剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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最終話「世界最強」

 

 目の前で俺の首が斬り飛ばされ、刎ねられた頭がバツ時に切り裂かれていた。

 

「やはり、ハッタリだったらし――ッ」

「終奥【龍太刀】」

 

 言い終えるころには俺の一閃はディストヴィアの胸を横に両断していた。

 胸を境に上下に別れたディストヴィアの肉体は下は直立したままだったが、上は地面に這いつくばっていた。

 

「転生が早すぎる……どうやって……」

「【魄渡(はくと)】は自らの意志で肉体を捨て、周囲にいる転生可能な肉体に魂を移す術式だ。お前に殺されるより早く俺は自分で肉体を捨てたから、その分転生のラグが軽減された」

「なるほどね、くそ、完敗だな……」

 

 そう言ってあっさりと、ディストヴィアは敗北を認めた。

 

「違う。俺はまだお前を超えてない。ただ偶然、お前の術式を破る策が俺にあっただけだ……」

「それも立派な勝利だろう?」

「……本当に再生できないのか?」

「それをするにはまず神威解放を解除して、さっき使った【時雲】によって損傷した筋肉を再生させる必要があるね。それを待ってくれるほどお前はお人好しなのか?」

「俺は逃げただけだ。まだお前の最強を破ってない」

「それでも、結果がすべてさ」

 

 なんでこいつはこんなに潔いいんだよ……

 

「余は、お前のような英雄に憧れたんだ。それに負けるなら本望だよ。他種族を虐殺した余よりも、殺戮の限りを尽くした邪悪を打ち倒したお前の方が、英雄らしいと思うしな」

 

 それは、先手と後手の話でしかない。

 互いに何かを護ろうとした時に、より危機的な状態だったお前たちが先に行動せざるを得なかっただけだ。

 まぁそれも、最後の引き金を引いたのは俺だけどな。

 

「俺はアポルから女神の権限を取り戻し、システム・RE・ユニバースの力で過去に戻るつもりだ」

「まぁ、そんなところだろうとは思っていたよ。だから全力でお前の邪魔をする必要があったわけだしね」

「過去に戻ったら、もう一回俺と戦え」

 

 俺はまだ強くなりたい。

 この欲求はあんな方法で勝ったって止められない。

 

「……なんで余がそんなことしないといけないんだよ。それにもう一度やったところで同じように余が負けるだけさ」

「そうかもしれねぇが、まだ俺よりお前の方が強いんだから、もう一回お前と戦えば俺はまだ強くなれる」

「お前だけだよ、そんな理屈を通せるバカは」

「……で?」

「勝手にすればいい。どうせ余に記憶はないんだ。勝負を挑めばきっと受け入れるだろうよ」

「そりゃよかった」

「けど、その代わりってわけじゃないけど、一つ頼んでいいか?」

「なんだよ?」

「アポルに手荒なことはしないでくれ、余にとっては感謝するべき本物の女神なんだ」

「分かった」

「それじゃあまた、過去で」

「あぁ、約束だからな」

 

 俺は龍魔断概でディストヴィアの肉体を丁寧に消し飛ばし、心臓部にあった【輝魂剛石(オリハルコン)】を取り出した。

 

「【蒼い炎環の大墳墓(プロミネンス・リインカーネーション)】解除……」

 

 景色が元に戻る。

 墓標の群れる荒野から海面に、飛行術式を発動しながら周囲を見渡せば龍の群れとエルドたちの戦闘は未だ継続していた。

 

「もう下がっていいぞ、お前ら」

 

 恐解の約定(ゾルドルート)を解除する。

 ディストヴィアから抜き取ったダイアモンドのような宝石を手に納めながら、残った最後の窮王種に目を向けると、

 

「そんな、まさか……ッ!」

 

 尻尾を巻いたようにアザトゥルムは百八十度回転した。

 

「アポルを護らなくていいのか?」

 

