83「最強の始まり」
「エンヴィ・アイズ、ネル・アルクス、やっぱりこの二人は別格だな」
「エンヴィは八歳で未登録の魔術を開発したし、ネルも同じ年で大人顔負けの魔術の習得数だ」
「まさかこの村からあんな天才が同時に二人も出るとは思ってもみなかったよ」
「ネルは家柄も申し分ないし未来は明るいな」
「すでに王都の魔術学院の教員が視察に来てたからなら」
村の大人たちが魔術塾をやってる婆さんの家に集まってそんな話をしていた。
「あんたらそんな話をするためにわざわざ雁首揃えてこんなババアの家に押しかけてきたのかい?」
「そう言うなよ、皆あんたには感謝してるんだ。この魔術大国じゃ魔術の腕で貧富まで決まっちまう。だからあんたがこの村に来てくれてよかった」
「馬鹿だね、あの子たちの才能はあの子たちの努力の成果だ。それに、それがいいこととは限らんさ。子供の好奇心ってのは際限がないからいけない」
「そういうモンかね?」
「塾の時間なんだ、さっさと帰んな」
「分かったよ。そんじゃあ今月分の授業料は置いてくから、ガキどもの面倒を頼んだぜ」
そう言って大人たちは金貨を数枚机に置いて、家から出て行く。
(そーっとだよネル、はげしくうごくとかいじょされちゃうからね)
(わかってるって、まかせろ)
ゆっくり、音を立てないように……俺は机の金貨に手を伸ばした。
「おいバカガキ共、バレてないとでも思ってんのかい?」
瞬間、俺たちの目の前に焚火くらいの炎が現れた。
「「え゛!?」」
ひっくり返った俺たちは拍子に発動させていた魔術を途切れさせる。
「エンヴィ、バレてんじゃん!」
「なんでわかったの!? 【インビジブルドライブ】はちゃんとつかってたのに!」
「姿を消す魔術か。またとんでもないモンを開発してきたね。けど魔術師に気が付かれないようにするためには、魔力を消す技術が不可欠さね」
「魔力……そっか……」
「それはまだまだ弱点も沢山ある未完成の術式だね」
「けどエンヴィ、オトナたちはみんなダマされてたな。さすがだぜ、俺もまじゅつつくってみてぇなぁ」
「はは、僕は僕が一カ月かけてつくったまじゅつをふつかで覚えてきたネルの方がすごいと思うけどな」
「つくったヤツに教わっておぼえられないわけないだろ」
「……ったく、末恐ろしいガキ共だよ」
「なんか言ったかゼンばあさん?」
「なんでもないよ。それよりあんたら、他の子たちも来るから授業を始めるよ? とはいってもあんたらにとっては退屈かね?」
「まーそーだな」
「しかたないから受けてあげるね、ゼンばあさん」
生意気だね、と婆さんは俺たちに拳骨を落とした。
俺たちは素直に席に着き、いつものように授業が始まる。
俺とエンヴィは村を切っての天才で、一番の親友だった。
「ただいま」
「おかえりネル、今日の授業はどうだった?」
俺の家はこの村で一番立派な屋敷だ。
親父は王宮に勤める魔術師で、母親はその三人目の妻だった。
「いつもどおりたいくつだったよ」
「それでいいのよ。貴方はあの人の息子なんだから、才能があるんだから」
「うん、わかってるよ」
「あなたも立派な宮廷魔術師になってね。それだけが私の生き甲斐なの」
子供ながらに俺はわかっていた。
父がとっくの昔に母を捨てたことも、母が俺に期待するのは父に目を向けてもらうためだってことも。
夜になると、俺は部屋の窓から外に出る。
最近覚えた浮遊魔術のおかげで家から抜け出すのは簡単だった。
「よっ」
「やぁ」
俺とエンヴィは夜になると村外れの広場に集まり魔術の練習をしていた。
毎日飽きもせず、眠るのも忘れて沢山練習した。
多分、俺もエンヴィも家にいたくなかったんだ。
「エンヴィ、俺はおうとにいくぜ。きゅーてーまじゅつしになるんだ」
「おかあさんがそう願ってるから?」
「なわけねぇだろ。クソおやじよりしょうしんしてあごでつかってやるのさ」
「せいかくわるいね」
「じゃあおやじゆずりだな」
「はは……ネルはすごいね。僕は……」
「お前もさそわれてるんだろ? とくたいせいにしてくれるから、かねのしんぱいすんなって言ってたぜ」
