剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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52「売買」

 

 身体が動かねぇ……

 

 目が何も映さなくなって、何の音も聞こえなくなって、何も感じなくなって、どれくらいの時間が過ぎたのかも分からない。

 

 なのに……転生が始まらない。

 転生術式の起動は何度も試みている。

 それでも転生を身体が拒否するように、術式は無反応を貫いていた。

 

 俺はあのクラゲの触手の針に貫かれた。

 普通の槍なんかよりずっと太い針だ。

 あれがまともに身体に突き刺さったなら身体の三分の一は吹っ飛ぶ程度の穴が空いたはずだ。

 

 とてもじゃないが生き残れるとは思え――

 

「プハッ!」

 

 一気に視界が広がった。

 森林と青空が見える。

 どうやら俺は仰向けに倒れているらしい。

 

「大丈夫ですか?」

「無事なのよね?」

 

 金髪と銀髪の頭が左右から出てきて俺を覗き込んでくる。

 痛みはほぼ残っていなかった。

 

「あぁ」

 

 立ち上がりながら自分の状態を確認すれば、胸の辺りの服が円形に破れていた。

 まるで何かに突き刺されたみたいだな。

 つうか突き刺さってたんだろう。あの触手の刺胞が。

 

 で多分、一瞬死んでた。

 

「ポーションを使ってくれたのか?」

 

 目の前にシャルロットとシルヴィアにそう聞くと、シャルロットが胸を撫で下ろしながら答えた。

 

「えぇ、あんたがそれを持ってることはシュリアから聞いてたから」

 

 シュリアにポーションを貰った時、白龍の素材を使ったポーションは死後でもすぐに使えば効果があると言っていた。

 どうやら間に合ったらしい。

 

 魔力はジリ貧。だが魔力ポーションはまだ一本残ってる。

 体力は問題ない。傷も完全に塞がってる。

 自分の身体の確認を済ませ、死にかけのクラゲ野郎に留めを刺しに行こうと思いたつと同時にシャルロットが俺の目の前で手を振り上げた。

 

 避ける気にはならなかった。

 

 パチン、と小気味の良い音が俺の頬から鳴った。

 

「なんだよ?」

「なんで一人でやろうとするの!?」

「テメェには関係ねぇ」

「関係あるわよ。私の心に火を点けたのはあんたなんだから!」

「記憶にねぇ話だな」

「うっさい!」

 

 シャルロットの拳は俺の鼻っ柱を捉えるが、痛みは全くない。

 身体強化が一切かかってない拳だった。

 

「なんで? なんで頼ってくれないの? そんなに私は心許ないの?」

 

 心許ないに決まってるだろ。

 お前は弱いんだから。

 その事実は感情一つでひっくり返らない。

 感情の起爆で勝てるようになるのは、自分より一歩上の相手の時だけだ。

 

 シャルロットとあのクラゲじゃよく見積もっても三十歩くらいの力の差がある。

 

 勝手に失敗するだけならいい。

 けど、こいつらは勝手に『死』にやがる。

 

 それを俺の満足のためだけに連れて行きたいなんて思うわけがない。

 

 だけど、ミラエルとケネンがカエデの術式を使ってたのはシャルロットの力だと言っていた。

 

 おそらくは固有術式だろう。

 いつ発現したのかは知らない。

 そもそも俺はこいつのことを殆ど知らない。

 

「坊ちゃま、お着換えをお持ちしました」

「クラウスか、助かる」

 

 俺は胸に穴の開いた服を着替え、魔力ポーションを呷る。

 そして未だ絶叫を続けるあのクラゲに目をやった。

 

 傷はそれなりに深い。

 黒い血は今も流れ出している。

 しかしあいつもこのまま何もせずに死ぬ気はないらしい。

 

 八本の触手のうち一本を傷に押し付けて止血している。

 そして残り七本のうち四本を転移術式で飛ばし、塔の最上部に巻き付かせている。

 

 おそらくは塔から魔力を得ている。

 超速再生でも聖剣でついた傷は治せない。

 だがもしも超速再生が血液の増量まで熟すなら、あいつはまだ死なない。

 

「ねぇ、人の話聞いてんの?」

 

 『龍魔断概』はこいつらのお陰で完成した。

 あの時間稼ぎなければ、俺の『龍魔断概』は完成することなく俺は負けていただろう。

 ミラエル、ケネン、カエデ……そして何よりもカエデの術式を他二人へ転写(コピー)したシャルロットが居たから俺はレベルアップできたんだ。

 

