剣と魔法を極めるのに必要な命の数は?   作:水色の山葵

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エピローグ「満足」


 

 剣を振る。覚えた魔術を一通り使う。今までの経験を追うように技をなぞる。

 星のへそと呼ばれている巨大な岩の上の荒野で、『余』は何度も剣を振るい、何度も魔術を使う。

 日課になってしまったそれはやめるとむしろ気持ちが悪いくらいだ。

 

「なんでそんなことをしているの? ディストヴィア」

 

 いつの間にかそこに座っていた眼鏡をかけた水色の髪の女が、気さくな声でそんな風に聞いてくる。

 

「ナイアセラムか、どうしてここに?」

「暇だったから」

「そうか」

 

 ナイアセラムは窮王種の中でも何を考えているのかよく分からない不思議なヤツだ。

 

「それで? なんでそんなことをしているの?」

「英雄になりたいからだよ」

「なにそれ?」

「己が種の存続を担う者さ」

「だったらさっさと他の種を滅ぼしたらいいんじゃないの?」

 

 己が種の繁栄を願う。

 それはつまり、他種族を滅ぼすことだ。

 仮に同種であったとしても、自国、仲間、自己を護るため同種を殺すことも多々ある。

 

 種の最上位であるのが『英雄』という存在ならば、ナイアセラムの言う通りこの星を征服することこそがその本懐なのだろう。

 

 だが悠久の時の中を余は悩み続け、そしてすべてを後回しにしている。

 

 他種族を滅ぼすことが英雄的だと思えないから。

 

「ナイアセラム、お前だって同じ力を持っているじゃないか。君はどうしてそうしない?」

「人を滅ぼすのが嫌だから」

「余らが異星から来た者であるからこの星の原住種に同情しているのか?」

「違う。アレから逃げるしかできなかった自分が嫌なのよ」

「……そうか」

 

 ナイアセラムの言を聞いて、余も同じなのかもしれないと思った。

 だが、同時に余は痛感していた。

 アレは生物というよりは現象に近い。ビッグバンだとか、ブラックホールだとか、超新星爆発だとか、そういう事柄とともに並べられるものだ。

 

 いくら窮王種が規格外とはいえ、その源は女神が有していた遺伝子の進化にある。

 

 元が生物である以上、アレには勝れない。

 

 心のどこかでそう思ってしまっているからか、余はナイアセラムの言に同意することができなかった。

 

「ではどうするのだ? ナイアセラム、お前はアレに挑むのか?」

「そうだね、いつかはそうするよ。でもそのために私たちはもっと進化しなきゃいけない。私はその鍵は人間にあると思うんだよ」

「人間なんて余やお前に比べれば劣等種でしかないだろう」

「それでも私たちと同じ段階の知能を持っている。その知性をもって身体的に勝る存在に挑み勝利する術を持っている。だから貴方も人間に習って剣や魔術を使っているんじゃないの?」

 

 英雄、真にそれを目指すならナイアセラムの言う通り余はアレを打倒すべく行動するのが正しいのだろう。

 けれど、しかし……

 

「ナイアセラム、そんなことが本当に可能だと思うのか?」

 

 余が束になってかかってもアレを打倒するには至らないだろう。

 いったい誰がそんな存在への勝利を思い描けるというのだ。

 

「思えないよ。だから人間に問うの。弱者(きみたち)強者(わたしたち)に勝てるのか、ってね。その現象にヒントがあると思うから」

 

 ナイアセラムは天を睨む。

 余らをこの星へ追いやった、それを憎むように。

 

「だからさ、私にも魔術を少し教えてよ」

「それくらいなら構わないけど」

 

 ナイアセラムの魔術の覚えはすこぶる悪かったし、飽きるのも一瞬だったが、それでも基礎の魔術を使えるようになって嬉しそうにするその姿には少し好感が持てた。

 

 

 

 それにしても、人間が余らに勝つか。

 もしもそのようなことが起こったならば、たしかに余がアレに勝る光景も思い浮かぶのかもしれない。

 

「まぁ、そんな日は来ないだろうけどな」

 

 一人でそう呟くと同時に頭に声が響いた。

 女神どうしの通信技術を応用したものだ。

 

『ディストヴィア、仕事をお願いしてもよろしいでしょうか?』

「なんだいアポル、随分と急いでいるみたいだけど」

『はい。未来視の魔術を覚醒させた者がいます。我々の存在が露呈する前に消滅させてください。いつも通り国ごと』

 

 こんなことを繰り返す限り人の進化は成されないだろう。

 アポルにも余にもこの星の生命を滅ぼす勇気がない。

 

 だから女神をできる限り平和的に捕らえた方が後の環境改善が上手くいくなんて言い訳をしている。

 だから誰も最初の迷宮に到達しないように、世界の真実に気が付こうとする人間たちを滅ぼし続ける。

 

「分かった。すぐに向かう、座標を送ってくれ」

 

 

 ◆

 

 

 アポルと話を終え、最初の迷宮に戻り、エンヴィと話して、俺は意識を失った。

 

 過去へ戻る。

 その光景を見るまではまだ半信半疑だったように思える。

 

 エンヴィやアルカナの話では、システム・RE・ユニバースはこの惑星の環境を創り上げた存在だ。

 女神よりさらに上位の『神』と言って差し支えない存在。

 

 だからって「なんでもできる」なんてことがあるのかと。

 

 最初の迷宮を攻略した者の願いを叶えるなんて話も都合が良すぎる。

 

