剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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77「精神の強弱」

 

「なんであんたがここにいる?」

「さてな、だがやるべきことは分かっているのだろう?」

「あぁ、悪ぃがあんたをブッ倒す」

 

 

 ◆

 

 

 遊ばれているのは明白だった。

 ナイアセラムの精神干渉術式は、聖鎧で身を守っても恐怖を頭に植え付けてくる。

 

 ナイアセラムの術式効果は神経への干渉。

 ナイアセラムの姿を見た物は視神経を通り脳神経へ恐怖の魔術が到達する。

 脳そのものを操られている以上、それを拒むことは不可能だ。

 

「目を閉じましょう」

 

 アマツ死亡から約二分、リンカはその結論へ至った。

 恐怖の術式が視神経を経由するものなら、目を閉じれば効果は発揮されない。

 リンカはそう判断した。

 

「なるほどね」

 

 リアもその言葉に同意するように、目を瞑る。

 

拡嵐刃(エアブレイド)

 

 魔力感知によって敵の位置を把握。

 リアの口から術式名が呟かれる。

 

「ッチ……」

 

 しかし、その術式は完成する前に魔力となって霧散していく。

 

「目を閉じれば、音はよく聞こえる。感触も匂いも味も……」

 

 ナイアセラムが操れるのは脳神経と視神経だけではない。

 神経そのものだ。

 生物の肉体が神経によって伝達された電気信号によって動かされる以上、ナイアセラムは無敵の性能を誇る。

 

「あぁ、イラつく……」

 

 下唇を噛み締めたリアは、数刻前のアマツとの戦いを思い出していた。

 結果は〝引き分け〟で、それはリアにとっては許すことができない不出来だった。

 

 もう負けないと、誓ったはずなのに……

 万夫不当と約束したのに……

 

「ムカつく……動きなさいよ、私の身体!」

 

 神経の命令に背き、意志の力をもって、足を無理矢理前へ出す。

 筋肉の断裂や骨折を起こしながら、それをすぐに治癒術式を回復させ……前へ。

 

 恐怖……人間の根源に存在するその感情は『死』を遠ざけるために存在する。

 

 であれば、恐怖を克服するためのたった一つの感情は……

 

「私は死んでも、あいつとの約束を守らなくちゃいけないのよ」

 

 死を諦めてでも達成すべき【願望】の存在。

 

「終奥【龍突】!」

 

 リアが突き出した細剣(レイピア)から、刺突が空を辿って射出される。

 その切っ先はナイアセラムの脇腹を貫き、丸い穴を開けた。

 

「すばらしい」

 

 狂気的な笑みを浮かべて、リアの放った技へ称賛を送る。

 真っ暗な内臓が蠢き始め、その損傷を大量の小さな触手によって埋めていく。

 

「超速再生……いや、それ以上の何か……?」

 

 リンカがそう呟くと同時に、リアは眉間に皺を寄せ次の術式を発動させようと――

 

「カハッ」

 

 リアが口から血を吐き出した。

 

「リアファエスさん!?」

 

 脇腹、ナイアセラムに与えた傷と同じ個所から触手が一本、背より貫通して出てきていた。

 

「恐怖を蹴散らすその胆力。称賛に値する。でも、恐怖が消えたわけじゃない。恐怖は緊張を生む。恐怖は思考力を低下させる。恐怖は注意を散漫にする」

 

 リアを貫いた触手は地面を貫通していた。

 しかし、今までナイアセラムが攻撃に使っていた触手に比べると随分と細く、込められた魔力も少ない。

 そして、頭を埋め尽くす恐怖から表れた隙を突いて、触手はリアの腹を貫通したのだ。

 

「くっ……!」

 

 リンカがリアを抱えるが、触手を見ると恐怖が湧き立つ。

 それを切断して、治癒術式を使わなければ命に関わる。

 

 分かってる。分かっているのに、身体が震えて術式が動かない。

 

