モブリコ辺境暦   作:杖雪

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4月 モブリコ寿司にようこそ ④

「…これではダメなのよ、スギナ」

「え?」

「ダメなの…。本当はこんなもんじゃないのよ、私たちのモブリコ寿司は」

 

 視線を下に向け、軽くため息をつく風待。

 

「け、けど先輩。このお寿司本当に美味しかったですよ。私初めての外食がこのお店で、先輩の手作りを食べることができて本当によかったって…」

「ありがとうスギナ。けどね、問題は今あなたが言った中にあるわ」

「私の言葉の中に…ですか?」

 

 首をかしげるスギナに、風待が真剣に語りかける。

 

「そう、スギナはこのお寿司を食べて満足してくれた。けどね、それは今までお寿司を食べたことのなかった、初心者のスギナだから満足できたのよ」

「…確かにこういう本格的なお寿司食べたのは初めてですけど、美味しかったことに変わりはありませんよ先輩」

 

 初心者といわれ、少しムッとするスギナ。

 

「お寿司は…いえ料理は、手間をかけるほどに美味しくなる。手を抜いていけない。それはスギナもわかるよね」

「はい」

「本当はこのお寿司だってもっと手をかけて、自分たちで最初から作らないといけない。シャリもお寿司を握る少し前に御飯に合わせ酢を入れてシャリ切りをして、人肌くらいの温度に保った酢飯を使わないと美味しくないの。今握ったシャリは、昼頃にオヤジさんが仕込んでくれたシャリだったから、もう私が握ったころは冷たくなっていた。寿司ネタだって、数時間前に作ってくれて冷蔵庫にしまってあったネタをそのまま握っただけ。無関係な部外者の手を借りるのは、この組織のルール違反だから、本当はオヤジさんの手は借りちゃいけないんだけど、どうしても一人じゃやれる範囲が狭くなってくるから、ここ半年はこんなお寿司しか提供できない状況なのよ…」

 

 今まで溜めたものを吐き出すように話す風待。

 

「これではお寿司屋さんの看板出せるレベルじゃないし、さらに言えば今後はお寿司以外の食事も出していかなきゃダメだと思っているの。前菜にお刺身、煮物に揚げ物、汁物と握り寿司、そして最後に水菓子。他県の観光用…もとい研修用支部だと、こういう寿司会席が定番だって聞いたわ。私たち諸咲支部も、ゆくゆくはお寿司のフルコースを出せるようにしなくてはいけない。今日あなたにお寿司を食べてもらったのは、今後の課題をわかってもらうという意味もあったのよ」

「ここ、観光用支部なんですか?」

「ちがうんですよ。研修用支部ですよ。…まあ研修って名目の慰問旅行なんだけどね。まだ店じまいまで時間はあるし、この支部の立ち位置とか、モブリコ寿司の由来とか、あとは今後のこととか、食器片付けたらゆっくり話してあげるわ」

 

 卓上の寿司桶を持って洗い場に立つ風待。先ほどの饒舌とはうって変わり、無言で器を洗う。

 どうやら、作業中は無言になるタイプらしい。

 風待は俎板や寿司台も丁寧に洗い終えると、湯呑二つとガリの入った小皿を乗せたお盆を持って戻ってきた。

 

「お茶どうぞ」

「お茶どうも」

 

 お茶と小皿を置いて、再びスギナの対面に座る風待。ガリが入った小皿は、どうやらお茶うけの代わりらしい。

 

「さて、これからいろいろ説明するね。スギナは何から聞きたい?」

「先輩の下の名前ってなんですか?」

「この諸咲支部の立ち位置から説明しましょうか。この支部の歴史は古くてね、詳しくは教えてくれないんだけど、遠見番所の隠目付として配置されたとか、諸咲台場ができた時の鬼ワ番として配属されたとか、いろいろ噂は伝えられているわ。その後、海外との交易が盛んになるにつれ重要度が増していって、明治大正ごろには正式に重要拠点として位置づけされたのよ。現在もセカンドリコリスが常駐しているのは、そのころの名残かもしれないわね」

 