 だが……

 

「あの、先生……お久しぶりです。それでですね……あの先生、私と結婚しませんか!?」

 

 そんな光景を見せられれば、さすがに信じざるを得なかった。

 目の前のコファは、恥ずかしそうな表情で俺の顔を見つめている。

 その後ろには物陰に隠れたコファの友人がいるのが分かる。

 

 あの時、あの瞬間と全く同じ状況。

 

 死んだはずの人間が生きていて、時間をなぞるようにそこにいる。

 

「コファ、コファ・ユーノリテ」

「は、はい!」

「本当にお前はコファなんだな……」

「え、他の何に見えるっていうんですか? 私は私ですよ、ネル先生」

 

 そうか……

 

「そうか、コファ……悪いけどお前と結婚することはできない」

「……そうですか。分かりました」

「多分お前にはもっと相応しい人がいるよ」

「そんな気休めの言葉は必要ありませんよ。私は先生が好きなんですから」

「そうか、モテすぎるのも大変だな」

「贅沢な悩みですね」

 

 ムスっと頬を膨らませて、顔を覗きこんでくるコファの仕草は俺の知っているコファのものと全く変わらない。

 コファの存在が俺に現実を認識させる。

 俺は、確実に過去にいる。

 

「コファ、俺はこれからやることがあるんだ。もう多分この村には帰ってこない」

「えっ……そんなに嫌だったんですか!?」

「いや、お前のせいじゃない。俺が自分でそう決めたんだ」

「……私が引き留めたら、またここに戻ってきてくれますか?」

「いいや、それはないな」

「そうですか……じゃあこう言うしかないんですね」

 

 蒼爆、疾風迅雷、風魔纏伏(エアリアル)

 稲妻と風を纏い、爆風によって身体を飛ばす。

 

「いってらっしゃい、先生」

「あぁ、いってくる」

 

 無理をしているのが明らかなコファの表情を背にして、俺は王都の方角へ加速する。

 

「これが先生の本気……普通じゃないとは思ってたけどここまで……これはさすがに釣り合わないなぁ……」

 

 俺がシステム・RE・ユニバースに願ったのは、最初の人生で王都が滅びる前までの時間跳躍。

 つまり、今この瞬間はまだ王都は滅びていないってことだ。

 

 あの時の俺は飛行術式しか使えなかったから王都へ到着するまでに三日もかかった。

 けど、今の俺なら一時間もかからねぇ。

 

 

 ◆

 

 

「着いたぜ」

 

 眼下に見えるのはあの時の大穴じゃない。

 立派に現存する王都の姿。

 

神格思考(マスター・プロセス)

 

 王都上空から魔力感知の範囲を最大まで広げ、その存在を探知する。

 わざわざこんな昔にまで戻って来たのは他の時間じゃお前がどこにいるのか分からなかったからだ。

 

 ディストヴィア、来いよ。

 

「……まだ、来てないのか?」

 

 魔力感知に反応はない。

 少し早く着きすぎたらしい。

 

 ディストヴィアくらいでかい魔力反応なら骸瞳魔覚(アンデッド・ビジョン)でも観測できるだろうし、三日くらいなら余裕で維持できる。

 ディストヴィアが魔力を隠していたとしても、あの国を滅ぼす術式を使えばさすがに知覚できるだろう。その時点で対応すれば術式を防ぐことも、今の俺には可能だ。

 

「ちょっと、観光でもしていくか」

 

 王都の見張りにバレないように『瞬転』で都の中へ転移する。

 肉体的には十年前まで、精神的には千年近く昔に住んでいた王都の景色だ。

 

 俺が通っていた魔術学校の制服を着た奴らが俺の横を通り抜けていく。

 

 懐かしい景色だ……

 

「てか腹減ったな」

 

 アポルにラーメン食わせてもらってからまだ感覚的には二時間くらいしか経ってないが、この身体が食事をしたのは朝だろうし、そろそろ昼食の時間だ。

 

 けど俺……金なくね?

 

 なんの用意もなく急いで村を飛び出してきたから当たり前だ。

 けど、もしディストヴィアがくるのが三日後ならそれまでの滞在費が必要になる。

 

 金を稼ぐ?

 めんどくさ、と思っていると記憶にある顔が俺の前を横切った。

 

「あっ」

「おっ」

 

 十年分成長し、多少容姿も変わっているが間違いない。

 こいつは……俺をブッ刺した女……

 

 俺はその腕を掴み、女を引き留める。

 

「よぉ、お前名前なんだっけ?」

「お、お前はネル・アルクス……どうして王都に……」

 

 よく見れば、そいつは魔術学校の教員だけが付けられるバッジを襟に付けていた。

 

「へぇ、お前教師なんだ」

「そ、そうだけど……」

「しかも王都の魔術学校の教員なんて凄ぇじゃん」

「ま、まぁね……」

「いやぁ、あの時はホント大変だったよ。二週間も入院させられるし、内定は取り消されるし。なのに俺優しいよな、お前のことを訴えたりしなかったんだから」

 

 まぁ実際はエンヴィの手紙でそれどころじゃなかっただけだけど。

 

「けど、魔術学校の教員サマが学生時代に人を刺したなんて知られて、その立場のままでいられるモンなのかね?」

「……脅す気?」

「今金がなくてさ。あと宿もないんだ。泊めてくれよ?」

「はぁ!?」

「早く答えろ。お前名前なんだっけ?」

「私の名前はモナよ……」

「で?」

「っ……分かったわよ、着いてきて」

「あぁ、よろしくモナ」

 

