「ティルアート、霊園解放」
『解放を承認――
祈るようにそう呟いたネオンの声に、聖剣から返答が発される。
それは紛れもなく、いつか聞いたティルアートの声だった。
ネオンはその視線を真っ直ぐと俺に向ける。
その表情には確かな覚悟と慈愛が宿っていた。
相手が望んでいるかなんて関係なく、ただ自分がそいつを幸せにしたいと願っているからそうする。
そんな無茶苦茶で、恩着せがましくて、狂えるような優しさが、白い魔力となって全身から放出される。
今までの身体強化とは一線を画す膨大な魔力。
これが人間一人から発されているなんてとてもじゃないが信じられない。
この魔力量は変化後のヨスナすらも優に超えている。
「怪物だぜ。俺が今まで見てきたどんな奴より――」
魔力量だけじゃない。その思考回路を含めて全てが
「この聖剣には今までこの剣が斬り裂いてきた全ての生物の魔力が宿っている。霊園解放は一時的にその全魔力を解放することだよ」
膨大すぎる魔力の奔流に今にも飲み込まれそうなクセに、ネオンは笑顔を絶やさない。
不敵に笑っている。
「行くよ」
だったら俺も笑ってやるよ。
お前を感じさせてくれ。その分俺も感じさせてやるから。
「聖剣召喚――解除」
俺の手元から剣が消える。
腰を落とし、左手で腰へ携えた鞘を掴む。
その鞘の中には剣はない。元々この鞘に入っていた錆びた剣は前の戦いでとっくに捨てた。
剣の入っていない鞘へ手を添えて、あるはずのない
「
魔力効率向上。属性強化。一点集中。
三種の詠唱を乗せて、俺はその剣を
三つの詠唱に応え、聖剣は鞘の中へ現れた。
俺とネオンの声は重なる。
「聖剣完了――【
「聖剣抜刀――【
縦に振り下ろされたネオンの一刀、横に振り抜いた俺の一刀。
二つの白い魔力が十字を描いて激突した――
この白い魔力がなんなのか、俺は前世で答えを見つけている。
禁書庫で見つけた『王家の約定』という書物、そこに書かれた内容にはレイサム王国の初代国王が使えたとされる力についての記載があった。
それは正しくこの『聖光』のことだった。
そして、その子孫たちは『固有属性』に目覚めやすくなるという稀有な性質を持つようになった。
おそらくは一種の先祖返りのようなものなのだろう。
なら初代国王が使った力が固有属性ではないとするには違和感がある。それもまた固有属性だったと考えた方が自然だ。
聖光は努力で得られる力じゃない。少なくとも俺以外に聖光を使える奴は全員、女神からその力を貰っている。
俺は前世で聖剣を召喚する魔術を得た。
確かに俺は聖剣を召喚できないかと色々と練習してはいたが、しかしその覚醒は本当に俺だけの力だったのか?
ダジルやケネンやシャルロットやシルヴィアがそうだったように、俺の聖剣はおそらく王家の血が目覚めさせた『固有属性』だ。
ビステリアいわく、術式は魂に刻まれる。
それが今の俺が聖剣を使える理由だ。
これが属性魔術である以上、俺の詠唱は正しく効果を及ぼす。
龍魔断概ほどではないが、それでも聖剣単体で出せた魔力量として過去最大。
さらに『
――それでも。
「私の勝ちだね」
余裕綽々。その四文字を体現したかのような顔をしてネオンはそう言った。
あの聖剣には今までの聖剣所有者が屠ってきた全ての魔獣や悪人の魔力が籠っている。
数百……数千……数万……もっとだろうか?
その全魔力を一刀へ乗せ、それが威力となっているのだ。
それは龍太刀のような飛翔をも可能とし、目の前に広がる全てを聖光で包む。
同質の力だから聖剣による魔術の無効化もできない。
対して俺の聖剣の白炎は、所詮剣に纏ってその力を強化する程度。
ネオンのように魔力を飛ばすには至らない。
押し負けるのは必定。
ギリギリのところで踏ん張ってはいるが、それでもいずれは押し負ける……
単純な出力の差。
実際問題そういうのが一番厄介だ。
だけど、こんなとこで諦めるわけにはいかねぇ。
「諦めてよネル、お願いだから」
諦める?
