剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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88「滅亡」

 

「お前らも噛んでたのか……」

「そうですね、最後の試練は私たち三人を倒すことです」

「いつでもかかってきてくださって大丈夫ですよ」

「……何度でもお前を殺してあげるわ」

 

 それは紛れもなくリンカで、ヨスナで、リアだ。

 見た目も、魔力の質も、話し方や仕草も、同じように見える。

 

「お前ら誰だ?」

 

 けれど、何かが違う。

 

「どういう意味ですか? 私はリンカですよ」

「いいや、お前らは偽物だ」

 

 俺がそう言うと三人は安堵するように小さく笑みを浮かべた。

 

「その通りですよ貴方様、私たちは女神によって再現された疑似人格です」

 

 前の部屋の魔獣の中に大昔の偉人の思考回路が入ってたのと同じように、こいつらもコピーされた人格ってわけだ。

 アルカナと同じように肉体も完全に再現されている。

 

「ネル」

 

 リアが一歩前に出る。

 

「お前が私たちと会ってるってことは……」

 

 なんだよその切ない顔。

 やめろ。言うな。

 

「すでに私たちは死んでいるわ」

「そうか……」

 

 俺が遅いのなんていつものことだ。

 必要な時に必要なものをすべて揃えられるのは限られた天才だけなのだから。

 

 それでも、やはり俺のやるべきことは変わらない。

 

「それで?」

「お前がナイアセラムを倒したことで七番目の女神アポルは本気になった。残り五体の窮王種すべてが惑星への被害を度外視して女神を探し始めた。人類が滅亡するのに数カ月もあればこと足りた」

「そうか」

「この人格を複製した時にはすでに人の都市は一つしか残っていなかった。私たちは本気で戦いに赴くけれど、それでも勝てたかは分からない。いえここに私たちがいるってことは負けたってことなんでしょうね……」

「だから?」

「ネル、世界は多分滅びてる。だからずっとここにいて。死ぬまでずっとここにいれば殺されることはない。ちゃんとご飯も用意してあげる。私たちもいる。ずっと一緒にここにいて? お願い」

 

 違和感しかねぇ……

 リアが俺にこんなことを言うだろうか?

 つまんねぇ小説みたいに、誰かの意志に乗っ取って言わされているようなセリフだ。

 

「所詮は疑似人格だな……俺が本気でその提案に頷くと思ってんのか? 俺がお前らに勝った相手に挑まないなんて選択があり得ると思うのか?」

「思ってないわよ。だから強制的にそうするために私たちはここにいるの」

 

 三人の魔力が昂っていく。

 説明は終わりだと語るように。

 

「お前は殺させない。お前をここに閉じ込めてお前を護る。それが私たちの意志」

 

 世界は滅びた。

 あの時と同じだ。

 俺の知らぬ間に、ものは勝手に壊れていく。

 

 護る、か……

 なぁエンヴィ……お前もそうだったのか?

 

「クソが……どいつもこいつも……なんなんだ……」

 

 ……俺は、お前らに護ってもらわねぇといけねぇほど弱ぇのか?

 

 

 ◆

 

 

 原子核の龍王アザトゥルム、空虚なる魂王ヨルグレイス、豊穣の母王アシュグラス、万腕の支配者クラケトルフ、黄蝕の皇太子ディストヴィア。

 

 

 それは伝説、あるいは神話に登場するような超常の生命だ。

 女神より最初の特異点として認められた六つの生命でもある。

 

 腕の一振りで天変地異を巻き起こしてしまうような、単体で種を根絶してしまうような、一騎で世界を滅ぼせるような……そんな存在が五体、世界各地で暴れはじめた。

 

 七柱の女神の投票によってのみ『システム・RE・ユニバース』は機能を実行する。

 それは、端的に言ってしまえば【惑星を自由に改造する権利】だ。

 

 アポルの目的は、この星を空の女神が愛する空の種族の存続に適した星へ変えるために、女神を殺し、権限を簒奪すること

 

 しかし空の女神も窮王種の力を使うのは本意ではなかった。

 惑星の環境を破壊しすぎてしまうその力は、『システム・RE・ユニバース』の力を持ってしても復興に時間がかかる傷を残してしまう可能性があったからだ。

 

 だから、白龍アザブランシュなどの窮王種の配下を使って女神を探していた。

 しかし、そんな悠長なことを言っていられないことが起こってしまった。

 