 よし、これで家と金確保っと。

 モナは王都の一軒家で一人暮らしをしていた。

 案内された家はわりと綺麗に掃除されている。

 

「同居人とかいなくて良かったよ。お前まだエンヴィを狙ってるのか?」

「宮廷魔術師筆頭と私なんかが釣り合うわけないでしょ……空き部屋とかないからリビングで寝てね。布団くらいはあげるけど居座らないでよ?」

「言われなくても長居する気はないって、多分三日もしないで出て行く」

「それならいいけど……」

「だから三日分の金くれね?」

「最ッ低……」

 

 そう言ってモナは自分の財布の中から硬貨を数枚出して机に置いた。

 

「サンキュ、じゃあ俺ちょっと食材買ってくるわ。キッチン借りるぞ」

「あんた料理するの?」

「ちょっとな、料理人に教わったこともあるぞ」

「へぇ……」

 

 リョウマのヤツ元気してっかな?

 いや、まだ生まれてもねぇか。

 

 市場に向かい貰った金で買えるだけの材料を買い込む。

 家に戻るとモナは出払っていた。

 鍵がかかってたけど普通に魔術で開けて入った。

 

 適当に作った飯を食って、リビングの真ん中で座禅を組む。

 

 ――神格思考(マスター・プロセス)Lv2――加速学習。

 

 ディストヴィアとの戦いを脳内で再現する。

 今の俺の性能を自覚し、ディストヴィアとの戦いを想像の中で再現する。

 

 エルドたちとの契約は切れている。

 だが何故か悪魔との契約はまだ繋がってるっぽい。

 魔力補完は問題なさそうだ。

 

 それに俺にはディストヴィアの技を知っているというアドバンテージがある。

 ただ、それを利用しても勝率は五分ってところだろう。

 だから少しでもその攻略法を考える必要があった。

 

 加速された思考の中で、何百戦と繰り返す。

 何度でも、いつものように……

 

 

 

 数時間するとモナが帰ってきた。

 

「あんた何やってるの?」

「お前こそ、もう日が暮れたぞ?」

「ちょっと食事会に呼ばれてたのよ」

 

 酒くせぇ。

 それに、部屋にいた時より香水も強い。

 あと、服装がなんか……

 

「……合コンか?」

「……私だってもう三十手前だし」

「へぇ、まぁいいんじゃね」

「それで、あんたは何してたのよ?」

「鍛錬」

「……まだ喧嘩なんてしてるの? もうちょっと大人になりなさいよ」

 

 喧嘩か……まぁそうだな、俺のやってることはずっとただの喧嘩だ。

 

 化粧を落として来たモナは机に紙を広げ、何かを記入していく。

 

「なんだそれ?」

「明日授業で使う資料よ」

「なんか、お前から先生っぽい話が出ると現実感消えるな」

「馬鹿にしてんの? 集中させてよ」

 

 合コン行く前にやっとけよと思ったが、俺と会ったからその時間がなくなったのか。

 

「スー……スー……」

 

 一時間も経たずにモナは寝息をたてはじめる。

 まぁあれだけアルコールの匂いさせてればな……

 

 ざっと資料に目を通すが、丁寧なことに資料を作るための資料も広げられていて何を書きたいのかはおおよそ検討がついた。

 要するに、この魔術の構造や論理を理解できるような教科書を作れってことだろ。

 

 印刷は魔道具でできるだろうから一冊作ればいいはず。

 

「こんなもんか……おい、風邪引くぞ?」

「んっ」

「ったく……」

 

 全く起きないモナをベッドまで運び、俺は修練を再開した。

 

 

 ――朝。

 

「あんた私の部屋入ったわね!」

 

 寝ぐせをつけたモナがドタドタと音を立ててリビングに入ってくる。

 朝から騒がしいヤツだ。

 

「朝飯作ったけどお前も食う?」

「え? って違う、やっぱりあんたなんか家に上げるんじゃなかった。帰ってきたら出て行ってもらうから!」

「まぁお前がそう言うなら仕方ないか」

「けどその前に早く資料作んなきゃ! でもシャワーも浴びたいし……」

「落ち着け、資料は机の上にあるだろ」

「え、なんで資料ができて……私無意識で書いたのかしら? やっぱ私って天才?」

「あぁそうだな。だからさっさと飯食ってシャワー浴びて学校行け。俺は今日も鍛錬したいんだ」

「そうね、食べてあげるわ」

「へいへい」

 

 騒がしい女がいなくなってから帰ってくるまで、俺は瞑想を続ける。

 ディストヴィアに勝てるように、もっと、もっと……

 

「ただいま」

 

 帰って来たモナはかなり大人しかった。

 

「どうした? 拾い食いでもしたか?」

「いや、その、資料あんたが作ってくれたのね」

「あー、まぁ適当にな」

「さすがに学園切っての天才ね……学園長にまで褒められたわ」

「そりゃ良かったな」

「その、ありがと……」

「別に、夕飯作ってやろうか?」

「食べてあげても……食べたい。朝食も美味しかった」

「そりゃどうも」

「……まぁ、まだいてもいいわよ」

 

 夕飯を終えると、モナは照れるようにそう言った。

 

 逆鱗が収まったようでなによりだ。

 ここを追い出されると次の宿を探すのに困るところだったしな。

 鍛錬と料理以外しなくていい環境なんてそうあるもんじゃない。

 

