剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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75「リベンジマッチ」

 

 シルヴィア様と会うのは二十年振りだ。

 ただほとんど会話をした憶えはないから、仲がいいってことはないし、向こうが覚えているかも怪しい。

 

「やっぱり、一目見た時から思ってたけど……ネルのお友達のリンカさんだったのね」

「お久しぶりです。覚えてくれていたんですね」

「私の力は知っているでしょ? 貴女の願望にはネルが密接に関わっているから一目瞭然だったわ」

 

 彼女の力は願いを見る『願望』の固有属性。

 

「なるほど。ではネル様が生きていることも分かっていますね?」

「えぇ、彼を見た時は驚いたわ。けれどあの状況で本人に聞くのもどうかと思ったから」

「誰かに言いましたか?」

「ダジルお兄様とシャルロットお姉様には言ったわ。でもミラエルは言う前に御前試合に行ってしまったから伝えられてない」

「なるほど」

 

 ネル様のような精神構造の人間が二人といるわけもないし、一目瞭然か。

 いや、始まりの剣聖、アマツさんは少しネル様と似ている感じがするけれど、それでも転生者と長命種じゃ微妙に願望は違うのだろう。

 

「ネルが生きていることは驚いたけど、見た目も全然違うし、どういうことなの?」

 

 さて、転生のことを言ってもいいものか。

 ネル様が転生者だということはできるだけ秘密にするべきだ。

 しかし、彼女の力がなければ私の目的は達成困難というのも事実。

 

 ネル様、ごめんなさい。

 

「ネル様は転生者です。前人未踏の転生術式を開発し、複数の肉体を渡り歩いているのです」

「……なるほど、それで。合点がいったわ」

 

 顎に手を当て、何かを思い出すようにしながらシルヴィア様は微笑みを浮かべる。

 

「簡単に信じていただけるのですね」

「そうとしか思えない言動がいくつもあったから。でも貴女の見た目はどうして変わっていないの?」

「私は不老の肉体を持っていますので」

「不老……ってそんなに簡単なことなのね。私もやってもらおうかしら」

「それは少し難しいですね」

「冗談よ」

 

 そう言ってシルヴィア様はクスリと笑った。

 

「では、話を戻してもよろしいでしょうか?」

「そうね。たしかに貴女の言う通り、この屋敷には人とは思えない目的を持った存在が居るわ。それの目標の一つは人類の……いえ【他種族の根絶】だった」

 

 女神の役割。

 今は機能のほとんどを失っているが、それは【種の存続】と【健全な進化】だ。

 ビステリアさんは【獣の女神】。ティルアートさんは【人の女神】。彼女たちは自分が担当する種族の繁栄を目的に設計されている。

 他にも、【龍】、【魔】、【霊】、【虫】……そして【空】の女神が存在する。

 

 では仮に、その種の存在と健全な進化に他の種族が邪魔だとしたら……理屈だけを追い求める女神は何をするのだろうか?

 

 答えは一つ。他の女神を殺すのだ。

 邪魔な種族を根絶するために。

 この惑星の環境を己が種にとって都合のよいものに変えるために。

 

 己が眷属を守る。ただその目的を突き詰めて……【空の女神】は謀反を起こした。

 

「誰ですか、それは……」

 

 だが、空の女神は他の女神を殺し切るには至らなかった。

 今も女神たちは生存し、最低限ではあるがその機能を発揮し続けている。

 

 故に、白龍アザブランシュを含め、配下の魔獣に女神の居場所を調査させ、女神の真実に気が付く文明を滅ぼし、今も着々と空の女神は他種族の根絶を目論んでいる。

 

「それは……冒険者ギルドからアマツ様が連れて来たという……あの人……」

 

 扉が開く。

 

「なんだ、バレてたんですか」

 

 懐へ眼鏡を仕舞い込みながら、肩くらいまである水色の髪を靡かせて、彼女は当たり前みたいに部屋へ入ってきた

 

「ヒオリさん……」

 

 ビクリとシルヴィア様の肩が震えた。言い分からしても間違いない。

 

「一度こうやって黒幕みたいな登場してみたかったんですよね」

「それならもっとギャラリーを用意しておけばよかったですね」

 

 全身へ魔力を流しながら、私はそう答えた。

 

「やめましょうよ? この屋敷壊したら剣聖になれませんよ?」

「なりたいなんて思ったことないので」

「それ剣聖の皆さまが聞いたら怒りますよ」

 

