剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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61「蝙蝠」

 

「ネルさんは凄いですね」

「何がだよ?」

 

 いつものように朝食を摂っていると、カウンターの向こうからリョウマが嫌味っぽくそう言った。

 

 剣聖がここ禍津の大森林の下見に来た日から二週間。

 俺は始まりの剣聖『アマツ』への対策と、森の環境のレベルアップに努めている。

 

「僕にとって父親は絶対的な存在でした。だけど貴方は僕の父親を子供扱いするように倒してしまった」

 

 その声色からはその現実を認めたくないような不満を感じる。

 こいつにとってゼンマが敗北することは何か特別な意味のあることなのかもしれない。

 

「あの人はずっと正しかった。言ってることは真面目で、やってることは皆に褒められることで、弱者を守って、不幸を許さず……息子(ぼく)にもそうあることを強要した」

「……」

「それが負けちゃダメでしょ。やっぱりあの人は間違ってる」

「かもな」

「ありがとうございます。あの人が負けるところを見て少しスッキリしました」

「あっそ。それで、じゃあお前の正しさは何なんだよ?」

「僕の正しさ?」

「お前がお前の父親を間違ってると思ってんのは分かったよ。じゃあお前にとっては何が正しいことなんだ? それが何もないのに他人を否定するのか?」

「他人……」

「父親だって所詮他人だ」

「……ネルさんにとっては何が正しいことなんですか?」

「俺が最強だと証明すること」

「貴方は変わりませんね」

「今更変わるかよ」

「なんか渋いですね」

「マジ? 俺まだ二十一なのに」

 

 俺は転生する度に身体と一緒に脳もリフレッシュさせてるわけで、だから言語の学習なんかは必要ないんだが、語彙とか古かっただろうか?

 地味にショック。

 

「僕はただ料理人になりたかった。誰かを傷つけることじゃなくて、誰かに美味しいって言って喜んで貰う方が嬉しかったから」

「俺は他人を尊ぶ感覚を知らない。それは俺の人生に必要のないものだから。だけどお前がそう決めたなら、それがお前にとっての正しい道ってことなんだろ」

 

 俺にとって他人の存在意義は『俺を強くしてくれるかどうか』だけだ。

 

 俺は他者を尊重していない。

 俺は他者に善意を求めない。

 俺は他者からの愛情を薄っぺらくしか受容できない。

 

「お前の在り方もお前の父親の在り方も、俺は否定しない。そこにはただ俺にとって必要なのかという問いがあるだけだ」

 

 俺の人生は俺のもので、こいつの人生はこいつのものだ。

 意見や意志を統一する必要なんてないし、そこに対立が生まれるのなら戦うしかないかもしれないけど、そうじゃないものにまで干渉する意味なんかない。

 

 だから、

 

「僕、帰ります」

 

 こいつの出した結論がそれでも、俺には関係のない話だ。

 

「送ってやるよ」

 

 

 ◆

 

 

 リョウマがいなくなって話相手が減った。

 後、飯が不味くなった。けどリョウマが来る前よりは不味くない。

 リョウマが自作して置いて行った調味料が残ってる。

 

 俺は独り、ずっとそうだ。

 

 俺と同じ時を過ごせる生物は存在しないのだから。

 

「蒼炎――付与」

 

 拾った(なまくら)に蒼い炎を付加し、蝙蝠の魔獣を焼き切る。

 一匹を切り殺すと同時に大量の蝙蝠が湧いて出てくる。

 それは巨体だったり、吸血能力を持っていたり、風を操ったり、多種多様な能力を兼ね備えた突然変異(かくせい)種。

 

 この森の生態系が群れるタイプ蝙蝠系の魔獣の勝利で方が付こうとしている。

 

 だけど俺はそんなことは許さない。

 お前たちはまだ俺を超えていない。

 俺を超えない進化覚醒の形を俺は認めない。

 

 間違いは焼き殺す。

 

 俺の願いを叶える種が生まれるまで、俺は魔獣を狩り続ける。

 

「キィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!」

 

 それは他の蝙蝠共よりもずっと爆音の金切り声を上げて、俺の真上に陣取った。

 