 先輩の名前を聞きたかったのだが、豪快に無視されたため、とりあえずスギナは風待の話を聞く。

 着任したばかりで、知らない事だらけだ。どんな話でも聞いておきたい。

 

「重要といっても正確にはこの町ではなく、この海が重要拠点。昔はこの支部の直下にある歌島支部と連携して、伊良湖水道を通る外国船を監視するのが主な業務だったらしいわね。基本は灯台員から船舶通過報を借りて、複写したものを本部に送るのが主な業務だったんだけど、不審な外国船が通過するときは実際に双眼鏡を使って監視もしていたと聞くわ。密輸目的の船が名古屋港に入港する前に、夜間に搭載艇で違法物資をこの近辺の海岸にこっそり水揚げするのを武力で排除…ってまあ今でもたまにあるんだけど、当時はもっと多かったみたいね」

 

 爪楊枝でガリを刺し、口に入れる風待。しばらく口をもぐもぐと動かした後、熱いお茶を一口飲む。

 

「東京や大阪といった大都市の入り口には、昔からこういう入船監視支部が設置されているのよ。けど今は航路なんて衛星で監視しているし、本部のなんかすごいコンピューターが、不審な船なんてすぐ発見してすぐ大支部に知らせちゃうから、現在は閑職もいいところ。書類上は重要拠点なんだけど、全国一律監視って名目と、都市圏の水際防衛ってお題目がなければ、すぐ廃止されそうな不安定な支部なのよ」

 

 風待の説明を聞きながら、スギナも爪楊枝でガリを一口たべる。少し厚めに切られたガリのシャキシャキ感と、爽やかで甘酸っぱい味が美味しい。

 

「けど、この支部がすぐ廃止にならない理由が一つだけあるの。それがさっき言った研修用支部。スギナも本部にいたころ記憶にあるんじゃないかな、ファーストやセカンドでバディを組んでいた本部附のリコリスたちが、仲良く地方研修で出張していたこと」

「あー、確かにありましたね…」

 

 DA本部に常駐している精鋭のリコリスたち。普段は関東地方の巡回をしながら、本部の訓練生たちの指導をしている上級リコリスたちが、たまに二人組で留守にしていたことをスギナは思い出した。

 日程表には、確か外部研修とか地方支部視察と書かれていた記憶がある。

 

「研修とか仰々しいこと言っているけど、じつは日ごろ頑張っているリコリスたちへのご褒美ね。重要拠点支部の視察と状況確認っていう名目で観光に来て、例えばここの支部なら海で遊んだり釣りしたり、定期船で島めぐりとかした後、組織と契約している旅館で、天然温泉と大きなエビフライの夕食を楽しみながら一泊。そして翌日の帰り際に、現地支部で昼食を取りながら現地駐在のリコリスから形式的に状況聞き取りをして、最後にお土産のえびせんべいを持って帰る。他愛もない余暇といえばそうなんだけど、勤務地以外への移動は原則禁止されている私たちリコリスにとっては、格別のご褒美になるのよ」

「しらなかった…。本当にまじめに研修行っているとばかり思ってた…」

「うちの組織って監視厳しいから、限定的とはいえ自由に行動できる旅行や観光って結構グレーゾーンだし、訓練中の見習いリコリスには、知らされてなくて当り前よね。で、こういう余暇目的の支部は、各都道府県に必ず一つあってね、それぞれ特徴がある観光場所を有しているのよ」

「観光ってことは、泊まりに来る方々のご案内とか何かするんですか?」

 

 そういうの苦手だなと思いながら尋ねるスギナに、風待が微笑みながら答える。

 

「宿泊や交通の手配とか観光コースの説明は名古屋支部が事前にしてくれるし、宿泊中の警護はDA傘下の警備会社が代行してくれるから、休暇中のリコリスの護衛や接待も不要よ。せいぜい夜に旅館の周囲を巡回しないといけない程度ね。けど、支部員として絶対しないといけないことが一つだけあるの。何だと思う?」