 魔力を全く感じない。

 それに、部屋の外で盗み聞きしていたのであろう彼女に私は全く気が付かなかった。

 

「それでも、この屋敷がなくなると宿泊中の皆さまとか、建設した本人とか、怒るんじゃないですか? あ、敬語やめてもいいですか?」

「どうぞ」

 

 この屋敷を建てたのはネル様だ。

 あの人は……確かにちょっと怒りそうだな……

 

「では、戦うわけでもないのに何故出て来たんですか?」

「いやぁ、どうせ私のところに来る予定だったんだろうし。御前試合もそろそろ大詰めといった様子なので、まぁもう出ても構わないかなと」

「出る?」

「はい。外に行きましょう」

 

 ネル様の屋敷を壊すのは不本意だ。

 私は彼女の言葉に従うことにした。

 

「分かりました。シルヴィア様、ありがとうございました」

「いえ、でも大丈夫なの?」

「ご心配なく、これは私の役割ですから」

 

 

 私とヒオリさんは、屋敷の外へ出た。

 

 

「少し歩きながら話ましょうか」

 

 そう言って歩き出したヒオリさんに私も付いて行く。

 

 外で転がっていたはずのヨスナさんが居なくなってた。

 屋敷には戻ってないみたいだけど、どこへ行ったんだろう?

 まぁ、リアファエスさんとぶつからないならまだ問題はない。

 

「貴女は勇者でしょ? どこまで知ってるの?」

「勇者という存在が、貴女たち『空の女神の眷属』の気を引くための時間稼ぎ要因だということは知っていますよ」

 

 女神が力を授けた存在。

 ティルアートさんの言葉を借りて、私たちはそれを『勇者』と呼んでいる。

 勇者の役目は、裏切りの女神を打倒すること……なんかじゃない。

 そもそも完全体の女神相手に、ボロボロの女神が授けた力で対抗できるわけはないのだ。

 

 勇者の役割は女神が逃げおおせるための時間を稼ぐこと。

 つまり、生贄だ。

 

「貴女は随分女神に信頼されているのね……この数千年、私たちは多くの勇者を殺してきた。逃走中の女神の手掛かりだからね。でも、その勇者の多くは女神の居場所を知らなかったし、知っていたとしても勇者を殺してその場所に向かったころには、すでに女神は別の場所に逃げた後だった」

 

 これが現状。世界の均衡。

 女神が落ちれば人類は滅ぶ。

 ならば、勇者が時間稼ぎをして殺されるためだけの存在だとしても、それでも人類を守っていることに変わりはない。

 

 故に、勇気ある者。

 

 勝利することを期待されない、潰れ役。

 

「だけど勇者っていうのは凄いよね。真実を知っても『それでもいい』って皆言うんだ。世界が、人が、守れるなら自分は死んでも構わないって、皆言うんだ。貴女も同じ?」

「いえ、少し違います。私は貴女に負けるつもりはありませんから」

「いいね。やっぱり生き物ってのはそうでなくちゃ」

 

 女神たちは逃げれば解決すると思ってる。

 いや、それが間違っているわけじゃない。

 事実として、空の女神は他種族を滅ぼせていない。

 未だ、龍も、魔も、霊も、虫も、獣も、人も、生きている。

 

 空の女神の目的は空の種族の存続。

 そのための手段が他種族の根絶。

 

 簡単な話だ。空の種族はこの惑星の環境に適応しきれていない。

 ならば、現状をキープしていれば空の種族はいずれ自然淘汰される。

 今もどんどん数を減らしているはずだ。

 

 故に、女神は逃げる。他の何をどれだけ犠牲にしても……

 すべての女神が多数決で管理する『ある権限』を守り切るために

 

「惑星への命令権限。それは女神の多数決によって決定する。そこまで知ってるんだね?」

「はい」

 

 だから、空の女神は他の女神を殲滅するしかない。

 

「それでも君は私に挑むんだ」

「勝てると思うので」

「今までの勇者がすべて破れたのに?」

「はい」

 

 歴代勇者が何百人いたのか知らないが、それは私が敗北する根拠にならない。

 

「そっか、それじゃあ戦おう」

 

 

 彼女がそう言った瞬間、ぞくりと悪寒が走った。

 

 彼女の放出した魔力が森林全体を包んだ。

 生物としての格が違うと本能が認めている。

 きっとそれは、この森に居る全ての生物も同じだ……

 

「あ、でも私の観察対象が先でもいいかな」

「観察対象?」

「そう。彼は君と同じ、今までの勇者とは違う精神を持ってたんだ」

 