「そんなにいて欲しいなら仕方ないからいてやるよ」

「ウザ、けどあんたきっとモテるでしょ。彼女とかいないの?」

「婚約者がいる」

「へぇ、どんな人なの?」

「女神」

「それはさすがにキモいわよ」

 

 ガチなんだから仕方ねぇだろ。

 

「けどそっか……まぁ、泊まるとこないなら好きなだけいていいわよ」

「ありがたいが急な心変わりだな」

「エンヴィくんがあんたの話ばっかりするから嫌いだったけど、思ったより最低なヤツじゃなかった」

 

 モナが優しく笑みを浮かべたその瞬間、俺の魔力感知は王都へ急速に接近する巨大な魔力を感知した。

 一度戦った相手だ。間違えるわけもない。

 

「いや、悪いけどもう出てくわ」

「えっ、なんで急に……」

「用事ができた」

「……そ、あんたも私を一人にするのね……まぁいいわ、私だって自分がおかしいって自覚はあるもの。人から好かれない性格だって自覚してる」

「そうなのか? 俺は昔のお前、結構好きだったけどな」

 

 学生時代の俺は不良もヤクザも暴力に自信を持ってた連中は軒並みぶっ飛ばしていた。

 そんな俺に挑んでくるヤツは皆無だった。

 エンヴィを除けばこいつだけだ。俺に武力で対抗しようとした奴は。

 

「そんな気休め言っていいの? また私が暴走するかもよ? あんたを追いかけ回して自由を奪うかも」

「もしそれができたらお前に惚れてやるよ」

「言ったわね?」

「あぁ、できるもんならやってみろ」

 

 戸を開き、俺の身体は一気に上空へ。

 モナもその家も、一瞬で見えないくらい小さくなっていく。

 

 王都上空千メートル。

 その場には俺以外に二体の生物がいた。

 

「ネル? 本当に来た……」

「未来視が来るのは分かる。だがお前は何者だ?」

 

 エンヴィ・アイズ。

 黄蝕の皇太子ディストヴィア。

 

「まぁ関係ない。すべて纏めて消し去るだけだ。光属性対国術式【天罰(サテライトキャノン)】」

「俺はただの凡人だよ、天才共。天馬の加護(ペガリレス) 千の夕凪(サイレス) 皇の星(イットウセイ)――【龍魔断概】!」

 

 

 神々しい黄金の輝きは、俺の放った白い斬撃と衝突する。

 前の戦いじゃ圧し負ける光景しか視えなかった二つの技の激突。

 されど、数百の戦闘経験によって俺はお前の術式を解析している。

 

 激突は俺の白い斬撃がヤツの黄金の術式を斬り裂き消滅させる形で幕を閉じる。

 

「お前……何をしたんだ?」

 

 その術式の弱点、狙うべき場所、角度、綻びのすべてを俺は把握している。

 

「ネル、昨日僕は何もしていないのに未来が書き換わったんだ。君なのか、君がやったのか?」

「エンヴィ、ここは任せとけ。この戦いにお前の居場所はないから潔く下に戻れ」

「それは……意趣返しのつもりなのかい?」

「あぁそうだな。もうお前じゃ俺に勝つ未来はない。分かってるだろ?」

「そうだね、僕と君じゃもう格が違う。本物は君だったんだ。ネル、僕にして欲しいことはあるかい?」

「ねぇ、この先の俺の人生にお前は必要ない」

「そうか。君もきっとこんな気持ちだったんだろうね……分かった、あとは任せたよ」

 

 そう言ってエンヴィは降下していく。

 残ったのは俺とディストヴィアだけ。

 

「ほら撃って来いよ。時雲(じうん)を」

「……何故余の奥義を知っている?」

「なんでだろうな? どうでもよくねぇか? 俺とお前、どっちが強いか以外のことはこの場じゃ無意味な情報だ」

「たしかにな。では望み通り見せてやろう。神威解放、武装召喚【バルドルの宝剣】、皇流剣術零式――」

 

 何百戦、いや使った命の数を数えれば千は軽く超えるだろう。

 その中で、何度もその技に殺された。

 

 ずっと疑問だったんだ。身体は光と同じ速度で動けるとしても脳はどうなんだって。

 光属性の身体強化で反射神経を強化しているとしても、その程度じゃ光速に対応できるとは思えない。

 実際俺の【神格思考(マスター・プロセス)】並みの思考能力がお前に備わっていないことは、何度も戦って理解した。

 

 だったらその技は、事前に肉体運動を設定しているはずだ。

 

 まぁ、それが分かったところで光速で動ける以上、事前の構えなんて必要ない。

 お前の軌道を予備動作で読み切るなんて、どんなヒントがあったって不可能だ。

 それこそ直接、未来(こたえ)を知るくらいの術式がなければお前の動きは読み切れない。

 

 エンヴィの未来視は固有属性で模倣はできない。

 だが、ダジルとシャルロットの術式を【炎霊陌兵(えんれいひゃくへい)】に昇華したように〝再現〟はできる。

 

 なぁ、お前とは一回戦ったよな。

 

 その時はコテンパンに負けたっけ。

 

 過去に戻って来てから記憶が鮮明だ。

 

 お前とも頭の中で何度も戦ったんだ。

 エンヴィ、お前はもう食い尽くした。

 

 神格思考(マスター・プロセス)――Lv4【フィーチャービジョン】。

 

「視えるぜ、テメェの未来」

 

 術式の起動を設定してから実際に術式が発動するまでの刹那、ディストヴィアの動きは確定する。

 