「龍装【黒引刀(こくいんとう)】」

 

 震えながら、リアを抱き締めることしかできないリンカの目の前を、黒い刀が一閃した。

 それはリアの腹を貫通した触手を切り裂く。

 斬られた触手の先端は、ミミズのように蠢きこと切れた。

 

「ヨスナさん……どうして?」

「負けは認めます。ですが、負けたままでいる気はありません。もう一度勝負してください、リンカさん」

「え? 今ですか?」

「はい」

 

 そう言って黒い刀を向けるヨスナの目は本気(マジ)だった。

 

「いや、今は無理です」

「何故?」

「あれをどうにかしないと」

「あの気持ちの悪い女ですか? というか、この辺りの地面から出てるこの黒い触手はなんでしょうか? すごく気持ち悪いのですけど」

「あの、ヨスナさんは怖くないのですか?」

「……怖い?」

 

 キョトンを首をかしげるヨスナは、ナイアセラムの恐怖を与える精神干渉術式を全く意に介した様子はなかった。

 

「貴女、死ぬことが怖くないの?」

 

 ナイアセラムの問いかけに、ヨスナは刀を肩に乗せながら答えた。

 

「私はもう、とっくの昔に死んでいる。今この時は、あの人に与えてもらったただの蛇足。だから、死ぬよりもあの人を満足させられないことの方がずっと怖い」

 

 ヨスナにとって『死ぬかもしれない』という恐怖は、その身を震わせるには至らない。

 

「そっか。貴女もすごくいいね」

 

 地中から大量に現れた黒い触手がドリルのように回転を始め、一気にヨスナへ迫る。

 

「第三段階【半龍半人(ドラゴノイド)】」

 

 ヨスナの身体が龍へ近づく。

 鱗に翼、獰猛な牙と瞳。

 

「黒龍装【二門羅刹(ニモンラセツ)

 

 そして、その手には二本の黒い槍が現れた。

 

 槍を巧みに操りながら、空と地中から迫る触手を弾き飛ばしていく。

 刃の左右に触れたものに斥力を発生させるその槍によってついた傷は、触手を伝って本体まで伝播する。

 

「良い」

 

 短く呟きながら、傷を増やしていくナイアセラムを見ながらヨスナは……

 

「キモ」

 

 と呟いた。

 

「リンカさん、さっさとそのエルフを治療してください。再戦はこいつを倒した後にお願いします」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえ、ただ私に勝ったまま死なれては困るというだけですから」

 

 距離を取ったリンカは、リアを寝かせて治療を始める。

 ナイアセラムの傷ついた身体も中で触手が蠢くように修復されていく。

 

「一人で私に勝つつもり?」

「そっくりそのままお返しします。というか誰ですか?」

 

 呆れたような表情で、ナイアセラムは隣から生やした一本の触手をヨスナへ伸ばす。

 尖った触手の先端は、ヨスナの腹へ向いている。

 

 しかし速度が優れているわけでも、大量にあるわけでもない。

 回避など容易に思えた。

 

「ナイアセラムって呼ばれてる」

 

 触手はヨスナの腹に突き刺さる。

 

「は?」

 

 回避も、防御も、簡単だったはずだ。

 なのに、そうしようと思えなかった。

 

 恐怖じゃない。神経を操るその術式は、飛来するナイアセラムの攻撃すべてを『嬉しいもの』と認識させる。

 

 回避も防御も、対象の神経を伝達する意志によって不能とされる。

 

「んの……」

 

 触手を斬り落とそうと、黒引刀を振り上げるが、振り下ろせない。

 何故なら、その触手はヨスナにとって嬉しいもので、大切なものであると神経が判断しているからだ。

 

(思考の中では分かってるのに、身体に命令が届かない……)

 

 恐怖に打ち勝つ精神性も、喜びは理解してしまう。

 

黒龍砲(こくりゅうほう)!」

 

