――お前帰っていいよ。
そのたった一言が私の人生を滅茶苦茶にした。
ネル、貴方が嫌いだ。
貴方が銀庫に旅立ってから二十年以上、私は貴方に勝つ方法を考え続けた。
転生という手段がある限り、その命は無限だ。
命が無限の相手に勝利する方法など存在するのだろうか?
断言しよう。在る。
――私はその答えを得た。
◆
「お前、リンカのほうに付いて行ってると思ってたよ」
「貴方が寝ている間にそちらの戦いは終わりましたよ」
「終わった? 誰が勝ったんだよ?」
「どうしてそんなことを私が教えなければいけないんですか?」
「確かにな。じゃあ別の質問にしよう。なんで剣士でもねぇクセにこんなところに来てんだよ?」
「答えてあげます。貴方を、殺すため」
ヤミがそう言った瞬間、全身から一気に魔力が解放される。
なんの術式も込められていない純粋な魔力であるにも関わらず、その中には圧倒的な殺意が込められていた。
「貴方の人生を……来世も、その先も、全部滅茶苦茶にしてあげます。私がそうされたみたいに」
憎しみの籠った表情でヤミは俺を睨む。
【絶対に殺す】という強い意志が、俺の胸をトキめかせる。
「お前にできるのか? 完全詠唱ができるだけの凡人の分際でさぁ?」
「
連射される五本の黄金の剣。
詠唱はしていないが、それなりの威力は出てる。
そもそもあの魔術は『
それが五個……
おかしい、以前のヤミの術式制御能力は十個の魔術を同時に使える程度だったはずだ。
だが『
「お前の
黄金の巨剣を聖剣で打ち落としながらそう問いかけると、ヤミは三日月のような笑みを浮かべた。
「さぁ、数え切れたことないので」
「最初はただ沢山の魔術が使えるだけだったけど、私やリンカちゃんと何度も戦って『戦い方』を覚えた。それにビステリアちゃんにも色々とアイデアを貰ってたみたいだし……ヤミちゃんは強いよ」
「見りゃ分かる」
黄金の剣の全てが砕かれたのを見るや、ヤミは更に術式を展開していく。
「
ヤミの後方に、俺を向いた魔法陣がいくつも展開されていく。
大量の魔法陣は一斉に回転を始め、その中から光が放たれる。
ヤミが以前使っていた『光弾連聚』という術式にも似ているが、数が圧倒的に多い。
それに……色もなんか……
「放て」
小さく呟かれた言葉と同時に、百に上る魔法陣から一斉に術式が放出される。
「貴方の
弾幕パリィゲーかよ。
面白れぇじゃねぇか、やってやる!
「二刀流・聖剣召喚! 燃身!」
見なくても【
後ろにはネオンが居て、回避するわけにはいかない。
天空より俺に向かって飛来する弾丸の嵐を、全て――
両手に持った二本の聖剣を、燃身によって加速させ、
「くふ、溺れてる虫みたいだね、ネル」
「黙って守られてろ」
「はーい」
ドドドドドドドドドドドドドドッ――
「無駄ですよネル。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――
「この術式は私が解除しない限り止まらない。その聖剣の効果も発射された弾丸を無効化するだけで魔法陣の機能は奪えない」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――
「炎属性の身体強化、聖剣二本の同時召喚、百以上の魔弾を魔力感知によって把握し……その上で剣を振り続けるその状態が、いったいいつまで持つのでしょうか?」
「お前のほうこそ、百個の魔術を展開し続けるとか……すぐ魔力が尽きるぜ?」
「ご心配なく。私もそこの女と同じように、別口の魔力タンクを持ってますから」
「そこの女って……気さくにネオンちゃんって呼んでよー?」
「嫌です」
「ちぇ、なんかみんな辛辣」
ヤミの言ってることは間違ってない。
今の俺の状態は『過集中』。いつオーバーヒートしてもおかしくない。
それにネオンとの戦いで結構な魔力を使った。
残りは半分ってとこか?
今の状態を長く持続させるのは無理だな。
「別口の魔力タンクって、あの悪魔か?」
「八分の一の正解です」
あの悪魔を八匹も使役してるのかよ……
「お前の演算領域が拡張されてるのも悪魔に代行演算させてるからだな」
「正解です」
女神に術式の演算を代行させるネオンのやり方とほぼ同じだ。
「すげぇいいよお前。見違えた。デートしてやろうか?」
「前々から言おうと思っていたんですけど」
「?」
「そのナルシシズム、スベッてますよ」
ツルッ――
「は?」
足が何かに取られた。視界が回る。
なんだ……?