 ヒオリさんの歩みが止まる。

 そこには血みどろで倒れた、二人のエルフが居た。

 

 片方はリアファエスさん。

 もう片方は、始まりの剣聖『アマツ』。

 

 両方とも重症だ。

 

 リアファエスさんは左足が付け根から先と、左腕の肘から先が千切れてる。

 放置してたら死ぬ出血量で、気絶してる。

 

 アマツさんの方は腹に穴が空いている。

 肉も血も、何も存在していない。綺麗な穴だ。

 こちらも気絶しているし、いずれ死ぬような重症だ。

 

 剣聖として千年生きたアマツさんに引き分けたリアファエスさんを褒めるべきか。

 魔術の境地、世界の創造を会得したリアファエスさんと引き分けたアマツさんを褒めるべきか。

 

 どちらにせよ、この二人の戦いは引き分けで決着したらしい。

 

 しかし、ヒオリさんは迷うことなく一直線にここへ来た。

 なんらかの手段で森林の様子を確認していたということか……?

 

「アマツ様、【起きて】ください」

 

 それは術式名でもなければ詠唱でもなかった。

 にもかかわらず、たった一言そう言っただけで周囲の魔力が彼女の願いを叶えるために動き出す。

 

 アマツさんの周囲に黒い粒子が集まり、肉体の修復を始める。

 治癒術式? いや、私が使うような基本的な術式とはレベルが違う。

 

「ついでそっちも」

 

 ヒオリさんの言葉に呼応し、リアさんにも同じ治癒術式が発動していく。

 それは、肉体に限らず衣服まで修復していく。

 なんだこの術式……

 

「おはようございます、アマツ様」

「……ヒオリか、其方がここに居るということは儂と戦ってくれるということだな?」

「そうですね」

 

 目覚めたアマツさんは、ヒオリさんと短い会話を交わす。

 同時に、ヒオリさんの姿が変化を始めた。

 

 水色の髪は銀色へ、スーツ姿のその装いは黒いドレスへと変化していく。

 さらに人間だったはずのその姿は、変貌していく。

 悪魔にも似ている黒い鳥の翼、大地から黒い触手が何本か生えてくる。

 

 悪魔……いや、邪神とでもいうべき、神秘的で恐怖をかき立てる姿だった。

 

「二度目だな、その姿を見るのは……窮王種(きゅうおうしゅ)

「ナイアセラム、それが私の本当の名前です」

 

 私はナイアセラムと名乗った彼女が、どういう存在なのか知っている。

 

 女神のパーツは三種類存在する。

 肉・血の役割を果たす【赫蒼合銀(ミスリル)】。

 神経・骨の役割を果たす【陽樹虎石(ヒヒイロカネ)】。

 

 そして、女神にとってもっとも重要な特殊金属。

 

 それは心・頭蓋の役割を果たし、一柱の女神が一つしか持たない不壊の金属。

 

 ――【輝魂剛石(オリハルコン)】。

 

 空の女神は、他の女神を追い詰めた時に輝魂剛石(オリハルコン)を奪っている。

 それは女神にとって最も重要なパーツであり、同時に『魔獣の遺伝子の進化』効果に関しても他の二つの金属に比べて圧倒的な効果を持つ。

 

 空の女神が他の女神から奪った六つの輝魂剛石(オリハルコン)は、種の繁栄に再利用された。

 空の女神によって選ばれた輝魂剛石(オリハルコン)を授与されし六体の魔獣。

 

 それを女神たちは【窮王種】と呼称する。

 そして、それこそがこの世で最も強い力。

 

「千年、私は姿を変えながら貴方という存在を観察しました。窮王種(わたしたち)のことを知りながら、勝利を諦めず、最強を目指し続けた英傑」

「なぜ儂に時間を与えた? 一度目の邂逅で何故儂を見逃した?」

「アマツ様、貴方は確かに私に敗北した。しかし、その時の貴方は負けを認めていなかった。負けたくないと、瞳で強く語っていた」

 

 ヒオリさんは……いや、ナイアセラムは笑みを浮かべる。

 

 そっか。アマツさんは一度ナイアセラムに負けているんだ。

 そのリベンジマッチのために、あの老骨は千年を捧げた。

 それはネル様と同等の狂気……

 

「興味があるのです。貴方が目指す最強というものに……私は正直どの女神が勝つなんてどうでもいい。同種が滅んでも、私が死んでも、構わない。ただ私は、面白いものが見たいだけ」

 

 私だって女神の力で不老を手に入れたのだから、輝魂剛石(オリハルコン)を吸収したことで窮王種が不老になっていることに違和感はない。

 そんな悠久の時の中、ナイアセラムは本当に他種族の根絶なんて願いを抱き続けていたのだろうか?