 ヨスナの口内より繰り出される黒い魔力の塊は……しかし、ナイアセラムの目前で掻き消える。

 

「ふふ?」

 

 ニコニコと笑うナイアセラムの表情にヨスナは強い苛立ちを覚えるが、攻撃手段がないことは確かだ。

 

(こちらの身体に好きな感情を与えられる……卑怯なんてレベルじゃない。無敵の力だ)

 

 ヨスナの額に汗が滲む。

 

金色の炎帝(ジルレイド)千の夕凪(サイレス)を越えて、理想の桃都(シャングリラ)空隙(くうげき)を埋めた。ただそこに道を切り啓け(ゴルディアス・ノット)――」

 

 天より黄金の剣が、巨大かつ大量に展開された。

 

「その身体を寄越せ! 陌式【虹魔天剣】!」

 

 黄金の剣の群れの中に、黒髪の少女が一人。

 その号令に従うように宝剣は降り注ぐ。

 

「これは……」

 

 ヨスナはその一撃を知っていた。

 ネルと二度目に出会った時に、撃ち放たれたその術式はここまで巨大でも大量でもなく、魔力量自体もこれほどではなかった。

 

 この御前試合の開始時にヨスナが殴り壊した剣も、ここまで大量ではなかった。

 

「ヤミちゃん!?」

「リンカちゃん、こいつ殺すよ」

 

 雨のように降り注ぐ宝剣に対して、ナイアセラムは触手のすべてを使って迎撃していく。

 

(私の精神干渉が届いていない? いや、この感覚はあの子の中にある大勢を侵食する必要がある?)

 

 降り注ぐ宝剣の一つが、ヨスナの身体に突き刺さった触手を断ち斬る。

 触手を引き抜いたヨスナは、すぐに治療を始めた。

 

 もはやナイアセラムはヨスナに構う余裕はない。

 落ちてくる大量の宝剣を撃ち落とすので手一杯だ。

 しかし、ナイアセラムの余裕の表情は全く崩れない。

 

 触手が断ち切られ、その身体を黄金の剣が切り裂いても、すぐに再生が始まる。

 衣服ごと修復するそれは、ナイアセラムの肉体が衣服や触手も合わせて一個の肉体であることを表している。

 

 ナイアセラムが有する女神の部品【輝魂剛石(オリハルコン)】は、世界に七つしか存在しない特殊な合金であり、女神の性能の90%以上をその鉱物が担う。

 それを取り込んだナイアセラムは生物としての格が、他種族とは別次元にある。

 

 つまり、感情を操る術式など使わずとも、そもそも生物としての規格の段階で、この場にいる全員負けているのだ。

 

「ふふ」

 

 それでもナイアセラムが微笑んで人間を見るのは、その観察が彼女にとって楽しいことだからだ。

 ナイアセラムはずっと見ていた。

 始まりの剣聖だけではなく、人の営みというものをずっと見ていたのだ。

 

 その進化、その繁栄、その成長を……ずっと……

 恐怖を与えないように細心の注意を払い、変身までして見守ってきた。

 

(あぁ、いいなぁ……)

 

 ナイアセラムは感動していたのだ。

 自身を相手にここまで立ち回れる人間の存在。

 それがここまでの人数揃うことは、ナイアセラムの生涯で一度もないことだったから。

 

 そして、同時に理解する。

 とっくの昔に諦めていたはずのに、また理解して、また失望してしまう。

 

 だから、ナイアセラムは少しだけ悲しそうな表情で周囲にいる人間たちに目を向けた。

 

「やっぱり、私はそっち側じゃないよね」

 

 ――黄金の剣が消失する。

 

 ヤミの思考が神経回路を通じ、発動中の術式へ上書きの解除命令を与えたからだ。

 

 ナイアセラムを見た時点で、恐怖は脳へ刷り込まれる。

 天を舞っていたヤミは視覚ではなく、魔力感知でナイアセラムの存在を捉えていた。

 だから恐怖を感じていなかった。

 