「いや僕は……」
こいつの両親は元々、ある宗教のお偉いさんだったらしい。
俺たちが生まれるより少し前まで、王都には二つの主流な宗教があった。
それは『空神教』と『地神教』という宗教で、簡単に言えば『この星の回りを太陽が回っている派』と『太陽の周りをこの星が回ってる派』だ。
けど偉い学者が解析して、その問いに答えが出た。
太陽が動いていると言った空神教は聖戦に負け、主流な宗教は地神教だけになった。
そのせいでエンヴィの両親は王都を追われ、この村にやってきた。
けど、エンヴィの親は未だ空神教が正しいと信じていた。
その復活ための道具としてエンヴィを育てていた。
「なんで行きたくないんだよ? 親がはんたいするのか?」
「いや、僕の親はきっとそれをのぞんでるよ。だからいやなんだ。あのさいていな親の言うとおりに生きるのがさ……」
「ふっ、お前も性格わるいじゃん」
「はは、そうかもね」
「エンヴィはお前は俺のつぎくらいに『てんさい』だ」
「ネル……」
「あと、お前がいっしょの方が心強い。だから親のためじゃなくて俺のためにこいよ?」
「ネルってさ、わるい男に成長しそうだよね。僕が男でよかったよ」
「なんだよそれ? 俺はただじっせきつくって、ひとりで生きられるようになって、そんで『ぜつえん』してやればいいって思ってるだけだ」
「……分かった、僕もいくよ」
その四年後、俺とエンヴィは特待生として王都にある魔術学園に入学した。
◆
そこでもまだ、俺たちは天才だった。
「よぉ、ちょっと面貸せよ」
「お前最近調子ノりすぎだぜ?」
「なんスかセンパイ?」
魔術は力だ。
俺たちの国が魔術大国と呼ばれ、魔術の出来で貧富の差すら造られるのは『軍用魔術』によって他国を侵略してきた歴史があるからだ。
この国における魔術の練度は『地位』と言い変えても過言ではない。
「もう勘弁してください!」
「い、命だけはお助けを!」
「山賊か俺は……つーか絡んできたのそっちじゃん」
土下座した不良生徒二人が涙ながらに懇願してくる。
これじゃあ俺が悪者みたいだ。
「何してるのネル、弱い物いじめはやめなよ」
「エンヴィか、お前こそ何してんだよ?」
エンヴィは周りに女生徒を三人連れていた。
「いや、お昼を一緒に食べようって誘われたんだよ」
「お昼? ここ魔術の訓練所だぜ?」
「だからお昼を食べながら新しい魔術の実験をするんだよ」
「そいつらで?」
「そうだけど?」
お前の方が悪い大人だぜ。
俺たちは少しだけ大人になって、親というストレスがなくなった。
才能のお陰もあっただろうが、学園という開放的な場所が心地よかったんだろう。
俺たちは探求に明け暮れた。
「みんなも手伝ってくれるよね?」
「勿論だよ」
「エンヴィくんのお願いならなんだって」
「だから今度デートに」
「いやそれは無理だけど、よろしくね」
「はい……」
俺たちは宮廷魔術師を目指し、各々の研鑽を積んだ。
俺はただ実戦を積んだ。暴力に自信のある不良連中から喧嘩を買い続けた。
エンヴィは実験を好んだ。大量の知識を求め、大量の魔術を創出した。
――魔術学園には天才が二人いる。
互いが実績を造るたびに、俺たちは対抗心が燃え上がらせた。
俺たちはライバルだった。
エンヴィを俺の
エンヴィの連れてる女の一人がヒステリック起こして俺に不幸の魔術をかけたり。
エンヴィの開発した変な魔術のせいで、学校全体がお菓子になったり。
学園祭や研究発表会、クラス対抗魔術大会や不良を束ねていたマフィアとの喧嘩まで、色々と馬鹿なことをやった学生時代だった。
俺たちの力はどんどん強くなっていった。
◆
けれど、その拮抗は長くは続かなかった。
徐々にではあるが、俺とエンヴィの差は開いていった。
魔術を造り続け、宮廷魔術師も参加するような会議に参列するほどになったエンヴィと、ただ喧嘩を続けた俺との差はどんどん開いていく。
学園の卒業が間近に迫った十八歳の冬だった。
「ネル、僕さ宮廷魔術師にスカウトされたよ」
