修業と成人
木漏れ日射し込む雑木林のなか、ふたりの人影が対していた。
「──よし。今日のところはここまでだな」
黒い双眸を満足げに細めながら黒髪の中年男性はそう言うと、構えを解いて手にしていた木刀を肩に担ぐ。
「……ありがとうございました」
対する剣道着を着た黒髪青目の青年も構えを解いて腰に木刀を差すと、一礼とともにそう返した。このことからふたりが師弟の間柄であることが窺える。
事実、かれこれ五年近くはこの男性に修業をつけてもらっていた。
「ああ。だが、いかに身内贔屓が多少入ったとしても、さすがは我が息子にして弟子。大したものだ。本格的に武術を教えてかれこれ五年だが、よく弱音を吐かずについてこれたものだな。親としても師匠としても誇らしいぞ」
そう言って男性は、少年から青年へと差し掛かりつつある息子兼弟子を賞賛した。
青年は、子供の頃から体を鍛え、武術において類い稀な才能を発揮を遺憾なく発揮していたがいまでは、父から教えられた技を大半修めるほどの腕前になっていた。
それというのも冒険者の父が鍛えてくれたからであり、青年自身が諦めず、才能に溺れずに努力してきたからだ。
「……強くなりたいですから。それに師匠のおかげです」
快活として笑いながらも、「まあ、弱音を吐こうもんなら修業を倍にしてやったがな」と口にする父に青年はそう返した。
「ああ、それでいい。いくら才能があって教えを授けられたってな、本人にやる気がなければ話にならねえ。その歳で一子相伝のこの流派の技を修めたのは大したもんだが、初志貫徹。その信念を大切にしろよ」
感慨深そうにしていた男性は、我が子の言葉に満足げに頷きながらそう言う。
つまりこの時点で青年は、剣士として基礎を習得しているということであるということだ。
「……はい、師匠」
そして青年もまた父にして師に力強く頷き返した。
「よしよし」
その様子に父が満足げに頷いて青年の頭を乱暴に、しかし愛情を込めて撫で回す。
もう成人を迎える青年にとっては、気恥ずかしい限りだが父は冒険者として多忙で、幼い頃からなかなか親子の時間が少なかったこともあって嫌ではなかった。
父が木刀で肩をポンポンと叩きながら口を開く。
「──さて、んじゃ、汗を流して朝飯とするかな。今日は、おまえの誕生日、それも十五歳の成人を迎える大切な日だ。あの子たちに汗臭いまんま会うわけにはいかねぇだろ。ちゃんとしてけよ? 女の子ってのは、そういった普段の身だしなみとかでも男を見てるんだからな」
「はい、師匠、って、姉さんたちは、そんなんじゃ……」
「ああ、わかったわかった」
今日成人を迎えたばかりのまだまだ子供な青年は、父の言葉に頬を若干赤くしたがとうの父は、カラカラと笑って乱暴に頭を撫でるだけだった。
「それと、稽古が終われば師匠と呼ばなくていい」
「……了解、父さん」
「おう。んじゃ、さっさと汗流して戻るか」
修業のときと違って快活とした笑みを浮かべる父は、呼び方を訂正して頷く青年に、頭をポンポンと軽く叩くとそう言って歩き出した。
「……」
その少し後ろについて父の大きな背中を見ながら、青年はこの五年についてふと思い返していた。
五歳の頃に初めて木刀を持ってから、いまもこうして修業に熱を入れているのはやはり五年前──青年がまだ十歳の頃に起きた事件が原因だろう。
五年前、死の迷宮が攻略されて魔神王が討伐された年、青年の村は、ゴブリンたちの手によって滅んだ。
当時子供だった青年は、彼なりに必死に足掻いたことで仲良くしてもらっていた三姉妹とともにゴブリンたちの魔の手から逃れることができた。
逃亡の途中で乗り合い馬車に拾ってもらい、水の街に難を逃れてから三姉妹としばし至高神の神殿にお世話になり、〝死の迷宮〟が攻略されたことで出稼ぎから帰ってきた父が壊滅した村を目の当たりにし、絶望しながらも諦めずに少年を探したことで再会したのが惨劇の一夜から三ヶ月が経ってからだった。
少年は、再会した父に文句を言うことはなかった。
冒険者だった父は、稼ぎに行っていただけだったとか、賢しげに理解したわけではない。
汗や埃、血にまみれ、碌に寝てないであろう目元の隈、ボロボロの装備を見て、自分を必死に捜したことを窺わせる父の様子に子供心ながらに責める気が湧かなかったのだ。
それから少年は、またあんな理不尽なことがあったときに立ち向かえるようにと父に本格的な戦い方や様々な技術を学び、今日──十五歳の成人を迎えた。
「──あれからもうそろそろ五年か。いい加減、父さんから一本を取りたいが……」
過去に意識を飛ばしていた青年は、そう呟く。
朝から思い出すには気が滅入る事件だったが、忘れたことはないため今更このくらいで心が曇るほど柔な鍛え方をしていない。
(……俺は強くなってるよな?)
