剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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80「融合」

 

 親友がいた。

 共に神童と呼ばれ、負けたくないライバルでもあり、片方が新しい魔術を覚えれば、もう一方も負けじと新たな魔術を覚えてみせるような、そんな親友がいた。

 

 共に魔術を磨き、切磋琢磨し、王に使える宮廷魔術師になろうと誓い合った。

 

 けれど、才能というものは残酷だった。

 

 宮廷魔術師として召し上げられたのは親友だけだった。

 

 本物だった神童は、宮廷魔術師になり王の相談役となった。

 落ちぶれた凡人は、親友に見限られ王都を追放され、小さな村で人生のほとんどを過ごした。

 

 彼らは二度と再会することはなかった。

 

 (オレ)が王都に戻った時には、王都は消滅していたからだ。

 

 そして凡人は、怨念という笠を着て、転生術式を開発した。

 

 

 これが其方の記憶、其方の原点か……

 

 

「俺の勝ちだ。アマツ」

「そのようだな……」

 

 龍魔断概。

 素晴らしい剣技だった。

 儂の空太刀はその一閃に断ち斬られ、消滅した。

 どころかその斬撃は儂の身体まで迫り、その一刀(かがやき)は儂の身体を吹き飛ばした。

 

 残った首から上もいずれ消えるのだろう。

 儂の存在が魔力に乗って、ゆっくりとヤツの身体に吸い込まれていく。

 

 それにしても、儂の奥義をここまで昇華した人間は其方が初めてだ。

 

 だからこそ、其方が勝つべきだったのだろう。

 

 空太刀を完成させ、儂は長らく止まっていた。

 

 しかし其方は違う。

 

 数多の人生の中を止まることなく進み続け、新たな力を覚醒させ、新たな知識を力に変えて、其方はずっと全速力で走り続けて来た。

 

「其方は若いな」

「毎回十歳まで若返るからな」

「蓄えた知識、鍛えた技、その部分で負けたつもりはない。ただいつの日からか儂には其方のような蛮勇(おろかし)さが欠けていたのだろう」

「……何満足そうに終わったみたいな顔してんだ。こっからだ。ちゃんと俺の中で見てろ。あんたが蓄えた知識も、鍛えた技も、俺が連れて行く」

 

 そうか……

 まだ儂の生涯が終わるわけではないのか。

 儂の生涯に其方が意味を与えてくれるのか。

 

 己が生が意味を持つことが、こんなに嬉しいものだとは思ってもみなかった。

 

 感謝しよう。

 儂の生涯を終わらせるのが其方で良かった。

 

「儂の奥義(しょうがい)をくれてやるのだ。倒せよ、悪童(ワルガキ)

「まかせろ。クソジジイ」

 

 

 ◆

 

 

 男の人生は、そのほとんどが剣を振ることに充てられた。

 

 毎日、ひたすらに剣を振った。

 構えを取り、技を造り、武器を揃え……

 ただひたすらに剣を振り続けた。

 

 終わりの時、今この瞬間においても、その生き方に悔いはない。

 

 しかし、自分でも不思議だと思ったことが一つ。

 自己満足のためだけの生であったにもかかわらず、誰かに生きた意味を認められたことをこれほど嬉しく感じてしまったことが、少しだけ悔しかった。

 

 

 

「じゃあヤルか、ヒオリナイアセラム……おっと悪ィな、まだ同期の最中らしくてね。頭の回路が安定してねぇんだよ」

 

 俺はこいつをヒオリだと思ってて、爺さんはこいつをナイアセラムだと思ってる。

 それが同時に出た。

 

「……?」

 

 準備運動を始めた俺をナイアセラムはいぶかしげに眺めている。

 

 千歳超えのジジイにしては関節は柔らかい。

 毎日魔力を増やす修練はしてたみたいだから、それも問題ねぇ。

 それに当然だが、剣聖の技はこの身体とよく馴染む。

 

 歳食ってるから俺の精神との相性が心配だったが、存外鍛え抜かれた体ってのも悪くない。

 