エンヴィに呼び出された俺はそう告げられた。
俺にも呼び声はいくつかあった。
軍を筆頭に冒険者や傭兵団のお偉いさんが会いにきたこともあった。
けど、宮廷魔術師ってのはそういう武人とは格が違う。
この国で最も名誉と実力を持った魔術師のことだ。
俺の目標だ。
けど、俺には宮廷魔術師の誘いはなかった。
「ごめん……」
何も言わない俺を見て、エンヴィはそう言った。
「何謝ってんだよ……」
数年前から気が付いてはいたんだ。
喧嘩ばかりの俺と、魔術を創り続けたこいつ。
そこには埋められない差があるのだと……
そしてこいつは、奇跡のような魔術を生み出したことで王に見初められた。
思えば、俺が使っていた魔術のほとんどはエンヴィが教えてくれたものだ。
エンヴィこそが本物の天才だった。
俺はその影を踏むだけの凡人だった。
「なぁエンヴィ、俺と戦ってくれ」
「あぁ、いいよ」
卒業式の日、俺はエンヴィと決闘した。
戦闘は『俺の領分』のはずだった。
「火球」
指先に灯した三つの炎を、エンヴィへ投げつける。
このころの俺に出せる同時発動可能な最大個数だった。
三つの魔術を同時に扱える。それはたしかに学園の不良の中で俺を最強にしてくれる技術だった。
けど、エンヴィの創り出した奇跡の魔術を前に、
「フィーチャービジョン」
相変わらずネーミングセンスねぇな。
未来を視る魔術だぞ。もっと壮大な名前にしろっての。
エンヴィは魔術を使うことすらなく、まるで始めから知っていたように俺の火球の魔術を容易く避けた。
攻撃も防御も意味はなかった。
エンヴィは俺が何を選ぶのかすべて把握していた。
回避先に精密に放たれる火炎が俺を焦がし、なんとか発動した魔力障壁は一点集中の光線で砕かれる。
「クソが、蒼炎球!」
それは俺が必死に編み出した必勝の魔術だった。
炎属性をより高温にアレンジし、爆発力を上げた魔術。
昔、エンヴィに教わった火球の魔術をアレンジしたものだった。
「発展術式……やっぱりネルは特別だよ……」
それでも、未来視の魔術は圧倒的だった。
「ネル……」
ボロボロになって、練習場の中央で仰向けに倒れた俺にエンヴィは悲しそうに話す。
「僕は宮廷魔術師になるよ。けど君はもう諦めた方がいい。君に宮廷魔術師の未来はないって僕の眼には映ってるんだ」
「黙れ。今はお前が上ってだけだ。すぐ追い付く」
「諦めなよ。君じゃ無理だよ」
「うるせぇ黙れ」
「……そっか、やっぱりネルはそう言うんだね」
そう呟いて、エンヴィは訓練所から去っていった。
身体が動かなかった。魔力も尽きていた。
しばらく休んでいようと思ったが、訓練所の扉がまた開き一人の女生徒が入ってきた。
「お前のせいだ……お前のせいだお前のせいだお前のせいだ」
「あ、誰だテメェ?」
「お前のせいでエンヴィくんが、私をフッたんだ!」
「俺関係なさすぎるだろ!?」
「黙れ、死ねぇ!!!」
そう言って女が振り降ろしたナイフは、俺の腹にブッ刺さった。
「テメェ……人様に刃物ブッ刺すってのはよぉ、ブッ殺されても文句ねぇってことだよなぁ!? いいぜ、ヤってやるよ!」
そう言って睨みつけると、「ひっ」と小さく声を上げた女は自分の制服が吸い取った俺の血を見て、逃げるように訓練所を出て行った。
全治三週間。
軍に入ることを決めていた俺は、就職早々長期休みするはめになった。
入院中に二通の手紙が俺の病室に届いた。
一つは軍から、そしてもう一つはエンヴィからだった。
『解雇通知:国王の命により、ネル・アルクスを本日付けで解雇とする』
「は?」
『悪いねネル。王様に進言して君をクビにして貰った。王都に君の居場所はない。君は僕に負けたんだから、潔く故郷へ帰りなよ』
「なんだそれ……」
その手紙を見た瞬間、全部どうでもよくなった。
母親の願いとか、父親への恨みとか、そんなの全部どうでもよくなった。
「なんだよそれ、エンヴィ……」
親友だと思っていた人間の、百八十度変わってしまった対応に愕然とした。
喧嘩を吹っ掛けたことを怒ってるのか?
