モブリコ辺境暦   作:杖雪

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5月の晴れた日に ⑫

 先輩!二本目! 

 

 しかも500ml缶!

 

 スギナの口から驚きの声が漏れる。

 

 風待先輩は今まで私とご飯を食べていた。

 食事をしながらぼんやりと話を聞いていただけだったが、それでも風待先輩の姿はずっと視界の中に入っていた。

 

 いったいいつ冷蔵庫まで移動し、ビールを取り、元の位置に戻ったのだろうか。

 

 サードリコリスとセカンドリコリスの運動能力は、天地の差がある。

 それは、教育課程で数多くの本部附セカンドリコリスの教導員に指導されたスギナには、骨身にしみて理解している。

 

 サードリコリス候補生がどれだけ束になっても、本気を出したセカンドリコリスの教導員相手に一指触れることすらできなかったこともある。

 サードリコリス候補生たち全員が、たった数分の模擬戦闘でセカンドリコリスの教導員一人に全滅させられたこともある。

 そのとき相手を勤めていたおっとりした顔のセカンドリコリスは、模擬戦闘終了後、汗ひとつかいていなかった。

 

 だから、スギナはセカンドリコリスの凄さは充分に理解しているつもりだった。

 

 しかし、ここまで身体能力が高いとは、今まで想像すらしていなかった。

 そして、その高い身体能力を、ただ酒を飲むためだけに使うセカンドリコリスがいようとは、今まで想像すらしていなかった。

 

 口を開けたまま固まるスギナを気にする様子もなく、風待はビールを飲みながら、酢飯のおにぎりを食べている。

 酔っていて気が付かないのか、スギナの分のスナップエンドウまで食べながら、冠典先輩との思い出をとうとうと語っている。

 

 それは目の前のスギナに語っているのではなく、過去の楽しい記憶を、言葉に出して思い返すかのような感じだった。

 

「本当に変わった先輩だったのよ。最後に異動するときも、まるで今生の別れみたいに泣きじゃくっていてね。―リコリスの人生だって楽しいことはきっとある、絶望しない生き方だってきっとできる。私にはできなかったが、お前なら生の意味を理解できるはずだ―…って、ただの異動なのに、そんな大げさなことを言って、号泣しながらDAの職員さんたちに両腕を掴まれて、引きずられながら去っていったわ。本当に…変わった先輩だったわ」

 

 最後に聞いた言葉は、ダレカタスケテーだったわねと、ついに味噌汁までもつまみにしながら、赤い顔で語る風待。

 

 ああ、今日は泥酔ロード一直線のパターンだな、とスギナは内心で頭をかかえる。

 

 酔った風待先輩は、それはそれでかわいいのだが、一緒に寝るとき酒臭いのと、酔うと愛撫がねちっこくなるのが、スギナにとって悩みの種だった。

 かといって、この状態の風待先輩から残りのお酒を取り上げようとすると、爪を切られるときのネコのような顔をして抵抗するので、もはやどうしようもない。

 

「異動してから2年目だから、もう先輩も20…21歳くらいかなぁ…。たぶんまだ幼い感じのままなんだろうな…今はどこの支部にいるんだろうな…いまごろ何しているんだろうな…会いたいなぁ」 

 

 コップを置き、目を閉じる風待。

 

 なにか思い出しているのかな、としばらくその姿を見ていたスギナだったが、その風待の頭が、少しずつ前後に揺れだしてきたのに気が付く。

 

 あ、もう寝る感じだこれ。

 

 スギナは慌てて残りの夕飯を食べ終え、酔いと眠気で朦朧としている風待を立ちあがらせる。

 まだ飲めるわよとかグダグダつぶやく風待を寝間着に着替えさせ、無理やり洗面所に連れて行き歯を磨かせる。

 

 風待がぼんやりと歯を磨いている間に、座卓をどかし布団を敷く。いそがしい。

 

「まだビールは半分残っているし、まだ眠くないわぁ。今夜は3本目突入できる感じよ」

「5分!お布団に入って5分たっても寝られなかったら、また起きてお酒飲んでもいいです!おつまみも作りますし3本目も許します!」

 

 洗面所でふらふらしている風待を抱きかかえ、敷布団の上に放り投げる。

 投げ出されたショックで、つぶれたカエルのような声で呻く風待に掛け布団をそっとかけると、その横に添い寝をする。

 

「5分とは甘く見られたものね。セカンドリコリスの…精神力の強さは…スギナも…知って…」

 

 添い寝をしながら、ぽんぽんぽんと布団越しに背中を優しくたたいているうちに、風待の呼吸が寝息のそれに変わる。

 1分弱で入眠した風待先輩。セカンドリコリスの精神力の強さって何だろうと疑問に思いながら、スギナも片付けに入る。

 

