剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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ホムンクルス
84「やり直し」


 

「ゴボォ!」

 

 口と鼻の中に水が流れ込んでくる。

 水で満たされた透明なガラスの箱の中に閉じ込められてるみたいだ。

 

 ――紫熱連環(しねつれんかん)

 

 水中で発動したその結界術式は、ガラスを破り俺の身体を外へ出す。

 

「ゴホッ……はぁ……どういう状況だ?」

 

 呼吸を取り戻しながら状況を確認する。

 どうやら俺は全裸でガラスの容器に閉じ込められてたみたいだ。

 そして、俺以外にも大量に同じようにガラスの容器に閉じ込められているヤツらが周りにいる。

 

「なんだこれ……?」

 

 ガラスの容器の中にある人間たちは全員が同じ姿をしていた。

 察するに、きっと俺も同じ顔や体付きをしてるんだろう。

 

「しかもこの身体、外に出た記憶がねぇ」

 

 この身体はここにずっといて、この容器の中にずっといた記憶。

 出ようとは思わなかった。出ようという意志がなかった。

 この身体はまるで機械のように、自我というものを持って生まれなかった。

 

 そしてもう一つ。

 薄暗いこの室内で目を凝らせば、無数にあるカプセル全てに同じ名札が付けられているのが分かる。

 

『ネル・アルクス』。

 

 それは、俺の最初のフルネーム。

 十歳を迎えた『ネル』という人間がこの星に今何人いるかは分からないが、多くても数人だろう。そしてこの体の肉体年齢は十歳。

 

 だとすれば、この無数に存在する『ネル・アルクス』のどれかに俺が宿る可能性が高いってわけだ。

 

 

 確定だ。誰かが人為的に、俺がここにある身体に転生するように肉体を用意し、名前を付けた。

 

 

「誰だ? こんな真似しやがったのは?」

 

 少なくとも俺の転生術式のことを知ってるヤツだ。

 女神か、リアたちか、もしくはミラエルとか……もしくはナイアセラムのような窮王種か?

 

「……考えても分かることじゃねぇな」

 

 それにこれは口が軽い俺が招いた結果だ。責めるなら自分自身か。

 

「とりあえずここから出るか」

 

 金属の壁で囲われたその部屋にあった唯一の扉から外に出ると、そこは衣装室だった。

 古今東西様々な文化圏の衣装が乱雑に置かれている。

 衣装室の扉は二つ。衣服を適当に借りて、俺は入ってきたのとは別の扉から外に出る。

 

 薄暗い一直線の廊下を百メートルくらい歩くと、更に扉が一つある。

 

 扉を抜けると、そこには和風の寺の中のようだった。使い古された剣や刀が幾つも転がり、壁や床に沢山の血の痕がある。

 しかし、急に様変わりしたその光景に驚いている余裕はない。

 

「いざ尋常に……」

 

 三メートル以上(角を含めれば四メートルオーバー)の巨漢。赤と青が混ざったような皮膚と、刀と同じくらい長い二本角は、オーガの姿に似ているが、見たことない種類だ。

 体温が高く、常に吐く息は白い蒸気のようだ。

 筋肉質な体だが、少し腹の出た姿。服は和風の腰巻以外は特に着用していない。

 

「なんだテメェ?」

『種族名:極狂剣鬼(スペリオル・オーガ)。レベル:100。AIモデル:剣王・葛城波将(かつらぎはしょう)

 

 声は目の前の魔獣からじゃなく、部屋のどこかから聞こえて来た。

 その声に人間味はなく、ビステリアの声に近いスピーカー特有の音質に聞こえた。

 

 極狂剣鬼(スペリオル・オーガ)は、床に落ちた刀を一つ拾上げ、構えた。

 

「やる気か? いいぜ、魔剣召喚【龍太刀】」

 

 俺も武器を呼び出す。

 

「小手調べだ。こいつをどう受ける?」

 

 龍太刀に魔力を流し、飛翔する斬撃を見舞う。

 

「豪撃」

 

 そう呟くと同時に、(オーガ)は俺の龍太刀に合わせて剣を振るう。

 

「マジか」

 

 その鬼は、俺の龍太刀を一刀で弾き飛ばした。

 身体強化と武装強化がすさまじく洗練されている。

 

 鬼が走る。文字通り鬼気迫る。

 

「速撃」

 

 横薙ぎに振るわれた高速の一刀は、寸分の狂いなく俺の喉を狙う。

 