俺の弱さにムカついてるのか?
それとも他に何かあったのか?
聞きたいことは山ほどあった。
けど、エンヴィは俺にもう何も期待していないんだろう。
俺とエンヴィの間には圧倒的な差があって、あいつの隣に俺の席はないのだということだけが事実だった。
◆
俺は故郷へ帰った。
「なんでそんなに役立たずなのよ!? 才能がないならあんたなんか必要ないのよ! あんたなんか産まなきゃよかった!!」
母親は泣いて喚いて怒って、何度も俺を殴った。
どうでもよかった。
「すまんねぇ」
「構わねぇよ」
身体を弱くしたゼン婆さんの代わりに、俺は村で魔術の講師をすることにした。
けど、辺境の村にいても宮廷魔術の活躍は耳に入ってきた。
王の側近に取り立てられたエンヴィは、その相談役としてたった数年で国のナンバー2とも呼ばれるようになっていた。
あいつは俺の親父を顎で使えるくらいの地位になっていた。
それを知っても、俺はやっぱり諦めてはいなかった。
講師をしながら村でも魔術の研鑽は続けた。
武力だけでは超越した魔術には勝れない。
俺にも独自の魔術が必要だった。
エンヴィを超える俺だけの魔術……その開発に生涯を尽くすことになんの疑念もなかった。
けれど自分の才能のなさに失望する毎日だった。
俺は喧嘩の才能はあったらしいが、どうやら魔術師としての才能は下の下だったらしい。
オリジナルの強力な魔術を創ることは艱難辛苦の道だった。
村に戻って十年が経ってもその願いは叶わなかった。
そして、ゼン婆さんが死んだ。
「あんたは特別なんかじゃない。エンヴィもそうさ。あんたらは私にとっちゃ、ただの小生意気なガキどもだ。特別な才能なんて人には必要ないんだよ」
婆さんは最期にそんな言葉を残して逝った。
別にエンヴィを怨んでるわけじゃない。
それでも婆さんの言葉は毎日研究漬けだった俺の心に、少しのゆとりを与えた。
「何してんだろ、俺……」
特別な才能なんて必要ない。
その通りだ。
俺には今の、この生活がある。
子供に魔術を教え、その報酬を村の大人にもらう。
たまに村で起こった事件を魔術で解決したりして、感謝される。
子供の成長を見ながら、緩やかに死んで行く。
きっと、それは『幸せ』と呼べるものだろう。
「もういいや、やめよ」
そう決めた瞬間、心が晴れやかになった。
研究道具を倉庫に仕舞い、俺は魔術の探求をやめた。
「あの、先生……お久しぶりです」
ある日、そんな風に俺に声を掛けてくる女がいた。
名前は『コファ・ユーノリテ』。本人はコンプレックスのように感じていたがそばかすが印象的な元気そうなヤツ。
十年前、俺が最初に受け持った生徒の一人だ。
たしか魔術を用いた『郵便屋』をして、国中を駆け回ってるとか言ってた気がする。
ちょっとポンコツだったけど、真っ直ぐに物事を言うヤツだった。
間違いを間違いのまま許しておけないというか、当たって砕けろ精神というか。
なんにでも挑戦するヤツだったから結構教えがいがあったな。
「村に帰ってたんだな、コファ」
「はい……それでですね……」
「ん?」
珍しく俯きながらもじもじとしているコファだったが、決心したように顔を上げる。
「あの先生、私と結婚しませんか!?」
「えっと……俺とお前の年齢差知ってる? 八個差だよ?」
「知ってます! 何も問題ないです!」
「あ、そう……」
どこか、魔術の探求をやめたことに負い目があったのだろう。
なんとなく、妻でもいれば探求をやめた自分を許せると思ったのだろう。
俺はその提案を承諾した。
「じゃあするか……」
「やった! やったよ!」
と喜ぶ彼女が視線を向けた先に、見守るようにこっちを見てる女が二人いた。
その二人の表情も嬉しそうで、応援するために付いて来たんだろう。
「てか、いきなり結婚でいいのか?」
「いいです。私、先生のこと本気で好きなんで」
「でもお前、俺のことあんまり知らないだろ?」
「いえ、ずっと見てましたよ。ずっと悲しそうでした。だから思ったんです。私が幸せにしたいなって。たとえ先生が無職のダメ人間になったとしても!」
