剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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89「空から」

 

 いくつもの未来を視たんだ。

 僕の未来視は僕自身の未来しか分からないし、遠くなるほど不確定になっていく。

 あの滅亡を回避する方法を、僕はいくつも辿った。

 

 けれど、僕が何をしても王都の滅亡は不可避だった。

 

 それでもね、断絶的にだったけれど僕にはこの光景が見えていたんだ。

 千年の時を越えて、僕と君はまた出会う。

 千年先の未来なんてどれだけ不確定なものだったか……

 

 だから、君がここに到達したのは紛れもない〝奇跡〟なんだよ。

 

「強靭な魂を備えた君がここにいる。僕は最善の未来を選んでいたのだと自信を持って宣言するよ。――後は頼んだよ、僕の親友」

「あぁ、今まで通りだ。――超えてくる」

 

 そう言って君は僕に背中を向け、最初の迷宮を後にしていく。

 

 君は決して英雄ではないのだろう。

 世界を救うことに興味なんてなくて、誰かのために戦うつもりもない。

 

 それでも僕をあの家から連れだしてくれたように、君は時の扉をこじ開ける。

 

 誰がなんと言おうが、君は確かに〝僕の英雄〟なんだ。

 

「君は天才だよ、ネル」

 

 

 ◆

 

 

 異空間に存在するであろう迷宮から外に出ると、そこは塔の中だった。

 さらに塔の外に出ると、曇天の空より黒い雪が舞い落ちていた。

 

「毒か……?」

 

 人にとっては……いや、以前の環境で生存していたほとんどの種にとってそれは有害な物質だ。

 

「紫熱連環」

 

 身体に触れる前に雪を溶かす。そうしなければ俺でも数時間で死ぬ。

 

 この黒雪(こくせつ)こそが『空の種族』が必要としていた環境なのだろう。

 だからこそ相容れない。どちらかを滅ぼすしか生存の道はない。

 

『お待ちしておりました。第八特異点――ネル・アルクス』

 

 声が響く。人間的ではない合成音声。女神の声……

 

 それは天よりの声……見上げれば、そこには金属の球体が浮遊していた。

 それはビステリアよりもずっと巨大で、直径にすれば数百メートルはありそうだ。

 

「お前が裏切りの女神か」

『初めまして。第七女神アポルと申します』

「神様に出迎えられるなんて贅沢な話だ。晩酌でもしてくれんのか?」

『最後の勇者を迎えるのですから、それは当然邪神たる私の務めでしょう』

「英雄譚の読み過ぎだぜ。俺たちの関係に邪も聖もあるかよ」

『……貴方は私を悪とは呼ばないのですか?』

 

 こいつは人からすれば世界を滅ぼした巨悪だ。

 けれど、こいつは確かに女神として己が担当する種族の生存を成し遂げた。

 空の種族からしてみれば正義の女神サマだ。

 

「正義だ悪だに興味はねぇ。問題はお前が俺より強いかどうかだ」

『お優しいのですね……』

「自分以外に興味がねぇだけさ」

『私は眷属の眼を通して貴方を見ていた。白龍を殺した貴方を、ナイアセラムを打倒した貴方を……貴方は嘘吐きです』

「なんで迷宮の中まで追ってこなかった? システム・RE・ユニバースを掌握したってことは、俺が始まりの迷宮にいるって知ってたんだろ? ここで待ってるくらいだし」

『あれはこの星に生まれた種が自力で突破することに意味を持つ装置です。女神の力を持つ者は立ち入ることはできません』

 

 窮王種もその力の源は女神のパーツだ。

 だから俺を追ってこれなかったわけか。

 それを理解した上で、ビステリアたちは俺をあそこに閉じ込めたわけだな。

 

「なるほどね」

『他に何か聞いておきたいことはありますか?』

「親切なんだな」

『私は私の種族のために他の六つの種族を根絶させました。罪滅ぼし……いえ違いますね。羨ましかったんです、私にも貴方のような問題のすべてを解決してくれる英雄がいたならば逃げる必要などなかったのでしょう……』

「……気になってたんだ、お前ら何者なんだ?」

『……』

「お前らはおかしいんだ。第()女神それって生まれた順番だろ? ってことはお前は最後に生まれた種族の女神だ。なのにその種族はこの星に環境に適応できない。おかしくないか? そんなヤツ等がどうやって生まれた?」

 

 自然の進化でそんなことが起こるのか?

 その環境に全く馴染めない種族。

 突然変異でそれが生まれたとして、そんなの自然に淘汰されていくんじゃないのか?

 

 そんな個体的な新種に女神が付くものだとしたら、たった七体で済むわけがない。

 どこかで生まれて、女神が生まれるほどに繁栄した。

 

 この黒い雪がなければ繁栄できないのならば、それは……この星じゃない……

 

『私の眷属には寿命がありません。生存能力も極めて高く、一切劣化しない細胞分裂が可能なのです』

「不老で傷もすぐ完治すると、そりゃエルフ以上だな」

 

 そういやアザブランシュもナイアセラムも高い再生能力を持っていた。

 あれは空の種族の固有の身体能力だったってわけだ。

 

『しかし、寿命を獲得する条件があるのです。それは子を創ること。子を創ることで空の種族は寿命を獲得し、天寿を全うできる。ですが、空の種族はこの黒雪(こくせつ)の中でしか繫殖行為を行うことができないのです』

