剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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67「惰眠」

 

 剣聖という誇りに懸けて、自分の弟子と自分が住む村を守った英雄が居たことを俺は知っている。

 

 己の弱さを認め、敵から投げられた剣に奥歯を噛み締めるように手を伸ばし、自分を見つめ直すような高潔な人間を俺は知っている。

 

 どうしてもこの感覚は消えない。

 ほんの僅か、それでも確実に……俺はお前らに期待してるんだ。

 

 だから、最初から本気で行こう。

 

「二刀流――聖魔剣」

 

 魔力――それはこの世界に存在するあらゆる異能の原点。

 その量は異能の強さに直結する。

 俺が召喚した二つの剣が内包する魔力量は、武器に込められた分だけでこいつらの魔力総量を超えていた。

 

 考えてみれば当然のことだ。

 いくら剣聖とは言っても生身の人間。

 二、三十年しか生きていないであろう定命。

 

 確かに俺もこの身体では二十年程度しか生きてはいないし、転生したのは十年前だ。

 だが、これまで何度も転生し、その度に魔力の増幅に努めてきた。

 それによって確立された効率的な魔力増幅の訓練。

 

 俺の今の魔力量はこいつら三人を合わせた量よりも多い。

 

 空気が張り詰めている。

 俺が二本の剣を召喚した瞬間、刀を構えた剣聖たちの顔から自信は消えていた。

 

「龍太刀」

 

 右手に持ったその剣を横薙ぎに一閃した。

 渦巻く魔力は斬撃となり、大気を割断しながら飛翔する。

 

 必死の一撃にいち早く反応したのは白髪の女。

 確か名前は『マシロ・リョウカ』。

 先天的な盲目の剣士。

 

 マシロは俺が剣を振り上げた時点で残り二人の方へ駆け寄っていた。

 ゲジョウとアイツキ、両方に触れながらマシロの術式が起動する。

 

「瞬転!」

 

 おそらく術式名だろう。

 そんな声を荒げた瞬間、三人の姿が一瞬で掻き消える。

 魔力反応は俺の真後ろ、俺の龍太刀は完全に回避された。

 

 俺は振り返る。

 

 そこには冷や汗を流す三人が居た。

 

「自己転移の術式か……目が見えないクセによくやる。座標指定ミスったら即死だぞ?」

「ミスしたことないから」

「そりゃすげぇ……いや、剣聖なんだからそれくらいやって貰わなくちゃな!」

 

 再度龍太刀を振り上げる。

 三人の中央に居るマシロへ向けて龍太刀を振り下ろす。

 

「瞬転」

 

 マシロの術式に連続発動の遅延は一秒程度。

 【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】を全開にして次の転移場所へ反応する。

 

 こういう時に遠隔斬撃は便利だ。

 俺自身が動かなくても攻撃できる。

 

 俺が龍太刀を放つたび、奴等は転移の術式で移動して回避する。

 

 何度も見せられてあの術式の原理は大体分かった。

 厳密に言えばあれは転移じゃない。

 自分と自分に触れている対象を光子化して目的地点に飛ばしからもとに戻す。

 光属性の超速移動術式だ。

 まぁ、速度が光速だからほぼ転移と変わらんが……

 

 かなり強力な術式ではあるが、『瞬転』の術式には幾つかの制限がある。

 まずは範囲指定。

 一度の跳躍がかなり近い距離でしか行われていない。

 長距離は移動できないか、移動するためには何か条件があるのだろう。

 

 短距離転移を連発して逃げないのは、俺に動きを読まれた瞬間に詰むから。

 頭は悪くないみたいだ。

 

 だが俺が撃ってる龍太刀の発射速度は音速にも及ばない程度。

 光速で移動できる奴等を捉えるのは難しい。

 

 しかし、あの女が使ってる術式は相当高度なものだ。

 それに座標を正確に読み取る集中力と、少しでも高さを間違えば地面や樹にメりこんで即死するプレッシャーの中での連続使用。

 

 先に根を上げるのは間違いなく、マシロの脳だ。

 だが、そんな終わりは認めない。

 

「逃げてばっかじゃつまんねぇぞ?」

 

 煽るように声を出して、龍太刀を放ち続ける。

 切羽詰まっているのはマシロだけじゃない。

 今のところ、居る意味が全くない、寧ろマシロの負担になってる分居ない方が良かった二人。

 

「つーか、残り二人は一番年下の女に守ってもらうことしかできねぇのか?」

 

 アイツキとゲジョウを揺さぶって、焦りを覚えさせる。

 転移を繰り返す三人の様子が少し変わった。

 聞こえはしないが会話してるようだ。

 

 作戦会議か。

 いいね、何してくる?