「ならねぇよ。てか、そう……か」
俺は、悲しそうだったか……
「じゃあ俺もお前を幸せにしないとな」
俺がそう言うと、コファは真っ赤になった顔を両手で覆った。
「どうせだったら結婚式しようぜ」
研究用の道具を適当に質に入れれば、それなりの金額になるだろう。
「嬉しいです。本当に……」
「……あぁ。俺呼びたいヤツいるんだ。そいつ王都にいるからちょっと会ってくる」
「分かりました! 百万人呼びましょう!」
「そんなに知り合いいねぇよ、つうかその式どこでやんだ?」
なんて話をして、俺はエンヴィに会いに行くことを決心した。
別に、あいつが断るならそれでいい。
あいつが俺に何も期待してないのは分かってる。
結婚式ってのは多分建前。俺は自分の中の嫉妬心が消えたことで、あいつと真面に喋れるんじゃないかと思ったんだ。
「行ってくる。多分一週間くらいで帰ってくるから」
「はい! 待ってますね!」
半同居生活を送っていたコファに見送られて、俺は王都に旅立った。
徒歩と飛行術式を使った移動は、馬車と同じくらいの速度で進める。
険しい道を行く時はむしろこっちの方が早いくらいだ。
辺境の村から王都までは三日ほどだ。
そして三日が経ち、俺は王都に到着した。
しかし、そこにはこの国で最も繁栄する都市の形跡は一切残っていなかった。
「は?」
自分でも間抜けな声が出たものだと思った。
だって仕方ないだろう……
都も、建物も、人も、声も、匂いも、そこには何にもなかった。
急いで俺はそこに駆け寄る。
道を間違えたか?
いや、だとしてもこの国にこんな景色があるなんて聞いたこともない。
それは巨大な穴だった。
王都があったはずの場所は、巨大な穴に姿を変えていた。
下を覗けば無限に続くんじゃないかという闇が広がっている。逆に言えばそれ以外は何もなかった。
「意味わかんねぇ……」
そう呟いても現実は何も変わらない。俺と同じように困惑した表情で穴を覗き込む奴らもいるが、誰もが「ここは王都だったはずだ」と言った。
エンヴィはどうなった? 死んだのか? 分からない。
ここで何が起こった? いつ起こった? 分からない。
何も分からなかった。何の現実感もなかった。
茫然と立ち尽くして、二日ほどそのその周囲に泊まった。
何かが起こるかもしれないと思っていたのか、それとも自分が夢の中にでもいると思ったのか。
よく分からないが、俺は二日ほど穴を見つめ続けた。
けど、そこに変化は何もなかった。
寧ろ、現実が一気に押し寄せてきたのは村に帰った後だった。
道中の三日。滞在した二日。帰り道の三日。国の中でもかなり
「なんで……」
飛行術式で村へ戻ると、煙が上がっているのが見えた。
王都の消失。
その大事件を察知した隣国が、この国に一気に押し寄せて来ていたのだ。
各方面から様々な国の兵が押し寄せ、それに便乗する山賊や盗賊が国中に溢れた。
そんな政治的な発想など持ち合わせていなかった俺は、無駄に時間を過ごしてしまった。
火はすでに鎮火していて、村は灰になっていた。
燃えカスが煙を上げ、風が灰を舞い散らす。
「コファ! 皆!? 誰か、誰かいないのか!?」
誰でもいいから返事が欲しかった。
「いるぞいるぞ、俺がいるぜ~」
飄々とした態度で物陰から出て来た男は、獣の皮で作られた衣服を纏っていた。
剣を帯刀し、血の匂いを身体に纏った無精髭の男は、気味の悪い笑みを浮かべている。
「誰だお前……」
この村の人口は百五十人程度。
俺は全員の顔と名前を知っている。
けど、こんなヤツ知らねぇ。
「お前が誰かいないかって言うから出てきてやったんだろ? お前もしかしてこの村の住民か? そりゃ運の悪いタイミングで帰ってきちまったな」
そう言って、男は後ろ手に持っていた丸い何かを俺の前に放った。
「は?」
――それは、コファの頭だった。
「ははっ、もしかしてそいつ知り合いだった? 何回見ても親しい人間が死んだその顔ってウケるよな。だからしばらくは首をとっておくことにしてるんだ。おいお前ら、出てきていいぞ~」
