でだ、俺を完全にシカトした状態の三すくみができあがったわけだ。
なんなのこいつら?
俺を完全に無視して、何を『三つ巴のバトルだ』みたいな顔で見合ってやがんの?
錆びかけの剣を鞘から抜こうと柄へ手を掛けると、まるで示し合わせたように三人が俺の方を向いた。
「ネル、邪魔よ」
「ネル、少し大人しくしていてくださいますか?」
「ネル様は最後です」
……………………あっ、そうですか。
「けっ、勝手にしろっての」
剣から手を離してそう吐き捨てながら、俺は森の奥へ走った。
なんなんあいつら!?
リアに至ってはあいつの方から誘ってきたのにさ!
そして俺はハブられた。
◆
等間隔に距離を取った三人は、互いをジッと見つめる。
圧倒的な力を持つ彼女たちだからこそ、この相手は油断してはならない相手だと分かるのだ。
龍へと至る魔術。
世界を創る魔術。
魔術を壊す魔術。
それらは確かに優れた魔力だ。
だが、できることが『それだけ』ならば大したことはない。方策は幾らでも思いつく。
しかし彼女たちの力はそういうものではない。
基盤は偶然だったかもしれない。
リアの精霊眼、ヨスナの操作系統適性、リンカの聖鎧。
それらは確かに彼女たちが努力して得た力ではない。
だが、その才能を人類の頂点と言えるほどまで鍛えたのは、彼女たちが努力と知力を振り絞って力を求めた結果だ。
三者一様、
三人には最強の魔術を生み出すまでの過程がある。
その過程から排出された数多の戦術が火花を散らす。
「
リアが開発した【
精霊とは魔力に生命が宿った物理的な肉体を持たない種族。
風という概念と半同化することで、あらゆる風属性魔術の威力を向上させ、風の上を歩くことすら可能とする。
「第三段階【
ヨスナの身体に変化が訪れる。手足に纏った黒い鱗、獰猛な爬虫類の瞳、鋭利な爪と牙、悪魔のような黒い翼、それは正しく『龍人』と呼ぶ相応しい姿だった。
ヨスナが至った人と龍の境界線上、【
龍の圧倒的な『膂力』と『魔力』を人体という形状に納めることで、長きに渡って人が研鑽し受け継いできた『武術』との融合を可能とする。
「
獣人の中でも己の身体を鍛え続けた者のみが到達できるその力は、獣人の遺伝子に刻まれた祖先の霊を肉体へ降ろす秘儀である。
その原理は遺伝子の操作に近く、人と獣のバランスを意図的に崩して姿も精神も獣へ近付けさせる。
獣人の社会ではこの現象を『高次元への昇華』と捉え、至れるのは限られた英傑のみとされる。
「貴方たちまるで化け物ね」
「それは貴方も同じでしょう?」
「見てくれを比べることに意味はないと思います」
黒い刀がヨスナの手元へ現れる。
リアは腰に携えた
リンカも同様に太ももに携帯していた小太刀を抜いた。
会話は止まる。
全員の集中の深度が上がる。
相手の動きの一挙手一投足を見逃さまいと、警戒が最大限に高まっている。
数瞬の無為。
その沈黙を斬り裂いたのは最年長のエルフだった。
「終奥【龍突】」
細剣が矢の如く引き絞られ、突き出される。
体内に渦巻く魔力を一気に刀身へ乗せ、それは刺突という形で射出された。
ネルの龍太刀の魔力操作を真似てリアがアレンジした奥義。
薄く笑みを浮かべながら、その一突きはリンカへ向かって放たれた。
まるで「力を見せてみろ」と言わんばかりに。
「聖鎧」
