モブリコ辺境暦   作:杖雪

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5月の晴れた日に ②

「お茶どうぞ」

「お茶どうも」

 

 朝食が終わると、スギナが二人分のお茶を入れる。

 デザートはバナナ。二人で半分こしていただく。

 

 風待がお茶を飲みながら、横に置いたノートパソコンを起動させ、LC3Iシステムのメインページを開く。

 

 緊急連絡を除いた、行動予定表や訓示等の一般連絡は、個々のスマートフォンではなく支部長専用のノートパソコンにのみ送られてくる。

 スマートフォンに一斉送信しないのは、紛失時の情報漏洩を防ぐためと、支部長以外のリコリスたちに必要以上の情報を与えないためと言われている。

 

「今日は何か変更あります?」

「とくにないわ。巡回のルートも時間帯も変更なし。午前中と夕方に、ご近所歩くだけね」

 

 バナナを咥えながらパソコンをのぞき込むスギナ。

 

 普通のリコリスが支部長専用のパソコンを見るのは、本来なら重大な規律違反なのだが、スギナも風待も特に気にしてはいない。

 どうせ2人しかいない田舎支部なのだ。

 

 パソコン画面には、諸咲支部周辺の地図と、DA本部が設定した今日の巡回ルートが映し出されていた。

 スギナが横から手を伸ばしキーを押すと、画面が県内の各支部の危険度情報に切り替わる。

 支部ごとに区分けした白地図に、警戒度に応じて色分けされた画面が、天気予報図よろしく表示されている。

 

 今日の諸咲支部の色は危険度ゼロの青色。

 この支部に赴任して一か月、スギナはこの支部が青色以外の色に染まっているところを見たことがない。

 

 他の支部に目をやると、諸咲支部の隣にある国際空港島支部と、その先にある名古屋支部が黄色に表示されているだけで、残りの他の支部は青一色で揃えられている。

 名古屋のような大都市にある支部は、常に何らかの犯罪と直面しているため、黄色程度ならまず平和といえよう。

 

「それにしても…空港島支部って青色の日が少ないですね」

「国際空港はいろいろ問題がある人たちも出入りする場所だからね。海路がメインだった昔なら、港湾を有した支部が重要拠点だったけど、空の玄関が大きくなった今では、空港がある支部が犯罪の防波堤になっているの。それだけに本部も力を入れているはずなんだけど、こう黄信号が多いとなると、いずれ支部の再編成や人員増強があるでしょうね」

「空港島のリコリスたち、大変ですね」

 

 他人事の様に話し合うスギナと風待。

 

 重要拠点である隣の支部の再編成がもしあるとすれば、人員の引き抜きや支部併合などの余波を被るのは自分たちの支部なのだが、その話題を出すと場が暗くなるので、二人はあえてその事実を無視していた。

 

「けど、私たちの地区がいつも青色ってのも、仕事していないようで、なんだか恥ずかしいですね」

 

 実際この一か月間、巡回以外の業務は全くしていない。風待の横でバナナを食べながらそう語るスギナに、風待が笑いかける。

 

「まだ青色なだけましなのよ。スギナ。ここ見てみて」

 

 風待が地図上のカーソルを画面の下に移動させ、拡大する。

 諸咲支部の南側、伊勢湾の入り口にポツンと顔を出している小さい島。県全域表示だと小さくてわからなかったが、なぜかこの島だけ白色で表示されていた。

 

「ここって…歌島でしたっけ。私たちの支部の直下にある…」

 

 スギナが赴任した日、モブリコ寿司で風待に説明された島。歌島。

 

 昔はこの歌島にある支部と連携して、伊良湖水道を通る外国船を監視するのが諸咲支部の主な業務だったらしい。

 船舶監視が過去の任務になった現在でも、歌島支部は諸咲支部直下の分遣支部として存在している。

 

 今日の様に晴れた日なら、この下宿からも見える島。

 赴任翌日、風待先輩がベランダから指をさして教えてくれた島。

 

 もうすでに重要拠点ではなくなったこの島だったが、諸咲支部の分遣員として、今でも2名のサードリコリスが常駐しており、毎日一回、風待先輩が支部長としてメールで定時連絡をしている。