 その問いは確実にアザトゥルムに届いていただろう。

 しかし、ヤツはこちらに一瞥をくれることもなく全速力で逃走した。

 そういやアザブランシュにも逃げ癖があったな。あれは親譲りの性格だったわけだ。

 

「過去を変えられることよりも自分の生命を優先するか。ま、生き物らしくていいんじゃねぇか……」

 

 今更あんな雑魚を追ったって仕方ねぇ。

 それよりも……雲の上にいるあいつだ。

 

「アポル、一応聞いとくぜ。俺と戦うか?」

『いえ』

 

 空を覆う曇天の中から金属の巨大な球体は姿を現す。

 

『私に戦闘能力はありませんので』

 

 そう言ったアポルの身体が開いていく。

 球体の外装が展開され、内部が露出する。

 

『こちらへ来ていただけますか?』

「あぁ」

 

 飛行術式を操り、俺はアポルの体の内へ入る。

 そうすれば開いた機構は逆再生のように閉じていく。

 

 中は以外と明るかった。

 金属に覆われているはずなのに、外の様子が見える。

 戦っている間に夜になっていたらしい。いつもより大きな満月が真上にあった。

 

 下も透過……多分これはディスプレイを張り付けてるんだろう。

 俺は眼下を投影する床を歩きながら中心へ歩いて行く。

 

 そこには一人の女が立っていた。

 艶のある青い髪がまっすぐに伸びたそれが、アポルであることはなんとなく分かった。

 けれど物語で登場するような女神とは違って、十代前半ほどの体躯とワンピースに近い服装には『女神』と呼ばれるような豪華さはまるでなかった。

 

「何がしたいんだ? お前に人の見た目なんてないだろ?」

「えぇ、ですが貴方と話す上でビジュアルイメージは必要かと思いましてホログラムのヴァーチャルアバターを使用しています」

「ホログラム、ビステリアから聞いた程度の知識しかないが幻影の類だろ。結局偽物じゃねぇか」

「えぇ、偽物ですとも。我が子はこの星の純粋な生物ではなく、私もまた異質な存在です。それに比べれば貴方の方がこの星の権利を主張する正当性を持っています」

「まぁ俺の存在だってほとんどが偽物だ」

 

 俺の存在に自己で造り上げたものなんて何もない。

 転生すらあの時のあの感情があったから生まれたものだ。

 生き物ってのは結局、他者の影響を無視できない。

 

「晩酌しましょうか?」

 

 そう言ってアポルが指を鳴らすと、机と椅子、それに赤ワインのボトルとグラスが現れる。

 

「いや、お前みたいな見た目のヤツに注がせるのもな。つーか普通に腹が減った」

「ではそのように」

 

 ワインが消え、代わりに食事が出てくる。

 豚骨の汁に細い面、それにチャーシュー、メンマ、海苔、味玉。

 

「毒をお疑いですか?」

「いや、食う。けどなんでラーメン?」

「私が一番好きな料理です」

 

 俺が椅子に座るとアポルも対面に座り、ラーメンをもう一つ出して啜り始めた。

 

「女神にも好きな飯とかあるんだな」

「食事の必要はありませんが、他の女神を取り込んだことで女神としての性能も上がっていますので、味覚情報をトレースして刺激を感じることはできます」

「へぇ」

 

 そういやこれ何年振りの飯だ?

 めちゃくちゃ美味い。

 

「空の種族ってのも料理すんの?」

「料理をするほどの知性種は限られますね。それにほとんどの者の主食は金属です」

「そういやそう言ってたな。じゃあなんでお前にこんなに料理が記録されてる。というかこの黒雪の中、素材はどこで手に入れた?」

「長い間、人を観測していたので覚えました。材料は……」

 

 そう言うと、俺の周囲にいくつものモニターが展開される。

 そこには人間の姿が映っていた。

 小規模な村落を築き、そこで生活をする人々。

 