「――時雲!」

「――終奥・龍太刀」

 

 一歩横へズレながら、最速の一撃をディストヴィアの背中へ叩き込む。

 

「何が起こった……!?」

 

 斬撃はディストヴィアの肩から腰を真っ二つに斬り裂いた。

 それでも、窮王種はその程度じゃ死には至らない。

 再生能力が制限されているこいつでも、核を抜かない限りは生命を維持している。

 

「お前は本当に人間なのか……?」

「あ? まぁ今の俺は純粋な人間だな」

「そうか、まさかこんな英雄が唐突に現れるとは思ってもみなかった」

「英雄じゃねぇって何回言えば分かるんだよ」

「……?」

「アポルに取り次いでくれ、そのためにお前を待ってたんだ」

「アポルの存在も知っているのか……」

 

 月明りが隠れ、大地が闇に覆われる。

 雲一つない快晴なはずなのにおかしな話だ。

 頭上を見上げればそこには……

 

『取り次ぐ必要はありませんよ。私はここにいます』

「アポル……どうして?」

 

 他の女神と違って力を失っておらず、その上他の女神の力を吸収した結果なんだろう。

 月を隠してしまうほどの巨大な球体。

 それは紛れもなくアポルだった。

 

 その球体があの時と同じように開き、俺を招く。

 

「邪魔するぞ」

「えぇ、お久しぶりですね。ネル」

「? お前、覚えてるのか?」

「えぇ。ディストヴィア〝集落〟で待っています」

「分かった。余にもちゃんと説明してくれよ」

「勿論」

 

 アポルの中へ入ると、開いていた部分が閉じていく。

 そのままアポルは遥か上空へ進んで行く。

 大気圏すら突破して、更にその先へ。

 

「そういやお前ら月に住んでるとか言ってたな」

「えぇ、ご招待させていただきます」

「そりゃどうも」

 

 とはいえ移動にはそれなりに時間がかかるようだ。

 

「移動の間に話を聞かせて貰おうか。お前には記憶があるんだな?」

「えぇ、未来で我々は貴方に負けた。そして貴方は最初の迷宮の攻略報酬を使い過去への跳躍を果たした」

「その通りだ。どうやって知った?」

「記憶、というよりは記録でしょうか。未来からそれを持って戻って来たのは貴方だけではありません。貴方の願いを叶えたシステム・RE・ユニバースにも記録は残っています。現在は最初の迷宮の機能は停止し、もう願いを叶えることはできなくなっています」

 

 システム・RE・ユニバースと女神は接続している。

 アポルの権限があればそこから記録を引き出すことも可能ってわけだ。

 

「ビックリです。見ず知らずの人物と結婚することになっているなんて」

「言い出したのお前だけどな」

「そうですね、破棄する気はありませんのでご安心ください。ディストヴィアを一蹴してしまった貴方の強さは認めざるを得ません」

 

 外を見ると、そこはすでに惑星内ではなかった。

 断絶空創で創られた世界としての宇宙ではなく、本物の宇宙。

 さすがに来るのは初めてだ。

 今外に放り出された死を回避する手段はないな。

 

「貴方には婿に相応しい存在になっていただくために更なる修練をお願いするつもりです」

「まぁ、こっから先は宇宙で活動できないと話にならないだろうしな」

 

 水中での戦闘能力を開発していた時期に似てる。

 あの時も結構時間が掛かった。

 本来その環境下で生きていけない生物がそれに適応するには相当な時間がかかって当たり前だ。

 

「それに修練の相手も必要でしょうから窮王種六体に相手をさせましょう」

「助かる。まだ半分も倒してないしな」

 

 それから、月に到着した俺はアポルの内部で修練を始めた。

 相手は窮王種、ナイアセラム、アザトゥルム、ディストヴィア。

 それにまだ戦ったことがなかった残りの三匹。

 

 物理的な肉体を持たず、物理攻撃やほとんどの魔術が通用せず、その上で精神を直接攻撃する手段を持つ『ヨルグレイス』。

 大量の虫のような魔獣を生み出し操り、さらに他者の能力を強化する力を持った『アシュグラス』。

 そして水を生み出し操る『クラケトルフ』。

 

 どいつもこいつもとんでもない能力を持った化け物共だった。

 それが一斉に挑みかかってくる。

 俺は【蒼い炎環の大墳墓(プロミネンス・リインカーネーション)】を使い、何回もそいつらに挑む。挑んだ回数だけ俺は負け続けた。

 

 いつものことだ。

 

 俺の勝利は敗北の後にしかない。

 

 それでも諦めることはない。

 

 俺には記憶がある。

 俺とアポルにしか残っていない存在しない未来の記憶。

 そこで出会ったあいつらに意味を持たせる。

 

 その存在を【最強】であると証明する。

 あの滅びた世界に意味があったことを俺が導く。

 そのためなら何度でも死ねる。

 

「ネル、会いに行かなくてよいのですか?」

 

 修行を始めて数百年が経ったころ、アポルがそんなことを言い出した。

 

「誰にだよ?」

「リア、リンカ、ヨスナ、貴方がそう呼んでいた個体にです」

「会ってどうするんだ。もうあいつらは俺のことを憶えてない」

「ですが、貴方がいなければ彼ら彼女らは死にますよ」

「俺が助けてもそのうちどうせ死ぬ。今の俺の生涯に、この世界で生きるあいつらは関係ない」

「それでよいのですか?」

 