リンカは表情を崩さないまま手だけを動かした。龍突に添えるように掌を前へ向ける。
リンカの手に一閃が触れた瞬間、龍突は一瞬にして完全消失した。
白い魔力の宿ったその肉体にあらゆる魔術は無意味。
リンカの肉体は正しく『無敵』を体現する。
それを見て動いたのはヨスナだ。
圧倒的な膂力と足裏で爆ぜさせた魔力によって、リアの元まで一気に迫る。
黒い刀をタメ無く振るう。斬撃は明確にリアの首元を狙っていた。
「隙狙い? 真っ当な勝負じゃ勝てないって理解できたのかしら?」
「
黒い刀と細剣が打ち合う。
嫌味を述べて、呪いを発し、明確な殺意を抱いて……それでもなお、二人は親友のように笑い合う。
ひどく単純な話だ。リアとヨスナはこの状況において、全く同じ感想を抱いていた。
――楽しい。
そんな二人を見ながら、リンカは静かに狙いを定める。
(どうして笑うのだろう? 命を懸けた戦いが怖くは無いのだろうか? 私は怖い。私にはどうしても死にたくない理由がある。だから私は、使える物は全て使う)
小さな声でリンカは呟く。
「ヤミちゃん、お願いしてもいいかな?」
それは耳に取り付けられたインカムを通し、電波に乗って目的の人物の耳へと届く。
『うん、もう詠唱は終わってる。
周囲を囲む木々の中より、屋敷とリンカに命中しないように計算された角度でその魔術は発射された。
黄金に輝く極大の剣は、その上に『完全詠唱』が乗っかっている。前人未踏のその技術は魔術の威力を最大まで増幅させる。
まともに食らえばあの二人とてただでは済まない。
「大好きだよヤミちゃん」
その言葉は嘘ではない。
ただ、そう言えばヤミが喜ぶということをリンカは知っている。
「横槍ですか?」
「いや、
「なるほど……」
鍔迫り合うリアとヨスナは、発射された『
いや、動けない。
ヨスナが使う黒い刀は引力を司る。
接触した物体と刀の間に発生する引力を自在に設定できるのだ。
何もなければ、『
だからヨスナは自身の刀とリアの細剣を引力によって結びつける。
リアが逃げるためには自身の……
「武器から手を離すしかない。とか思ってるのかしら?」
瞬間、リアを取り巻く風が気流を生み出す。
「
それは魔力や膂力を問わず『力を流す』気流。
ヨスナの刀が引力を発生させているのは、元をたどれば魔力的な作用だ。
その作用の方向そのものをズラす『
ヨスナの身体がリアとすれ違った。
「
更にリアの展開した結界術式によって、ヨスナを中心にした三立方メートルの風の壁が展開される。
リアとヨスナの位置は完全に入れ替わり、ヨスナの行動も制限される。
黄金の剣の狙いは完全にヨスナへ移った。
(いい様にされてますね。我ながら不甲斐ない、引きこもり故の戦闘経験の浅さでしょうか。……というか、そもそも戦い方が合ってない気がする。私は人ではないのだから)
ヨスナは黄金の剣を目前に感じながら脅威を知覚する。
その危機は、ヨスナの中に眠る我儘を……プライドへと転じさせる。
(作戦とか戦術とか策謀とか……)
ヨスナは黒刀を消した。
龍の肉体は他の生物とは規格が違う。
膂力も魔力も……細胞一つ一つのレベルが他の生物の機能を超えている。
ヨスナはただ、右手を強く握りしめた。
「全部、くだらない」
それはまるで目の前の黄金の剣へ吐き捨てられたかのようにも聞こえた。
――パリン!