禍喰個体(アンリミット)――暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)

 

 ビステリアの淡泊な声が俺の耳に入る。

 耳に音声通信用の道具を付けたのはこいつを信じてるからじゃない。

 いや、そもそも俺は根本的に俺以外を信用していない。

 

 だがビステリアにしかできない役割がある。

 

 この森の進化覚醒の段階が深まっていくのと同時に、俺の知識に全くないような魔獣が発生するようになった。

 森林を結界で区切ってダンジョン化しているこの森は、しかし通常のダンジョンと違って魔獣の消失現象が発生しない。

 それは本来魔獣のリサイクル機能に使われる分の魔力を『覚醒現象』の多発に注力させているからだ。

 

 この森の魔獣は通常ではあり得ない速度で『成長』する。

 それがこの森で進化や覚醒が多発する仕組み。

 

 これによって未知の魔獣が大量発生しているわけだが、ビステリアの知識にはその魔獣のほとんどの記録が存在する。

 そもそもリアスコードと同等以上の知識をビステリアは持っていたということだ。

 

 『俺が辿り着いた知識しか言えない』というビステリアの制限もリアスコードに関しては解除されている。

 

 要するにビステリアは、発生する魔獣の種族名や特性を知っている。

 新種の魔獣一体一体にいちいち俺が名前を付けるのも面倒くさい。

 

 知識は力だ。

 ビステリアが俺に協力している内は、それも俺の力だ。

 

 だから俺はビステリアに質問する。

 

禍喰個体(アンリミット)ってのはなんだ?」

『変態機能そのものが強化された変異種です。あれは他の魔獣を取り込み続けることで強くなり続ける』

 

 なるほどね。

 真上を見上げれば未だ巨大蝙蝠――暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)は俺の頭上で滞空している。

 十メートル近くある両翼は森林に影を落とし、発される魔力はアガナドにすら到達するほどに膨大だ。

 

 やっとだ。

 

 やっと、俺を超えられるかもしれない奴が生まれた。

 

『さらに【暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)】は配下の魔獣に生物の血液を集めさせ、それを吸収することで自分は姿を現さず効率的に強化する習性があります。つまり暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)が姿を現す時というのは……』

「その生態系の支配者になれると確信した時ってわけか」

『イエス』

 

 おもしれぇ。

 

「かかって来いよ、蝙蝠擬き」

 

 声に魔力を込めて空へ発す。

 言語を理解しているわけではないだろう魔獣でも、込められた魔力によって運ばれた殺気を感じ取っただろう。

 

 まぁ、そうじゃなくても雑魚蝙蝠は未だ俺に襲い掛かって来てるわけで、あのボス蝙蝠が俺を狙ってるのは確定。

 けど、一つムカつくのはこんな雑魚共で俺を止められると思ってることだ。

 

「暴れろテメェ等、【恐使の喚騒(ゾルドアーミ)】」

 

 召喚された数百体の魔獣は、この森林での研鑽と付与された『成長の力』によって新たな姿を獲得した。

 

「カカカ」

 

 骨の剣と盾を生み出し装備したスケルトンソルジャーと低位の魔術を使うスケルトンメイジ。

 

「ギィ」

 

 連携力と指揮能力を得たハイゴブリン。

 

「ピィィィ」

 

 火の魔術と火への耐性を得たレッドスライムと周囲の水を操り膨張するブルースライム。

 

「ギョェェェ!」

 

 天空獅子(グリフォン)のリクウが率いる鳥系の魔獣は、その姿を騎乗を想定したものへと進化させていった。

 種類は色々だが、まとめて『キャリアー』と呼んでいる。

 

 今までの戦闘経験を得て、各々が新たな力を手に入れた。

 

 そして、それはこいつらのリーダーたちも同じ。

 

「我らを呼び出すということは少しはマシな手合いが現れたということか?」

「俺様たちに任しとけじゃ」

「ピピ!」

「蝙蝠風情が我らに逆らったことを後悔させて見せよう」

 

 今までとは違う。

 