「ネル……やっぱりネルなんだな……!」

「よぉお兄様、久々だな。随分老けたじゃねぇか」

「……はは、君ほどじゃないさ」

「そりゃそうだ」

 

 ミラエルはもう戦える状態じゃなさそうだ。

 ナイアセラムも感情操作以前に、身体の内がボロボロだ。

 シャルロットの術式を使って無理したんだろ。

 

「寝てていいぞ」

「兄として情けないな」

「転生者に年齢どうこう言ったってしょうがねぇだろ」

「たしかに、敬った方がいいかな?」

「いらねぇよ」

「そうだね……やっぱり君は僕の弟だ」

 

 少し笑いながら、ミラエルは大の字に寝転んだ。

 

「兄の不出来を許してくれ。あとは任せた」

「任せろ」

 

 俺はナイアセラムへ向き直る。

 

「一個聞いていいか?」

「何だい? ネルくん」

「こいつらやったのお前?」

「みんな期待は超えてたよ。まぁでも合格したのは三人くらいかな」

「あっそう。じゃあお前が合格か俺がたしかめてやるよ」

「やってみなよ」

 

 五……六か?

 地中に魔力の反応がある。

 魔力は線状に伸びていて、地中を掘削して俺に向かっている。

 

「なんだお前、魔力感知は不得意か?」

 

 秘奥【明鏡止水】と【骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)】の併用。

 地中から出てくる触手を避けながら斬り飛ばし、ナイアセラムへ問いかける。

 

「この程度の隠密性能と速度じゃ当たる方が(ムズ)いんだが?」

 

 魔力反応は多数。

 まだ地中に埋めた触手が二十本近く残ってやがるな。

 

 めんどくせぇ。

 

 ――蒼爆。

 足裏を爆ぜさせ、一気にナイアセラムへ迫る。

 

「芋づる式だぜ」

 

 ナイアセラムの懐へ一瞬で移動した俺は、首を掴み上げ、空へ投げ飛ばす。

 本体の足から伸びた触手が地下から芋の根のように大量に出てきて、吹き飛んでいくナイアセラムに追従していった。

 

 燃身の威力が凄まじく向上している。

 

 そういや最近は、結構若い時に死んでたからな。

 長いこと鍛錬を続けた身体に乗り移れば、術式の出力に差があって当然か。

 

 これは『魔力鍛錬を千年続けた肉体』なんだから。

 

 空立を発動させナイアセラムに追いつくと、ヤツも同じように空中に立っていた。

 それに俺が握り折った首の骨が、ゴキゴキと音を鳴らして完治していく。

 

「貴方、どうして恐怖を感じていないの?」

「あ? なんの話だよ?」

「私の姿を見て恐怖しない人間なんていない。仮に対応できたとしても、最初から全く感情に変化がないなんてありえない……」

「あぁ、死への恐怖だっけ? そんなモンねぇよ。生も死も俺にとっちゃ前へ進むための過程(プロセス)でしかねぇんだから」

 

 生きて磨き、死して学ぶ。

 

 そうやって俺は強くなってきた。

 だったら死は怖れるべきものじゃない。

 

 俺にとって『死』は、敗北という学びを得たという『快楽』だ。

 

「なにそれ、めちゃくちゃ変態だね」

「お互い様だろ触手女」

「人の身体的特徴を悪く言うのはどうかと思うよ」

「人の趣味趣向に口出ししてくんじゃねぇよ」

 

 全身から無数の触手を漂わせたナイアセラムの放出する魔力の質が変わる。

 

「だったら君に本当の喜びを与えてあげるよ」

 

 触手が俺に向かって伸びる。

 けれど、それは地中を伝う攻撃よりも更に遅い。

 俺をナメているかのような低速攻撃を、俺はアマツの腰にあった剣で断ち切っていく。

 

「……なんで斬ったの?」

「はぁ?」

「貫かれるの、嬉しくなかった?」

「嬉しかったよ」

「じゃあなんで?」

「与えられるのが癪に障った。どっちかって言うと俺は与えたいタイプなのかもな。だから斬ってやった」

「君さ、さっきから何言ってるの?」

 

 ムスくれた表情でナイアセラムは咎めるような視線を向けてくる。

 なんで俺が責められてんだよ……?

