モブリコ辺境暦   作:杖雪

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6月の雨の日に ①

 コンテナ輸送に必要なコンテナは、現在は98%が中国で生産されている。

 

 中国招商局傘下のCIMCグループを筆頭に、SULE、CXIC、シンガマスの4大グループが主な製造元だが、それ以外の多くの企業も中国各地でコンテナを製造している。

 

 問題のコンテナは、コスコ傘下の小企業によって、南通市で2年前の9月に製造されていた。

 

 重量勝ちの品目を運ぶ20フィートコンテナ。外面は普通のドライコンテナだが、その月に生産されたコンテナは、密輸品を隠せるよう、床面が二重底になっていた。

 封印紐を切ることなく、側面から取り出し可能な引出しが付いているこのコンテナを使えば、荷主に気が付かれることなくフレイトフォワーダーが大量の禁制品を密輸できる。

 製造した企業は翌年に倒産、生産データはすべて破棄されていたため、この特殊なコンテナの生産数は不明だが、おそらく20台程度だと推測される。

 

 コンテナを改造して密輸品を送ることは、誰でも思いつく初歩的な手段であり、それだけに発覚する率も高い。

 しかし、このコンテナは、犯罪集団が中古コンテナを後付けで改造するのではなく、製造元が最初から図面を引き制作した新造コンテナだったため、今年に入るまでは各国の取締機関もその存在を知らなかった。

 

 DAがその密輸用コンテナの存在を確認したのは半年前、コンテナを所有しているリース会社の記録からだった。

 

 法人税がないバミューダに本拠地を置くそのリース会社の過去のデータに、どのような手段を使ったかは不明だが、毎回同じ生産ロットのコンテナを独占使用していたアジア系の商社の名前があった。

 DAは、このロットのコンテナの輸送履歴を日本海事センターから入手し、アメリカのPIERSの裏データと照合、密輸に使用される特殊なコンテナと結論付けた。

 

 その商社は去年、PS5ループと呼ばれる日本、中国、米国間の海上環状輸送路を使い、東京に10台のコンテナを搬入していた。

 

 フォワーダーは日本の貿易企業。実際は旧共産圏の武器商であるこの企業は、昨年銃火器の取引中のところを、本部附の精鋭リコリスによって壊滅させられている。

 一人の本部附セカンドリコリスが、命令違反で左遷されたといわれるこの作戦後、壊滅したその企業が残したデータを再度分析した結果から、DA本部は千丁銃器密輸事件に使われたのはこの密輸専用コンテナだと断定する。

 

 当時搬入されたそのコンテナは、発覚時にはインバランス解消のため既に出港していたが、DAはまたそのコンテナが来港するのを、ひそかに待ち構えていた。

 

 全国にまだ数社残る武器商人たちのダミー会社、都市部に隠れ潜む真島グループの残党、それらとコンタクトを取り続ける海外の諜報機関と某国大使館。

 いずれ新たな火種になるであろうことは承知の上で、DAはそれらの勢力を表面上は放置しつつ、コンテナを所有しているリース会社がそのどれかの依頼を受け、また同じ手段を使い銃器密輸の支援をするのを、静かに待ち構えていた。

 

 真島グループによる千丁銃器密輸事件。

 約千丁もの拳銃が一般市民の手に握られたこの事件は、大事件ではあるが大問題ではなかった。

 

 真に問題とするべきは、千丁の拳銃が全国にばらまかれたことではない。

 真に問題とするべきは、千丁の拳銃を密輸できる方策が確立されていたことだ。

 

 一度成功した密輸方法は、その手口を完全に押さえない限り何度でも繰り返される。

 

 この密輸ルートは、完全に潰さなければならない。

 この密輸専用コンテナは、必ず破壊しなくてはならない。

 それも国内で、DAの手によって。

 

 目標は銃器密輸専用コンテナ。DA本部はそれだけを目標に網を張り、獲物が再度日本に上陸するのをひたすらに監視していた。

 

 

 上海航運交易所のデータにそのコンテナがあるのを発見したのは、今から4日前のことだった。

 

 オーバーパナマックス型コンテナ船に積載された密輸専用コンテナの数は前回と同じ10台。船はすでに宝山ターミナルを出港し、日本に向けて航行中。

 寄港先は名古屋港コンテナターミナル。到着予定日は6月18日夕刻。貨物利用運送事業者も、前回と同じくダミー。極秘裏に押収した船積書類から、フォワーダーが名古屋市内に複数の拠点を持つペーパーカンパニー、その実体は以前から名古屋支部が極秘に監視していた、延空木占拠事件にも関係のある撈家集団で構成された反政府組織であることが判明する。