「ナメんなよ」

 

 だが、骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)で視えてる。

 その一撃を魔剣で受け止める。

 

「連撃」

 

 すぐに引かれた剣が速度を保ったまま再度振り下ろされる。

 

「雷切」

 

 アマツの開発した奥義の一つ。連撃には連撃で対応する。

 雷を帯びた高速連撃をもって、俺はオーガの連撃に対抗する。

 

「豪突」

 

 引き絞られて造られるのは突きの型。

 息を合わせるように、俺は動きをトレースをし、突きを合わせる。

 

龍艇指電(りゅうていしでん)

 

 切っ先と切っ先が一瞬拮抗し、両者を弾く。

 強制的に空いた距離、オーガは刀身に左腕を宛がい呟く。

 

火刀(ひとう)

 

 剣に炎が宿る。試すようにオーガがそれを振るえば、斬撃の軌道状に炎が舞った。

 炎属性の付与術式か……俺相手に?

 

「面白ぇ!」

「連突」

「蒼炎付与――龍艇指電(りゅうていしでん)

 

 激突するは互いに拡張された突き。赤い炎の刺突と、雷撃を纏う蒼い炎が激突する。

 

 貫通するのは俺の術式だ。

 これは蒼炎+雷切+龍太刀の三つの術式を合わせた魔術。

 単一の付与術式に負ける道理はない。

 

「ッチ」

 

 だが、ヤツのそれは連撃の剣技だった。

 貫通した俺の一撃はヤツの左肩を貫いたが、ヤツの連撃は俺の右ふくらはぎと左の二の腕を焦がす。

 

「雷刀」

 

 走りながら付与された属性が変化する。火に変わり雷。剣速が上がった。

 

「連撃」

「雷刀」

 

 俺とヤツの速度はほぼ同し。

 だが、足を怪我してる分、左腕しか傷を受けていないこいつより俺の動きが雑になる。

 

「回転撃、豪撃、速撃」

 

 剣戟の種類が一刀一刀代わり続ける。

 対応するために必要な力加減が一発ずつ変わる。

 力を込め過ぎると次の一撃の対応が間に合わない。込めなさすぎると押し切られる。

 

 なんだこいつ……俺の剣の腕はアマツの記憶と同期したことでかなり向上している。

 なのに、俺が後手に回らされる。

 

「足踏み」

 

 傷を負った方の足が、オーガに踏み潰される。動きが限定された。

 

「豪撃」

 

 冥奥【蠅驥尾(ようきび)】。それは相手の術式を模倣する。

 

「豪撃!」

 

 その一刀は身体操作によってのみなされるものではない。

 それは卓越した魔力操作と身体操作を織り成すことで発動される、術式であり剣術。

 

 けど、今の俺なら模倣できる。

 そして、俺の斬撃は一つに留まらない。

 

 使わせてもらうぞ、あんたの【窮奥】――

 

「――空太刀」

 

 俺が放った豪撃は複製され、オーガの背中に現れる。

 大量配置して敵を削り切るなんてのは本来の使い方じゃない。そもそも『空太刀』は初見殺しの斬撃だ。

 

「グ……」

 

 背を斬られたオーガが呻く。痛みに緩んだ一瞬、俺は魔剣へ魔力を込める。

 

「龍太刀」

 

 ゼロ距離で放たれたその斬撃は、オーガの胸に大きな傷を残す。

 オーガロードならこれで終わりのはずなんだがな……こいつはロード以上の上位種ってことだ。

 

 俺が戦えてるのはこの身体の性能がそこそこ高いからだ。

 アマツほどじゃないが、前の王子の初期段階に比べれば肉体強度も魔力量も格段に上。

 小柄なのもメリットとして活かせる。

 

「フゥ……二刀流」

 

 オーガが近くに落ちていたもう一本の刀を拾った。

 

「雷刀、氷刀」

 

 右の刀に電撃、左の刀に冷気が纏われる。

 

「豪撃」

 

 氷の刃が地面をなぞるように下から上へ斬り上げられる。瞬間、地面から氷の柱が生み出され俺に迫る。

 

「龍太刀!」

 

 氷を一閃。砕く。氷片が視界に散らばる。

 

「縮地」

 

 オーガは氷の影に隠れて距離を詰めてくる。

 

「速撃」

 

 剣速を上昇させる雷属性の付与術式が宿った右の剣が振り下ろされた。

 