 しかし、詠唱を終え、大量の宝剣を打ち放ったヤミは少しずつナイアセラムに近づいていってしまった。

 その肉体を瞳で捉えてしまったのだ。

 

「っ……なにこれ……」

 

 両腕を震わせながら、ヤミの飛行術式が解除される。

 そのまま樹の葉に引っかかり、滑るように地面に落ちた。

 

「よかったよ」

「ひっ……」

 

 脅えるヤミを困ったように眺めたナイアセラムが手を翳すと同時に、ヤミへ黒い触手が迫る。

 

「ま、魔術が、つ、使えな……」

 

 震えた指で、杖を持つ手すらおぼつかず、近接戦闘技能をほぼ持たないヤミは、身体強化だけではナイアセラムの攻撃を回避できない。

 

 触手とヤミの距離が数ミリにまで残されていない、その刹那――

 

獣神纏伏(じゅうしんとんぷく)神狼(フェンリル)】」

 

 白い魔力が、ヤミの身体を連れ去った。

 

 その身には震えは一切宿っていない。

 

「リアファエスさんとヨスナさんの言葉で思い出しました。私はもうとっくに一度、死んでいる。死ぬことなんか、怖くはなかった」

「リンカ……ちゃん……?」

 

 白い毛並みを生やした人狼は、血走る瞳でヤミを見つめる。

 獰猛で、真剣で、真面目で、純粋で、その上に乗った計算高さは、全部まとめて『高潔』の一言に尽きた。

 

「忘れてる? 恐怖を打ち破った上で、その龍人は私に負けたんだけど」

「二つ、貴女は間違っている。まずヨスナさんが触手に貫かれたのは、単独で貴女と戦っていたからです。そして龍の生命力を持ち、治癒術式の根本たる操作系術式を極めた彼女の再生速度は、常人とは比較にならない」

 

 黒き龍が真の姿を現していく。

 

第四(さいしゅう)段階――【龍化の法(ドラゴンフォース)】」

 

 膨れ上がった巨体は、森林に影を落とす。

 魔力の増大幅は、ネオンの【霊園解放】にすら負けていない。

 ここからが、龍の本気。

 

「あぁ、でもやっぱり三つでした。最強の魔術師はもう治っている」

「断絶空創【風雲幻想大界域(エアリアル・ファンジア)】」

「凄い! 素晴らしい! そう、その力。屋敷の窓から見てた時から、ずっと気になってたの。もっと見せて、もっと感じさせて!」

 

 結界術の極致たる空創の具現。

 結界が広がり、対象者を包んでいく。

 

「リアファエスさん」

「リアって呼んでいいわよ。何?」

「リアさん、中に()れるのは……」

「分かってるわ、ついてこれなさそうなヤツは置いてく」

 

 ただ一人、ヤミはリアの術式対象から弾かれた。

 

 この場にいる四人のうち、ヤミとヤミ以外には明確な差が存在した。

 

 それは……命を救ってくれた人間が、目の前で命を散らした経験。

 他者のために命を懸けられる人間と、終始自分の幸福しか考えることができなかった人間の差。

 

 それは大きな力と覚悟の差となって表れる。

 

「ヤミちゃん、利用してごめんね。でも私はネル様を窮王種と戦わせてあげたいんだ」

「リンカちゃん……」

「ヤミちゃん、まだ私を好きでいてくれるなら、ネル様を起こして欲しい。多分、そろそろレベルアップは済んでると思うから」

 

 リンカは天真爛漫に微笑む。

 

「私はずっとヤミちゃんが好きだよ、でも同じくらいネル様に幸せになって欲しいの」

 

 そう言って、ナイアセラム、リア、ヨスナ、リンカの四人を飲み込んだ【断絶空創】が隙間のない球体を形成していく。

 