内心そう考える青年。
幼い頃に才能があるからとなんとなく武術を始め、十歳の頃に子供心ながらに強くなりたいと父の下でさらに修業を積んで自分はどれくらい強くなれたのか。
それは体であり、心であり、ひとりの男としてでありだ。
剣才、環境、師に恵まれ、本人にもやる気があったため着々と実力をつけていった青年は、流派の技術を修得するばかりか、独自の技を編み出したりもしていた。
それでもまだ熟練の冒険者の父には、敵わないあたり忸怩たるものを感じている。
『安心しろ、おまえは強くなっている。それこそ始めた頃と比べて見違えるほどにな。だがな、驕るんじゃないぞ? 技を会得し、応用ができるようになったからこそ、基礎や基本を疎かにしてはならないからな。武術なんてのは突き詰めれば反復練習だ。これからも修業はつけてやるし、自主練も怠らんようにするんだぞ?』
とは、ある日、話さずとも息子であり弟子である青年の心情を察した父が不意にかけてくれた言葉だ。父は昔から不器用ながらもよく気にかけてくれている。
身内に世辞を言うような性格ではないし、その必要もないのだから言っていることは嘘ではないのだろう。
そう、技を使えるのと使いこなすのとはわけが違う。
元来技とは年月をかけた反復により完成度を高めるものだ。
技の型、間合い、筋力、この三つを鍛えつつ調和させることはどれだけ才気があろうとも短期の修業では不可能。
だが、それを怠らずに続ければ長じたときには技の完成度は高く、無駄な動きがなくなる。
技の完成度の違いが速さの、精度の、威力の差を生む。
それこそが努力というものだ。才能に甘えてはいけない。
(……頑張るしかないか)
内心そう呟き、もう一度父の大きな背中を見つめた青年は、そのあとを追って水の街に向かうのだった。
これからもっと学び、鍛え、いつか自分が父を超えてやるのだ。
§
鬱蒼と茂った森のなか、多くの支流を従えた湖の中洲に聳え立つ、白亜の城塞。
神代の砦の上に築かれたこの街には、ここ〝水の街〟はあった。
修業を終えた青年は、父とともに自宅へと戻ってきていた。
そこでは、あの惨劇を強く青年とともに生き延びた三姉妹が、この日のために腕によりをかけて作った料理がテーブルに所狭しと並べられていた。
「──あ、おかえりなさい」
最初にふたりへ声をかけてきたのは、微笑を浮かべ、金色のロングヘアーをポニーテールに結った美女──長女だった。
手には、ちょうど並べるところだったらしい青年の大好物のひとつ、アップルパイの皿を持っていた。
「あ、おかえり〜」
「お、おかえりなさい」
長女に続いて青年たちに声をかけたのは、快活な笑みを浮かべたショートヘアからセミロングに変わった桃髪の次女、気弱さの滲み出た笑みを浮かべた青みがかった黒髪ロングヘアの三女だった。
三人とも、あの惨劇を経験しながらもそんな後ろ暗さを感じさせない、温かな雰囲気だ。
「ああ、ただいま。姉さんたち」
もしかしたら失われていたかもしれない光景を前に青年は、何度めかもわからない安堵の微笑を浮かべて応じる。
そんな息子の様子に挨拶を返しながらも、父が面白そうに見つめていた。
それから料理が出揃い、青年、父、三姉妹が全員席に座ると青年の十五歳の成人を祝う誕生日パーティーが始まった。
「でも、遂にキミも大人の仲間入りかぁ。早いなぁ」
と、次女が薄めた葡萄酒を飲みながらそう呟く。
「そうね。あれからもう五年が経ったのよね。こんな穏やかな日々をまた送れるだなんて思ってなかったわ」
「う、うん。それもあなたのおかげだね」
長女、三女もそう言って信頼の込もった微笑を青年へ向ける。
「俺は、自分にできることをしただけさ」
大好物のアップルパイを頬張りながら言う青年。そんな様子は、まだまだ子供っぽくて三姉妹はどこか微笑ましげな笑みを浮かべる。
「まあ、親の贔屓目なしによくやったと思うぜ」