男の声に従って、俺を取り囲むようにワラワラと蛮族面のクソ野郎どもが出てくる。
「そいつ、結構具合よかったぜ?」
男たちが嗤っている。
その嗤い声は俺が一人であることを自覚させる。
この時やっと、俺は事態の本質を理解したんだと思う。
もう、この国は滅びるのだ。
「あぁ、そうか……俺のせいだ……」
未来を視通せるエンヴィがこうなることを予見できなかったわけがない。
もしかしたら十年前のあの時点で、エンヴィはこの結末を知っていたのかもしれない。
「エンヴィ、お前が俺を突き放したのは俺を王都から逃がすためだったのか?」
分からない。今となっては問うことすらできない。
全ては俺が弱かったせいだと思った。
そうとしか思えなかった。
エンヴィが期待できるほどの才能がなかったせいだ。
魔術の探求をやめたせいだ。強さを諦めたせいだ。
全部、全部、全部、俺のせいだ。
エンヴィの隣にいてやれるくらい、王都がなくならないで済むくらい、村が滅びなくても済むくらい、俺は強くならなくちゃいけなかったんだ。
なのに俺は、エンヴィに、ゼン婆さんに、コファに、甘えちまった。
強くなくても幸せならいいなんて言い訳を重ねて、能力の無さを才能のせいにして……
魔術から逃げた。
強さから逃げた。
修練から、探求から、親友から、逃げて、逃げて、逃げちまったんだ。
「そうか、俺は最強でなきゃいけなかったんだ」
「さっきから何言ってんだお前? お前らやっちまっていいぞ~」
全部で三十人くらいか。魔力感知で探ったから間違いない。
この村にいたのは子供や老人を合わせて百五十人。若者だって戦闘の経験を持ってるヤツなんてほとんどいなかった。魔術を教えていたと言ってもほとんどは生活を豊かにするための魔術で、戦闘用じゃない。
戦い慣れして武装もしてるこいつらなら簡単に殲滅できるだろう。
きっと戦いにもならなかっただろう。
それは一方的な蹂躪だったんだろう。こいつらの傷の具合を見ても明確だ。
「とりあえず、お前らは死ね」
もう遅いかもしれない。
いや、確実に遅いだろう。
けど、誓うよ。
俺はもう逃げない。
「蒼炎球」
「え?」
・
・
・
山賊三十四人の死体を燃やした後、俺は家の倉庫にあった研究道具を出した。
飯を食うのも忘れて、寝るのも忘れて、俺は毎日研究した。
未来を視るほどの魔術を創った親友に追いつくために、俺は俺の執念の限りに魔術を探求し続けた。
稀にくる来訪者を実験に使い、どこかの国の兵を相手に魔術の威力を計り、俺はただ最強になるためだけに魔術の研鑽を続けた。
その執念が形となったの九十を過ぎたころだった。
それは『固有属性』となり、新たな魔術を生み出した。
「転生術式……名前はどうすっかな?」
エンヴィだったら、またクソダセェ名前にすんだろうな……
最初の人生の最後は、俺の故郷の国を取り込んだ国の大隊と戦い尽くして終わりを迎えた。
人間の殺し方、壊し方は心得ていたつもりだったが、それでも俺は老い過ぎていて、数百人の軍相手に勝ち目はなかった。
死を迎えた俺は転生術式【ネクストゲーム】によって新たな生を手に入れる。
もう逃げないと誓ったからだ。
何度繰り返しても俺は必ず〝最強〟を手に入れる。
つっても、思い返してみれば何度も揺れた……揺らされたな……
二度目の人生の時は、恋人なんか造ってたし。
けど、俺が転生してるってことを教えるとそいつは離れた。
代わりに別の女と付き合ってみたりして、何してんだ俺って自己嫌悪が頭を埋めた。
リアの時も心を揺らされた。
リンカの時も、ヨスナの時も、正直助ける理由なんてなかったはずだ。
ネオンが言った通り、あいつらに才能を感じたなんて言い訳だ。
でもそうか……思い返してみれば、俺の物語は『助けられなかった』経験から始まってたんだ。
今更こんな昔のことを思い出すなんて、アマツとの同期のために結構無茶な処理でもしてるんだろうか。
まぁいい。
俺のやることは変わらない。
次は十二度目の人生か。
俺は何度転生したとしても、必ず最強になる。
それが俺の贖罪であり、一度諦めた俺が俺を許せる唯一の条件だ。