 

 ちなみに諸咲支部の下宿が海側にあるのは昔からの伝統で、無線や狼煙で歌島と連絡を取り合っていたころの名残なのよ、と以前風待先輩が教えてくれた。

 その歌島だけが、パソコン画面では白色になっている。

 

「なんで白なんですか?」

「それがね、私でもよくわからないのよ。おそらく担当者が色を付け忘れているだけだと思うけど、こういうのって普通は本部のでっかいコンピューターが自動的に色付けするもんでしょ」

「機械的なエラーを、担当者が見落としているとかですかね」

「そんな気もするわね。人か機械かどっちのミスかはわからないけど、こんなエラーが出ていても誰も気にしないくらい影の薄い支部も存在するのよ。実はこの歌島が白色になるミスって年に何回かあって、今回はもう2か月前からずっと続いているのよ」

 

 説明しながら楽しそうに笑う風待。

 本来ならば支部長である自分がDA本部に連絡し、修正を要請しなければいけない立場なのに、風待はあえて黙っているようだ。

 たぶんそのほうがおもしろそうだとか、その程度の悪戯心なんだろうなとスギナは推察した。

 

「モブリコ寿司に来る他支部のリコリスたちにもそれとなく聞いてみたことあるんだけど、沖縄や瀬戸内海とかにある小さな島支部だとやっぱりそういうエラーってたまにあるらしいの。けど月単位で忘れられている支部なんて初めて聞いたって、彼女たちも笑っていたわよ」

「そういう支部に比べたら、私たちの支部はたとえ毎日青色でも、忘れ去られていないだけまだマシなんですね」

 

 他人事の様に話し合うスギナと風待。

 

 その忘れ去られているくらい平和な歌島支部を直下に従えているのが自分たち諸咲支部で、歌島諸咲の2支部合わせて計4名ものリコリスが、この何の事件もない田舎で無駄飯を食っている状況にDA本部が気づいた場合、真っ先に人員削減の対象になる危険があるのだが、その話題を出すと場が暗くなるので、二人はあえてその事実を無視していた。

 

 

 無駄話をしながら、だらだらと食後を過ごしていた二人だったが、巡回の時間が近づくと、どちらともなく重い腰を上げる。

 食器を洗い、メイクなどの外出準備を整えると、風待が木製の洋服箪笥を開ける。

 

 タンスの中には、吊るされた制服の下に大型の金庫が置かれていた。

 

 モブリコ寿司に設置されている金庫ほどではないが、タンスの下半分を占拠するほどの大型金庫。風待はその金庫の前に腰を下ろすと、3つのダイヤルを手際よく回し開錠する。

 金庫の中には、DAから支給された武器や装備一式が収められている。その一つ一つを取り出し、畳の上に並べる。

 

 日に一回の備品確認。武器装備の紛失や流出、未返却や規定外の持ち出しがないかのチェックは、人目に触れられたくない備品の多いDAのような秘密組織にとって重要な業務である。

 諸咲や歌島支部のような田舎支部でも、毎朝の巡回前に金庫を開け、紛失物がないかチェックをしている。

 

 とはいえそこは田舎支部。支給された装備はそれほど多くない。

 風待とスギナが使う拳銃各一丁と銃弾、予備弾倉とサプレッサー。片手持ちガス圧発射式の拘束ワイヤー射出器が一丁。ボール紙製の旧式フラッシュバムが一本。武器はこれだけである。

 

 その他にはヘッドセットタイプのIP通信機、防弾エアバッグ内蔵のサッシェルバッグ、制服に装着された各発信機の充電器のみで、すべて金庫から取り出すのに1分もかからない。

 

 並べ終えた後は、各装備の確認。スギナと風待は畳の上に座ると、まずは品数の確認、そして銃器のチェックに移る。

 

 拳銃はどちらもポリマーオートのハンドガン、グロック36。

 使用弾薬.45ACP。装弾数6発。本体重量565グラム。

 