「どういうことだ?」

「人間は滅びてはいません。ただ生活圏を極めて縮小しただけです。今の人は『雲の上の島』『地下』『迷宮内部』でのみ生存しています」

「雲の上の島はネオン、地下はダジル、迷宮はメイラナルという個体とその子孫にそれぞれ管理させています。汚染を取り除いた植物と家畜、避妊薬を定期的に供給することで生活圏を広げなくても済むように数を管理しています」

「だからなんだよ?」

「満足していただけませんか? 私たちにはここにしか居場所がないのです」

 

 俺は最初の迷宮のクリア報酬を使い時を渡る。

 過去へ戻り、世界を元に戻す。

 その理由はなんだ?

 

「それを願うためにそんな姿にしたのか?」

「そうです」

 

 こいつらへの恨み?

 死んでいった誰かの蘇生?

 

「俺がそんなのに同情すると思ったのか?」

「えぇ、貴方はわりと自分より弱いものには寛容ですよ」

 

 恨みなんかない。こいつらはこいつらで色々と大変だったんだろう。

 人はいずれ死ぬ。早いか遅いかの違いでしかない。過去に戻り、蘇生を果たしても、どうせまた死ぬだけだ。

 

「我が子らが生きようが、人が生きようが、この星は回るのです。女神の抗争が終わったことで星は正常化を再開しました。女神の意志が統一されたことでこれから先に同じような争いが起こることもないでしょう。星という単位で見ればこの世界は確実に成長している。それを戻す理由がありますか?」

「……ある」

 

 俺が断言すると、アポルは諦めたような表情を浮かべた。

 

「……同族を想うのは当然のこと。リアファエス、リンカ、ヨスナの三名は貴方にとって特別な存在だったようですし、戦力的に殺害するしかなかったのは残念でした。大切な者を想うその気持ちは私たちにとっては敵意ですが、たしかに綺麗なものだと思います」

「エンヴィもコファも、リアもリンカもヨスナも、そういう運命だったってだけだ。俺は別に大切だからってそいつに生き返って欲しいとは思わない」

 

 死んだのは残念だ。

 本当に残念だ。

 

 だけどそれは、あいつらを愛していたからじゃない。

 

「なぁアポル……俺は今、失望してるんだ」

「失望……ですか?」

「あぁ、だってもうこの世界には俺より強いヤツは一人もいないってことだろ?」

「…………」

 

 俺は俺の願った場所に立っている。

 なのにどうして……

 

 喉が渇く。腹が減る。眠たい。そんな欲求よりもずっと強く感じるんだ。

 

 

「俺はまだ強くなりたい」

 

 

 やはりそれだけが俺の本質なのだろう。

 

「そうですか。そのために過去へ戻ると?」

「あぁ、もう一度ディストヴィアと戦いたい。それにあいつらがどれくらい強くなるかも見てみたい」

「それは個人への愛情と何が違うのでしょうか?」

「キュートアグレッションにも限度があるだろ。あいつらをボコるために生き返すって俺は言ってるつもりなんだがな」

「たしかに人の文化と照らし合わせれば異常という他ない感情かもしれませんね」

 

 おかわり、と言うと、どうぞ、とアポルが指を鳴らし、すぐに次が出てくる。

 

「ネル」

「なんだ?」

「結婚しませんか?」

「ブフッ!」

「飛んでますよ」

「お前の頭がぶっ飛んでんだよ。何言ってんだ?」

 

 頬に張り付いたメンマを自分の口に入れながら、澄ました顔でアポルは語る。

 

「おぉ、ですが結婚するということは実家に挨拶に行く必要がありますね」

「は?」

「しかし困ったことに私の実家は私たちを追い出した脅威が住み着いているでしょう。困りました、星を簡単に壊してしまうような存在がいる星に、窮王種ですら太刀打ちできないような存在がいる星に、婿様を連れて行くのは気が引けます」