エール酒を飲みながら父が男臭い笑みを口元に浮かべて言った。
「それで、まだちゃんと聞いてなかったがおまえ、成人を迎えたわけだがどうすんだ?」
そう、十五歳を迎えたからにはもう養ってもらってばかりはいられない。青年も進路を決めねばならないのだ。
「……俺は、冒険者になろうと思う」
「ほう、いいんじゃねぇか」
剣の腕で立身出世を目指すという青年の目標に父は、さすがは我が子とばかりに酒を煽る。
実際、平民の進める道など限られている。
剣で生計を立てるなら冒険者や傭兵、国や貴族お抱えの兵士しかない。
ならばお堅いのを好まない青年なら、冒険者や傭兵が一番性に合っているだろう。
そして、父の背中を見て育ったからには、憧れの冒険者への道を進むのは自明の理だった。
「私は、心配になってしまうわね」
「うんうん。冒険者は危ないもんねぇ」
「う、うん。わたしたちのお店のお手伝いとかでいいんじゃない?」
しかし、そこは女。三姉妹には、男のロマンなど関係ない。純粋に心配し安全を促す。
ちなみに三女の言う自分たちの店とは、この〝水の街〟にある三姉妹が営む料理店だ。自分たちの生家から持ち出した財貨、青年の父の協力などがあり、店を持つことができたのだった。
最初は慣れないことばかりで大変だったものの努力の甲斐あっていまでは、軌道に乗り、女性に人気な店として〝水の街〟でも有名だ。
「姉さんたちの世話になってばかりじゃだめになりそうだしな。だから独り立ちって意味でも、冒険者になるのはこの街じゃなく、辺境に行こうと思ってる」
だが、青年の意思は固い。それどころか、自立のために三姉妹の下も離れるというほどだ。
「ま、心配はわかるが男の決めた道だ。いい女なら笑って送り出してやんな」
三者三様に暗い顔をする三姉妹に父が苦笑しながらそう励ました。
「それにお互いに場所はわかってるんだから、手紙のやり取りはできるしな」
と、青年もフォローを入れた。
青年の意思の固さ。この強さに救われた三姉妹は、青年が考えを変えないことを理解している。
それでも説得の言葉が出たのは、単に親しい弟分だからか、あるいは……。
「そうね……せっかくのお誕生日、せっかくの門出だもの。笑って送り出してあげなきゃね」
長女が率先してそう言えば次女、三女も心配ながら納得したように笑顔で頷いた。
そして、長女が何かの包みを取り出すと三姉妹でそれぞれ手を添えて青年へと差し出した。
「改めてお誕生日おめでとう」
「あたしたちで選んだんだ」
「大切にしてくれると嬉しいな」
「ありがとう、姉さんたち」
青年は、三姉妹からプレゼントを受け取り、包装を解くと出てきたのは、黒い外套だった。
「冒険者になるってなんとなくわかっていたもの」
「それにもし冒険者にならなくても、外套はあったほうがいいしね」
「長く使えるように丈夫でちょっと大きめなのを選んだの」
三姉妹がそれぞれそう言って改めておめでとうと口にする。
確かにいまの青年の背丈より少し大きめで、丈夫な生地でできていた。大事に使えば長く愛用できるだろう。
「ありがとう、姉さんたち。大切にするよ」
青年の言葉に三姉妹は、頬を赤くしながらも微笑む。
「なら俺からはこいつだな」
そう言って父が差し出したのは、長い包みだった。
青年は、受け取ると重みのあるその包みを開けた。
出てきたのは、黒塗りの鞘に納まったひと振りの湾刀だった。
柄を握り、鯉口を切れば真新しい刀身が青年の顔を鏡のように映す。
手にしっくりくる湾刀に青年は、父を見返す。
「おまえのために打ってもらった、おまえの刀だ。冒険者になるんなら必要になるだろう。精々使い潰してくれ」
「ありがとう、父さん」
父の言葉に青年は、湾刀を鞘に納めて微笑を浮かべた。
「あとこいつは、餞別だ」
そう言って父が渡してきたのは、無地の黒い布袋だった。
なかを確かめれば金貨が沢山入っている。