 普通DAで支給される拳銃はグロック21で、ほぼ全員のリコリスがこの装弾数13発のタイプを使用しているのだが、少数のリコリスはシングルカラムマガジンのグロック36を装備している。

 スギナは珍しく訓練生時代からこの少数派だった。

 

 訓練生時代にはまったく目立たなかったスギナの、唯一の個性だったかもしれない。

 

 暗殺主体のDAは派手な銃撃戦などめったにないだろうし、もしあったとしても射撃下手な自分はそういう任務には選抜されないだろうと、ある意味達観していたので、スギナは巡回時に持ち歩くのに最も軽いグロック36を選んでいた。

 本来ならば教習中に何らかの指導が入るはずなのだが、射撃訓練中一人だけすぐ弾倉を撃ち尽くすスギナに注意する人は、教官や仲間を含め誰一人としていなかった。

 

 それだけ地味な存在だったのかもしれない。

 それだけ射撃の成績が良くなかったのかもしれない。

 もしくは、どうせ赴任先で強制的にグロック21に交換させられると思っていたからかもしれない。

 

 リコリスたちの銃器は、基本的にはグループやバディで同じものを使用する。弾丸や弾倉、部品の互換性を重視するのは、軍隊も同じだ。

 スギナもまあ交換命令はあるだろうなと、ある程度は諦めていた。弾数の多い銃のほうが有利なのは確かだし、装備の変更に文句を言えるような立場でもない。

 しかし、である。

 赴任翌日、はじめてスギナの拳銃を見た風待が、その軽量さに惚れこみ、自分の銃までグロック36に変更してしまったのは、スギナの予想外だった。

 

 そんなに簡単に装弾数で劣る銃に変更していいのかと、逆にスギナのほうが慌ててしまったが、風待は「5人以上の敵がまとめて襲ってくることなんかないわよ。バイ深夜プラスワン」などと言って名古屋支部へ交換に行ってしまったのだ。

 

 確かに風待はセカンドリコリスだ、一人一発で勝負を決めることは容易いのだろう。

 とはいえ、自分のわがままで先輩の携帯火力を減らしてしまったことに、スギナは今でも反省の思いを抱いている。

 

 しかし、少しでも荷物は軽いほうが毎日の巡回時に便利なのは確かではあるし、平和な田舎支部ならばこの銃で問題はないだろう。

 

 問題があるとすれば、諸咲支部の秘密兵器として金庫に保管してある、25連マガジンが入らなくなったことくらいだ。

 

 昔、諸咲支部にはグロック以外にクリスベクターが一丁あったのだが、十数年前に空港島支部の火力補強のために取り上げられてしまったらしい。その時に、当時の諸咲リコリスが必死に嘆願し、クリスベクターの25連マガジンを2本だけ返却してもらった経緯がある。

 グロック21でも使用できる25連マガジンは、拳銃しかない諸咲支部の大事な火力増強用装備だったのだが、互換性のないグロック36を持つ二人にとっては文字通り無用の長物になってしまった。

 これも返却しようか、と風待は言ったが、自分たちの次の世代が必要になるからとスギナが説得し思いとどまらせた。

 

 このようなドタバタはあったが、今ではこの2丁のハンドガンは、諸咲支部唯一の火器として、丁重に保管されている。

 

 スギナは畳に置かれているその2丁から、自分のグロックを手に取る

 スギナのグロック36は、グリップのフィンガーチャンネルが削り取られているのですぐにわかる。

 

 グロックの3rdモデルは射撃時の反動を押さえやすいよう、指の形に合うようグリップに突起があるのだが、手が小さいスギナには逆に邪魔だったため、赴任後に自分で削り取ってしまったのだ。

 

 支給品である武器を勝手にカスタマイズすることは、DAでは一部のリコリスを除いて禁止されているのだが、これくらいの調整はカスタマイズのうちに入らないだろうと、スギナは特に気にしてはいない。

 万が一怒られるとしても、武器の改造を注意されるのは、交換時か返却するときだけ。田舎暮らしのサードである自分は、今後武器を交換することもないだろうし、返却するときは死亡したときだ。