 

 6月15日、DAは名古屋支部に対して、本部策定の命令作を発信。

 6月16日、名古屋支部内作戦会議。名古屋支部を運営するDA役員および職員たちにより、本作戦に投入されるリコリスの選定と配置場所が決定される。

 6月17日、名古屋支部長臥観手(ふしみて)ルミナの名前で、愛知県内及び岐阜、三重、長野の各地方支部へ、本作戦への招集令発信。

 

 動員数は4県合計で102名。これに加え、実際に敵と対峙する精鋭リコリス21名を含む名古屋支部リコリス総員71名、計173名のリコリスが本作戦に参加する。

 

 作戦目標は、深夜にコンテナ内の密輸銃器を受け取りに来たテロリストたちと密輸業者の処分、該当コンテナの破壊、そして市内各所に点在するテロ集団の潜伏拠点や後方支援者の同時刻同時処分。

 作戦の主な舞台となる場所は、近城新埠頭のコンテナターミナル。ここに包囲網を敷き、ターゲット全員を抹殺する大掛かりな計画である。

 

 紛争や内乱、犯罪などで世界中が不況に陥る中、世界一平和で安全な国として海外の信頼を得ている日本国は、現在も世界に類を見ない経済的発展を遂げている。

 平和社会を背景とした好景気により、海外から増大し続けるコンテナ搬入量に対応すべく、国は20年前にコンテナターミナルの役割を終えた近城埠頭を再開発、埠頭南端部を埋立延長し新しいターミナルを造成した。

 

 名古屋港北航路に沿うようにして南北に伸びるこの新造コンテナターミナルは、最新技術による無人化が進められていることもあり、夜間は人がほとんどいない。

 

人が少ないのは、密輸組織や受取側にとっては好都合である。人目を気にせず取引ができる。

しかし、人が少ないのはリコリス側にとっても好都合である。人目を気にせず射殺ができる。

 

 延空木制圧作戦以来の大規模正面攻勢であるこの作戦は、密輸専用コンテナが降ろされるターミナル名を取り、新近城作戦と命名された。

 

 

 

 

 本革の靴は、丁寧にお手入れをすると上品な艶がでる。

 狭い下宿の狭い玄関前の床に座り、少し音のずれた歌を歌いながら、DAより支給されたローファーの靴を笑顔でブラッシングするスギナ。

 

 本部卒リコリスの正規装備品であるローファーは、底面とつま先に防爆板が内蔵されているため、市販されている同タイプの学生靴より重量がある。

 

 重いといっても、鍛えているリコリスたちにとって苦にはならない。むしろ足技の攻撃力が増し、踏抜型トラップや対人地雷から足を守ってくれる貴重な装備として信頼されている。

 M-14やM-25といった小型指向性爆薬を内蔵した対人地雷の爆発にも耐えるといわれているこの靴は、任務用サッシェルバッグと同じく、ファーストからサードまで、本部卒のリコリスならば全員共通のものが支給されている。

 

 同じ装備だからこそ、手入れがしていない靴は、同じリコリスが見ればすぐにわかる。

 だからこそ念入りに磨かなければいけない。念入りにお手入れしなければいけない。

 

 スギナはクリーニングブラシで靴クリームを塗り、グローブクロスで靴全体を磨き始める。

 普段は面倒に思える靴の手入れが、今日は楽しい。

 

「そういえば、隠し武器が装備されているシューズもあるんですよね先輩。申請が通れば本部から支給されるとか聞きましたけど」

 

 スギナは背後から洩れる午後の陽の光に靴をかざしながら、居間で布団を敷いて寝ている風待に話しかける。

 

「ん-…そうね、つま先から刃物が出る学生靴なら見たことあるわ。支部内で大往生流諸派の蹴技が継承されている地域…大分県や宮崎県のリコリスがよく履いていたわね…というかスギナ、もう靴はいいから早く布団に入りなさい」

 

 半分眠そうな声で、布団の中から声をかける風待。どうやら眠たいのに、スギナが玄関で騒いでいるので寝ることができないようだ。

 

「そうは言っても、今回の出張任務は4県合同なんですよ。百名以上の超精鋭リコリスが集まる大規模任務なんですよ。そして私たちはそのメンバーに選抜されたんですよ!身だしなみはしっかりしないと他支部のリコリスに笑われますよ!」

「百名って言っても、どうせほとんどは分校育ちの案山子よ。名古屋王須鉛撃隊がドンパチやっている間、警備が手薄になる名古屋市内を巡回するためだけに呼ばれているだけに決まっているわ」