諦めて、全部忘れて、ネオンと一緒に……
きっとこいつなら俺のことを幸せにしてくれるんだろうな。
紛れもない良い奴だし。
誰が死んでもどうでもいいとか、そんな悪人みたいなこと言わずに、ネオンと一緒に世直しの旅でもしてみる?
「悪くない人生だな……」
「でしょ? 君が嫌なこと全部忘れられるように、私が傍に居てあげるよ」
「まぁ、俺が、俺じゃなければな――」
「ッ!?」
「術式、合成――」
聖なる魔力は他人の魔力と反発し、消失させる。
しかし、自分の魔力なら話は別だ。
俺の術式なら、俺が発生させた聖属性の魔力にも干渉できる。
俺の聖光が炎の形状を取っているのはそこに俺の炎属性が多少混ざっているからだ。
聖剣の上から左手の掌を重ねる。
演算量がバカみたいだ。
脳ミソが爆発しそうだ。
それでもやってやるさ。
俺の心はまだ燃えている。
「白炎龍砲」
世界が白で覆われた。
龍の息吹を模したその術式に聖属性の魔力を注入する。
聖剣抜刀と蒼炎龍砲の融合。
俺の放った魔力は一気に巨大化した。
「それでも、魔力量の差は歴然だよ!」
目が意味を成さなくなったそんな世界で、ネオンの声だけが透き通っている。
本当に心配そう、本当に悲痛な声で、ネオンは叫ぶ。
心の底から俺を案じて……
感謝してるぜ。
だからキッチリぶっ飛ばす。
心配すんなって伝えるために――
「知らねぇのか? 炎ってのは燃え広がるモンだぜ?」
他者の魔力を焼き焦がす白い
それはネオンの無効化とは違う。
接続された魔力を伝い、覆い、焦がし尽くす。
俺の炎は【侵食】する。
「どうして……なんで分かってくれないの?」
「悪ぃな。俺って奴は自分で決めた道しか本気で歩けねぇ生き物なんだ」
お前がいくら他者を慮ろうと、お前がいくら他者の利益を願おうと……俺が納得できなきゃ意味ねぇんだ。
「絶対後悔するよ」
「それでもいい」
俺の炎はネオンの魔力を完全に飲み込んだ。
そして周囲に魔力がないことを悟ったのか、満腹になったと言わんばかりに白い炎は消えて行く。
この光は魔力と魔獣を消滅させる。
されどその魔力単体に人を傷つける効果はない。
ネオンは無傷のまま地面に膝を付いた。
ネオンの身体にほとんど魔力を感じない。
生命活動に必要なほんの僅かな量が残るのみ。
そこらへんの生娘より少ないくらいだ。
「はぁ……ギブアップ。まさか『霊園解放』を正面から止められるなんて思ってなかったよ……」
「あらゆる魔術を無効化する力。けど相手も同じ力を使えたら無効化できない。そうなったら単純な力比べが勝敗を分ける。そのための『霊園』、外付けの魔術供給機構か。確かに効率的かつ単純な【最強】への発想だった」
俺の漠然とした最強の道とは違う。
なにより最強へ至る
まぁ一歩俺には及ばなかったが、それもネオンが術式合成を使えるようになればどうなるか分からない。
けどやっぱり、最強になるには『聖属性の魔力』は必須だったな。
「そっ。それがティルアートが考案した最強の勇者を創る方法。だけど君に破られた」
仰向けに倒れたネオンは空を仰いだ。
「正真正銘、全部の魔力を使うこの技は一度使えば丸一日は魔力を精製できなくなるんだ。もう私は戦えない」
「そうか」
俺は倒れたネオンに近付く。
仰向けに大の字で倒れたネオンの衣服は戦闘の余波でかなり着崩れていた。
それでも聖剣だけは大事そうに握っている。
「よっと」
「え、ネル?」
俺はネオンの上に覆い被さった。
「何してるの?」
「いや、だってお前が勝った時の条件はあったのに俺が勝った時なにもないってのは不公平だろ?」
「え? いや、まぁ、そうかも? でもこんなところで何を……」
「悪いな汗臭いのに近づいて」
「それはいいけど、っていうか何するつもりなの?」
ネオンの手首を掴むと、握りしめられた手が少し緩んだ。
そのままネオンの手を聖剣から剥がしていく。
するとネオンは俺の手を恋人繋ぎでギュッと握った。
「聖剣貸りたいんだけど、手ぇ放せよ?」
「え、聖剣……?」
「そ、聖剣。ティルアートに用があるんだ。後で返すから、あと石も」
「なんだそういう……」
「まぁ、お前がこのまま襲って欲しいってんならやぶさかじゃ……」
「バカ!」
そう言って突き出されたネオンの蹴りは、俺の鳩尾を完璧に貫いた。
「痛ってぇ、さっきのより全然効いたぞ今の」
身体強化解除してたからマジで痛ぇ……
「もう、好きにしなよ!」
そう言って立ち上がったネオンはすぐにそっぽを向いて離れていってしまった。
けど聖剣と石は素直に渡してくれた。
もしかして二人で話せるように席を外してくれたのだろうか?