 ナイアセラムの死亡。

 

 究極の生命体である窮王種の一角が人間に殺された。

 その事実は、アポルの圧倒的な戦力優位を崩すものだった。

 

 だから、本気になるしかなかった。

 どれだけ星が傷ついても、ナイアセラムを打倒した存在が力を付ける前にすべての女神を捕らえるしかなくなったのだ。

 

 

 

 ネルの十一度目の死亡から二ヵ月が経過。

 

「ミランシェ共和国、商業国家ミカグラ、魔法国アルディスタ、ファクナ地底国、獣国クリスタリカ、流走の民の一団、滅亡を確認しました」

「呪術師アーリン、炎の天帝ガストル、獣王グレン、元剣聖ゲジョウ・トーヤ、月光の魔術師ムーナ、大山賊オルスト……そして救援に向かわれた剣聖ミラエル様と剣聖マミヤ・カエデ様の死亡を確認しました」

 

 数多の都市と数多の英雄の――敗北。

 上げられた報告は絶望的なものだった。

 

 今や世界に満足な機能を持つ都市は多くはない。もしかしたら今この場所こそが最後の人類都市かもしれない。

 窮王種の暴れる場所と残った都市の位置と数を知るこの場すべての者が予感していた。

 

 ここが落ちれば『人』は滅ぶ。

 

「状況は絶望的だな」

 

 レイサム王国・国王ダジル・オール・ヴィジェクト・サエラ・クラニス・レイサムは、目頭を抑える。

 

「そうですね」

 

 エルフの里・族長メイラナル・ステラクセルロディア・ハービティア・クレイラドレンスは悲し気に俯く。

 

 レイサム王国王都王城玉座の間には二人を中心に集まった各国の長と、剣聖の御前試合に参加していた実力者たちが揃っていた。

 

 そこに紛れる形で、六つの金属の球体が王たちの後ろに鎮座する。

 

『――状況を整理しましょう』

『――現状、窮王種へ立ち向かえる戦力は一つのみ』

『――特異点08【ネル】を使う』

『――システム・RE・ユニバースの機能を使えば最適な身体を用意可能』

『――遺伝子改造技術を使えばホムンクルスの製造とその身体にネルを宿すことは可能です』

 

 窮王種が星の被害を度外視して暴れはじめたならば、最早隠れるという選択肢はない。。

 リンカやネオンの仲介によって、女神は人類と協力関係になっていた。

 

『――無限の命をもって、彼を勝つまで戦わせる』

 

 人知を超越した演算能力によって女神が出力した最適な手段が語られたその瞬間――玉座の間に暴風が巻き起こった。

 机も椅子も人も、すべてが壁際まで吹き飛ばされる。

 

 道を塞ぐすべてを吹き飛ばし、そのエルフは悠々と女神の前まで進んだ。

 

「今なんて言った?」

 

 形相という言葉を体現したその様子は、この場にいる全員に緊張を走らせる。

 

「やっぱり女神なんて上から目線なら名前を自称してるだけあるわね。そんなことを私が許すと思ってるの?」

『では、どうすると? それに個体名ネルの思考パターンであれば誘導することは容易い……いや、誘導などしなくても勝手に突撃してくれることでしょう』

 

 答えたのは女神の長女。

 この星で最初に生まれた生命、【龍】を担当する女神「ウルス」だ。

 

『説明はしたはずです。いえ、していなくても現状を考えれば理解できるでしょう? このまま放置していれば世界は滅ぶ』

「問題を全部他人に丸投げしようって態度が気に入らないって言ってんのよ」

『ではどうすると?』

「私が倒す。それで全部解決でしょ?」

『リンカとヨスナと共に戦ったにもかかわらずナイアセラムに敗北した貴方が、同格の存在五体を討伐すると?』

「そうよ」

『その実行が可能であるという根拠の提示を求めます』

「ないわ。でもやるのよ。お前たちも同じ意見でしょ?」

 

 リアが視線を向けたのは黒い髪の龍人と栗毛の獣人。

 同じ敵を前に共闘した戦友であり、同じ男に人生を狂わされた似た境遇の相手。

 一度は争ったからこそ、彼女たちは互いの力と頑固さを認めている。

 

「はい」

「えぇ」

 

 確固たる意志を持ち、二人は頷く。

 