「グル……」

 

 その直前、ヨスナが明後日の方向へなんらかの術式を発動させたが、本人以外にはその術式の効果は理解できなかった。

 

 結界はヤミを外に残して完全に閉じた。

 

「なんで……」

 

 ナイアセラムが結界に取り込まれたことでヤミの中の恐怖が消えていく。

 そして、襲ってくるのは……

 

「いや………………」

 

 何もできなかった無力感。

 自分よりも凄い人間がいるという虚無感。

 自分のことしか考えられない自分への嫌悪感。

 

「これってどういう状況?」

「四人の魔力が完全に消えている。これはあのエルフの世界を創る術式か……」

 

 ヤミを追ってきたネオンとアルは、結界を見て驚愕し。

 

「ヤミちゃん……何があったの?」

 

 そして、数分前に喋った時とは一変したヤミの様子を見て理解に苦しんでいた。

 

「……勝てない」

 

 今にも泣き出しそうな表情でそう言ったヤミと戦おうとは、ネオンもアルも思わなかった。

 

「何を見たの? ヤミちゃん」

 

 座り込んだヤミへネオンが優しく問いかけると、ぽつぽつと二人へ今しがた目の前で起こったことをヤミは語った。

 

「窮王種……ナイアセラム……?」

「恐怖を植え付ける術式とはな……」

 

 アルは達観したような表情で結界を見つめる。

 理解しているのだ。

 感情を強制的に操るナイアセラムという存在に対し、自分が何もできないということを。

 

 そして同時に、一つの可能性を推察しているのだ。

 

「ヤミ、オレの身体を使ってくれ」

「は?」

「アルくん、それってどういう意味?」

 

 本気の不快感を露わにした表情で、ネオンは目つきを鋭くしてアルを見た。

 

「オレの身体は、元々ネルのものだ。オレは怨霊(レイス)、ネルの死体を奪ってここに立っている。だからそれを返還するだけだ」

「意味わかんないんだけど、それってさ君が死ぬってことだよね?」

「あぁ、もうオレに未練はない。肉体を手放せば存在を保持することはできないだろう」

 

 拳を握りしめ、眉間に皺を寄せながら、ネオンはアルの手を取った。

 

「じゃあダメ」

「だがそうする他にない。分かっているだろう? ナイアセラムを倒すには、あの男の戦力が必要不可欠だと。そしてオレの身体【龍の肉体】は他のどんな体よりもヤツの能力を引き出すことができる!」

 

 この森にはネルが居て、魂を保存できるヤミが居て、ネルが宿ってきた全ての肉体において最高のスペックを持つアルが居る。

 

「そっか、そのためにリンカちゃんはこの舞台を用意したんだ……」

 

 これがリンカのシナリオだった。

 

 剣聖や参加者との戦闘。

 魔界での経験の蓄積。

 

 最強の精神を造り、最強の肉体へ宿す。

 

 リンカの目的はそこにある。

 最初からリンカは、自分自身とネルの戦力以外を『肥し』としか思っていなかった。

 

 全てはネルを最強にするために――

 

「やってくれ、ヤミ。オレの身体を使え」

「ダメって言ってるでしょ!」

「だったらどうする!? 大して魔力も回復していないお前がナイアセラムを倒せるのか? ヨスナ様ですら敵わないかもしれない相手だぞ!?」

「逃げればいい……私が時間を稼ぐよ……」

「ふざけるな、お前が犠牲になって逃げるより、オレが犠牲になってヤツを倒せる可能性を上げた方がいいに決まっている」

「そういう話じゃないでしょ……!」

「そういう話だ!」

 

 自分の命を賭してまで何かをなそうとする二人をヤミは、羨ましそうに眺めていた。

 そんな二人に意見はできないと、彼らの結論が出るまで口をつぐむことを決めたヤミは周囲を見渡す。

 

「あれ……なんで……?」

 