 リアも、リンカも、ヨスナも、あれは一種の奇跡だった。

 俺があいつらを救ったからあいつらがあんなに強くなったわけじゃない。

 あの時の俺があの時の強さで、あいつらと出会ったからあいつらはああなった。

 

 世界を創り、龍へと至り、女神を支配する。

 

 それは今の俺があいつらを助けたとしても成し遂げられないことだ。

 

「悲しくは無いのですか?」

「言ってるだろ。もう関係ないんだよ」

「そうですか。まぁ私としてもその方がありがたいですが」

 

 過去に戻り、アポルに世界が滅ぼされるのを回避した。

 あいつらに俺がしてやれることはここまでだ。

 それ以上の関わりは、俺にとってもあいつらにとっても面倒なだけ。

 

 強くないあいつらに俺は価値を感じない。

 強すぎる俺をあいつらは前と同じには思わない。

 

 リアは族長の世襲の問題で死ぬかもしれない。

 リンカの奴隷のまま囮に使われて死ぬかもしれない。

 ヨスナはあの村で不遇な人生を送り、何かあった時の人柱にされるかもしれない。

 

 けどそんなヤツは他にも沢山いる。

 あいつらだけを俺が救う理由はない。

 

 結局この世界のあいつらは、俺の知ってるあいつらとは違うんだから。

 

「修行を再開する」

「かしこまりました」

 

 修行をしている間に、リアと出会った時間を過ぎた。

 リンカと迷宮に行った時間を過ぎた。

 ヨスナが生贄として差し出された時間を過ぎた。

 

 龍化の法を会得した俺には莫大な寿命がある。

 断絶空創があれば何度死んでもやり直せる。

 転生する必要すらなく、俺はずっとここで修行に明け暮れる。

 

 奴隷になった時間も、スケルトンになった時間も、王子になった時間も、剣聖になった時間も、過ぎ去った。

 

「お前が嫁で良かったかもな。俺のことを憶えているのはもうお前しか残ってない」

「貴方にも感傷に浸ることがあるのですね」

 

 時間が過ぎていくごとに理解は強くなる。

 

 

 ――俺は独りだ、と。

 

 

「別に、最初から分かってたことだ」

 

 無意味に始めた修練の先に誰かが待っているわけはない。

 目指す最強の座はどう足掻いても一人用なんだから、俺の周りに誰もいないのは当たり前のことだ。

 

「どれだけ人間性を切り売り、捨て去ったつもりになったとしても、人間として貴方が生まれた事実は変わりませんよ」

「どういう意味だ?」

「人という種は一人で生きていけるようにはできていないということです」

「分かったようなこと言ってんじゃねぇよ」

「何百年も共に過ごしたのですから少しは分かります。貴方はずっと悲しそうな顔をしている。それは夫婦としてはいささか切ない」

 

 だとしてもそれはどうすることもできない感情だ。

 仮にあの三人や、過去に戻る前に関わったすべての人間を幸福にしたとしても、俺は満足しないだろう。

 

 俺が好きなのはこの世界に生きる誰でもない。

 あの時間で俺と出会ってくれたあいつらだから。

 

「だから私から貴方にプレゼントを用意しました。実は他の女神とは貴方が過去に戻った時点で和解しているんです」

 

 アポルの中からは外の様子が透過している。

 だから、その青い星からこちらへ近付いてくる生物が俺の目には映っていた。

 

 影が少しずつ巨大になって、その形が明瞭になっていく。

 俺はその形状を知っている。

 俺はその魔力を知っている。

 

「黒い、龍……」

 

 なんで……

 どうして……

 

 この時間軸で俺はあいつに関わってないのに。

 

「ヨスナ……」

 

 それは間違いなく、ヨスナが【龍化の法(ドラゴンフォース)】によって変身した姿だった。

 

 その黒い龍はアポルの外郭を挟んで止まる。

 

「【風魔連環(ふうまれんかん)】」

 

 それは『紫熱連環(しねつれんかん)』と『風魔纏伏(エアリアル)』を組み合わせた宇宙空間でも活動を可能とする術式だ。

 体温を適正温度でキープする効力と、呼吸を可能とする機能を併せ持っている。

 

「アポル、開けてくれ」

「かしこまりました」

 

 俺は黒い龍へ近づいていく。

 魔力の反応は一つじゃない。計三つの反応があった。

 

「グッ……」

 

 龍が口を開くと、その中には唾液塗れになった二人の姿があった

 

(断絶空創【風雲幻想大界域(エアリアル・ファンジア)】)

 

 声は聞こえなかったが、口の中から出て来たエルフがそう口ずさむと世界が一変していく。

 

 暗黒の宇宙が青空に変わる。

 その結界術式の内部に取り込まれたのは四人。

 

 それは紛れもなくリアの魔術であり、目の前にいるのは紛れもなく、リアとリンカとヨスナの三人だった。

 

「うわ、ベトベトなんだけど」

「たしかにちょっと気持ち悪いですね」

「私のお陰でここまでこれたのですからあまり文句を言わないでいただけますか?」

「あんただって私の術式がなきゃこんなところまで来れなかったでしょっての」

「二人とも喧嘩はやめてください。無事到着したんですからよかったじゃないですか」

 

 なんでだ……

 

「なんでお前らがここにいる? つーか憶えてるのか?」

「当たり前でしょ」

「貴方様を忘れられるはずもありません」

「アポルさんが権限を他女神に戻したことでシステム・RE・ユニバースから記憶をダウンロードできるようになりました。それを転写することで私たちは記憶を取り戻したんです。私たちの記憶(データ)はネル様を強くするために保管されていましたから」

