「そんなところに挿れるんですかっ!」
思わずスギナが大声をあげる。
「そうよ、知らなかった?」
風待は得意げに答え、ジャムパンを一口かじる。
港近くの丘上にある公園は、真昼時にも関わらず、スギナと風待の他には誰もいなかった。
貝殻を埋め込んだ、港町ならではの造形のコンクリートベンチ。
海側を向いて設置されているそのベンチに並んで座っている二人。目の前の景色は大海原。
この公園は、海沿いの丘の上に作られているため、入り口までの階段が長く、また遊具も少ないため、普段から人気は少ない。
しかし、伊勢湾を一望できる見晴らしは格別で、また巡回途中にも寄ることが出来る場所にあるため、今日のような晴天時は、ここでランチタイムをとることが多い。
昼食はコンビニで買ったパンと飲み物。
風待はジャムパンとミネラルウォーター、スギナは玉子サンドと麦茶、あとはデザート代わりのシリアルバーを各自一本購入している。
暖かな日差しが降りそそぐ春の公園。
そろそろ紫外線が気になるころではあるが、蒼い大空を天井にして、眼下に敷き詰められた大海原を見ながらの昼食は、何物にも代えがたい開放感がある。
食事のお供はとりとめのない会話。
本日の話題は、同じアパートの端に住む男子二人の、夜の生活についてであった。
「男の人同士って、そんなとこに、そんなことしちゃうんだ…」
「逆にスギナは、男二人でどういうことしていると思っていたの?」
「その…なんというか…お互い裸で抱き合っているだけで精神的に満たされているというか…そんな感じで…」
「ふっ、まだまだお子様ね」
先輩が大人すぎるんですよ、とスギナは顔を赤くしながら玉子サンドを食べる。
朝も玉子焼き食べたのに、また玉子買うの?と、購入時に風待から突っ込まれたが、玉子はスギナの好物なので、特に気にしてはいない。
「ちなみに男同士の場合、『受け』と『攻め』というのがあってね。まず『受け』というのは…」
風待の語る刺激的な講釈に、熱心に耳を傾けるスギナ。
正直、こういう話は嫌いじゃない。むしろ好きです、大好きです。
誰もいない公園に、風待の声だけが響く。その声は源泉から溢れる名水の様に清らかだが、語る内容は泥沼の様に濁りきっている。
話が終わるころには、スギナの脳も腐り女子になり果てていた。
「男の子って…すごいですね先輩」
「ほんとね。だって毎晩あれだけ性欲をぶつけ合いながら、毎朝あれだけ走るんだからねえ。男の人のあの体力って、いったいどこから出てくるんでしょうね」
十与浜周辺での巡回中、スギナたちは少年二人がランニングから戻るのを偶然見かけていた。
ランニングに出た時間は、たしか自分たちと同じ。
しかし、帰ってきたのは、自分たちがランニングから帰って朝ごはんを作って、食べ終わってから外に出た頃だ。
途中休憩はあったのだろうが、それでも自分たちの何倍もの時間走り続けていたのだ。
加えて、午後もトレーニングに出かけるところを、スギナも風待も何度か見かけたことがある。
そこまで鍛える必要がある組織とは、いったいどこなのだろうか。
そして性別こそ違うが、自分たちと同じ10代の若者を使う必要がある組織など、はたしてDA以外にも存在するのだろうか。
「たまに十与浜港や大亥港に所属不明のPBが泊まっているのよ。ゴムボートの積み下ろし訓練とかやっているのを見たことがあるわ。関係ないかもしれないけど、この近辺で見る不審な物ってそれくらいだから、もしかしたら彼らと関連しているのかもしれないわね」
ピービーって何だっけ?とスギナが首をかしげる。
プライベートボート?いや、パトロールボートか、と少し時間をおいて解答が見つかる。
「パトロールボートだったら、海自の所属なんじゃないですか?なんかの秘密部隊とか」
「自衛隊や警察には、特殊部隊はあっても秘密部隊はないわよ。もしあったとしてもDAと相互報告や相互連絡はしているはず。秘密組織同士が現場でかち合ってしまったら大変だからね。だから私も何度か本部に報告しているんだけど、全く返答がないのよねえ」
本部から返答がないということが何を意味しているのか、それはスギナでもわかる。
お前たちが知る必要はない。
ということだ。
「かと言って彼らのことを報告するな、無視しておけ、とまでは返信してこないから、なんというか動向自体は本部も気になってはいる感じはあるのよね。本当によくわからないわ…」
「先輩はどう思います?」
「うーん、強いて言うなら、私たちと同じような、どこかの秘密部隊とか…」
「私とまるっきり同じこと言ってますね」
「うん…」
ちょっと恥ずかしげな顔で、ジャムパンを頬張る風待。
「どちらにせよ情報が少なすぎるから、これ以上推察はできないわね。せめてモブリコ寿司に来るお客さんに、そういう裏事情に詳しいリコリスが来ればいいんだけど…」
「…直接、彼らに聞いてみるのはどうですか」
「スギナ、あの子たちに話しかけれる?」
「無理です」
スギナはもともと人見知りの性格に加えて、先月まで女性だけの施設で暮らしていたのだ。
男の免疫がまったくないのに、同い年の異性に気軽に話しかけ、相手の素性を聞き出すことなど、どう考えても無理に決まっている。
「先輩はどうです?」
「私も無理ね。まあ直接聞いても話してはくれないだろうし、今後しばらくは遠くから観察していくしかないわね」