 食べ終えた食器やビール缶を台所に運ぶ。

 風待が開けた2本目のビールは、まだ缶の中に半分以上残っている。

 

 もったいない。

 

 アルコール飲料独特の香りのするそれは、スギナにはにおいを嗅ぐことすら拒絶感があったが、風待先輩は美味しそうに飲んでいた。

 前に飲まされた時は、口移しだったから美味しくなかったのかもしれない。缶から飲めば、本当は飲める味なのだろうか。

 

 未成年がお酒を飲むことはいけないことだとわかってはいるが、好奇心に駆られ、スギナは二度目のチャレンジをしてみる。

 

 苦い。

 

 飲み込むことすらできず、思わず台所に吐き出してしまう。

 

 これダメです。未成年が嗜んではいけない味です。

 未成年の飲酒は本当にダメです、法律で禁止されています、絶対にやめましょう、とスギナは心の中で自分に忠告する。

 

 もったいないが、飲めないから仕方がない。飲んではいけないから仕方がない。ごめんなさいと謝りながら、残りのビールは流しに捨てる。

 

 食器を洗い終えるころには、風待は熟睡状態に入っていた。もう朝まで起きることはないだろう。

 

 歌島への定時連絡は大丈夫なのかな、と少し心配になったスギナだったが、歌島支部への風待先輩の対応は結構いいかげんだったことを思い出す。

 普段でも、風待支部長は定時連絡を忘れていたことが多かった。今回もいつものように、翌日謝って終わりにするだけだろう。

 

 スギナは歌島支部への気遣いを頭から追い出し、明日のご飯の準備にとりかかる。

 計量カップで米びつから二合分のお米をすくうと、内釜で米を研ぎ、炊飯器にセットし、明日朝に炊き上がるよう予約ボタンを押す。

 

 明日の朝ご飯は、タイの頭を使った兜焼きとスナップエンドウ。そしてアジのつみれが入ったお味噌汁。 

 これらのおかずを、数週間ぶりに、冷たい酢飯ではない炊き立てのご飯で食べられるのだ。

 

 水回りの掃除を終え、歯を磨いた後、スギナも寝間着に着替える。

 

 吊り下げ電灯の紐を引き、居間の電気を消すと、室内のすべてが陰影の中に沈む。

 わずかに漏れ入る夜の明かりを頼りに、スギナは風待の寝ている布団の中にそっと入る。

 

 風待の体温で暖まった布団。食器洗いで冷えた体を癒すその温かさは、スギナにとっては風待先輩に包まれているかのような感じさえした。

 

 もっと先輩の体温に触れるよう、熟睡している風待に密着するスギナ。

 

 少し酒臭いが、柔らかく良い匂いのする風待先輩。

 今日は風待先輩が先に寝てしまったため、夜の楽しみはおあずけになってしまったが、スギナはこうして風待先輩の体に触れているだけでも幸せだった。

 

 暗い部屋に、波の音が響く。

 

 赴任初日は、何の音か謎だったその音。

 昼間は生活の音に隠れて姿を見せなくなるが、夜になると、静かに歌いだすその音。

 隣室も下階も無人のアパート。その静かな部屋に、波の音と風待先輩の寝息だけがそっと響く。

 

 スギナは、夜のこの音が好きだった。

 好きな音と好きな先輩に囲まれながら、スギナは今日一日の事を思い出す。

 

 今日もいろいろなことがあった。

 今日も風待先輩といっぱいお話をした。

 

 DA本部にいた頃、先月までのスギナは無口な少女だった。

 仲間との会話は少なく、人付き合いも苦手だった。

 人と会話するのが好きなタイプではないと、自分でも思っていた。

 

 この諸咲支部に来るまでは、そう思っていた。

 まさか自分が、これほどまで話し好きだとは、ここに来るまでは思ってもいなかった。

 

 目を閉じると、スギナの頭の中に、今日一日の風待先輩との会話が自然に反芻される。

 睡魔に侵され次第に朦朧となる意識の中、スギナは今日一日の中で一番大切な話を思い返していた。

 

 絶対忘れない、大切なお話。

 風待先輩が教えてくれた、大事なお話。

 もし自分に後輩ができたら、必ず教えてあげようと誓ったお話。

 

 心に刻むべく、繰り返しその話題を想起していると、知らず知らずのうちにスギナの口からその話が言葉となって漏れだす。

 

「いやぁ、まさか男同士ってあんなところに挿入するとはねぇ…」

 

 フヒヒと笑いながら、スギナも安らかな眠りについた。

 

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