ヨスナはただ振りかぶった右腕を投射された黄金の剣に対して、思い切り振り抜いた。
たったそれだけのことで、前人未踏の『完全詠唱魔術』はいとも容易く破壊された。
「この隙が欲しかったんです。聖鎧終奥――」
黒い体毛に包まれたリンカの動きは超速へ至る。
獣化と身体強化【爆】によって加速したその動きは人知を超えていた。
相手からすれば初見の速度、その上で『
「
それはあらゆる魔術を無効化する術式に、龍太刀の魔力循環を乗せた対魔と対物を兼ね備えたリンカの最強。
ネルが『白龍アザブランシュ』を討伐した時の映像を元に、ビステリアの演算能力によって聖鎧の操作を代行させることで実現させたこの技術は、『使える物を全て使う』というリンカとビステリアの思想の合致によって生み出された。
だが――
「犬、躾がなっていないのではありませんか?」
「――!?」
その拳は、振り向いたヨスナによって軽々と受け止められた。
リアスコードにおいて、この世界に存在する全ての生物は『龍、魔、霊、虫、獣、人、空』という七つの遺伝子の配合によって造られているとされる。
エルフは人の因子と霊の因子を強く持ち、獣人は人と獣の因子を強く持つ。
故にリアとリンカの変化は、その体内に元からあった力を増幅させたものだ。
だが、単純な人であるヨスナには龍の因子はほぼ配合されていない。
それでも彼女の持つ圧倒的な操作系統魔術の才能と『龍へ焦がれる強い想い』がその奇跡を成し遂げた。
変身という魔術領域において、ヨスナは他の二人を圧倒していた。
ヨスナの力は他二人の術式と違い時間や魔力による制限がない。
ヨスナの操作術式は恒久的なもので、その状態を維持するだけで魔力を消費し続けるリアとリンカの変化とは異なる完全な『
肉体を戻すためにはもう一度操作術式を使うしかない。
つまり、今のヨスナにとってリンカの聖光は単純な攻撃力強化でしかない。
そして、如何に身体強化と身体操作をかき集めたとしても――獣は龍には勝てない。
「貴方が面倒なのはその術式を無効化する光が邪魔で遠距離攻撃が通用しそうになかったからです。でも自分から近づいてきていただけるのであれば、殴れば話は済むのですよ」
拳を掴まれたリンカはヨスナから逃げられない。
聖光によってヨスナの身体強化は無効化されているはずなのに、リンカは
左手に持った短刀でヨスナの腹部を狙うが、ヨスナが纏った龍鱗がそれを阻む。
リンカの『聖鎧』は武器にまでは纏えない。
「
呟かれた魔術名と共に、ヨスナの周囲の空気が固定化された。
瞬間、呼吸器官が一切の役割を果たせなくなる。
「カハッ……?」
リンカの拳を掴んでいた手が緩んだ。
龍の膂力と魔力は呼吸によって成立している。
それが封じられれば、莫大な消費エネルギー故に活動に必要な酸素の供給が間に合わなくなる。
手を離されたことでリンカはその場から距離を取った。
強く握りしめられただけで人差し指と中指の骨が砕けている。
治癒術式でその傷を回復させるための時間が必要だった。
「本当に鬱陶しいですね! 長耳!」
「同感よ、蜥蜴女。
リアの周囲に生成された風の刃が全方位へ飛び出す。
聖鎧で身を護るリンカはそれを軽く弾くが、治癒の関係上素早くは動けない。
リンカへの攻撃が意味を成さないと悟ると、リアはヨスナに向かわせる攻撃を強めた。
ヨスナは絶え間ない魔術の連打を回避しようと試みるが、リアの魔術の速度と密度がどんどん上がっていく。
数十の風の刃が毎秒ヨスナへ襲い掛かっている状態だ。とてもではないが全てを回避するのは不可能。
「避け切れないのなら、避ける意味はありませんね」
ヨスナの背の翼が大きく羽ばたく。
瞬間的に加速したヨスナは、空中に立つリアに向けて一気に距離を詰めた。
ヨスナは先のリンカとの攻防で自分の真価に気が付いていた。
【
されど、人とは桁違いの身体能力を有するその肉体には、それに合った手段というものがある。
単純な話だ。龍の身体能力を最も発揮する身体操作とは『一発一発を本気で撃ち込むこと』である。
ジャブやフェイントは必要ない。
ヨスナは己の拳を、ただ思い切り撃ち込む!