 エルドは白い骨の身体に薄っすらと炎を纏った姿へ変貌を遂げた。

 種族名を『獄炎骸魔(ヘルリッチ)』。

 

 ソウガは身体が一回り大きくなり純粋に魔力量と体力が向上した。

 種族名を『飢餓王救者(ゴブリンキング)』。

 

 ラムスは液状の身体を紫色へ変化させ、爆発性を獲得した。

 種族名を『紫粘性魔液(エクスライム)』。

 

 リクウは体躯が二回り以上増して、今までとは比べ物にならない飛行速度を手に入れた。

 種族名を『天帝翼獅子(アークグリフォン)』。

 

 

 今まで何度もこいつらと共に戦ってきた。

 最初はアザブランシュの時。

 次はヨスナが復活させた俺と戦った時。

 

 その後は銀庫で何年も戦闘を続けた。

 最終的にこの森の魔力にも充てられて、こいつらの進化は一気に加速した。

 

 その強さは今までの比じゃない。

 

「雑魚共は任せる。俺はあの上から目線で調子に乗ってる親玉とヤるから邪魔を入れるな」

「御意」

「承知」

「了解」

「ピピ!」

 

 散開していく魔獣たちを見ながら飛行術式を起動する。

 高度を上げ【暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)】と同じ目線までやってくる。

 眼下ではすでに開戦の狼煙は上がっていた。

 数百の蝙蝠と【恐使の喚騒(ゾルドアーミ)】によって呼び出された魔獣連合が交戦している。

 

 幾つもの魔術反応を起こすその光景は一種の絶景だ。

 

 そんな光景を眼下に見下ろしながら、俺は飛行術式を空へ立つ術式【空立】へと切り替える。

 

 リアを模倣して進化させた飛行術式。

 これなら空中でも踏ん張りが利く。

 しかも足場は俺の魔力によって固定されたもので強度も俺の魔力に依存し、魔力が切れない限り足場が壊れることはない。

 

「さて、始めるか」

「そうね……」

 

 その魔獣から発された声は紛れもなく『言語』であった。

 人間と同等以上の意志を持ち、言語まで習得し、音としてそれを再現する。

 そんな魔獣とは、俺以外(・・・)に出会ったことがない。

 

「脳機能もアップグレードされてるってわけだ。こいつは面白そうだ」

「アナタはどうして魔獣をコロすの?」

「テメェはなんで俺を殺すんだ?」

「食うタメ、力を付けるタメ、生きるタメよ。アナタは違う」

「いいや、一緒だ。俺もお前を殺して力が欲しいんだ」

「ソウ。じゃあワタシに食われればイイ。チになって、ニクになって、そうして私の眷属(コドモ)になれば強くなれるわ」

「それも面白そうではあるが、だったらその前にお前が俺より強いことを証明して貰わなくちゃな」

「ウン!」

 

 大翼が大きく羽ばたいた。

 吹き飛ばされそうな旋風が空間を貫く。

 木々が揺れ、根の弱いものや中心地に近かったものは大木ごと吹っ飛んでいく。

 

 羽ばたき一つ、その余波でこれだ。

 こいつは今までこの森に発生していた魔獣とは格が違う。

 

「ずっと眷属(コドモ)たちの眼を通してアナタを見ていた。ずっとアナタから学んでいた。ずっとアナタに憧れていた。アナタより強くなってこの森に君臨するタメに」

「ストーカーじゃねぇか」

「アナタを愛してる。だからワタシのチとニクとなって」

 

 そう言った瞬間、蝙蝠の口がすぼむ。

 その不細工なキス顔から放たれるのは魔力の混じった血液の球体。

 

 水属性操作系術式――

 

血液抜騰(ダーティ・キッス)!」

 

 血液の弾丸……いや、砲弾って方が正しいな。

 音速に近い速度で放たれるそれは、しかし前世で戦った『超速空兵(ジェットガーディアン)』より遅い。

 

 真っ直ぐだ。【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】で軌道は読める。

 斬るか?

