剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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76「愛と恐怖と信仰」

 

「連戦のところ悪いが付き合って貰うぞ」

「いいですよ。相手をしてあげます。その代わり、私が勝ったら身体をください」

 

 ヤミがそう言い終えた、その瞬間だった――

 

 絶大な魔力が森林全体を包む。

 

 

 

 その場にいた全員に悪寒が走った。

 勇者も魔女も王子も龍も無関係に……全員が覚えた戦慄の方角へ視線が向く。

 

 呼吸が止んだような静寂。

 いや、全員が息をするのを忘れるほどに森林全体を包んだ魔力が莫大だったのだ。

 

 気圧された。

 

(何今の、ヤバ……)

(怪物っているところにはいるモンなんだな……)

(ヨスナ様の全力以上の出力……何者だ?)

 

 その事実に驚く者がほとんどだった。

 されど……

 

(ッチ、この私がただの魔力に……)

 

 最多の魔術師と呼ばれた女は、目すら合わせず気圧されたというその事実に苛立ちを覚えていた。

 

(ネル様でもなく、リンカちゃんでもない。そんな奴に私がビビった? ははっ、決めたわ。今の魔力量なら相当いい身体ってことでしょ。今のヤツにネル様をブチ込んでやる)

 

 暗い笑みを浮かべながら、ヤミ・グラレスが自身に飛行術式を展開した。

 

「悪いけど、ちょっと用事ができたわ」

「逃がすと思うのかな、ヤミちゃん?」

「追えるものなら追ってみなさい」

 

 ヤミの身体は空へ向かって加速する。

 彼女が最多の魔術師と呼ばれたのはもう二十年も昔の話だ。

 

 ――だが、今のヤミは過去のヤミの倍の魔術を習得している。

 

 数多の術式構造を理解した彼女が実行する魔術の数々は、基本的なもの一つとっても卓越していた。

 

「っ! 追いかけるよ!」

「了解した」

 

 ネオンの言葉にアルは勇ましく答える。

 

 しかし、ミラエルの瞳は……〝雷光〟を捉えていた。

 

「「疾風迅雷!!」」

 

 ネオンとアルには、その刹那に飛び込んできた光の筋を認識することすら間に合わなかった。

 

 二つの声が重なった。

 勇者(ネオン)人龍(アル)がそう認識した時には、すでに、二つの雷光は激突を終えていた。

 

「ミラエル、いつまで待たせるつもりですか?」

「ごめんねカエデちゃん。でも本命(キミ)の前には準備運動が必要だと思ったんだ」

 

 突撃してきたのは黄金の雷を纏ったエルフの女、マミヤ・カエデだった。

 仏頂面のカエデと剣を交えながらミラエルは笑みを浮かべる。

 

「ミラエルくん大丈夫!?」

「剣聖の一人か、助太刀しよう」

「要らないよ。この子は僕が相手をするから、二人はあの子を追いかけて」

 

 ネオンとアルは短く視線を交差させる。

 

「いいんだね?」

「うん」

「了解した」

 

 そうして、ミラエルとカエデを残してネオンとアルはヤミが飛んでいった方向へ走り出した。

 

 残った二人は雷撃を纏った剣戟を再度叩き付け、その衝撃を利用して距離を取った。

 

 

 ◆

 

 

「それじゃあ始めようか、カエデちゃん」

 

 僕がこの戦いに参加した理由。

 それは剣聖になるためなんかじゃない。

 それは結果というよりは『過程』というか、そういう中間地点にあるものだ。

 

 僕が叶えたいたった一つの願いはネルを助けに行くことだった。

 

 でもネルはまだ死んでいなかった。

 いや、転生って一回死んでるんだから『死んでいなかった』っていうのは少し違うか。

 

 でも銀庫にはネルはいなくて、今ヤミっていう彼女の懐にネルの魂があるのなら……僕の願いはそれを取り戻して、もう一度ネルと話すことだ。

 

「僕ももう四十代だし。いい加減師匠を超えないとね」

「四十代の私が相手なら貴方は指一本で勝てますよ。でも、まだ逝かせない」

「どうして?」

「貴方を愛しているから」

 

 その言葉には一縷の嘘すらないと、誰が見ても分かるほどの凛々しかった。

 

 だからこそ、その言葉には真摯に向き合わなければいけない。

 

「僕もだよ。だからここで死なないってことを証明して見せる」

 

 それ以上話す必要はなかった。

 いや、この森に来る以前より、話し合いなどとうの昔に終わってる。

 だからこそ、師匠(カエデちゃん)は自分を倒せという試練を僕に出した。

 

 木の葉が一枚、舞い落ちて、地面へ触れたその瞬間――

 

「「ッ……!!」」

 

 雷撃は重なった。

 