 

「本当に僅かだけど死の恐怖を克服した人っていうのはいないこともないよ。でも好感を覚える物や相手に有無を言わさず斬りかかる人間は見たことがない」

 

 感情を操るナイアセラムの異能。

 アマツの記憶にあるその能力を俺が気が付かないうちに使ってたってわけか。

 

「俺が好感を抱く相手ってのは、大抵強いヤツのことだ」

 

 俺が最強になるために必要な存在。

 それが俺の『好み』の相手だ。

 

 だから、攻撃するのはおかしなことじゃない。

 

「君、ホントに人間?」

「他の何に見えるんだよ?」

「化け物」

 

 はっ、テメェに言われたくねぇよ。

 

「神威解放」

 

 ドロドロとした粘液状にナイアセラムの身体が溶けていく。

 溶解したヘドロのようなそれは徐々に肥大化し、黒い汚物で造ったチョコレートファウンテンのような姿へ変わっていく。

 

 体から伸びた触手の数が数百……千本以上に増えていく……

 

 ――魔剣召喚【龍太刀】。

 

 爺さんの剣を仕舞い、自身で召喚した剣を構える。

 いい被験体だ。この身体の実験台にさせてもらおう。

 

「死を怖がらないなら殺してあげるよ」

「ヘドロから女の美声が響くと逆にキモいな」

「褒めてくれてありがとう。でも手加減はしてあげないよ」

 

 触手が一斉に俺を向き、加速する。

 

 明鏡止水と骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)で触手の数、位置、速度、角度は見切れている。

 

 なれば、あとは俺の迎撃速度がヤツの攻撃速度を超えられるか……

 

「魔奥【雷切】」

 

 圧倒的な剣速が電撃と共に放たれる。

 更に剣に付加した『龍太刀』の効果を併用することで、その斬撃は拡張される。

 

 幾千の黒い触手は、俺の放った一閃ごとに数十本は切り飛んでいく。

 しかし触手の再生速度は凄まじく、一度斬り落とした触手もすぐに伸びてくる。

 

 それにあの触手、思ったより硬い。

 数十本も斬り飛ばせば拡張斬撃と対消滅しちまう。

 

 雷切は圧倒的な攻撃速度を持つ奥義。

 龍太刀は体内の全魔力を使って渾身の一撃を撃ち出す奥義。

 

 この二つの剣技の融合は、始まりの剣聖すら成し遂げられなかった。

 だからアマツはこの二つの技を別々の奥義とした。

 

 だったら俺はその限界を超えてやる。

 

 ナイアセラムはアマツを倒せる力を持っている。

 だからこそ、俺にはそれ以上の力が必要なんだ。

 

 両方使えるだけじゃ意味はねぇ。組み合わせるんだ。

 

 

 混ぜて、混ぜて、混ぜて……

 

 

 アマツ、もうあんたは俺だ。

 

 その力を俺に寄越せ。

 俺があんたの願いを叶えてやる。

 俺があんたの行きたかった場所に連れて行ってやる。

 

 雷切+龍太刀=

 

 湧いてきたイメージはリアの『龍突』だった。

 龍太刀をアレンジした刺突技。

 冥奥【蠅驥尾(ようきび)】があれば、思い出したその技を模倣しアレンジするのもそう難しくはなかった。

 

 ……矢を引くように俺は魔剣を構える。

 

龍艇指電(りゅうていしでん)

 

 放たれた刺突は雷を帯び、射程を拡張して飛んでいく。

 

「悪くないね」

 

 触手が変形し傘のように広がる。

 それを何十にも重ねた防御の構え。

 その中央に俺の放った龍艇指電(りゅうていしでん)は命中し……貫通した。

 

 普通の龍太刀の斬撃拡張じゃ、触手を何十本か斬った時点で威力を失う。

 雷切じゃそもそも届かない。

 

 だから、貫通力を強化した。

 雷切の雷属性を纏ったことで、発射速度が強化され、それはそのまま貫通能力に変換される。

 

 だから、届いた。

 

「この身体を傷つけられるなんて……」

 

 動体に風穴を開けたナイアセラムは、まだまだ余裕がありそうだ。

 穴はすぐに塞がっていく。

 あの数十メートルの全身に超高レベルな再生能力が宿っている。

 

 不死と言っても過言ではないほどの再生能力。

 

 それを吹き飛ばすにはやっぱり聖属性を使うしかねぇか?