 いや、術式効果が分からない。

 触れるのは危険。同じ理由で【紫熱連環(しねつれんかん)】での防御も微妙。

 

「蒼爆」

 

 だったら回避一択だ。

 

「ワタシの愛をどうして避けるの?」

 

 爆音が響いた。

 はるか後方にあった山の中腹から、やまびこが幾つも木霊する。

 血の砲弾は山の中腹に着弾し、山を抉るほどの大爆発を起こしていた。

 

「顔面偏差値上げて出直して来い」

「ウソ。照れてるの? アナタの好みは分かっているの。強ければイイんでしょ?」

「だから、テメェのことは好きじゃねぇよ」

 

 警戒して避けてみれば、ただ爆発力が凄いだけの魔術だった。

 所詮は人真似が少し得意なだけの魔獣。

 その言葉はこの森という生態系を勝ち抜く手段でしかない。

 

 俺を殺すために言語を習得した。

 そう考えれば少しは愛着も湧きそうなものだが、やっぱり顔がキショイ。

 

血液抜騰(ダーティ・キッス)!」

 

 もう一度放たれたさっきと同じ血の弾を、

 

「聖剣召喚【加具土命】」

 

 俺は白い炎を纏った聖剣によって切り裂く。

 

 魔力は拡散し、その爆発力は無効化される。

 残った赤い血は指向性と術式効果を失い、地面へと落ちて行った。

 

 ストーカー蝙蝠は高速移動を始める。

 巨大な翼と圧倒的な魔力量に任せた超速の飛翔性能。

 そこから繰り出される翼の打撃は人体を爆裂させる程度の威力は備えている。

 

 だが、その速度はカエデの『疾風迅雷』よりも遅い。

 その速度は『超速機兵(ジェットガーディアン)』には及ばない。

 

 【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】には、その動きが見えている。

 

「二刀流――聖魔剣」

 

 右手に魔剣を、左手に聖剣を呼び出す俺の新たな構え(スタイル)

 前世では魔力操作のキャパの問題で難しかったが、十一年を懸けて聖剣の扱いにも慣れた。

 今の俺はその両方を召喚しながら戦うことができる。

 

「キィ」

 

 こいつのトップスピードは亜音速に到達していた。

 しかし、軌道も速度も俺の目には視えている。

 

血液抜騰(ダーティ・キッス)!」

 

 聖剣によって放たれた血弾を斬り落とし、追撃に飛ぶ本体を――

 

「龍太刀」

 

 によって撃ち落とす。

 

 切り裂いたのは右翼。

 バランスを崩した奴は明後日の方向に飛んでいく。

 必死に片翼で飛行を続けようと藻掻く暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)を向き直ると、そいつは恐怖と疲弊によって息を上げていた。

 

「俺を強くしてくれよ。そしたら愛してやるからさ」

「…………いいわ」

 

 暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)が大きく羽ばたく。

 同時に放たれた旋風には極めて僅かにではあるが魔力が混ざっていた。

 いや、今のは風というよりも『音』だ。

 魔力の籠った音……なんのために?

 

「「「「キィィィィィィ!!!!!」」」」

 

 森の中から金切り音が幾つも上がる。

 雑魚蝙蝠共が共鳴している。

 

 パァン!

 

 何かが破裂する。

 

 パァン! パァン! パァン!

 

 森林の中で幾つも同じ破裂音が響く。

 

『下に居た暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)の眷属たちが一斉に自害しました』

 

 赤い液体……恐らくは蝙蝠の血液が、破裂音の出所から噴出する。

 森が赤く染まっていく。

 

 その血液はひとりでに動き出し、全ては暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)の元へと集まっていく。

 姿が大きく変わる。渦を巻く血液を纏ったそれは、まるで大きな繭のようだった。

 

 そしてその全てはこのストーカー蝙蝠の口の中へ。

 肉体が肥大化し、さらに変形していく。

 

「これが禍喰個体(アンリミット)……」

 

 名前の通り、食えば食うほど強くなるわけだ。

 

 血液が繭の中に吸い込まれていく。

 赤い繭が縮小していく、さっきのクソデカイ身体なんて全く入らなさそうなサイズまで小さくなっていく……

 その中心部に亀裂が走った。

 