 

 開戦から十四発目の龍太刀を振り下ろす。

 瞬間、今までと同じように奴等の姿が消えた。

 問題はない。【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】で即時補足できる。

 

 真上に魔力反応。

 すぐに俺は上へ視線を向ける。

 ふざけんなよ、上からくるだけで奇襲になるとでも……

 

「一人だけ……?」

 

 ゲジョウが上から降ってくる。他二人の姿が見えない。

 いや、【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】には映ってる。

 

 この森は動植物の全てが進化したことによって通常より遥かに多くの魔力を有している。それを利用された。

 マシロとアイツキは周りの動植物と同じかそれ以下まで、自分達が放出する魔力を抑えたんだ。

 それによって俺の【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】が魔力反応を誤認した。

 

 だが二人の魔力反応は記憶してる。

 よく探せば目を使わずとも見つけられる。

 今必要なのは最短距離に居る、ゲジョウの迎撃。

 

 龍太刀を横回転させながら真上を狙う。

 

「【龍太刀】!」

「ハッ――」

 

 それを見たゲジョウは、笑みを浮かべながら刀を振り上げている。

 よく見ればあいつの腰の鞘にはまだ刀が収まっている。

 二本目? どこで拾った? 他の二人から借りた? なんのために……?

 

 意味が分からない。

 だが、ここまでくればもう止めることはできない。

 俺は龍太刀をゲジョウへ向けて放った。

 

 太陽を背負ったことで姿が定かではなかったゲジョウの刀が、振り下ろされることによって徐々に明らかになっていく。

 

 その刀を俺は知っている。

 

冥奥(めいおう)蠅驥尾(ようきび)】」

 

 それは間違いなく、俺が持つ『龍太刀と同じ形状』をしていた。

 

 ゲジョウの能力は、術式のコピー?

 

 今更引くのは不可能。

 それに龍太刀の威力は使用者の魔力総量で決定する。

 ゲジョウの魔力は俺以下、当たって負けるのはお前の方だ。

 

「バカが……」

 

 龍太刀の撃ち合いは俺の勝利。

 悪態を吐きながらゲジョウの身体が吹っ飛んでいく。

 

 だがすでに俺の懐には二人の剣士が入り込んでいた。瞬転の術式によって味方を運び強制的に有利なポジションを奪う。

 結構使い慣れてるな。

 

 前後を挟み込むように駆け寄ってきたマシロとアイツキ。

 前から来るのがマシロで後ろがアイツキだ。

 

 マシロは視認できているが、アイツキは魔力反応だけしか分からない。

 

「先にテメェからだ」

 

 目の前に居る白髪の女。

 マシロの方へ刀を構える。

 

「秘奥【明鏡止水】」

 

 そう言った瞬間、マシロの身体から薄く魔力が放たれる。

 放出された魔力には速度はあるが攻撃力はない。

 魔力は周囲の物質に跳ね返るだけ。

 

「龍太刀!」

「それはもう何度も見た」

 

 俺が放った龍太刀をマシロは俺の目の前で回転し、最小限の動きで躱した。

 こいつ、俺の骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)と同等の……いや、目が見えないことを踏まえればそれ以上の魔力感知の精度を持ってやがる。

 

 そのまま回避運動を攻撃へ転用したマシロは、俺の足元へ回転切りを放つ。

 

深奥(しんおう)心羅(しんら)】」

 

 後ろからそんな声が聞こえた。

 骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)によって読み取った結果、アイツキは俺に突きを放とうとしていることが分かった。

 魔力で脚力を強化した状態の突進によって運ばれたその刃は、マシロの刀が命中するのと同時に俺の心臓を突き刺すだろう。

 

「悪くはない、【燃身(ねんしん)】」

 

 マシロがどれだけの魔力感知精度を持っていようが関係ない。

 俺の燃身(ねんしん)は相手からすれば体感速度は倍かそれ以上だ。

 

 目でも魔力感知でも同じ、唐突にそんな速度変化をされて対応できるわけがない。

 

「ッ!?」

 

 マシロが目を見開いた。

 その時にはすでに、俺の蹴りはマシロの腹を貫いている。

 燃身(ねんしん)の身体強化によって放たれた蹴りによってマシロの身体を大きく吹き飛ばし、そのまま体を捻じって後ろを向く。

 

 刺突が目前に迫っていた。

 魔剣召喚を手放し身体を軽く。

 左手の聖剣で刺突を迎撃する。

 

 俺は一度、こいつの技を見たことがある。

 始まりの剣聖、アマツが使っていた刺突と同じ魔力反応を刀身から感じる。

 聖剣で無効化したから効果のほどは知らないが、あれは真面な突きじゃなかった。

 

 だが聖剣で掻き消せることは実証済み。

 

「させっかよ。蠅驥尾(ようきび)【龍太刀】」

 

 上空、俺が吹っ飛ばしたゲジョウは空中で身体を捻り魔剣召喚で呼び出した『龍太刀』の遠隔斬撃を俺へ向けて放った。

 

 刺突と龍太刀、どちらか一方しかガードできない。

 紫熱連環(しねつれんかん)でも龍太刀を防ぎきるのは無理だろう。

 こっちの刺突は効果不明だから防げるかどうかも分からない。

 片方の攻撃は受けるしかない。

 

 どちらから身を護るべきだ?