 早っ。振ったばっかの龍太刀で受けれるタイミングじゃない。それに受け止められたとしても、次の左の一撃がもう迫ってる。

 

「はは、いいぞお前」

 

 ――二刀流・魔剣召喚。

 

「空太刀」

 

 召喚したもう一本の龍太刀で雷の付与を受け止め、その斬撃を複製して氷の斬撃を弾く。

 

 けどそれでもまだ(ヤツ)の攻撃は止まり切ってない。氷属性の氷柱が来る。

 

 俺は剣を手放し、掌底で氷柱を正面からブッ叩く。

 

「蒼炎螺玉!」

 

 オーガの左右の刀を両方弾き、同時に氷柱が砕ける。

 体制は俺が有利。このまま魔剣を再召喚すれば一撃入れられる。

 

「逆行」

 

 オーガがそう呟いたその瞬間、オーガが体制が一瞬で変化する。両手の剣を振りかぶる姿勢。

 肉体運動としての変化じゃない。なんだ、何が起こった?

 

 蠅驥尾(ようきび)で魔術の解析……って、やってる場合じゃねぇ。

 (こいつ)はもう攻撃のモーションに入ってるんだ。それにあの術式の効果が分からない状態で戦うのは危険過ぎる。

 

「仕切り直しだ。蒼炎龍咆! 蒼爆!」

 

 龍の息吹を前方に放ち、俺は足裏に発動させた蒼爆で距離を離す。

 

 あわよくば蒼炎龍砲で倒せてねぇか……

 

「火刀、氷刀」

 

 まぁ、無理だよな。

 

 つうかこいつ、普通にめちゃくちゃ強ぇ……

 剣の腕は超一流で隙はない。身体強化や魔力感知の性能も俺と同等かそれ以上。

 

 戦術も厄介だ。火属性の斬撃拡張、雷属性の剣速向上、氷属性の地形操作。それを二つ同時に入れ替えながら使ってくる。

 

 そして、さっき見せた『逆行』というワードで発動した未知の術式。

 

 冥奥【蠅驥尾(ようきび)】を使える俺は、意図せずとも簡単な術式の効果なら解析できる。だが、あれは全く原理が分からなかった。かなりヤバいことをしてると見るべきだ。

 

「魔力消費が激しすぎるからこの身体で乱発はできねぇが、この状況じゃ龍魔断概は使えねぇし、ナメてかかれる相手じゃねぇ」

 

 前世で開発した俺のオリジナル。

 きっと俺以外の誰も到達したことがない、思考領域。

 

「――神格思考(マスター・プロセス)

 

 この身体じゃ数分が限界だ。けど、そんだけあれば十分だ。

 

「魔剣召喚【龍太刀】」

 

 再度呼び出した魔剣を雑に振るう。

 最初と同じように『豪撃』で弾かれるが問題はない。

 剣を振るだけの俺と、剣を弾かなければならないヤツとでは奪われる時間(よゆう)に差がある。

 

 歩きながら剣を振り、徐々に距離を詰めていく。

 

「豪撃、豪撃」

 

 俺の龍太刀を弾きつつ、火属性の斬撃を飛ばしてきた。しかし今の俺にとってその斬撃の速度は限りなく遅い。

 身体を逸らして躱し、進む。

 

「連撃」

 

 氷属性の連撃によって氷柱をいくつも呼び出し、姿をくらませた。

 

「無駄だぞ。この状態の俺は魔力感知の精度も向上してる。ほらそこ」

 

 放った斬撃は俺の右側に回り込もうとしていたオーガを正確に捉える。不意を突かれたオーガは斬撃が間に合っていない。

 

「逆行」

 

 来た、あの魔術だ。

 今度はオーガの魔力反応の位置そのものがズレた。

 

 転移系の術式なのか? いや、違う。これは転移というより……

 

「無呼吸」

 

 オーガの滑走速度が上がった。グルグルと俺の周囲を走り回りながら氷柱をいくつも生やしている。

 今あいつが使ってるのは肉体の疲労を軽減する術式か。

 

「なんか準備してんのか? いいぜ、待ってやるよ」

 

 グルグルと俺の周りを動きながら、氷柱を生やし続けたオーガは最後の一周で自分で作った柱を斬っていく。

 

 重力に従って、氷の柱は俺を目掛けて一斉に倒れてくる。

 

「縮地」

 