 その言葉に二人も反応し、ヤミの視線を追った。

 するとそこには一人の老人の死体があった。

 

「さっきは首が斬れてたのに、治ってる……」

 

 その遺体を見て、アルははっとしたように呟く。

 

「あれはヨスナ様の【逆理】か……?」

 

 ヨスナの使う治癒術式の奥義、暗寧縫合【逆理】は肉体の時を巻き戻す術式だ。

 しかし、この術式を使っても失われた命は戻らない。

 

 ヨスナは卓越した感覚によって、ヤミの懐の中にネルの魂があることを知覚していた。

 しかしヨスナはリンカの策謀を知っていたわけではない。

 

 老骨の遺体……始まりの剣聖『アマツ』の死体に【逆理】を使ったのは、ただの直観。

 ネルの魂を持つヤミ、そしてネル史上最高峰の肉体であるアル。

 その二つの要素がヨスナの頭の中で、アマツに【逆理】を使うという結論へ至らせた。

 

 直観とはいえ、それはこの惑星上の全生命体の中で一個体として最高峰の身体能力を持つ『龍の直観』だ。

 

 ヨスナは正解を引いていた。

 

「まだあの身体は死後数十秒しか経ってない……」

 

 逆理は肉体の時を戻す。

 ヨスナが逆理を使った時点で、その肉体はほぼ生前と同じ状態まで遡っている。

 足りないものはたった一つ、『魂』だけだ。

 

「それに、この適合率は……」

 

 千年を剣だけに捧げたエルフの肉体は……今こそが全盛期……

 そして、その研鑽やメンタリティはネルと重なる部分が多い。

 

「どういうことヤミちゃん……?」

「この死体をネルの器として利用できるかもしれない」

「それって……」

「だが、オレの身体の方があの男の性能を引き出せるんじゃないのか?」

「貴方の適合率は確かに高い。でも、アマツの身体はそれ以上……」

「……なんかわかんないけどアルくんが無事ならいいよ。新鮮なうちにやった方がいいんじゃないの?」

「まぁそうね」

「そんな魚みたいな……」

「いいじゃん。もう死んじゃってる人の身体だから、私的にもギリ許せるし。アルくんは?」

 

 ヤミとネオンの視線がアルへ向く。

 それでいいか? と問いかけるように。

 

 現状を飲み込むように目を閉じて深呼吸したアルは、何かを思い出すように笑った。

 

「正直、まだヨスナ様と一緒にいたかったんだ」

「よし、やっちゃおうよ!」

「分かったわ」

 

 ヤミが自分の胸に手を当てると、その中から蒼い炎の塊が現れる。

 ヤミはそれをアマツの死体に誘導し、押し込んだ。

 

 

 

 三人は知る由もないことだが、転生術式【ネクストゲーム】は人格を混ぜ合わせる。

 ネルと転生先の二つの記憶を融合させ、一つの思考回路を構築する。

 

 その時、主となる人格がネルになるのは、転生先である十歳の肉体が持つ記憶量よりも、数百年を生きるネルの方が膨大な記憶を持ち、それが自我の形成に影響を及ぼすからだ。

 

 端的に言ってしまえば、長生きな方の人格が主人格になる。

 

 そして、数百年を生きるネルが今回入ったのは千年以上を生きるアマツの肉体だ。

 ネルにとっても初めての、自分より長い人生を送った肉体への憑依。

 だが、すでにアマツは死亡している。

 

 様々な要因が混ざり合ったその結果――

 

「あれ、起きない……なんで?」

「どうしたヤミちゃん?」

「分からない。これで目覚めるはずなのに……」

 

 アマツとネルは、魔界で出会う。

 

 

 ◆

 

 

「なんであんたがここにいる?」

「さてな、だがやるべきことは分かっているのだろう?」

「あぁ、悪ぃがあんたをブッ倒す。そして、あんたの身体をもらう」

「やってみよ」

 

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