 龍太刀の攻撃力、攻撃範囲は分かってる。受けても致命傷にはならない。最悪でも腕一本失う程度だろう。

 

 だがこっちの刺突は効果が未知数。

 食らえばどうなるか予想できない。

 

 被害想定を考えれば、どちらから身を護るべきかなん分かり切ってる。

 未知の術式を防ぐ。選択肢は一つだ。

 

 だけど俺はこう考える。

 

 

 ――どっちの攻撃を受けてみたい?

 

 

 このまま刺突を聖剣で弾けば、刺突の効果は消滅する。

 消滅すればその技を俺はもう一生味わえないかもしれない。

 それは、困る。

 

「ハハハ」

 

 何度も使った技だ。

 龍太刀の軌道は見なくても分かる。

 聖剣を後ろ手に振るい、斬撃を無効化。

 

 心臓を狙うアイツキの刺突に対して、俺は身体を少し逸らすことで致命傷を避ける。

 

「何を嗤うことがある……?」

 

 アイツキが俺の顔を見て驚愕の表情を浮かべている。

 まるで狂人でも見るかのように。

 

 刺突は俺の右肩に突き刺さった。

 

 アイツキは即座に刀を引き抜いた追撃は無く、一歩下がる。

 

「貴方は終わりだ」

 

 そんな声が耳に入ったその瞬間、視界がぼやけた。

 膝が崩れ、両手が地面に付く。聖剣は消失した。

 身体が……いや、脳がおかしい。

 

 眩暈と安息感……精神が睡眠に堕とされる……

 

「魔獣でも大抵は掠っただけで意識を飛ばす。貴方はそんな剣に突き刺された」

 

 そうか、『深奥【心羅】』ってのは精神に干渉する剣術か……

 聖剣で先に術式効果を破壊する以外に防御不可能。

 当てれば勝利がほぼ確定する……確かに、奥義と呼ぶに相応しい。

 

 こりゃ無理だ。

 今の俺に対抗手段はない。

 精神攻撃、それに特殊な毒とか、まだまだ克服しなきゃいけないモンは沢山あるな。

 

「ハハ、教えてくれてありがとよ」

「貴方は何を……笑っているのだ……?」

 

 そりゃ嬉しいからに決まってるだろ。

 

「卑怯とは思わないのか? 卑劣と罵る権利が貴方にはある。我らは恐怖に逃げた。多勢で無勢を囲んでまで我らは剣聖という称号へしがみつく。浅ましくもいやらしい、下卑た――」

「馬鹿かお前。勝てばいいんだよ。方法なんか重要じゃねぇ。大事なのは自分が勝利を得たという結果だ。お前らはプライドを捨ててでも俺やリアやリンカやヨスナに勝とうとした。それは弱さじゃない」

 

 毒殺だろうが精神攻撃だろうが、相手を倒す、殺せたなら、それは『勝利』だ。

 そいつらが天国や地獄でいくら文句を宣ったところで、そんなのは後の祭りなんだから。

 対策してねぇ奴の問題でしかねぇ。

 

「誇れ、お前らは強い」

 

 少なくとも、俺の最初の人生の最後より今のこいつらの方が強い。

 俺がこいつらの強さへ至ったのはきっと二百年くらい生きた後だ。

 

 術式の模倣。光属性の高速移動に超絶の魔力感知。精神への干渉。

 

 剣聖、思ったよりも楽しめた。

 

「ありがとう。その言葉を胸に刻もう」

「クソ、こんな敗北感は初めてだぜ」

「そうだね。修行不足だ」

 

 三人は満足気な顔で俺を見降ろしていた。

 

「あ? 何を勝ったみたいな面してんだ?」

「「「は?」」」

「俺は言わなかったぜ。だからお前らも卑怯卑劣なんて言い訳すんなよ?」

 

 俺の持つ魔術の中で唯一、この術式は『睡眠中も発動できる』。

 

「【恐使の喚騒(ゾルドアーミ)】――全員殺せ」

 

 俺は、俺の使役する全ての魔獣を呼び出した。

 お前たちがそう帰結したように『数は力』だ。

 

「俺が目覚めるまでに少しでも強くなってることを期待してる」

 

 前世で俺には一つの疑問ができた。

 誰かを守る時しか発動できない『龍魔断概』という術式のせいで、俺の最大の力は守るべきものがある時にしか発揮できなくなった。

 

 誰かを守りたいと願う時こそが、人が最も力を発揮できる瞬間なのだろうか?

 

 それがお前たちのような高潔な人間が宣う『正義』とか『矜持』とか『人間性』なのだろうか?

 

 それこそが最強へ至る手段なのか?

 

 剣士の最高地点――剣聖。

 

 だったら見せて欲しい。

 お前たちは地獄の中をどう泳ぐ?

 だったら聞かせて欲しい。

 お前たちは地獄の中でどう喘ぐ?

 

「貴方は、魔王か……!」

 

 悔やむような、呪うような、後悔するような……そんな表情で、アイツキ・ナギサは俺を睨んでいた。

 

 

「おやすみ、俺は勇者を待ってる」

 

 

 そして俺は意識を喪失した。

 

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