 そう考えてあっさり削ってしまったのだが、撃つ機会も少ないのだからそれほど気にする必要もなかったのでは、と気が付いたのはそれからすぐだった。

 

 とりあえず、外見的な特徴ができたので、毎朝の点検時に、風待の拳銃と間違えることはない。

 スギナは自分の拳銃の確認を終えると、風待の拳銃と交換する。

 

 銃器に関しては、必ずダブルチェックをしている。

 二人で互いの拳銃のチェックを終えると、予備弾倉と銃弾の確認に移る。

 

 グロック36の予備弾倉は各自2本。銃弾は各自50発。これは数を確認するだけなのですぐ終わる。

 縦5列、横10列。紙製ケースに整然と並べられた、金色に輝く45口径の弾丸。そのうちの6発を弾倉に入れ、グロックに装填する。

 

 スギナは次にフラッシュバムを手に取る。

 閃光手榴弾とも呼ばれる非殺傷武器。安全ピンを抜き投擲すると、強烈な閃光と爆音で相手の動きを一時的に封じ込める。

 と、スギナは教育課程で習ったのだが、実際に使ったことはない。

 

 現物もここで初めて見たくらいだ。

 そのため、確認といってもどこをどうチェックすればいいのかわからない。

 頭の上にクエスチョンマークを出しながら、とりあえず骨とう品を鑑定するような動作でいろいろな角度から眺めた後、風待に渡す。

 

 受け取った風待も、頭の上にクエスチョンマークを出しながら、触ったり見つめたりしている。

 どうやら風待も、この武器を使ったことがないようだ。

 

 国民に気付かれず敵を排除するのがモットーのDAにとって、大きな音を出すフラッシュバムは使用頻度の少ない武器である。

 たまに使われる場合でも、音と光だけでは心もとないのか、現地判断で危険な改造をして投擲されることが多い。

 諸咲支部でも、本部の目の届きにくい地方支部のたしなみとして、フラッシュバムに巻き付けるための釘束と針金は常備している。

 

 武器の確認が終わった後は、装備のチェック。

 

 スマートフォンと通信機の音声接続確認。

 各発信機の充電確認。

 防弾エアバックと拘束ワイヤー射出器の、内蔵小型ボンベのガス圧の確認。

 

 防弾エアバックと拘束ワイヤー射出器には、同じ小指サイズの超小型ガスボンベが内蔵されている。

 これらのボンベを取り出し、専用チェッカーでひとつずつ丁寧にガス圧を確認し、再装填する。 

 

 最後はサッシェルバッグの中身の点検。

 

 中に入っている医療品と医薬品、ナイフレスタイプのマルチツール、拘束バンド、バタフライナイフ、ミニマグライト、防水メモ帳と加圧式ボールペン、マーキングチョーク。これらの備品が所定の場所にきちんと収められているか、これもダブルチェックで確認する。

 

 兵士の背嚢と同じく、リコリスたちのバッグも全員同じ装備品が同じ位置に収納されている。

 支部によっては、水中ゴーグルやポイズンリムーバーなどを持ち歩く必要もあるのだが、その場合でも追加装備はカバンには入れず、制服の裏ポケットかバッグチャームタイプのポーチに入れるようにと、その指示は徹底している。

 スギナと風待のバッグも、中身はボールペンの種類まで統一している。

 

 さすがにここまで同じだと、拳銃とは違い区別が難しくなるので、二人はそれぞれ自分のバッグに、別々のストラップを付けている。

 

 スギナは土筆のイラスト、風待は梅の花のイラストが描かれた小さなアクリルストラップ。

 

 お互い自分の名前を受け入れようと、スギナの赴任翌日に100円均一の店で購入したこのストラップは、今では二人のお気に入りになっている。

 

 自己を主張する小さな飾りを付けたサッシェルバッグ。そのバッグの横蓋を開け、内蔵ホルダーにグロックを入れる。

 

 朝の備品確認はこれで終了。あとは持ち歩かない分の備品と、ノートパソコンを金庫にしまい施錠する。

 

 二人の目で施錠を確認した後、お互いに服装チェックをして、下宿を出る。

 

 

 今日は快晴、楽な巡回になりそうだ。

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