意外と気の使える女だよな、あいつ……
「ティルアート、聞こえてんだろ? 返事しろ」
この聖剣にはビステリアのインカムのような通信機能が備わっている。
そうじゃなければさっきのネオンとの会話は説明が付かない。
『お久しぶりですね、第八特異点ネル。まさか私の技術を模倣されるとは思ってもいませんでした。それに聖剣の本領すらも打倒するとは……』
「世辞はいい。そんなことよりお前に聞きたいことがある」
『なんでしょうか?』
「お前、マリアノ王朝って知ってるか?」
『……何故貴方がそのようなことを知っているのですか?』
「その文明はリアスコードと呼ばれる情報を解明したことによって、何かに目を付けられた。研究中お前は何度も警告文を送ったがリアスという研究者はその警告を聞くことはなく、ついに研究は完成しマリアノ王朝は滅ぼされた」
『……なるほど。だから、文明を滅ぼすような私は信用できないということですか?』
「いや? この話にはもう一つの可能性がある」
『……』
ティルアートは黙って俺の話を待っている。
そこには言い訳をするつもりはないという意志を感じた。
「その研究が完成すればマリアノ王朝が滅ぼされると分かっていたから、お前はそれを防ぐために警告文を送った……という可能性だ」
ビステリアと話して、俺は女神は一枚岩ではないのだと推測した。
ビステリアの説明には『禁止事項』が多すぎて全貌は分からない。
だが、そもそも一つの文明を丸ごと滅ぼせる力がある奴が警告を出す意味が分からない。
『過大評価です。今の私には滅亡を防ぐような力はありません』
「防ごうとしたことは否定しないんだな」
『……私は【人の女神】です。私の願いは【人の存続】だけです』
こいつらは嘘吐きだ。
効率のため、目的のため、平気で嘘を吐き、平気で他人を利用する。
それが『機械』という存在だ。
目的を達成するためにこいつらは手段を選ばない。
だが、だからこそ、こいつらは意味のない嘘は吐かない。
「ビステリアと同じようにお前にも禁止事項が沢山あんだろうけど、一応聞かせてくれ」
『禁止事項……
「あぁ、重要なことは全部禁止事項とか言って全然教えてくれなかったな」
『……なるほど、それで貴方は何を聞きたいのですか?』
「決まってるだろ? お前らの敵がどんくらい強いのか、だ」
数瞬、沈黙の間が流れる。
圧倒的な演算領域を持つ機械知性が、情報の判断か、もしくは返答の計算に長い
『貴方はアレに勝利しようと考えているのですか? いえ、きっと
「まるでお前は勝とうとしてないみたいだ。争ってるんじゃないのかよ?」
『敵ではあるでしょう。私たちと彼女の意見は一致しないのだから。しかし争っているという表現は正しくない』
「敵ではあるが争ってない? 意味が分からん、もっと簡潔に話せよ」
『すでに我らは負けているのです。故に我々には逃げ隠れることしかできない』
「負けてんのはテメェの根性じゃねぇのか?」
『……』
まぁいい。要するに聖剣を造ったお前がビビるくらい強いってことだ。
かなり期待できそうだ。
「これ以上は禁止事項か?」
『……えぇ、そうですね。それに我々が敗北したのはもうずっと過去のことです。今の彼女がどのように進化しているのか、私にも分かりません』
彼女……ね。やっぱりこいつらの敵は女神なのか?