 その衝撃に紛れてオーガは俺に突っ込んできた。

 

 俺にとっては全部がスーパースローな光景だ。飛び散る氷の一片に至るまで全てを計算できる。

 

「空太刀」

 

 造り出した斬撃は全部で二十四。最適な場所に配置することで、迫りくる全ての氷柱の軌道が俺を避けるように変化する。

 

「これで残るはお前だけだ」

「雷刀、雷刀――連撃」

「その斬撃も全部見切れる」

「二刀流【魔剣召喚】――雷切」

 

 全斬撃に、的確な角度で刃を合わせる。放たれたオーガの六十四撃全てを弾く。

 

 その時点で、今まで無呼吸運動で走り回り、斬撃を繰り出し続けたオーガの限界が来る。

 

 一瞬の硬直。しかしそれは、今の俺にとっては致命的な隙だった。

 

「終わりだ。龍太刀」

「逆行」

 

 来た、視ろ……

 

 オーガの身体が、瞬間的に移動し龍太刀の射角から外れた。

 

 いや、この表現は少し間違ってる。これは……

 

「そうか、お前の術式は対象を自己に限定した【過去への跳躍】か!」

 

 オーガの眼が見開く。どうやら俺の言葉を理解できてなかったわけじゃねぇらしいな。

 

「けど残念だ。お前ほど卓越した存在でも、自分の身体を数秒戻すのが限界か……いや、そりゃそうだよな……」

 

 時間に干渉する術式なんて、エンヴィ以外に見たことねぇ。

 

 そりゃ何度も願ったさ、もしも『時を遡る』魔術があればって……

 

 でも、そんな都合の良いモンはねぇってことも分かってる。それは魔術の領分を超えた奇跡だ。

 

「さぁ、再開しよう。お互い底は見せ合った」

「グゥ」

 

 それは獣染みた声だったが、俺はその呻きに武人としての矜持を感じた。

 

 ならば俺は、剣聖として本気で相手をしてやる。

 

 

 ◆

 

 

 結局、『神格思考(マスター・プロセス)』が効果切れになるギリギリまで戦いは続いた。

 

 俺の体感では数時間に及ぶ決戦だった。まぁ神格思考(マスター・プロセス)を発動させてからはオーガの攻撃は一発も俺に当たらなかったけど。

 

「それなりに強かったぞお前」

 

 たしか極狂剣鬼(スペリオル・オーガ)っつってたな。その死骸を跨ぎ、それは入ってきたのとは反対側にあった扉を開けて進んだ。

 

 また廊下を百メートル近く歩くと次の扉が現れた。

 

 そこはたしかに室内だったが、地面には砂と土が巻かれていた。

 

 室内は荒野のように広がっている。夜のように暗かったが、その中央には煌々と輝く光源が一つある。

 

『種族名:金黒獅虎(GB・ライガー)。レベル:100。AIモデル:殺戮者(キラー)・【閲覧禁止】』

 

 全長十メートル程の巨大な獅子と虎のハーフのような外見の魔物。体毛は黒と金で、同質の雷を身体に纏っている。

 

 ギロリとその瞳が俺を向く。

 捕食を目的としたそれじゃない、それは殺戮者としての視線。何かを殺すことに喜びを持つ鬼畜の瞳。

 

 感じる圧力は、極狂剣鬼(スペリオル・オーガ)と同等かそれ以上――

 

「魔力残ってねェっつんだよ……」

 

 

 ◆

 

 

「ゴボォ!」

 

 移動速度が龍太刀の剣速を超えていた。

 電撃を纏ってるせいで近接攻撃ができない。

 豊富な遠距離攻撃を無尽蔵に放ってくる。

 魔力があれば、絶対負けなかった……

 

 あぁ、言い訳だ。俺は負けた。

 

 そしてまた、俺は最初の部屋に戻ってきた。

 どうやら、ここにある体は全て十歳以上に成長しないようになってるらしい。

 俺は何度死んでも高確率でここに戻ってくる。

 

「俺をここに閉じ込めたいってわけか……」

 

 いや、ここにある体全部殺して自害すれば外に出れるかもな。

 

 けど、それはつまりさっきのヤツから逃げるってことだろ……

 そんなの納得できるかよ。

 

「面白れぇ……誰がやったか知らねぇがノッてやるよ……」

 

 あのライガーの後ろに何体控えてるか知らねぇが、全員ブッ倒して直ぐにこっから出てやる。

 

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