――つい最近から、漠然と異世界というものに憧れるようになった。
理由としては……あまり思い出せない。
ふとした時、「あ、異世界行ってみてぇな。面白そうだし」と考えるようになったのがきっかけだったか?
今の俺の中には、俺達が生きるこの『現実』にはありえない、魔法やら魔物やらが存在するであろう世界で一度冒険でもしてみたい……という思いが渦巻いていたのだ。
……とにかく、この『現実』というルールにがんじがらめにされた世界から、一度でいいから全力で飛び出してみたいと思ったんだろう。
それこそ魔法を使って空を飛んでみたりとか、金属でできた鎧とかを着込んで魔物と戦ったりとか。
そんな叶わないことを願ってリアルを生きていた俺だったんだが……
「おい君っ!! しっかりするんだ!!」
「へ、へへへっ……安心しろ兄ちゃん……お前の妹さんは無事だぜぇ……」
「今はあなたを心配してるんだよっ!? くっそ、血が止まらない……!」
絶賛死にかけてます()
事の発端はこうだ。
『あ゛ーっ゛……体いてぇ……』
今日も今日とて仕事に疲れ果て、よたよたとおぼつかない足で帰路についていた時だ。
時間帯としては夕方、場所は住宅街から少し外れたところにある公園を通りがかった時に、あることを目撃してしまったのである。
『んー!? んー!?』
『……っ、騒ぐんじゃねぇ……!』
明らかに怪しい男によって、口元を無理矢理抑えられながら強引に連れて行かれそうになっている少女。
そんな明らかに事件の匂いがする現場を目撃して、俺はすぐさま近寄ってその男の手を捕まえようとしたのだ。
『おいおっさん! テメェ、子供相手に何しようとしてんだ!?』
『っ! ち、近寄るんじゃねぇ!』
『んんーっ!?』
『っ、包丁……!?』
しかし、捕まえる寸前で男が片手に持っていた包丁をこちらに突きつけてきたせいで、うかつに近寄ることができなくなる。
男が持ってる包丁は明らかに鋭く、相当な用意をしていたのだろうことがうかがえた。
「計画犯かよ……」と内心で悪態をついても状況は変わらない。
下手に刺激すれば捕まってる俺より先に女の子が危ないのはさっきと同じで、正直俺一人の力じゃどうしようもできなかった。
このままだと逃げられる……そう思ってた時――
『神奈!?』
『っ!? 誰だ!?』
『っ! 今だ……っ!』
――女の子の家族と思われる男性がその場に居合わせたみたいで、誘拐犯の男に一瞬隙ができたのである。
その隙に彼女を解放させようと行動して……そうだ、ポカをやらかしちまったんだ。
「結局はこのざまか……ゲフッ! クッソ、いてぇ……!!」
「無理にしゃべるな!! クソッ、このままだと……!!」
女の子を取り返すことはできた……が、男が振りかぶった包丁が俺の背中へと突き刺さり、今なおその血は止まることなく流れ続けている。
当たり所が悪かったみたいで、助かる見込みがないことが俺自身理解してしまうほどだった。
駆けつけてくれた女の子の兄ちゃんが必死に止血しようとしてくれているものの、止血したところで救急車が来るまで間に合いそうにない。
――終わっちまったな、俺の人生……思ってるよりもあっけないもんだったなぁ……
残念には思う、後悔もある。
でも、そんな考えも泣きじゃくってる小さい女の子の顔を見れば吹っ飛んだ。
「ひっく、おじ、ちゃん……ごめんね……ひっく……」
「おうおう、泣くな泣くな……こんなおっちゃんがこーんな可愛い女の子のために命張れたんだ……悔いは……いや結構あるかもしれねぇ……あー、1万円札握りしめて寿司屋で豪遊したかった、年末に富士山登って年が変わる瞬間に地球上にいなかった的なことやりたかった、今度発売される新作の狩りゲーやりたかった……やっべ、未練めっちゃあるわ」
「すごいあるな!? というか喋らないでくれ!! 傷が開いてしまう!!」
あ、そうだった、俺背中に穴開いてるんだった。
あー……考える力も鈍ってんな……これが、死ぬ瞬間、ってやつか……。
あー、もっとやりたいことあったんだけどなぁ……。
爺ちゃんの所にも顔出してやれてねぇし、ダチとバカ騒ぎする約束もできてねぇし、海外にも行けてねぇし……
……異世界にも行けてないしな。
「おじちゃん……ごめんねぇ……」
「…………」
……でも、今はそんなことも関係ねぇか。
「なぁお嬢ちゃん。嬢ちゃんはなんかやりたいことあるか?」
「おじ、ちゃん……?」
「俺はな、馬鹿みてぇだけど『異世界』ってやつに行きたいと思ってる。魔法とか使ったり、すっごいドラゴンとかと戦うとかやってみたり、色んな知らねぇもん見てみたり、とにかく、今の俺じゃできないようなことをやってみてぇんだ。それこそ魔法がありそうな『異世界』でな。傑作だよな……こんなおっさんがいつか魔法を使えるかもしれないって信じてるんだぜ?」
「神奈は……皆を助けられるヒーローになりたい……! おじちゃんみたいな、カッコいいヒーローに!」
俺の質問に答えてくれた女の子――「神奈ちゃん」はそう言ってくれた。
多分、俺がもうすぐ死んじまうのも理解してるんだろうな……わりぃことしちまったぜ……
「そう、か……それじゃ、俺も神奈ちゃんがなれるように願っておくぜ……最高のヒーロー、ってやつになれるよう、にな……」
「っ――!! しっ――して――!! 目を閉――な――!!」
神奈ちゃんの兄貴の声が遠くなっていく。
あぁ……これが、死ぬって感じなんだな……
正直、知りたくは、なかった、ぜ……
……こうして、とある男はその世界においての一生を終えた。
彼が成したことは世界的に見れば、どこにでもありそうな小さなことかもしれない。
『……彼になら、任せられそうかもしれませんね』
だが、その小さなことがある存在の心に残ったのである。
「……ここは……」
『はじめまして、シンイチさん。私は……まぁ「人神」とでも名乗っておきます。ようこそ、狭間の世界へ』