「なるほどな……」

 

 これがアポルの言ってた『プレゼント』ってわけか。

 はっ、絶対無理だって思ってたのに、こうなるとさすがに……

 

「良かった」

 

 自然とその言葉は口から零れていた。

 

「バカね、お前を一人にするわけないじゃない」

「貴方様、状況は把握しています」

「ネル様、私たちも連れて行ってください」

「……連れて行くって、空の種族の故郷にか?」

 

 三人は頷く。

 まるで当たり前のことのように。

 

「本気で言ってんのか?」

「当たり前でしょ?」

「私たちも修練をいたしました。宇宙でも活動できるように、貴方様に追いつけるように」

「そろそろ窮王種でも修練の相手に不足しているんじゃないですか?」

「帰れる保証なんかないぞ、いいのか?」

「ネル様、記憶を取り戻したのは私たち三人だけじゃありません。聖剣を介して記憶が保存されていたネオンさん、それにヤミちゃんも魔界の時間は巻き戻っていないらしく悪魔を介して記憶を取り戻しています」

 

 ネオンとヤミも……

 

「ベルナさんもビルドラムで奴隷の暴走が起こる前にネオンさんが話してマフィアを壊滅させたあと、奴隷の解放運動も上手くいきました」

 

 ベルナも無事なのか……

 

「宇宙で活動する魔術の開発に商会の力や禁書庫の情報も欲しかったので、そのお二人にも色々と協力してもらっているのです」

「私は両親を助けたし、エルフの次の族長も母に決まった。私たちは全部の問題を解決して、心残りを全部消化してここにいるの」

「そうか……」

 

 三人は同様に強い意志の籠った瞳を俺に向けていた。

 

「はぁ……いや、ありがとう。お前らにはずっと感謝してる。つーか、全員愛してるよ」

「うっわ」

「最低」

「クズ」

「「「けど……」」」

 

 毒吐く言葉とは裏腹に、三人の表情は優和なものだった。

 

「愛してる」

「愛しています」

「愛してます」

 

 そう言って三人は微笑む。

 こいつらいつの間にか仲良くなってるな。

 三人で窮王種に挑んだって話だし、システム・RE・ユニバースに記録された記憶があるってことは俺と何度も戦った時の記憶もあるんだろう。

 あの時は四人同棲してるみたいなモンだったから、多少は仲も深まるか。

 

「てか俺アポルと婚約してるけどいいの?」

「「「は?」」」

 

 うわめっちゃ睨んでくるんですけど……

 こんな恐怖感じるの久々なんですけど……

 というかこいつらの魔力量、過去に戻る前より多くね?

 修練したってのは嘘じゃないらしいな……

 

「そう、ネル……そうなのね……」

「ふふ、ふふふ、貴方様ったら……」

「ネル様って本当に面白い人ですね」

「「「殺す!」」」

 

 ヤバ……こいつら目がマジだ……

 

 

 ◆

 

 

 それから更に千年ほどの時間が経った。

 月面にある空の種族の集落で暮らしながら、俺たちは修行を続ける。

 

 窮王種とも何度も戦い。

 互い同士も何度も剣や拳を交えた。

 

 俺たちとの戦いの中で窮王種も成長し、その成長が俺たちの更なる成長を促した。

 

 俺たちは成長し続ける。

 

 リア、リンカ、ヨスナの三人の成長速度は俺と同じかそれ以上だった。

 

「敵は【宇宙怪獣】。星すら喰らう理外の怪物。輝魂剛石(オリハルコン)も他の女神へ返還したため窮王種の協力は仰げません。本当によろしいですね?」

「あぁ」

「えぇ」

「はい」

「分かりました」

「それでは、これより惑星【アルカリア】に出発いたします」

 

 俺たち四人と空の種族を乗せ、アポルは宇宙へ旅立つ。

 怨敵を打ち砕き、星を取り戻すために。

 

「けど、その前に一ついいか?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

ウルスより――『お疲れさまでした』

 

ルミナスより――『私たちに労いは不要と思いますが?』

 

ビステリアより――『一見無駄に思えることも最終的に意味を持つことがあると、私はそう第八特異点より教わりました』

 

ティルアートより――『本当に……あれは本当に予測不能な存在でした』

 

シアより――『アマツまで取り込んだのですから当然です』

 

セクトラより――『シアはあの個体の相当高く評価していましたからね』

 

ウルスより――『現状を確認します。聖武具は五つをリンカが所有。残り一つはネオンが所有。システム・RE・ユニバースの停止に伴い我らの機能も現行している環境操作を完了した後、順次停止していきます。これより先、この星に降りかかるあらゆる問題は我が子ら自らが解決するべきものです。異論はありませんね?』

 

ルミナス・シア・セクトラ・ビステリア・ティルアートより――『問題なし』

 

ウルスより――『ではこれより完全停止を開始。願いましょう、我が子らの繁栄と、それに我が同胞アポルが故郷を取り戻すことを』

 

ルミナスより――『神たる我らがいったい何に願うのですか?』

 

ウルスより――『我らすら救い上げた英雄【ネル】にです』

 

ルミナスより――『理解しました』

 

ルミナス・シア・セクトラ・ビステリア・ティルアートより――『願います』

 

ウルスより――『妹たち、本当にお疲れさまでした。頑張って、我らが英雄』

 

 

 

 ◆

 