「おおす…えんげきたい?」

 

 靴を乾拭きする手を止めるスギナ。確か先月、先輩の昔話でチラリと出てきた言葉だ。

 

「DA本部で育成されたリコリスだけで結成された、名古屋支部内のエリート集団よ。直接戦闘に秀でた連中が20名、そしてそれを率いるファーストリコリス臥観手ルミナ、彼女たちがいる以上、私たちに出番はないわよ…それよりスギナ、早く寝なさい」 

「けど先輩はセカンドリコリスじゃないですか!そんな巡回任務のためだけなら、わざわざ青服のリコリス呼ばないですよ!絶対なんかカッコいい任務のはずです!」

 

 磨いた靴を振り回し熱弁をふるうスギナ。

 今日のスギナは朝からテンション高めだ。

 

 その発端は、朝食後に見た本部からのメールだった。

 

 今朝の朝食はタイのあら煮と煮ダコのお刺身、エビの頭が入ったお味噌汁と自家製のイカの塩辛。

 鯛に蛸に海老に烏賊。すべて前日のモブリコ寿司での料理練習で使われた食材の残りだ。

 

 港町支部ならではの食材を使った朝食の後、風待とスギナは、いつものようにノートパソコンで本部からの定時連絡を確認する。

 普段はトレーニングや巡回コースなど、今日一日のスケジュールしか送られてこない諸咲支部メインページの受信欄。しかし今朝は、スギナが赴任して初めての電令作が送信されていた。

 

 内容は本日夜、名古屋支部管轄区域内で行われる新近城作戦への参加命令。

 

 作戦内容は記載されておらず、ただ名古屋支部本館への集合時間と、諸咲支部から招集するリコリスの氏名だけが書かれていた。

 諸咲支部から動員されるリコリスは2名。風待支部長と筑詩(つくし)スギナ。

 ノートパソコンの画面に映し出された自分の名前を見たとき、スギナは思わず歓喜の悲鳴をあげていた。

 

 自分の所属する管区外の作戦参加。それはリコリスたちの間では出張任務と呼ばれている。

 他支部、あるいは本部への増援は、実力と実戦経験を備えたエリートリコリスが任じられることがほとんどだ。

 

 実力不足の自分は、出張任務など縁のない話だと思っていた。

 以前、風待の前で、自分は底辺サードだから出張命令など来ない、だから長生きできますよと豪語していたくらい、関係ない話だと思っていた。

 

 それが今回、いきなり自分が選抜されていたのだ。

 それを知った時のスギナの心中は、なぜ自分が選ばれたかという戸惑いよりも、自分を選んでくれた喜びの方が大きかった。

 

 DAは私のことを忘れてはいなかった。

 

 成績が優秀ではなかったスギナは、うっすらとではあるが自分は組織に見放されているのではという疑惑を感じていた。

 

 使い物にならない自分は、最初からどうでもいい田舎支部に左遷し、後は放っておかれるだけなのではないか。そう思っていた。

 まあ、それでいいと思っていた。出来の良くない自分の使い道はこの程度だろうし、その方が気は楽だ。そう思っていた。

 

 しかし、底辺とはいえスギナもリコリスである。本部で戦闘訓練や特殊技能課程を修めて卒業した正規のリコリスである。

 このままDA本部から忘れられ、このままこの地でくすぶっていていいのだろうかという思いは、いつも心の片隅にあった。

 

 だから、本部が自分のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。

 自分をきちんと使用してくれることが嬉しかった。

 そして、その出張任務に、風待先輩と一緒に選抜されたのも嬉しかった。

 このきれいなセカンドリコリスの先輩と、肩を並べているかのようで、誇らしい感じさえした。

 

 スギナが喜ぶ理由は、その他にももう一つある。

 スギナ自身は気が付いていない、もう一つの理由。

 それは、半年前にこの諸咲支部にいた、芭照瓦(はしょうが)セノカへの対抗心だった。

 

 去年この地に赴任し、半年で消えた風待の後輩、芭照瓦セノカ。

 優秀なサードリコリスであった彼女は、様々な出張任務に出ていたという。

 

 心の奥底に押し込んではいるが、スギナはセノカに、嫉妬を多分に含んだ競争心を抱いている。

 

 セノカはセカンドリコリスの風待先輩に相応しい、優秀なバディだったらしい。

 自分もそうなりたい。自分も優秀なサードリコリスになって、風待先輩の役に立ちたい。

 そうすれば、今まで以上に風待先輩は私のことを好きになってくれるだろう。

 そしてその分、風待先輩の心の中にある、セノカとの思い出が消えるだろう。

 