 剣戟を何度も叩き込んで行く。

 幾度でも、互いを満足させるように、僕たちは剣を交わした。

 〝疾風迅雷〟は『加速』を司る術式の頂点。

 

 故に、僕らの戦いは実にシンプルな差によって決着する。

 

 僕とカエデちゃんの戦いは、より『速い』方が勝つ。

 

「くっ……」

 

 超高速戦闘の最中、カエデちゃんの額に汗が滲む。

 僕たちの戦いの中心地は最初に僕たちが立っていた場所の中心部から、少しずつカエデちゃん側にズレていっていた。

 

 その現象が指し示す事実は一つ。

 

 僕の方が、カエデちゃんより僅かに速い。

 

「ミラエル、この森にとんでもない化物がいる」

「分かってるよ」

「アマツ殿も死んだ。その怪物に殺された」

「始まりの剣聖まで……そっか」

「逃げて」

「嫌だよ」

 

 僕がそう言った瞬間、刹那の中でカエデちゃんの顔が強張っていくのが見えた。

 本気を出す、とその目が語っていた。

 

 銀庫でアガナドと戦った時は、僕らでの連携だった。

 でもその時は僕やケネン兄さんを守るために、カエデちゃんはその力のほとんどを使っていた。

 あんなの全然本気のうちに入らない。

 

 足手纏いのいない、完全な一対一。

 

 ここからが、マミヤ・カエデの真骨頂か……

 

「疾風迅雷――緩急雷速(チェンジ・オブ・ライトニング)

「えっ? ()っ」

 

 カエデちゃんが急激に減速した。

 

 間合いがズレる。

 でも、そんなの自分の武器を自分で捨ててるようなものだ。

 

 カエデちゃんが剣を一度振る間に、僕は三度の剣戟を叩き込める。

 負けようがないだろ、こんな――

 

「雷切」

 

 雷を纏った一刀が、僕の頭上より迫る。

 でも、そんなに遅い剣――

 

「速!?」

 

 今度は急に加速した?

 いや、疾風迅雷の加速効果を元に戻しただけだ。

 でも、今まで目で追っていたカエデちゃんの動きが急に速くなると、さっきより全然速く体感してしまう。

 

「くっ!」

 

 何とか剣を上げて反応するが、踏ん張りが間に合ってない。

 二本線の足跡を残し、僕の身体は大きく地面を滑った。

 すぐに、カエデちゃんの追撃が来る。

 

 だけど、また……遅い? いや速いのか?

 

 違う。部分的に遅い瞬間と速い瞬間があるんだ。

 だから、認識が……頭が混乱(バグ)る。

 

 疾風迅雷は反射神経を強化するが、それは決して思考速度を上げてるわけじゃない。

 カエデちゃんの一つ一つの動作に勝手に身体が反応して、反撃してしまう。

 そこに来る速度のグラデーションが、僕の攻撃を透かし……

 

 僕の防御のタイミングがズレる。

 

「雷切」

「カハ!」

 

 避けるタイミングがズレた。

 右肩が裂けて、血が舞った。

 

「何その動き」

「貴方には才能がある。貴方の速度はたしかに私を超えた。だが、私には年季がある。この術式の使い方を私より熟知する者はいない。まだ、貴方には超えさせない」

 

 これが『剣聖』か。

 しかもカエデちゃんは始まりの剣聖を抜けば、最古参の剣聖だ。

 強くて当然。

 

 でもそんなの、最初から分かってたことじゃないか。

 

「減速ね……ま、やってみますか」

 

 これは要するにリズムの変化だ。

 僕のテンポ、術式のテンポ、それを術式効果の強弱を弄ることで変化させる。

 

 ただでさえ高速戦闘中だ。

 その中で、術式に強弱を付けて、しかもそれに合わせた身体操作をしなきゃいけない。

 

 でも……

 

「は?」

 

 加速、加速、減速、加速、減速、減速、加速、加速……

 

 要領はこんな感じ?

 もうちょっとランダム性が欲しいかも。

 動きを読まれないように、術式のレベルを察知されないように、視線や身体の動きに気を遣わなきゃな。

 

 太刀筋にも強弱を付けて。

 フェイントを混ぜた方が効果的かな。

 反射神経は強弱つけないように。

 戦況を視ながら、今必要な速度選ぶ。

 

 カエデちゃんと剣を重ねるたびに、精度は上がっていく。

 そして、百度も剣を交えれば……もう十分だった。

 

「うん、イケるね」

 

 カエデちゃんを真似てたわけじゃない。

 体格も魔力量も、最高速度も違うカエデちゃんを真似ても、カエデちゃんと同じことはできない。

 

 戦術を真似る時は、自分に合わせてチューニングする。

 

 僕は加速した身体能力に任せて、剣をカエデちゃんへぶん投げた。

 カエデちゃんがそれを弾いたその刹那。

 僕は最高加速でカエデちゃんに突撃し、その間合いギリギリで加速をゼロへ。

 