回転する視界の中、ちらりと俺が足を置く地面が見えた。
足を置いた場所が
そうかあの魔弾、変な色だと思ったら光属性じゃないんだ。
ヤミは八種の基本属性全てを高レベルで扱える。
この『魔弾連聚』という魔術はその特性を生かした『全属性魔術』。
俺に当たらないように俺の足下に撃った氷属性の魔弾。
俺はそれを切断対象から省いた。
それが地面に着弾すると同時に氷結し、俺の足をスベらせた。
巧妙なことに魔弾連聚の魔法陣は全てのヤミの頭上に配置され、俺の視線を上へとそらし、足下の細工から目を逸らしている。
それに
これがヤミの『戦い方』。
全属性適性。
百以上の並列術式。
最大魔力の拡張。
それに前に会った時から見た目がほぼ変わってない。
老化を抑制する術式も手に入れているみたいだ。
「天才かよ……」
「それは努力を諦めた人間の言い訳です」
俺がコケても、魔弾の嵐は止まらない。
このままじゃネオンに当たる。
「同感だ。神剣召喚――【龍魔断概】」
白い炎を宿した一刀は、その斬撃を拡張させ、魔法陣そのものにまで刃を拡張させる。
極大の一刀は、ヤミが浮かべた魔法陣の八割以上を斬り飛ばした。
「ようやく本気、ということですか?」
「そうだな。これが今の俺の全開だ」
認めてやるよ。
俺はヤミの魔術に……それもたった一つの魔術によって全力を引き出された。
「少なくとも『魔術』という領域において――お前は俺より上だな」
「へ?」
俺の言葉に驚いたような顔を浮かべたヤミ。
それと同時に魔弾の嵐が止んだ。
「何を言っているんですか……? 貴方が私を認めた?」
「勘違いするな、魔術って領域に限った話だ。だからこっから先は俺の全部で相手してやる」
ふぅ――――
白炎龍砲で聖属性術式の感覚は手に入れた。
聖属性術式を真面に使えるのなら、魔術師相手に完勝する極めて単純な方法がある。
「白炎燃身」
それは白い炎を身体に纏うことによる――【あらゆる術式の無効化】。
「私の『聖光発化』と同じ……はは、一回見ただけで真似されちゃったよ……」
「メンドクサ……」
「ビビってるってハッキリ言えよ」
凍った地面を踏み潰すと、氷結の術式は解除される。
「悪魔の受聲杖」
ヤミの周囲の地面から人間の顔がいくつも付いた気色の悪いデザインの杖が現れる。
「なんそれ、逆ハーレムってやつ?」
「貴方なんかよりよっぽど使える下僕ですよ」
『【
杖からいくつも声が上がる。
低位の悪魔を召喚する術式か。
俺が使役する雑魚魔獣よりちょっと強そうだ。
「
ヤミの詠唱が始まった。
あいつが使う【虹魔天剣】は極大の剣を召喚して敵に放つ魔術。
その強みは圧倒的な効果範囲と破壊力。
だが術式の処理能力が爆増しているヤミが放つその術式が、どれほどの規模を持つのか想像もできない。
それに龍魔断概を見て、無策に詠唱を始めるとは思えねぇ。
絶対に何かある。
けど都合はいい。
俺は龍魔断概を解除する。
このまま出し続けてても魔力切れで負けるのがオチだ。
「二刀流【聖魔剣】――付与【
召喚した二本の剣の内、龍太刀へ
こいつらで魔力を回復させてもらおう。
白炎燃身を回しながらだから術式制御がギリだな。
けど行ける!
「ブッ飛べ!!」
龍太刀を振るえば、数十の悪魔が吹き飛ぶ。
ただし
魔力を吸収するには刀身で敵を直接攻撃する必要がある。
「ネオン、ちょっと待っとけ」
「しかたないな~早くしてよね」
「生意気だな!」
蒼爆を足裏から放ち一気に加速、悪魔と杖の群れの中へ突撃。
片っ端から魔剣で悪魔を屠り、杖を砕いて行く。
この下級悪魔は低レベルの魔術を数種類使える程度。
知能が低いのか連携してくる気配はない。
杖も悪魔を召喚する術式を自動詠唱してるだけでただの木偶の棒だ。
魔力回復に丁度いい。
「
俺の魔力が回復していってるのは魔力感知に長けるヤミにも分かってることだろう。
ってことはやっぱり
それで勝つ自信があるから多少の魔力回復は関係ないと……
ナメやがって……!
「ただそこに
詠唱が完了した。
魔法陣が展開されていく。
遥か上空……この森全体の空を埋め尽くすほど【大量】に――
その魔法陣から現れた黄金の剣の切っ先が俺を向く。
必要な魔力量は龍数十頭分だろうか?
必要な術式処理能力は人間の脳数百個分だろうか?
完全詠唱。
七倍の術式合成。
それを『悪魔の受聲杖』を使いながら唱え上げた。
人の思考能力とは、ここまでの性能を付加できる代物なのか……
「はは……」
俺だって魔術師の端くれだ。
こんな光景を見せられれば感動だってする。
「素晴らしい……」
漏れ出たその言葉は、純粋な称賛だった。
俺の中の『魔術師』は完全に敗北を認めていた。
しかし『俺』はまだ負けを認めない。
いや、俺という人間はきっとどんな状況でも負けを認めることはないのだろう。
ずっと昔、そういう風に誓ったのだ。
輪廻の輪をはみ出した俺の魂に――!
「加減はしませんよ。王子」
「もう王子じゃねぇよ。加減したらぶっ殺す!」
「やはり貴方は笑みを浮かべるのですね……ならば届かぬ夢想を追って散りなさい。貴方を倒して私は死ぬ、そうすれば貴方はもう私に勝てない。だから未来永劫、その脊髄に私の記憶を刻み続けろ」
儚くて、美しくて、可憐に笑う。
あぁ、どうしてだろう。
どうしてこうも、愛おしく感じるのだろうか。
大好きだぜ、ヤミ。
「させるかよ。殺させるかよ。テメェは俺より下だ。だからこの先の人生全部使って俺を追いかけてろ。お前の人生もっとメチャクチャにしてやるから!」
「――ッ!」
形相が俺を睨む。
「貫け、
空へ描かれた百の皇剣はヤミの杖によって指揮され、オーケストラのような一糸乱れぬ統制を持って降り注ぐ。
地形すら変えてしまいそうな一撃。
きっと屋敷にも被害がでる。それだけ大規模な魔術だ。
こいつはきっと剣聖の称号なんかどうでもいいんだろう。
ただ俺を憎んでこんなところまで来てくれた。
俺にこの光景を見せてくれたこと、感謝してもしきれねぇ。
だから、死なれちゃ困る。
「神剣召喚――【龍魔断概】!」