「そうですね、きちんと彼らを観察して、どちらが攻めで、どちらが受けか確認するのが先ですね」
「むしろそっちの方が重要よスギナ。彼らの愛を陰で応援するのも、私たちの役目なんだから」
深くうなずきあう二人。話はそのまま、再び男同士の夜の話題に移行する。
パンを食べ終わった後は、デザート代わりに買ったシリアルバー。風待はドライフルーツ入り、スギナはチョコチップ入りを購入している。
少しずつ齧りながら、二人はまだ触れたこともない異性の肉体や生態について好き勝手に語り合い、妄想をたくましくしていく。
ひとしきり語り終えたら、午後の日程の確認。
この後は、モブリコ寿司の暖簾を出させてもらっている寿司屋に寄る予定だ。
ランチタイムが終わり休み時間に入るその寿司屋で、いつもの台所を借りて料理の特訓。
7月には今年度初の地方研修がある。諸咲支部にも、研修の名を借りたDAの観光客が訪れるはずだ。
それまでにスギナは料理の腕を磨き、ご接待のできる料理人リコリスとして、風待と一緒にモブリコ寿司の台所に立たなければならない。
料理の練習を終えたあとは、夕方前にもう一度地区の巡回。
帰宅するころには、もう陽は沈んでいるだろう。
「田舎支部の任務って毎日ヒマだよって、ここに来る前に聞かされていましたけど、こうしてみると結構やることありますね」
「モブリコ寿司の特訓が終われば、少しは楽になるわよ。それに、暇すぎると生活に張りがでないでしょ」
まあ、それもそうかなと、スギナはうなずく。
「田舎支部は娯楽が少ないから、一度暇になると逆にやること無さすぎて辛いそうよ。となりの歌島支部なんか、任務は一日一回島をぐるっと回るだけ。後はほとんど自由時間なんだけど、ヒマ過ぎて嫌だっていつも嘆いているわよ」
「小さな島だと、娯楽もないでしょうしね」
目の前に広がる大海原の先にある、小さな島にスギナは目をやる。
十与浜の丘から遠くに見える歌島は、春の暖かな海の上に気持ちよさそうにたたずんでいる。
「遊ぶ場所もないし、適当にバカなことしてヒマつぶししているみたいね。最近だと島内の頂きちかくにある神社にこっそり忍び込んで、六十六面の銅鏡を持ち出して、境内でフリスビー代わりに投げて遊んでいるって言っていたわ」
「
遠くに見えるあの小さな島に、自分たち直下の支部があって、二人のサードリコリスがいるという。
年に2回、諸咲支部に定期報告に来るというが、スギナはまだ会ったことがない。
いったい、どのような二人なのだろうか。
「あの島の二人って、今度はいつここに来るんですか?」
「えーと、前回は12月の大晦日前に年末年始の買い出しを兼ねて来たから、次は6月の終わりごろかな。対面報告は昔から年2回ってのが決まりだから、あと一か月半ね。スギナ、興味あるの?」
「そうですね。興味あるというか…気になるというか」
初対面の人と話すのは苦手だが、同じ地区のリコリス同士、早めに仲良くなりたい。
二人とも自分と同じサードだ、すぐ打ち解けることはできるだろうとスギナは考えている。
「緊張しなくてもいいわよ。歌島の二人って、スギナが思っているよりもずっとモブキャラだから。二人とも分校で大量生産されたサードで、初赴任からずっと異動無し。ずっと小さい島勤務、ずっと事件無しの地区で暮らしているモブの中のモブよ。彼女たちを見ていると、自分はモブリコなんかじゃなかったんだって思えるほどの、立派なモブたちよ」
諸咲支部直下の支部ということは自分の部下でもあるというのに、風待は言葉のオブラートを投げ捨てたように話す。
言い方は酷いが、その声に毒気はなく、表情も緩い。
毎日の定時連絡で、お互い報告をやり取りしているうちに気心が知れたのかもしれない。こんな軽口を叩けるほど、仲が良いのだろう。
自分も早く仲良くなりたいな、とスギナは思った。
それにはどうしたらよいか。
初対面まであと一か月と半分、それまでによい策を…。
あと一か月半…。
「あ、そうか。あと一か月半なんだ!」
スギナの頭の中のカレンダー、そこに書かれているある日付が、閃電のように光る。
「先輩!7月初日のモブリコ寿司の再開店なんですけど、最初のお客さんに歌島支部の二人をご招待してもいいですか?」
スギナの提案に、最初はきょとんとしていた風待だが、すぐに上を向いて考え始める。
どうやら、風待も自分の頭の中のカレンダーを覗いているらしい。
「まあ日程は大丈夫かな。6月末に来る予定を数日程度遅らせるだけだし、本部には練習の総仕上げってことで材料代を請求できそうだし」
「そうですか!よかった」
「毒見役にはちょうどいい相手かもね。さっそく今夜にでも彼女たちに連絡しておくわ」
「喜んでくれるといいんですけど…」
初めてのお客様ということで、少し不安になるスギナ。
「そのためには、きちんと練習を積み重ねることね。じゃあそろそろ行きましょうか、モブリコ寿司に」
「はいっ!」
元気よく返事をするスギナ。
今日はまた一つ目標ができた。
一か月半後の再開店。
その日のために、少しでも料理の腕を上げよう。
初めて会う歌島の二人に、美味しいお寿司をごちそうできるようにしよう。
今日の午後は、モブリコ寿司で魚のさばき方の練習だ。
がんばろう。スギナはそう思った。