 中から現れたのは暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)とは全く違う生物だった。

 

「これならカワイイ?」

 

 それは『人』と呼ぶのが一番しっくりくる姿だった。

 スタイルの良い女の身体。黒いシルクのような皮膚に覆われている。

 

 だけど、牙は鋭利で顔全体は黒いペストマスクのような形で、頭からは三十センチ程度の蝙蝠の羽が生えている。

 

「まぁ、顔以外は美人なんじゃね? まったく欲情できねぇけど」

『私のデータベースにも存在しない種です』

 

 リアスコードの中にもこいつの情報は存在しない。

 多分、こいつはこの惑星で初めて誕生した完全な新種だ。

 

「アナタを愛してる。だから征服したい。アナタを愛してる。だから傷つけたい。アナタを愛してる。だから一つになりましょう?」

「俺を押し倒せたら考えてやるよ」

「ウン! 沢山チュウチュウさせて?」

 

 そう言って獰猛な口元を歪めたその瞬間、奴の姿が掻き消える。

 初速の向上。俺と同じ空に立つ術式を体得してる。

 だがトップスピードは変わってない。

 

「視えてんだよ」

 

 振り返りながら、聖剣を回し斬りの要領で振り抜く。

 ストーカー蝙蝠は上体を後ろへ逸らし、俺の聖剣は胸の上を通り抜ける。

 だが俺にはまだ次の一撃がある。

 

 縦方向への龍太刀。

 その体勢じゃ逃げれねぇだろ。

 

 ガン!

 

 そんな音がしたと思った瞬間、龍太刀が奴の身体の横を通り抜けた。

 

 俺の太刀筋がズラされた……!?

 

 奴の、足を振り抜いた姿勢を見れば何が起こったのかは理解できた。

 俺の刀の腹を蹴って軌道をズラしやがった……

 振るってる最中の斬撃になんて芸当だ……

 

 蝙蝠人間は空に立つ術式の下点を手のひらにしながら、逆立ちの体勢で足を回す。

 逆姿勢での回し蹴り……

 振り抜いた聖剣を解除しながら、俺の顔面を狙うその一発を腕を上げてガード。

 

 身体能力も一級品で、俺の身体は数メートルほどズラされた。

 

「テメェ、さっきまでデカ蝙蝠だったクセにどこでそんな武術を会得しやがった?」

「チにはその命の全てが詰まってる」

 

 血液を吸収することによるその生物の身体能力の獲得……

 

 この森には稀に人間がやってくる。

 それは大抵自分の力に自信を持った連中だ。

 そいつらの血を吸って、人間の動きを体得してるってわけかよ……

 

「じゃあお前に俺の血を飲ませれば、俺の術式もコピーできるのか?」

『不可能です。術式は遺伝子ではなく魂に記録される情報であり、血液情報だけではそれを会得することはできません』

「だがヨスナのところにいた俺の身体を乗っ取った怨霊(レイス)は使えたぜ?」

『それは脳に保管された魂の情報を閲覧したからでしょう。どちらにせよ血液情報だけでの術式模倣は不可能です』

「なるほどね」

「愛があればどんな困難でも乗り越えられるわ」

 

 遺伝子、肉体に術式が記録されるなら俺は転生の度に術式を失うことになる。

 だが、そんな現象は起こったことがない。

 

血液散爪(ダーティ・ネイル)

 

 爪に纏った血液が、斬撃にように線で五本発射される。

 龍太刀で全てを断ち切りながら、こいつの能力を観察する。

 

 血を操る力。一発の威力は相当高い。

 飛翔速度は亜音速へ到達する。

 血液を蓄えることで自己進化を促す。

 血を吸った対象の肉体情報をコピーできる。

 周囲の蝙蝠系の魔獣を従え、魔力を込めた絶叫で指揮する。

 人の言葉を操る。

 人型……胸と尻がデカくて腹は細い。

 