「シャルロット、俺の目的は強さを手に入れることだ」

「だから何よ……」

「まだまだ、もっとずっと強くなりたいんだ」

 

 必要なのは一分一秒を無駄にしない努力と命を懸けても倒したいと願う渇望。

 そして何よりも『強さ』という概念を体験して理解すること。

 

「俺を強くしてくれるか? シャルロット」

 

 シャルロットの術式の効果が術式の転写なら、カエデの疾風迅雷を俺に移植できる。

 あの速度があればもっと近距離から『龍魔断概』を放てる。

 そうすればあのクラゲ野郎を完全に葬れる。

 

「あんたってさ、不器用よね」

 

 そう言ってシャルロットは微笑んで、俺の頬に手を触れた。

 

「悪いか?」

「いいえ、私と同じだなって」

 

 シャルロットの手から術式が発動される。

 

「私の固有属性は【売買】。自身の魔力をコインに変えて他者の術式を売り買いできる。覚醒から数カ月、貯めたコインは三百枚、ミラエルとケネンに使った分を差し引いて残りは百六十枚。本当の商売と違って、売るのにも私の魔力(コイン)を消費するっていうのがちょっと面倒なところね」

 

 はっ。

 やっぱり固有属性ってのはとんでもない力だな。

 本当になんでもありじゃねぇか。

 

 俺の【情報】然り、シルヴィアの【願望】然り、ケネンの【愛】然り、そしてシャルロットの【売買】もそれに全く劣らない性能だ。

 

「コラン、明細出して」

 

 その言葉の意味は術者ではない俺には分からなかったが、言葉と同時に頭の中に情報が羅列されていく。

 

 

 ・疾風迅雷 売却 70コイン

 ・計 70コイン

 

 

「術式の練度や技術に関してはコピーした瞬間のものがそのまま反映されるわ。術式の付与時間は六十分、それまでに倒して」

 

 本当にカエデの術式を使えるようになるならそんなに時間は必要ない。

 俺はただシャルロットの術式を受け入れるべく目を閉じた。

 

「ちょっと待ってください」

 

 息を切らしながらその女は全力疾走でその場に現れた。

 その手の中にはもう一人の女が抱えられている。

 リンカとヤミだ。

 

「お前ら、杖はなんとかなったみたいだな」

「はい。それよりシャルロットさん、ネル様に与えるべき術式は疾風迅雷ではありません」

「どういうこと?」

 

 リンカはシャルロットを引き寄せて耳元で何かを呟いている。

 

「なるほど……でもそれで本当に?」

「はい。信じてください」

 

 シャルロットは意を決したように頷いて、俺の元まで戻ってきた。

 

「ネル、私を信じれる?」

「俺と同じで不器用なんだろ? 嘘なんか吐けると思ってねぇよ」

「そう。リンカの話を聞いて、私もこれが最善だと思った。ケネン、こっちに来て」

 

 近くに居たケネンを呼び寄せ、シャルロットは左手でケネンに触れ右手で俺に触れる。

 何をする気なのか、俺にもやっと分かった。

 

 効果を発揮するかは分からない。

 俺という人間のその感情は多分全うじゃない。

 魔術の法則がそれをどう認識するのかは分からないが、それでもリンカやヤミやこの場に居る全員の目を見れば、それは疾風迅雷よりも効果量の多い強化術式のように思えた。

 

「術式買取――【宮愛護懸(ハートフル・アームズ)】」

 

 シャルロットの術式がケネンの術式を吸い上げ、それはそのまま俺の中へ。

 

「術式売却――【宮愛護懸(ハートフル・アームズ)】」

 

 固有属性【愛】。

 愛属性強化術式【宮愛護懸(ハートフル・アームズ)】。

 それは双方向の愛情の合計を身体能力に変換し底上げする術式である。

 

 

 ・【宮愛護懸(ハートフル・アームズ)】 売却 60コイン

 ・計 60コイン

 

 

 そんな情報が俺の頭の中に表れる。

 そして同時に、確かな感覚がある。

 魔力とは違う、よく分からない何らかのエネルギーが俺の身体に流入しているのを感じる。

 

 ケネンやミラエル、シャルロットやシルヴィアからも……

 愛ってのは、どうやら兄弟愛も含まれるらしい。

 後はクラウスからも来てるな。

 

 だけどその五人とは比べ物にならない量の力が、二人の人間から流れ込んでくる。

 

「ネル様、邪魔はしません。あれに勝ってください。貴方を倒すのは私の使命です」

「お前を殺すのは私です。だからここで死なないでください」

 

 愛というには暗くて、憎悪というには相手の無事を願い過ぎている。

 愛憎とでも呼ぶべきその感情は、けれど俺にとっては気持ちのいい意志だった。

 

「行ってくる」

 

 

 ◆

 

 

 飛行術式を使いクラゲの元に戻ってきた俺に、絶叫を上げ続けるクラゲの触手が転移してくる。

 

 だけど、その攻撃は今までとは比べ物にならないくらい〝ゆっくり〟だった。

 

「聖剣召喚【加具土命】」

 

 白い炎を灯すその剣を薙ぐ俺の腕は、いつもの数倍の膂力と速度を持って触手を斬り飛ばす。

 

 俺が奴の攻撃に慣れた?