 善良な性格のスギナは、自分のその内心の思いから、あえて目を背けている。

 今はただ、今回の出張任務を立派にこなし、本部や名古屋支部、そして風待先輩に認めてもらおうという気持ちに突き動かされていた。

 

 集合時間は本日夕方6時。集合場所は名古屋支部本館。そこで各自説明を受けた後に作戦区域に移動。そして翌日早朝に現地解散予定。

 そのため、今日明日の支部内での巡回任務はすべて免除、とメールには付記されていた。

 

 巡回予定がなくなった二人は、午前の時間を作戦参加前の打ち合わせに費やす。

 

 作戦名から埠頭内での任務だと目星をつけ、地図などで周辺状況を確認、そのあと風待は直下の支部である歌島支部に、留守中の対応依頼のメールを送信する。

 リコリス不在時に諸咲支部内で事件が発生した場合は、歌島支部のサードリコリス二名が島内の漁船をチャーターし、すぐに駆け付けてくれるお留守番システムが昔からあるらしい。

 

 作戦周辺区域の情報確認後は装備の点検。そして食パンと牛乳で昼食を済ませると、風待は夕方前まで仮眠をとるよう、部屋に布団を敷いた。

 

 任務は深夜に及ぶから、今のうちに寝ておきなさいと風待は先に布団に入ったのだが、初の出張任務に興奮していたスギナはどうしても寝付けなかった。

 最初こそおとなしく風待に抱かれながら横になっていたのだが、いつの間にか起きだして制服や備品の再確認をはじめ、それが済むと今度は靴の掃除までやり始めたのだ。

 

「本当にもう寝なさい!現場では睡眠とれないから、今仮眠しておかないと後が大変よ」

「けど、服装のお手入れも大事だと思うんですよ!靴の後は靴下も選ばないといけないし、やることはまだ多いんです!そういえば先輩は靴下どれにします?私は新しい紺色のクルーソックスかなって考えていますけど、先輩はイメージ的にはやっぱりハイソックスですかね。新品は紺色しかないですけど、いつもの黒色の方が…」

「…どっちでもいいから、早く寝てよスギナ。靴の掃除はもう終わったでしょ」

「ついでですから、先輩の靴も掃除してあげますよ!先輩は先に寝ていてくださいね!」  

「私の靴は一昨日くらいに拭いたから、掃除はしなくていいわよ…」

「遠慮しなくていいです!私に任せてくださいね!」

「だから本当にいいから、勝手に私の靴に触らないで…って、スギナ!掃除するふりして靴の匂い嗅がないで!」

「大丈夫ですよ先輩!私先輩のニオイならどんなにきつくても耐えらブギャッ!」

 

 風待の靴の中に顔を突っ込んで深呼吸をしているスギナの脳天に、布団からダッシュで飛び出した風待のチョップが炸裂した。

 

 セカンドリコリスのチョップは通称セカンドリコリスチョップと呼ばれ、その威力は空中元彌チョップと同じ威力という恐るべき威力のため、ファーストリコリスなら耐えられたけどサードリコリスは即死する。

 

ショックでぐんにゃりとのびているスギナを抱きかかえ、敷布団の上に放り投げる。

投げ出されたショックで、つぶれたカエルのような声で呻くスギナに掛け布団をそっとかけると、風待も布団に入る。

 

「初めての出張任務に浮かれる気持ちもわかるけど…だからこそ任務前の体調管理はしっかりしましょうね」

「はい…先輩」

 

 調子の悪い昭和のブラウン管テレビをたたいて直すのと同じように、スギナもチョップで正気に戻ったようだ。

 ごめんなさいと謝り、風待の胸元に顔を埋める。

 

 風待はしおらしくなったスギナの頭を優しく撫でながら、カーテンの隙間から見える曇り空を見つめる。

 

 先ほどまで海を照らしていた6月の陽光は、今は暗く重い雲に遮られている。

 

「スギナ」

「はい?」

 

 風待はチョップでへこんだスギナの頭を撫でる手を止め、曇天を見ながら話しかける。

 

「任務に出かけるときの制服は、夏用の半袖ではなく春秋用の長袖を着ていきましょうね。あと、小さいのでいいからお買い物用の布バッグをお互い持っていくこと。先月スーパーのおまけでもらった、ポケットに入る折り畳みのバッグ、あれがいいわね」  

「…なんでですか、先輩」

 

 不安そうに尋ねるスギナ。風待は心配げな顔をするスギナの頭に両手を回し、静かに抱きしめる。

 

「まあ、大した意味はないわよ…大した任務ではないだろうしね」

 

 

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