 

『貴方はいったい何者ですか?』

 

 その声は心の内に響く声だった。

 その無機質な声を俺は知っている。

 

「女神か?」

『第三女神シア。初めまして、アマツの身体を乗っ取った何者か』

「なんだ、ビステリアやティルアートから聞いてないのか?」

『…………なるほど、理解しました。ネル』

「それでなんの用だ? 見ての通り、今は忙しい」

『アマツは私と契約していました。私の聖武具【聖冠(せいかん)】は触れた対象武具を聖武具化する効果を持っています。その使用許可を貴方に出しましょう』

「なんで?」

『貴方には窮王種を打倒できる可能性があると判断します』

「そりゃそうだ。最初から負ける気で戦うわけもねぇ」

『私の力があれば勝利の可能性は向上します』

 

 触れたものを聖武具に変換する力か……

 そういやアザブランシュと戦った時もティルアートに協力させたっけ。

 

 たしかにそれがあれば『龍魔断概』を制約なしで発動できる。

 

 悪くない提案だ。

 

 だが……

 

「断る」

『何故?』

「俺は俺の力だけで最強になる。そうじゃねぇと意味がねぇんだ」

『貴方の半分以上はアマツの記憶によって構築されている。それはいいのですか?』

「アマツはもう俺だ。俺はもうアマツだ。だから何も問題はねぇ。分かったら黙ってろ」

 

 シアからの返信はもうこなかった。

 

「何一人でブツブツ言ってるの?」

「テメェの再生が終わるまで待ってやってたんだろ? 感謝しろっての」

「はいはい。ありがとありがと」

 

 そう言うと同時に数百の触手がまた攻撃を始める。

 やっぱり俺の一発なんて大して効いてねぇな。

 身体に風穴を開けた程度じゃ攻撃ですらねぇってわけだ。

 

 俺は『空立』と『蒼爆』で機動力を得ながら、『明鏡止水』と『骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)』で感知能力を強化し、『龍太刀』と『雷切』で迫る触手を撃ち落とす。

 

 それに『最奥・毛牙究明(もうがきゅうめい)』による武器の性能強化と、『燃身』による身体強化は常に全開だ。

 

 処理するべき情報量が過去最高を更新している。

 

 だけどそんな脳への重圧は、思いのほか心地よかった。

 

「神威解放した私の速度にここまでついて来れる人間は初めて見たよ」

「俺もお前より強いヤツと出会ったことねぇな」

 

 感情操作を含まなくてもここまで強いとは。

 これがビステリアが言っていたヤツなんだな。

 

 たしかに、アマツの身体に転生する前の俺じゃ負けてただろうな……

 

「ねぇ知ってる? 生物の根源的な本能は大きく二つある」

「急になんだよ、俺理系の教師ってあんま好きじゃねぇんだけど?」

「先生可哀想だから、理科の講師にもきっといい人はいるって」

「で、なんだよ?」

「一つは生存本能。生きるために必要な感情だ。私の【恐怖】はそれを刺激することで相手の意志を削ぐ。そして……」

 

 俺に迫っていた触手が一気に形を変える。

 扇状に広がり、他の触手と結合し、俺を中心とした球体を作る。閉じ込められた。

 

 すぐに剣を振って球体を壊すが、暗転と明転によって一瞬反応が遅れる。

 触手の一本が俺の肩を掠った。

 

「もう一つが〝繁殖本能〟。それは種の数を増やそうとする欲求。君の生存本能はバグってるみたいだから、こっちを刺激してみよう」

 

 触手に付けられた傷から精神干渉系の魔力が流れてくるのを感じる。

 

「私を愛してくれるよね? ネルくん」

 

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