「七十点+。お前、どこまで進化できるんだ?」

「……?」

禍喰個体(アンリミット)は際限なく進化する能力を持ちます。しかし進化のために必要な素材は外部より取り入れる必要があり、現状の段階を超えた覚醒を達成するためには、貴方と同等の魔力量を持つ存在を一万人は取り込む必要があります』

 

 なるほど……じゃあ期待外れだな。

 こいつをここで見逃して更なる覚醒を促すなんてのは、ご馳走(ちそう)を前にして来年まで待てって言われてるようなモンだ。

 

 待てないし、待った結果出てくる料理よりも、その待ち時間で沢山の料理を食いたい。

 

 この森の環境ならこいつ以上の魔獣が発生する可能性は十分存在する。

 だから、

 

「もういいや。飽きた」

 

 炎属性身体強化術式――

 

「【燃身】」

 

 筋肉を燃焼させ、運動量を向上させる。

 この術式下にある俺の速度は、通常の身体強化だけの俺の倍は速く、力強い。

 

 魔剣を振るう。

 その発射速度は振り抜きの速度に比例して加速する。

 

「ッ!?」

 

 奴の右腕が宙を舞った。

 音速を軽く超えた龍太刀の斬撃速度は、通常の生物には反応すらできない領域へ到達している。

 

 次は左腕。

 次は右足。

 次は左足。

 耳。腹。胸。

 

 首。

 

 頭を残し、全ての身体(パーツ)が森林の中へ落下する。

 

 落下する頭部から生えた翼を掴み、目を合わせた。

 

「愛しているわ、ネル」

「俺はお前を愛していない」

 

 こいつには人並みの感情は存在しない。

 魔獣としての目的を果たすため人の言葉を会得したに過ぎない。

 愛なんて感情は全くもって理解していないだろう。

 だからこうも軽々しくそんな言葉を吐ける。

 

 俺と同じだ。

 

「アナタをずっと見ていた。アナタのために強くなりたかった。私の名前はアゲハというの」

「そうか、お前は中々良い実験体だった」

「ごめんなさい、満足させてあげられなくて」

 

 ――お前が何を言っているのか全く意味が分からない。

 

 俺はこいつの頭に刀を突き刺した。

 それ以降、その魔獣が話すことは未来永劫なかった。

 

「にしても結構強い魔獣も現れるようになって来たな」

『いえ、幾らこの迷宮構造が進化覚醒に特化したものであるとしても、この速度であのレベルの魔獣が生まれるとは思えません』

「けど事実として出てきたぞ?」

『極少量ですが、あの個体の内部に女神のパーツの気配を感じます』

「女神のパーツって、アガナドをクラゲの化物に変えた奴だろ。そんなポンポン転がってるモンなのか?」

『いいえ、金の一万倍は希少価値の高い金属です』

「まぁ調べてみるか」

『お願いします』

 

 解体作業か、そういうのはリョウマの方が得意だったな。

 あいつは色んな生き物の構造をよく理解していた。

 まぁ、俺も全くできないわけじゃないが相手は人型だ。

 人間を解体したことなんかないし、解剖学に精通してる奴の知識は欲しかったところだがないものねだりをしても仕方がない。

 

 そんな風に思っていた時だった。

 

『極大の魔力反応が接近しています』

「あぁ、俺も感じてる」

 

 その魔力量は暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)よりもずっと多い。

 それどころか数百年を生きたリアよりも、あの時感じたアマツよりもずっと多い。

 生物としての規格が全く違うかのような絶大な魔力量を、そいつは隠そうともしていない。

 

 それは森林の外からやってきた。

 それは暗庭紅聚蝙蝠(アブラダヴァド)よりもずっと巨体だった。

 それは漆黒の肉体を持っていた。

 

 ――それは『(ドラゴン)』だった。

 

 その巨体はどんどん俺の方へ近付いていくる。

 

「ネルさん!」

「リョウマ?」

 

 龍の背の上より聞こえたのは紛れもなくリョウマの声だった。

 よく見ればこっちに向かって手を振っている。

 

 それにあのドラゴンも見覚えがあるような気がする。

 

 ドラゴンは俺の眼前で停止し、口を開いた。

 

「今世では初めましてですね、貴方様?」

 

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