 

 そんな疑問が頭をよぎった。

 

「だから待った。でも私の存在を理解しながら、私をこの戦いに招待したということは、もう準備は終わったということでしょ? 貴方が私に勝てることを、私は期待しますよ」

「其方に負けてから、儂は其方に勝つために全ての時間を費やした」

「知っています。見ていましたから。安心してください、私は千年前(あのとき)から全く強さに変化はありません」

「然様か」

 

 静かに、何かを思い出し、噛み締めるように……

 始まりの剣聖、世界最強の剣士は、天を仰いだ。

 

(おのれ)を視て、獣を宿し、虫を模し、霊を抉り、魔を千切り、龍を断つ――」

 

 それはリアスコードが有する始まりの遺伝子。

 女神が一つずつ管理する原初の種族。

 

 ……そうか、剣聖の奥義とは種族ごとの特性を完封するための特攻術式。

 

「合わせて六奧……そしてそれら全てを纏め、最後に造ったこの技こそが、(キサマら)を撃ち落とすための【窮奥】――」

 

 これが千年の研鑽……

 それがリアファエスさんの神業と引き分けた技。

 

空太刀(からだち)

 

 一言で表すのならば、それは『無限の剣戟』だった。

 術者が放った一刀を術式によって模倣、コピーを大量に敵の周囲、あらゆる角度から展開する。

 

 数百、数千、いやもっと……大量の一刀が刹那の時間に凝縮されて叩き込まれる。

 

 回避不能。防御不能。視認不能。反応不能。

 

 龍太刀の飛翔性能。雷切の連続性。術式の模倣。精神の集約。武器の真価。精神(じゅつしき)への干渉。

 

 すべてを同時に行うことでのみ発動できる、究極の一刀。

 しかも、その斬撃全てに聖属性の力が込められている。

 

「勝った」

 

 思わず私はそう呟いていた。

 

「そう……」

 

 酷く落胆したような声で――

 

「よく頑張りました」

 

 ナイアセラムは、いつの間にかアマツさんの胸に手の平で触れていた。

 

「さようなら、アマツ様……」

 

 パタリとアマツさんの身体が仰向けに倒れる。

 

 一撃で、当たり前みたいに……これが戦いと呼べるものなのかも分からない。

 

 近づかなくても理解できた。

 アマツさんの首は、胴から離れていたのだから。

 

 これが女神たちが敗北を認め、逃げることしかできないと悟った相手。

 

「用事は終わった。次はそっちの番ね、リンカ」

 

 窮王種『堕天した混沌ナイアセラム』。

 

「逃げたことは不問にしてあげるわ。だから状況を教えなさい」

「リアファエスさん……」

 

 私の肩に手を回しながら、リアファエスさんがそう聞いてくる。

 目が覚めたらしい。

 さっきのナイアセラムの術式で腕も足も再生しているようだ。

 

「お願いがあります。力を貸してください」

 

 相手はアマツさんを一瞬で殺した最強種。

 それでも私には勝機がある。

 それは、ネル様が造り出した怪物たちの……

 

 私たちの共闘――

 

「なんで私がお前と組まなきゃいけないのよ?」

「アレに一人で勝てると思いますか? 貴女と引き分けたアマツさんを一撃で倒した相手ですよ?」

「……ッチ。分かった。今だけよ」

 

 まさか、シルヴィア様の部屋に行った段階でここまで急展開になるとは思わなかった。

 本当はヨスナさんも欲しかったし、ネオンちゃんやヤミちゃんにも手伝ってもらう予定だった。

 

 それに、ネル様の復活もまだ……

 

 だけど、マイナスだけってわけじゃない。

 リアファエスさんの戦力は絶対に必要だ。

 今見つけられてなければ、ナイアセラムが気まぐれでリアファエスさんを治療しなければ、リアファエスさん抜きで戦うはめになっていた。

 

 最良ではないが、最悪ではない。

 

 そもそも計画が全部狙い通りに上手くいくなんて、そんな小説みたいな展開があるわけない。

 

 最悪ではないのなら、それでもいい。

 

「合わせて上げるわ、突っ込め犬」

「了解、長耳」

 

 女神のためじゃない。

 世界のためじゃない。

 

 ただ、私はあの人が最強へ至れるのならそれでいい――

 

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