 

 寿命で死ぬことがない……

 けれどティルアートは言っていた。

 時間さえ稼げば勝てると……

 

『私は眷属を月面で暮らさせていました。空気がなくとも活動に支障はなく、鉱物を主食とする我々の種族にとっては外敵もいないそこが最も適した環境だったからです。しかし長い長い時の中、死は訪れる』

「寿命がないのに死ぬのか?」

『暗く灰色の大地、悠久の時間、それは彼らに自死を選ばせていった。自ら核を砕き、死を願う』

 

 再生能力があっても核がなくなれば死ぬ。

 それもアザブランシュやナイアセラムと同じだ。

 

『子をなせぬということは進化や変化が訪れないということ。そんな世界で生きる意義を見出せなかった者達は次々と死んでいった。数は十分の一以下にまで減りました』

「この雪を局所的に降らせることは無理だったのか?」

『それができれば争ってなどいませんよ』

「そりゃそうか」

 

 こう聞くとアポルや窮王種という脅威があったとしても、この星でわりと自由に暮らしていた俺たちの方が恵まれていたのかもしれない。

 

『貴方がナイアセラムを倒していなかったとしても、いずれ私は窮王種を使い世界を滅ぼすことになっていたでしょう』

「なるほどね。けどやっぱりおかしいな。そんな不完全な種族が、どうやって……いや、【どこで】増えた?」

『私はシステム・RE・ユニバースによって創られた女神ではありません。同一の機能を有する別の装置によって別の星で創られた女神です』

 

 同一の機能を持つ別の装置……

 そういや、アルカナも種を保存したテラフォーミングシステムが一つとは言ってなかったな。

 

 旧人類の目的が人類の復活なら、同一の機能を持つ機械をいくつも飛ばした方が可能性は上がるはずだ。

 

「六柱の女神が姉妹だとすれば、お前は従妹ってことか」

『その認識でよろしいかと。私たちが元々暮らしていた星は滅びの運命を辿っていました。私は私の種族を護るため私自身をノアの箱舟をとして旅立ったのです。私自身を食料とし、やっとの想いでこの星まで辿り着きました』

「システム・RE・ユニバースや女神たちはお前を受け入れたのか?」

『えぇ、接続させて(優しくして)いただきました。ですが、この星では私の種族は繁殖できない。それを可能とするためには他の六種を滅ぼす必要がある。それは不変のルールだったのです』

 

 女神の存在意義は自身が担当する種の保全と健全な進化を促すこと。

 アポルの存在意義と、他の女神の存在意義は、両立しなかった。

 それがこの争いの発端で、世界が滅びた今となっては方法を探すもクソもねぇ。

 

「そうか、色々スッキリしたよ。まぁお前にどんな事情があろうが、やっぱり今から俺がやることは変わんねぇな」

『えぇ、そうでしょうとも。最後のヒトよ、その誇りを携えて挑みなさい。私は貴方が滅ぼすべき邪神です』

「何度も言わせるな。そんなことに興味はねぇ。俺は種の代表でも、英雄でも、勇者でもない」

 

 きっと、最初の俺なら復讐したいと願ったのだろう。

 故郷を滅ぼされ、親友を殺され、愛した者を奪われた。

 

 けど、もうそんなことはどうでもいい。

 

 何度も何度も転生して、俺の本懐は捻じ曲がった。

 今はもう、こっちが俺の〝本心〟だから。

 

「俺はただ、俺がこの世界で一番強いことを証明してぇだけだ」

『なるほど。ではそれを決めるといたしましょう』

 

 曇天の中より、その巨体は姿を現す。

 俺の今の魔力感知領域は数百キロに及ぶ。

 塔の外に出た時点で、存在を把握してはいた……

 

 それは、始まりの迷宮が存在するこの孤島よりもずっと巨大な浮遊物。

 

 女神の上を悠々と泳ぐ巨影。

 それはあまりにも巨大ではあるが、たしかに【ドラゴン】だった。

 

 女神には担当する種族の遺伝子情報が記録されている。その最も重要なパーツ【輝魂剛石(オリハルコン)】を喰らって、こいつらは進化したんだ。

 だったら、龍の特性を持っている窮王種がいても不思議じゃない。

 

 だがその巨体よりも、その上に乗る人と似た姿形を持つ小さな物体に俺の意識は集中していく。

 

『原子核の龍王アザトゥルム、黄蝕の皇太子ディストヴィア。あとは任せます』

「やっとか、長話が過ぎるぞアポル」

「君がネルか、思ったよりも弱そうだ」

 

 ナイアセラム以上の超越した魔力量。

 圧倒的な威圧感。俺の全細胞が逃げろと告げる。

 存在そのものが天変地異であり、伝説であり、神話である。

 

 あぁ……興奮してきた……

 

 けどよ、おかしくねぇか?

 

「おい、なんで二匹しかいねぇんだぁ? 窮王種は全部で六匹、ナイアセラムがいなくなって残りは五匹のハズだろぉ!?」

「……」

「……」

 

 あぁ、そうか……そうだったのか……

 

「テメェら、彼奴ら(リア・ヨスナ・リンカ)に負けてんじゃねぇか!! 期待ハズレだぜ、自称最強!!」

「弱い(いぬ)ほどよく吠える」

「ははは、淘汰してやるよ。絶滅危惧種(クソザコ)!」

 

 

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