「おまえが狩った獣の素材を卸した金に、ちょいと色をつけておいた。冒険の支度金にでもするといい」
そう、青年は、狩りをして素材を売り捌いていたのだ。
「父さん、姉さんたちも、本当にありがとう」
改めてお礼を言う青年。あの惨劇を考えればこんな日を迎えられたのは、奇跡のようなことだった。
そうして誕生日パーティーは、温かく楽しく過ぎていった。
「いつかおまえも冒険者として付き合えるようになれよ?」
誕生日パーティーも終わり、深夜、父はそう言って冒険者同士の付き合いで飲みに向かい、青年は自分の部屋で明日の旅立ちの準備を済ませていた。
食料や水、着替えなどに加え、もらった湾刀や外套を用意して整えた。
そこへ不意にドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
こんな時間にいま訪れるのは限られているため軽快なく青年が促せば、入ってきた気配は三姉妹のものだった。
「姉さんたち、どうかし──」
荷造りを終えて振り向いた青年の言葉が途切れる。
それは、三姉妹の格好が常とは大きく違っていたからだった。
三姉妹は、それぞれ白、赤、水色の扇状的な下着だけを身につけていた。
「ね、姉さんたち、どうしたんだ?」
「──あなたにもうひとつ、プレゼントをあげようと思ってたのよ」
動揺する青年に頬を赤くしながら長女がそう言い、恥ずかしげにあははと笑う次女、俯く三女とともに部屋に入るとドアを閉めて鍵を締める。
長女は、青年の前にまで来るといままで見せたことない、女の笑みを浮かべる。
「あなたももう十五歳、成人でしょう? だから、私たちからのプレゼント。あなたを男にしてあげるわ」
「い、いや、でも、なんで……!」
「あなたが冒険者になってここから出ていったら、私たちのことを忘れちゃうかもしれないでしょう? 冒険者には、綺麗な人や可愛い子も多いし、行く先々で村女や場合によっては、貴族のお姫様なんかに好かれるかもしれないわ。だからあなたを繋ぎ止めるという意味でひとつ」
そう言って青年にしなだれかかり、長女は続ける。
「もうひとつは、単純にあなたが好きだから。私たちの初めてをあなたにあげる。あげたいの」
「ま、まあ、あたしたちの望みでもあるってこと!」
「そ、その、迷惑じゃなかったらもらって欲しいな。あなたが守ってくれたわたしたちの純潔だから、あなたに捧げたいの」
次女、三女も顔を赤くしながらそう言った。
ゴブリンに奪われ、閉ざされるはずだったものを大好きな青年に捧げる。
それが三姉妹の総意だった。
だってわかるのだ。青年は、冒険者になればきっと他の女の子も放っておかない。それはもう仕方ない。
でも、自分たちを置き去りにされるのは嫌だ、我慢ならない。
こんな世の中、女は不安なのだ。
だから成功するであろう者を青田買い、先行投資。刻み込む、刻み込んでもらう。
お互いに初めての相手、それも男ひとりに女三人という倒錯的な状況でだ。絶対にお互いに忘れられない。繋ぎ止めることができる。
要約すれば三姉妹ともに青年を愛していた。きっと五年前のあの日から……。
ちなみに三人同時だとか、この先に女の子が増えるだとかは、村育ちとあって性に少しおおらかなところがあるためあまり気にしていない三姉妹だった。
「姉さんたち……わかった。俺、姉さんたちをもらうよ。──いや、姉さんたちは俺のモノだ」
「「「────っ!」」」
戸惑いから一転して力強い男の表情と言葉に、三姉妹は腰が砕けそうなほどの歓喜が湧き上がる。
そこからは、言葉はいらなかった。
青年と三姉妹は、お互いを貪るように求め合った。
その淫靡な肉欲の宴は、明け方近くまで続くのだった。
END
しばらくは、刀だけになりそうですね。魔法を使うのは、さらに五年くらい経ってからかもしれませんね。
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