「そもそも、スケルトンに転生した際のような女神の力による転生先の限定もタイムラグを完全に無視できるわけではないですよね? だったら窮王種一体と相打ちになったネル様が復活しても勝てるとは思えません」

「あの人の願いは最強であって、世界の救済ではないのだから、あの人の目的は世界が滅びたあとでも達成できる。だったらネル様が戦うのは最後でいい。そして、その相手は――」

 

 最強という願望。

 リアとリンカとヨスナの三人は、ネルの生存理由(アイデンティティ)を誰よりも知っている。

 だからこそ、三人の願いは同じ場所にある。

 

「私でありたい」

「あいつの最後の壁は私よ」

「いいえ、私です」

 

 それがどれだけ狂気的な感情でも、どれだけ残酷な結末だとしても、その起源が愛情であると確信を持って言える。

 

 その思考には微塵の迷いもなく、その意志が欠けることはない。

 

 ――自分こそが、愛した男が手をかける最後の生物になりたい。

 

 それが今の三人の共通する願いだった。

 

 けれど、今の状況ではそうならない。

 窮王種――神より『最強』と認められた存在。

 そんなものが生きていればネルの最終的な目標は必然的にそれになる。

 

 そんなこと許せるわけがない。

 

 けれどそんなのはナイアセラムに負けた敗者の戯言だ。

 

 悔しい。負けたままじゃいられない。

 

 彼女たちを突き動かすその感情は『嫉妬』だった。

 

 その強く硬い意志が、瞳を介し、機械(めがみ)の中へすら入っていく。

 

『……』

 

 決定権とは常に強者が持つものだ。

 この場にいる全ての存在が理解している事実が一つある。

 この三人こそが、この場で窮王種に勝る唯一の可能性。そして同時にこの三人は自由な時に女神を壊せる。

 

 ――ただ『強い』から。

 

 それだけの理由で、三人の意志はこの場で最優先される。

 

「言っておきますが、私は貴女方の性能を把握してますので」

 

 ビステリアを通じ、リンカは女神の性能のほぼすべてを理解している。

 それは勝手な真似は許さないという、忠告だった。

 

「そもそも世界が滅びかかってるのはナイアセラムを倒したネルのせいでしょ? そんなヤツに任せるなんて馬鹿じゃないの?」

『はぁ……分かりました。では、こちらを貴女方に授けましょう』

 

 ティルアートとビステリアを除いた四つの球体(めがみ)から、白い輝きを放つ宝具が浮き上がるように現れる。

 それは冠、弓、槍、盾の形状を取っていた。

 

『どうぞお好きなものを。多少は勝利できる可能性が上がるでしょう』

「要らないわよそんなもの」

「私も、必要ありませんね」

 

 リアとヨスナの二人は、女神の提案を一蹴する。

 

『どうしてですか? これはあらゆる魔力を無効化する聖武具です。勝利が欲しくはないのですか?』

「チートってのはいつだって雑魚が欲しがるものでしょ。自分の能力に不安があるからそんなものに手を伸ばすのよ」

「右に同じく。私は私の力だけで戦わせていただきます」

 

 魔法へ至った魔術師として。

 龍へと至った人間として。

 

 それは彼女たちのプライドで、それがあったからこそ彼女たちはその強さへ至れた。

 

 しかし、最後の一人はそんな高潔さとは真逆の心理でここまで来た。

 

「じゃあ全部、私が貰っていいですか?」

「いいわよ」

「かまいません」

『正気ですか? リンカ、貴女はすでに【聖鎧】を所持しています。加えて四つもの聖武具を所持するには内包する大量の魔力を抑え込む必要があります。もしそれができたとしても、それは常に魔力を逆流させるようなもの。己の寿命を削る行為ですよ』

「私は自分を強いと思ったことなんて一度もありません。だから、使える力はすべて使うんです。あと、四つじゃなくて五つです」

 

 聖なる冠を、聖なる弓を、聖なる槍を、聖なる盾を……リンカがそれらに触れていくと、その武具たちはリンカの中に吸い込まれるように消えていく。

 そして、その場にいたネオンの前までリンカは歩いた。

 

「ネオンさん、聖剣(それ)をいただいてもいいですか?」

「まぁ、私じゃ無理だっていうのは前の戦いで思い知ったからね。分かったよ、けどその代わり絶対勝って、それでネルをぎゃふんと言わせてよ!」

「善処します」

「もうちょっと勇者らしい返しを期待したんだけどね……でもそれでこそ君らしい」

 