「くっ……!」

 

 空振り。僕の鼻先を刀の切っ先が掠めた。

 

 カエデちゃんが剣を握る右腕を左手で掴み……

 

「僕も愛してる。結婚しよっか」

 

 右手でカエデちゃんを抱きしめる。

 

「それ、小説だったら今から死にますよ」

「え? そうなの? でも大丈夫でしょ。僕天才だし」

 

 カエデちゃんがそう言ってくれたのだから、僕はそれを証明しなきゃいけない。

 

「だから、行ってもいい?」

「……はい」

「ありがとう」

 

 ちょっと疲れたな。

 魔力も半分くらい使った。

 始まりの剣聖を倒したヤツも、ヤミちゃんも相手しなきゃいけないって考えるとちょっと心許ない。

 

 カエデちゃんにも勝ったし、そろそろいいかな。

 

「ミラエル、一度屋敷へ戻りましょう。そうすれば、この森にいる誰よりも強いのは貴方です」

「うん、そうだね。シャルロット姉さんまだ起きてるかな?」

 

 暗くなり始めた空を見上げ、僕とカエデちゃんは屋敷へ戻る。

 

 

 ◆

 

 

 正しいことは明白だ。

 女神(わたし)たちが勝つにはそれしかない。

 それしか方法はないことは、何度も演算して理解している。

 

 生物には絶対に勝てぬものがある。

 

 それは【恐怖】だ。

 

「動け……ない……? なんで……」

「アマツさんがやられた時と同じ……これはいったい……」

 

 窮王種が一柱『堕天した混沌ナイアセラム』は生物の感情へ直接触れる。

 それを一目見ただけで恐怖を刻まれ、それに触れられれば、肉体は死を選ぶ。

 最強かつ最恐。

 

 それがこの世の覇者――窮王種の規格。

 

 どれほどの研鑽を積もうが、どれだけの理解を持とうが……剣術も魔術も無関係だ。

 

「ほら、どうしたの? アマツは全部出してくれた。私を見て技を出せた。まぁ斬るには至らなかったけど」

 

 生命に感情が不可欠である限り……

 死という逃れられぬ恐怖がある限り……

 

「貴方たちはまだ何も出していない。私に人の輝きを見せて?」

 

 どれだけの技も術も、ナイアセラムの前では動作しない。

 恐怖の象徴に逆らう術はないからだ。

 

「ほら」

 

 ナイアセラムの出した触手の一本がリンカの頬を打ち、身体を吹き飛ばす。

 相当に手加減されたその一撃を、しかしリンカは避けることすらままならない。

 

 表情は怯えに満ちて、上げようとした腕や足は小鹿のように震えている。

 

「ねぇ」

 

 現存するエルフでおそらくは最強の魔術師。

 リアファエス・ステラクセルロディア・ブライドリグレ・アーテリアスライティアもリンカと同様だ。

 

 頬から冷や汗を滴らせ、腹に突き刺さった触手によって木々に身体を打ち付ける。

 

「剣術を使ってよ? 魔術を見せてよ? どうしたの?」

 

 何度吹き飛ばされても、何度叩き伏せられても、それでも二人は立ち上がる。

 驚異的な精神力だ。

 

「クソ……もう負けたくないのよ」

「私はもう負けられないんです」

 

 だけど、それだけだ。

 

 魔術は発動に至らない。

 剣術の間合いは遥か彼方。

 

「じゃあ勝って。手足を動かして、頭を回して、魂を煌めかせて、私に光を捻じ込んで」

 

 女神(わたし)はこの結末を知っていた。

 だから私はダンジョンを引き払い、移動を始める。

 白龍アザブランシュがストレ大迷宮の調査に来た時点で、このシナリオは決まっていた。

 

 窮王種は全六体。

 私たち女神も裏切った一柱を除けば六柱。

 

 【輝魂剛石(オリハルコン)】を取り込んでいる窮王種の居場所は常に分かる。

 ナイアセラムが抑えられている今、他の窮王種も居場所は遠い。

 私が移動する際に発生する魔力が感知されたとしても、他の窮王種に捕らえられる前に私は別の地点に隠れることができる。

 

 女神(わたし)たちは繰り返す。

 

 何度でも……何人の勇者が死んでも……ただ繰り返す……

 

 窮王種には……ナイアセラムには、何をしても勝てないと悟っているから。

 

『ネル』

 

 誰にも届かぬ独り言。

 どうして私はそんな言葉を呟くのだろう。

 

 恐怖は絶対。

 生物には超えられない脅威。

 

 だけどもし、不老を超えて不死へと至り……死中を笑って過ごせるような人間がいたとしたら……

 

『お願いします』

 

 神が何に願うというのか。

 

 私はまだ、この感情の名前を知らない。

 

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