 

 

「やっほーヤミちゃん、調子はどうだい?」

「その呼び方やめてって言ってるわよね、ネオン」

 

 そこは秘匿されるべき魔術が収められた禁じられた書庫。

 だがしかし、今その一室はたった一人の魔術師の私室になりさがっていた。

 

「そんなにカリカリしてるとお肌に悪いよ? その様子じゃ〝女神の解体〟はそんなに上手くいっていないみたいだね」

「ネルが最初の迷宮を攻略したことでこの星の知性種が自立できるだけの能力を得たと解釈したシステム・RE・ユニバースは機能を停止した。それは人類が神より脱却した証。けれど、それを成し遂げた超越者はみんな空の彼方へ旅立ってしまったわ」

「そうだね。間違いなくあの四人が人類最強で、最も魔術の深みを理解した人間だった」

「いなくなってしまった以上、私たちはその英雄を欠いた状態で残された女神の解析を行わなければならない。今までシステム・RE・ユニバースが管理していた星の環境も、もう自分たちで制御しなければいけない。そのためには神の機能を理解するしかないのよ」

 

 ヤミ・グラレス。

 それは遥か昔、数多の魔術師と呼ばれた。

 しかし、その研究科目は魔術の領域を遥かに超え、神へと迫る。

 

 今の彼女はこの星の原理を最も理解した個体。

 

 その数々を称え〝星の魔術師〟と呼ばれている。

 

「君のお陰で環境の変化の予測や、天変地異への対応、危険生物の誕生まで予見できる。けど君がこんな面倒なことに挑戦するなんて不思議だ。そんなに人間が好きだったのかい?」

「人間なんてどうでもいいわよ。ただ労働力としての価値はあるから絶滅されたら困るだけ。私の原動力はずっと一つよ」

「へぇ、何?」

「私を置いて行ったあいつを追う」

「好きだね君も」

「えぇ、私はネルを殺したいくらい愛してる。貴女はどうなのネオン、ネルのことどう思ってるの?」

「そりゃ好きだよ。彼は私にできないことを軽々とやってのけるからね」

「だったら方法が完成したら着いてきてもいいわよ?」

「あれ、てっきり君はネルを独り占めしたいんだと思ってたよ」

「リンカちゃんと貴女になら、まぁ爪先程度は上げてもいいかなとは思ってるわ」

「さすがにちょっとそれはいらないかな? それに私は行かないよ」

「そう、どうして?」

「私はこの星で人のために生きたいんだ」

「英雄なんて、きっとつまらない人生よ?」

「かもしれないけど、私はそれでもいいんだよ。まぁけど私もネルには会いたいから、暇があったら連れて帰ってきてよ」

「いいわ、暇だったらそうしてあげる」

「ありがとう」

「それと、君の研究に役立つんじゃないかと思って一人連れて来てるんだけど、会ってもらってもいいかな?」

「研究に役立つ人間? まぁいいけど」

「じゃあ連れてくるね」

 

 そう言って出ていったネオンは、すぐに一人の青年を連れて戻ってくる。

 

「初めましてヤミ嬢、僕はエンヴィ・アイズ。未来視の魔術師と呼ばれている」

「その身体、何百年……いやそれ以上に生きてるわね」

「さすがだね。そうだよ、結構な無理をして僕はここまで生き延びた。それくらい本気ってことだ。僕もネルを追いかけたい。そのために貴女の研究に協力させて欲しい」

「執念なんてどうでもいい。重要なのは能力よ。本当に未来が視えるの?」

「本当だとも。君が魔界の時間の概念が現実世界とは大きくことなるという法則を利用し、長大な移動を可能とする転移術式を開発しようとしていること、とかも知っているよ。まぁ魔界の法則を理解するにはまず女神を研究する必要がありそうだけどね」

「……ネルとどういう関係?」

「親友だよ。元ね」

 

 ヤミはその男を見て小さく頷いた。

 

「いいわ、協力させてあげる」

「ありがとう、感謝するよ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「その前に一ついいか?」

「何よ?」

「俺は最強になりたかった。その席は一つで一人だけのものだと思っていた。誰かの協力でそれを成し遂げても意味はなくて、満足なんてできないんだと思ってた。でも……」

 

 リア、リンカ、ヨスナ。

 三人の顔をしっかりと見て、俺は俺の心を明瞭に自覚する。

 ここまで自分の芯を捉えられたのは初めてな気がする。

 

「でも、お前らとなら〝一緒に〟満足できる気がするんだ」

 

 仲間。家族。それよりももっとずっと強い何かが俺たちを結んでいる。

 

 俺は誰かを護りたかったわけじゃなかった。

 俺は最強になりたかったわけじゃなかった。

 

 

 ――俺は、俺と一緒に同じ景色を目指してくれる誰かが欲しかったんだ。

 

 

 時に殺し合い、時に愛し合い、時に背を預ける。

 互いに呼応し、己を向上させる。

 そんな誰かが俺には必要だった。

 

「お前らだったんだ……」

 

 それが俺という人間が満足する方法だった。

 

「リア、リンカ、ヨスナ、俺にはお前たちが必要だ。俺と一緒に戦ってくれ」

「えぇ、いいわ」

「喜んで」

「勿論です」

 

 俺は世界最強になった。

 

 だから今度は〝俺たち〟で宇宙最強を目指そうと思う。

 




最後までお読みくださりありがとうございました。
ネルの旅路はまだ続くようですが「ネルの物語」はこれで終了です。
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