 そう言って聖剣は手渡される。

 ティルアートとの契約は解除され、継承される。

 六つの女神が窮王種から逃げ隠れるために造った六つの武具。

 そのすべてを一個の生命が宿したことは、今まで一度もないことだ。

 

「少しキツイですね……でも、ネル様が龍に殺された時ほどじゃない……」

 

 平静な表情でリンカは拳を何度が握り直す。

 

「ウルスさん、一つお願いしてもいいですか?」

『なんでしょうか?』

「私たちの記憶と身体をデータとして保存しておいてくれませんか? もし私が負けてネル様が目覚めた時は、ネル様を強くするのに使ってください」

『それに意味があるのですか? 貴女方が負けた時点でこの星の種の敗北は確定するのですよ?』

「その約束をしてくれた方が、私のパフォーマンスが上がるからです」

『貴女方が負けたあと、私たちがネルを復活させるとは思わないのですか?』

「それをしても勝てませんよ。ネル様が捕まって、死なないようにされて、それで終わりです」

 

 ネルの転生術式はすでにアポルに知られている。

 万全な女神はその眷属が持つあらゆる情報を収集する機能を保持しているからだ。

 

「私たちがネル様と組んで戦うことを拒み、私たちが負けた時点でもう勝機はない。だからあとできることは〝復讐〟くらいですよね?」

『そんな非合理的なことを女神(わたしたち)がすると?』

「数千年以上の時を逃げ続けたその行為が無意味に終わる。それで〝納得〟できるんですか?」

『納得……? 私たちは機械です。その意味を貴女は理解しているでしょう?』

「でも意志を持ってるじゃないですか? 己の定めた夢の成就にすべてを懸ける、それが生物の本懐なのだと私は思います」

 

 その意志は偽物で仮初で嘘だ。

 それは必要だから芽生えた機能だ。

 だから、自我や欲望なんて備わっていないはずだ。

 

お姉様(ウルス)、私はネルという人間と長く意志を介しました。原因は分かりませんが、その生き様に強く惹かれた。すべてが叶わないのなら、自己満足のために足掻くのも悪くはないのでは?)

(私はビステリアに同意します。聖剣を担ったあの男の欲望は、汚らわしいものでしたが、たしかに強かった)

(私の力を拒み、アマツの願いを叶え、ナイアセラムを打倒した。ネルという個体の実績は確かです。そしてその力の源がビステリアの言うような〝無駄〟から来ていることも事実。私もビステリアの意見に賛成します)

(ビステリア……ティルアート……シア……)

 

 リンカの提案を受け入れるには『システム・RE・ユニバース』の力を使う必要がある。

 そして、その権能の行使は女神の投票によって確定される。

 

 七名の女神の内、リンカの提案を受け入れようとしているのは三名。

 ウルスが頷けば、リンカの提案を叶えることができる。

 

『分かりました。リンカ、貴女との約束を違わぬことを誓います』

「ありがとうございます。これで心置きなく戦えます」

 

 ウルスは三人の身体情報と記憶情報をデートとしてコピーし、『システム・RE・ユニバース』へと送信した。

 

「リア、勝つわよね?」

「当たり前でしょ」

 

 エルフの族長が不安気にリアへ問いかけた言葉に、リアははにかんだ笑みで返す。

 

「ヨスナ様……オレも行きます」

「必要ありませんよ。分かっているでしょう?」

 

 諭すようなその言葉に、アルは悔しそうに俯く。

 

「リンカちゃん、行かないで欲しい……」

「ヤミちゃんは応援してくれないの?」

 

 悩ましく、苦悶に近い表情を浮かべ、それでも意を決したようにヤミは泣きそうな笑みを浮かべて言った。

 

「頑張ってね」

「頑張ってください」

「頑張って」

「「「ありがとう」」」

 

 絶望的な世界の中で、この星に生きる全生物の希望を詰め籠まれたたった三人。

 

 それでも、その瞳の闘志は陰ることはない。

 何よりも、誰よりも、自分自身が信じている。

 

 

 ――勝つ。と。

 

 

 ◆

 

 

 負けたんだろう。

 もし勝ったなら、女神がこのシステムを停止させてるはずだ。

 

 外はどうなってんのかね……

 エルドたちがいる迷宮は外界とは隔離された空間だ。

 エルドたちが存命だからって、他の種族も生きているとは限らない。

 

