衛、そんなものに価値も資格もないと。その通りだと思います」

「それで?」

「だから私は強くなりたかった。……強くなった。魔術の性能だけなら私はこの国の全魔術師を越えている」

 

 国で働ける年齢の魔術師の中で最も多くの術式を修めた人間が、一撃の威力に置いても詠唱魔術という超越した力を手に入れた。

 こいつの言っていることは自惚れでもなんでもない、ただの『事実』だ。

 

「故にお願いいたします。私を、貴方様のそばに置いてください」

 

 そう言って俺を見るヤミの目は、今までとは違って自信に満ち溢れていた。

 ヨスナとの戦いとその敗北が、こいつの意志を壊しより強く固めたのだろう。

 

「ぎゃぁあああああああああああああああ! ヤミくん! 助けてくれぇぇぇ!」

 

 ヤミが造った海底の道を、コーズたちが全力疾走で逆走してくる。

 その後ろにこの階層の突破条件である鮫型の大型機兵【鋼鉄鮫兵(シャーク・ガーディアン)】を引き連れて。

 

 地面の上でも跳ねながらコーズたちを追いかけている。

 コーズたちも魔術で反撃しているが戦闘経験皆無のあいつらの魔術じゃ攻撃になってない。

 

 魔力を貯める時間もなく、走りながらで集中もできず、戦闘経験がないあいつらがその状況で真面な魔術を使えるわけもない。

 

漆重奏(セブンス)――七光縛鎖(しちこうばくさ)

 

 唱えたその瞬間『鋼鉄鮫兵(シャーク・ガーディアン)』の周囲に魔法陣が出現し、そこから飛び出た光の鎖が巨体に巻き付いていく。

 

 この距離で召喚術式?

 しかも発動速度がとんでもなく早くなってる。

 

 ガチガチに固められ、開口すら封じられた『鋼鉄鮫兵(シャーク・ガーディアン)』はその場で必死に藻掻くのみだ。

 

「おぉ! 皆の者、こいつも探求するぞ!」

「おぉぉ!」

 

 踵を返したコーズたちは完封された『鋼鉄鮫兵(シャーク・ガーディアン)』という極上の素材に群がっていった。

 

 認める他ない。

 俺が五年間も手をこまねていた相手を、階層入り数分で完全に無力化した。

 

 ヤミは、魔術師として俺より優れている。

 

「私はあの人に負けた時までの、貴方の感情に期待して何もしなかった自分を嫌悪します。もう諦めない。もう期待しない。守りたいものは自分で守るのだと、そう決めました」

 

 俺は守ってもらう必要なんかない。

 俺は転生できるんだから。

 無知ってのは愚かだな。

 

 だけど、誰かを守りたいと願う時の強さか……

 似たようなことをビステリアが説いていたな。

 

 俺のパフォーマンスが一番発揮されるのは、守りたいと思うものが後ろに存在する時だとかなんとか。

 

 違うだろ。

 俺があいつらを守ったのは、あいつらが俺より強くなることに期待したからだ。

 

 いや、違うってことはないか。

 パフォーマンスってのは現象で、期待ってのは感情だ。

 それは同居可能なものだ。

 

「お願いします。私は貴方に頼られたいのです」

 

 ……あぁ、そういうことか。

 ビステリアが言っていた、この階層を突破する方法。

 

 それは……

 

「お前が協力してくれれば、この階層は簡単に突破できそうだな」

「確か『鋼鉄鮫兵(シャーク・ガーディアン)』は一日一体までしか現れないそうなので、明日には第四階層へ進めるかと」

 

 別にこいつである必要もない。

 ほぼすべての属性を使え、しかも呼吸や水圧をほぼ無視できる『エルド』を召喚すれば戦闘はかなり楽になる。

 

 というか『氷』や『風』なんかの、水中でも十分効果を期待できる属性を使えるエルドが居れば、それだけでこの階層は突破できる。

 五年間ここに居た経験からそれは確信できる。

 

 俺は前世で認めた。

 他者を扱う能力も『力』であると。

 プライドは捨てた。

 リンカのために。

 

 今ここで問われていることはその時と同じなのだろうか?

 

 エルドもヤミも、その力を俺に捧げると言っている。

 それを自分の力であると開き直ればこの階層は明日にも攻略可能。

 

 だが、誰かの力でこの階層を突破して、俺はそれで俺に納得できるのか?

 

 俺は『王様』を目指しているのか?

 

 俺は……

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。