 いや違う。

 これは慣れた程度で得られる反応じゃない。

 

 身体能力が激増している。

 

 シャルロットの術式は本物だった。

 ケネンの固有術式は規格外の代物だ。

 だとしても、単一の術式でここまで能力が増すものなのか……?

 

「ギガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!!」

 

 未だ傷に悶えるクラゲの絶叫を見て、俺の口角は上がっていく。

 

 己が持つ能力の絶対さを。

 万能感を、全能感を……自覚する。

 

「他人の力に頼るのは癪に障るが、もうお前じゃ相手にならねぇみたいだな」

 

 蒼爆による加速。

 接近する俺を迎撃しようとする触手を聖剣によって斬り飛ばしながら、俺は更に速度を上げる。

 

 剣速が今までとは段違いに速くなっている。

 それに、止血する触手と塔から魔力を吸い上げるのに五本の触手を使っている奴の、今の手数はたったの三本。

 

「悪いなアガナド、タイマンしてやれなかった。けどお前と戦った経験は俺の中で生き続ける」

 

 シャルロットとケネンから得たこの術式の感覚もまた、俺を強くするヒントになるだろう。

 

「もう倒れろ」

 

 三つの触手の先端を斬り飛ばし、間近へと迫った俺は聖剣を振り上げる。

 同時に俺は全霊を懸けた術式を起動する。

 

 シャルロットから得た【宮愛護懸(ハートフル・アームズ)】は発動にキャパを使っていない。

 多分、シャルロットが演算を代行してるんだろう。

 

 これなら俺の魔力操作が許す全てをこの術式にブチ込むことができる。

 

「神剣召喚――」

 

 塔を掴んでいた触手が離れる。

 止血していた触手が離れる。

 奴の持つ全ての触手が己を守るために、俺とクラゲの頭の間に重なっていく。

 それは人間が危険を回避しようとして手を上げたりするような本能的な防御反応にも見えた。

 

 だがしかし……

 

「――龍魔断概」

 

 この一撃に、その程度の防御は意味を成さない。

 いや、相手が魔獣や魔術である以上、この攻撃を防ぐことは不可能。

 

 純白の一刀は、巨大なクラゲの身体を一太刀によって二つへ別つ。

 

 魔力的な抵抗を一切許さないこの斬撃を止める術は存在せず、この一刀によって発生した損傷は不可逆である。

 

 無敵の一刀、俺の最奥。

 

 その一撃が、完全に完成していた。

 

 確信を持って言える。

 今の俺は間違いなく、過去の俺の中で最強だ。

 

 俺の持つ魔力の99%を使った一撃。

 緊張を途切れさせることのできない長期戦によって体力も限界を迎えた。

 黒い流血を巻き散らしながら消失現象を始めたクラゲと共に、俺の身体は落下する。

 

 ギリギリのところで飛行術式を操って、仰向けに着地した隣に(あか)と蒼が混ざったような金属の塊が降ってきた。

 こいつがビステリアの言っていた『赫蒼合銀(ミスリル)』なんだろうか?

 

 

 ――条件の達成を確認。

 ――キーアイテム【第六階層通行許可証】を進呈。

 

 

 そんな文字が目の前に現れる。

 これでこの階層は突破できた。

 

 そして、この通行許可証は討伐時に周囲に居た人間にも付与される。

 

「出て来いよ、どうせ居るんだろ? ダジル」

 

 俺がそう言った瞬間、黒い装束の人間たちが俺を取り囲むように現れる。

 その間から俺が名を呼んだ人物は、一本の剣を抜き放ちながら俺へ近付いてきた。

 

 剣の切っ先が俺の首を付く。

 

「何故だ? 何故貴様は俺の欲しいものをこうも容易く尽く手に入れていく?」

 

 怒りを浮かべているわけじゃない。

 説明を求めているわけでもないだろう。

 

 ただ悔やむような表情で、ダジルは俺にそう言った。

 

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