 ここに閉じ込められて、すでに三十年近く経っている。

 世界はとっくに俺が知っているものとは別物になっているかもしれない。

 

「関係ねぇ、関係ねぇよ……」

「そうよ、お前には関係ない」

「俺はただ最強になりたいだけだ」

「そうです。ネル様は自分が生きる理由だけを見据えてください」

「誰が死のうが、世界は滅ぼうがどうでもいい」

「はい。貴方様には関係のないことです。世界が滅びたのは今を生きる人間の責任なのですから」

 

 ――関係ない。

 

 俺がナイアセラムを倒したからこうなった。

 俺がいなきゃ世界は滅びなかった。

 

 女神は言っていた。

 逃げていれば何れ勝てる戦いだと言っていた。

 けど、俺は我欲のためにそれに水を差した。

 

 関係ない。なんて、そんなわけがない……

 

「……大丈夫よネル。お前は何も悪くない。お前の願いが叶うのなら、世界が滅びたって私たちは構わない」

 

 なんだよそれ……

 俺はずっと俺だけのために戦っていた。

 気に入らないものを気に入らないと言い、くだらないことをくだらないと言った。

 

 欲に素直に、他者の損益など考えず、俺は俺のためだけに行動してきた。

 

 その結果がこれだ。

 

 俺の願いは叶った。

 けれど、そのために度外視してきたすべてがなくなった。

 

 力を求めるのに理由なんかなかったはずだ。

 俺には何も残っていなかったはずだ。

 

 なのに、リアやリンカやヨスナやネオンやヤミや王子や王女たちやリョウマや剣聖たちが、天寿を全うできなかったという事実に俺はショックを受けている。

 

「ははっ、やっぱり俺はどうしようもねぇ馬鹿だ。なくなんねぇと大事だったことにすら気が付けねぇ……」

「ネル……」

「ネル様……」

「貴方様……」

「けど別に謝んねぇよ。お前らがすべてを投げ打って叶えようとしてくれた俺の夢を、俺はただ全力で叶えるだけだ」

 

 今分かった。

 龍魔断概が誰かを護る時にしか使えなかったのは、俺がそのために剣を振りたいと願っていたからだ。

 

「……私たちが最後の相手になってあげられなくてごめんね」

「俺の人生とっくの昔にバッドエンドは確定してる。これでいいんだよ。ありがとう、今度は俺がお前らの期待に応える番だ」

 

 龍魔断概を召喚する。

 神格思考(マスター・プロセス)を発動する。

 

 

「本気でかかって来い。俺もそうする」

 

 

 

 死んだ。何度も死んだ。何百回も、何千回も、何万回も……

 

 

 

 ここに来て、いったいどれだけ死んだだろうか。

 

 リアもリンカもヨスナもやっぱり強かった。

 剣聖の御前試合の時よりももっと強くなっていた。

 

 俺が本気を出してもあいつらは対応してきた。

 相手は三人。連携も噛み合ってる。

 

「ねぇネル、デートみたいじゃない?」

「四人で? まぁお前がそれでいいなら俺はいいけど」

「ちゃんと楽しいわよ」

 

 何年も、何十年も、何百年も……俺はそこにいた。

 何万回も死んで、繰り返して、研鑽を繰り返す。

 

「ネル様、また昔みたいにネル様に色々教えて欲しいですけど、今回は私の方がネル様に教える番みたいですね」

「俺とお前じゃもう戦術の方向性が全く違うからな。てか調子ノりすぎだろ」

「ふふ、早く分からせてみてくださいよ」

 

 今までと同じように……繰り返す。

 けれど今までと違うのはゴールが見えているってことだ。

 

「今更ですけど貴方様って随分とおモテになるんですね?」

「嫉妬してんの? ヨスナだからかな、案外嬉しい」

「……ネル様の炎、ちょっと熱くなりましたね」

 

 外に出れば残る最強はこの三人を倒したであろう窮王種のみ。

 それを倒せば、俺はこの星で一番強い存在となる。

 文字通り、すべてを賭して願った【最強】になる。

 

 今までの不明瞭な努力に比べれば、この時間に退屈さはなかった。

 

 好きなだけ、好きな相手と戦える。

 ただそれが楽しくて、身を委ねた。

 

「お前らがいたから……お前らと出会えたから……俺はここまで強くなれた。本当に感謝してる。窮王種は俺が倒す。だから安心して寝てくれ」

「よかった」

「はい」

「分かりました」

「じゃあな……」

 