「
またもリアが発動した魔術……いや、それは構えに近い。
風属性の魔力を身体に薄く纏い、触れる力の流れを逸らす。
それがどれだけ強力なパワーであっても、軌道がずらされれば効果は発揮しない。
「無駄よ」
「ッ!!」
空を蹴って更に上へ舞ったリアは、身体をくねらせながら真下のヨスナと視線を合わせる。
「
リアを中心に発生した暴風によって、ヨスナの両足は地面へ叩き付けられる。
この時点で三者は互いのパワーバランスをほぼ正確に読み取っていた。
剣も使えるとはいえ魔術主体の戦闘をするリアは、リンカに対してほぼ無力だ。龍突も魔力攻撃である以上『聖鎧』は破れない。
リンカの『龍魔一擲』はあらゆる魔術を無効化するが、龍の膂力を持つヨスナに対しては魔術を無効化する意味が薄い。単純な身体能力の差で押し負ける。
ヨスナの能力の基盤は『呼吸』にあり、風属性の魔術によって呼吸を封じてくるリアとの戦闘は少々厄介。自慢の膂力と魔力が封じられる。
リア→ヨスナ→リンカ→リア
これが今の相性であり、三者共に相性の良い相手と悪い相手が居る。
それは三人が持つ切り札においても同じだ。
ヨスナの【
戦況は膠着の様相を呈する。
◆
リアとリンカとヨスナの戦いから早々に手を引いたのは、あの状況で俺が入ってもあいつらが俺に本気をぶつけてくることはないと思ったからだ。
三人とも俺への敵意を持ってなかった。
それにあいつらの能力はある程度分かる。
リアとリンカとヨスナの力は、ジャンケンみたいな相性になってる。
決着にはかなり時間が掛かるはずだ。
だからあいつら三人を無視して森に入った。
だけどイラつきが収まったわけじゃない。
ストレスの貯まりやすい状態でされると余計に腹が立って、我慢ならないこともある。
例えば、『覗き』とか。
「めんどくせぇなぁ、さっさと出て来いよ!?」
森に入って数分歩けば、俺を監視する奴が現れた。しかも三人。
考えてみれば当然だ。石を集めるゲームなんだから。
リアやリンカやヨスナに勝てないなら他の奴から奪うしかないんだから。
俺が叫ぶと観念したようにそいつらは現れた。
短い黒髪の男、それに藍色の髪の女と白髪の女。
全員が和装に身を包み、腰には刀を一本携えている。
俺を囲むように木々の中から姿を現した。
確か……
「ゲジョウ、アイツキ、マシロだったっけ? なんか用かよ?」
当然に抜刀しながらそいつらはこっちに歩いて来る。
「石くれよ? いや、出してもボコることに変わりはねぇんだけどな?」
「貴方はあの三名に攻撃されることもなかった、仲がいいのだろう? だったら貴方を使えば石を四つ獲れるかもしれない」
「……それが効率的」
はぁ、これが剣聖か……
「お前ら剣聖じゃなくて蛮族名乗った方がいいんじゃねぇの?」
「新参の分際で剣聖の称号を愚弄するか?」
「愚弄してんのはテメェ等の方だろ」
師匠のせいだ。
多分俺は剣聖という称号に名前以上の期待をしてる。
だから一欠片くらいは思ってた。
もしかしたらこいつらも俺と同じで、バトルロイヤルじゃなくて一対一で真剣にリアたちと戦いたくて逃げたんじゃないかって。
でも、やっぱり違った。
「要するに、負けるかもしれない相手とは戦いたくないってことなんだろ?」
「ルール的に共闘した方が勝率が上がると考えただけだ。貴方だって最初はあのエルフと組もうとしていただろう」
だったらもう俺は残飯漁る野良猫と同じ。
アマツやリアたちの前に、こいつらの技術を食い散らかすだけだ。
「そうだな、話はもういい。かかって来い、今はそういう気分だ」
私事ですが8月25日に『異世界帰りの武器屋ジジイ』というタイトルの2巻が発売開始いたしました。
よければお手に取っていただければ嬉しいです。
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