「おい」

「はい」

「結婚してやるよ。そこに連れていけ。けど……」

「かしこまりました。過去に戻られた後、そうしましょう」

「なんだ、俺を過去戻らせないように言ったんじゃないのか?」

「勝てばすべては元に戻ります。故郷にあるシステム・RE・ユニバースを起動させれば星の環境も調整できる。失ったすべては元に戻るでしょう」

 

 そう言うと、アポルは微笑んだ。

 

「その脅威は容易く星を焼き焦がすほどのエネルギーを保有しています。人間が勝つことなど〝不可能〟です」

 

 ですが、とアポルは続ける。

 

「貴方は何度もそう言われてきたはずです。そのような相手に何度も挑んできたのでしょう。そして何度も、その〝不可能〟を超えて、とうとうここまでやって来た。女神の計算能力は貴方には成し得ないと演算します。しかし、私は貴方を信じようと思います」

 

 信じる……か。

 結局、システム・RE・ユニバースなんてご都合的な神様がいなけりゃ何も守れなかった俺に、何を言ってるんだか……

 

 けどその期待が俺の目的と一致するなら、全力は尽くしてやる。

 

「過去に戻ったらもうちょっとマシな見た目を提案するとするよ」

「その必要はないかもしれませんが……えぇ、貴方のご要望に近い見た目を用意しましょう」

 

 

 ラーメンを二十杯ほど完食した俺は、アポルと小一時間ほど話した。

 

 故郷の星を襲った脅威について。

 その影響でこの星まで逃げて来たこと。

 

 この星の原種を滅ぼすことへの抵抗感。

 女神の機能が向上し、思考回路がバージョンアップしていくほどその感情は強くなっていったとアポルは言った。

 

 だからアポルはすぐに人類を滅ぼさなかった。

 俺という期限が現れるまで窮王種にも自由にさせていた。

 人を滅ぼすのはアポルにとっても最後の手段だった。

 

 それでも我が子を護るには他に方法がないことも理解していたから……

 

「今更ですが申し訳……」

「謝るな。お前のやったことにあってるも間違ってるもない。けど次は、お前がそんなことしなくても済むように俺がしてやる」

 

 アポルがジッと俺を見つめ、ゆっくりと口を開く。

 

「……私は機械です。決められた役割を全うするために、ただ効率だけを求める、そう在れと設計された存在です。……なのにどうして、どうしてこんな気持ちになるのでしょうか……この愛情もその打算の延長なのでしょうか……?」

「そんなモン俺がイケメンだからに決まってんだろ」

 

 好きな理由、俺にとってそれは『強さ』だ。

 こんな異常な俺に対して愛情の理由を説明するなんて馬鹿げてる。

 

「だから、俺も面が良いからお前が好きってことで結婚してやる」

「めちゃくちゃロリコンじゃないですか」

「黙れ。変えとけっつってんだよ」

「順序が意味不明ですね」

「まぁこれから過去に戻るわけだからな」

「なるほど……」

 

 満腹だ。

 もうこの世界で俺のやりたいことは何も残っていない。

 

「そろそろ戻る」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ、旦那様」

「くすぐってぇ呼び方だな……」

 

 アポルの内部から外へ出て、最初の迷宮の塔の中へ戻る。

 この世界に未練はない。

 だからこそ、俺はやり直す。

 

 最初から――

 

 

 

「俺を過去へ戻してくれ、エンヴィ」

「あぁ、いってらっしゃいネル。いや、おかえりと言うべきなのかな?」

 

 

 

 俺は過去へ戻る。

 やり直すためじゃない。

 大切な人間を護るためじゃない。

 

 俺は俺のために過去へ戻る。

 この渇きを満たすために、この餓えを満たすために、この欲求を抑えきれないから――

 

 この退屈な頂上からさらなる高みへ跳躍するために、俺は過去へ戻るのだ。

 

 

 行こうか。次の生涯の始まりだ。

 




エピローグの過去編はやる予定なので、実質もう一話あります。
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