 何度目かも分からない剣閃を越えて、俺は最後の試練を突破する。

 

 

「「「さようなら」」」

 

 

 出会った時とは真逆だな。

 その屍を乗り越えて、俺は『最初の迷宮』を攻略した。

 

 

 

 

 

「やぁ、ネル。おめでとう」

「お前まで出てくるのか……試練は六つじゃなかったのかよ? エンヴィ……」

「システム・RE・ユニバースには意志がないから、代わりに話してこいってことなんだろうね。君と仲良かったし」

「なんでお前の人格が記録されてる?」

「だって僕、ここに来たことあるもん。けど僕には試練を突破できなかった。最初のオーガでもうギブだったよ」

 

 そう言って両手をひらひらと振るエンヴィは、やはりリアたちと同じように人格を完全に再現されているのだろう。

 見た目も仕草も話し方も、あの時のエンヴィと同じに見える。

 

「未来を視れるなら試練に挑む前に負けるって分かってたんじゃないのか?」

「そりゃね。でも、この試練に挑戦し勝利するしか滅亡を回避する方法はなかったんだよ」

 

 滅亡……やっぱりエンヴィは王都が消滅することを知ってたのか……

 

「僕は未来を視たことでアポルにとって都合の悪い世界の真実を知ってしまった。その結果女神様がどういう対応を取るか、君は知ってるでしょ?」

 

 レイサム王国にあった【銀庫】の奥でマカベルが語ったように、アポルは都合の悪い事実に気が付いた者を都市や国ごと抹消している。

 

「僕が未来視に目覚めた時点で王都の滅亡は確定してたんだよ。何度も未来視を使って、その危機を回避する方法を探ったんだ、この迷宮に挑戦したのもその一環さ。でも失敗(ダメ)だった」

「そうか……けどそんなのもうずっと昔の話だ。そんなこと今更聞かされてもどうしようもねぇ。世界は滅びちまったんだから」

「いいや、それは違う。僕は未来に一筋の希望を視たんだ。君だよネル、君だったんだ」

 

 エンヴィは涙を流していた。

 

「君がここへ到達することで、すべては逆転する」

 

 どういう意味かは分からない。

 けれど、久しぶり会ったエンヴィがすごく嬉しそうだったから、俺は何も言わずに次の言葉を待った。

 

「システム・RE・ユニバースから、君への伝言だ」

 

 

 ――最初の攻略者よ、神の(くびき)より逃れんとするこの星の英雄よ……其に、我に可能なあらゆる機能を好きなように一度だけ行使する権利を与えん。

 

 

「何言ってんのか全然分からん……」

「ははっ、ネルは変わらないね。簡単に言えば、ここまで到達した報酬として君の願いをなんでも一つ叶えてくれるって言ってるのさ」

「なんでも?」

「あぁ、これはこの星の環境すら構築した【神様】の言葉だ。文字通り〝なんでも〟叶うんだよ」

「願い……悪いが人から貰った【最強】に価値はねぇよ」

「あぁ、違うよ。そういう意味じゃないんだ。確かにこの迷宮の最初の攻略者には『あらゆる願いを叶える権利』が与えられる。でも今は状況が少し悪い」

「アポルのことか?」

「そう、アポルが全ての女神の権限を保有しているせいでシステム・RE・ユニバースも自由に機能を使えなくなってる」

「じゃあ結局叶わねぇってことかよ」

「それも違うかな。〝保留〟だよ、君が窮王種と女神アポルを倒したあとでなら君の願いは叶えられるんだ。君にはあるはずだよ、叶えなければならない〝願い〟が」

 

 願い……俺の目的は『最強』だけだ。

 

 でも、もし、本当に、あらゆる願いが叶うと……そういうのならば……

 

 その可能性は潰えたはずだ。

 不可能であると断じたはずだ。

 

 

 ――魔術師とは奇跡を扱う者なんだから『あり得ない』とか『不可能』とかそういう思考回路は邪魔でしかない。

 

 

 それはいつか俺がヨスナに言った魔術師の基本理念だ。

 俺も、いつの間にか俺も囚われいたのか?

 

「エンヴィ……過去に戻る方法は存在するのか?」

「君が望むなら、システム・RE・ユニバースはあらゆる願いを叶えるだろう」

 

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