ティルアートもビステリアも、俺の実力は知っている。
なのにこんなにもその『敵』とやらに恐怖してる。
何千年か、もしくはそれ以上の時を過ごすであろう女神が語る世界最強。
いつか、やりあってみたいものだ。
『それと私からも一つよろしいでしょうか?』
「なんだよ?」
『私の
「魔力全損のあいつをまだボコれって? 案外鬼畜だなぁ女神様」
『そうではありません。私は貴方に聖剣を貸し与え、貴方の剣技を学習した。それには剣を使って放たれる術式も含まれます。ネオンは【龍太刀】も【龍魔断概】も習得している。しかしネオンはそれを貴方に使わなかった』
俺は白龍と戦った時にティルアートから聖剣を貸し出された。
ティルアートの聖剣は所有者の剣技を継承する機能を持っている。
こいつの言っていることに矛盾はない。
『ネオンが最後に使った技が全魔力を一刀へ込める【
少し離れた場所に居るネオンは、樹に背中を合わせて伸びをしていた。
俺が視線を向けていることに気が付くと、人懐っこい笑みを浮かべながら小首を傾げる。
『ですがネオンは貴方の技を使わなかった、それは卑怯だと彼女が考えたからです。確かに貴方はネオンに勝った。ですが、ネオンの正義は負けてはいない』
「……」
『ネオンはこの数十年、ずっと見てきました。世界中を旅して、行く道はより地獄が近いものを選んだ。私が期待するのは貴方ではなく、ネオンです。彼女ならきっと私の力を取り戻してくれる』
「女神にまでモテるんだなあいつ……お前の言ってることは分かったよ」
話は終わりだ。確認はできた。
俺は聖剣を返すためにネオンへ近付く。
それを見てネオンも俺の方へ寄ってきた。
「貸してくれてサンキューな」
「いいよ別に。何話してたの?」
「内緒。それと【
エルドを含めこの森に存在していた俺の配下の魔獣は全て送還した。
俺がそう言うと、ネオンはくったくのない笑みを浮かべて抱き着いてくる。
「信じてたよ、ネル……!」
「離れろっての、距離感バグってんのかテメェ」
「えー? さっき私のこと押し倒してたのどこの誰だったっけなー?」
「うっせ、暑苦しいんだよ……」
「じゃあ身体強化でも使って引き剥がせばいいじゃん。魔力が使えない私を気遣ってそうしないところ、好きだよネル」
なんだこいつ、急に馴れ馴れしくなりやがって……
「それとね、私は一応君に負けた時のことも考えていたんだ。だからさっき呼んじゃった」
そう言ってネオンは髪を耳に掛け、自分の耳に付いたインカムを指さした。
「は?」
「ダメだよネル、あんなになるまで女の子を揶揄ったら」
その瞬間、視界の端が激しく発光した。
黄金の光が放たれ、森の奥から魔術で造られた巨大な剣が――
「
三本投擲された。
――聖剣召喚。
「ん、の、やろう!」
三つの剣を聖剣の三連撃によって打ち払う。
「ヤミか……」
「殺す殺す……コロス……」
「私もよく勘違いさせちゃうみたいで結構あーゆー人に絡まれるんだけどさ、話は聞いてくれないし強硬手段に走ったりするし、誰彼構わず傷つけるから対処ってかなり難しいんだよね」
そう言いながら俺の首に腕を回すネオンは、まるでヤミにそれを見せつけているようだ。
何やってんだこいつ……
「つうかいい加減離れろよ」
「嫌だよ。今離れたら私殺されるじゃん。魔力使えないんだよ?」
俺の後ろに回り込み、盾にでもするように背中を押すネオンに若干の苛立ちを覚えるが、魔力を使えない状態のこいつをここで放置すればヤミに殺される気もする。
ネオンにも、ヨハンにも、借りがある。
「守ってくれるよね、ネル?」
「はぁ……じゃああんま離れんなよ」
「やった、お姫様待遇じゃん」
「死ねゴミ共」