「えーと、昼に状況聞き取りされる…でしたっけ?お昼食べながら形式的にやっているって」

「当たり。よく聞いていたわねスギナ。旅行と言っても一応は視察なんだから、テンプレだらけのレポート書くためにも必ず現地支部員に合わなければいけない。だけど旅行中なんだからもっと余暇を楽しみたい!そんなわがまま小娘たちのために作られたのが、このモブリコ寿司なのよ!」

「そうですか」

 

 ちょっとテンションが上がってきた風待先輩を見ながら、スギナはお茶を飲む。

 ガリを食べた後に飲む渋いお茶は、また格別だ。

 

「実はこの昼食の時間は、支部ごとにいろいろと趣向を凝らしているのよ。私たちのような海沿いの支部なら海の幸。山間部の支部なら山の恵み。その土地でしか採れない旬の食材をふんだんに使って、夢心地グッドトリップを味わってもらうの。そして満足した彼女たち旅人は、テンプレレポートの末尾にこう書くの。この支部は大変良い人材がそろっているので、ここの支部員たちは今後昇進しても異動とかさせずに、このままこの静かな支部に定住させてあげてくださいって!」

「お昼ごちそうした程度で、そこまで上手くいきますかね。というか異動イヤなんですか先輩?」

「イヤというか…まあ、楽だからね、ここ。私、この田舎支部に赴任して長いし、愛着もわいたというか、慌ただしくて人が多い大きな支部や本部直属でやっていけるか心配というか、大都市圏の遊戯施設の人混みが苦手とか…色々あるのよ…」

 

 上がったテンションが一気に下がる風待。落ち込んだ顔でお茶を飲み、小さくため息をつく。

 基本は大人びた雰囲気のある美人なのに、感情が目まぐるしく変わるその姿は、子供っぽい愛嬌がある。付き合い始めると評価が変わるタイプだな、とスギナは思った。

 

「話を戻すと、こういう研修を隠れ蓑にした観光旅行ってかなり昔…そうね、残された置き手紙を見る限り昭和初期からあって、ランチタイムの御接待もその頃から始まったみたいなの。外にかけたあったモブリコ寿司の暖簾、接待の時にしか掛けないからそう傷んでいないけど、実はあれも戦前に作られた由緒ある暖簾なのよ」

「言われてみれば年季が入っていそうな暖簾でしたね。けど、あんな派手に掲げていいものなんですか?私たちの存在って秘密なんじゃ…」

「あの暖簾を作ったリコリスって、このモブリコ寿司の初代店長なんだけど、豪気というか、度胸があるいうか、当時の言葉で言えばバンカラな先輩だったって伝え聞いているわ。 ―はるかなる西陬の地に起居するリコリスたちよ、自分の生を隠すな。私たちはここにいる、モブだけどここにいる。田舎暮らしのリコリスだが、私は確かにここにいる。斯の如き気概をもち、己の意地と矜持を示す旌旗として、この暖簾を掲げよ― ってその初代店長が言っていたと、私が赴任した時に先輩から教えられたわ。昭和の初めから百年間、地方の片隅で受け継がれてきた、小さな伝統。それがあの暖簾なの」

 

 本部の目の届かない辺境の地で、こっそり自分たちの旗を掲げる愉しさ。

 組織という大きな存在への小さな反抗心。

 あえて自分たちをモブと呼ぶ諧謔。

 様々な感情を込めたあの暖簾は、代々この地に赴任してきたリコリスたちの心の拠り所になっていたのだろう。

 

 

 百年という年月は、まだ十数年しか生きていないスギナにとっては想像できない長さであったが、その重さは理解できる気がした。

 

「と言っても、一般の人にはモブリコなんて暖簾を見たところで、名前の意味は分からないしね。モブのリコリス、通称モブリコ。関西の方ではモブリスって言うらしいけど、まあどちらもDAの仲間内でしか通じないただの隠語だから、本部もそう目くじらを立てないし、観光に来たリコリスにとってはこの上ない目印になる。そういう意味では、これを作った初代店長って頭よかったと思うわ」

「確かに、上から怒られないギリギリのラインだと思います。そうでなければ、どこかの時代で没収されていたはずですし…」

「そう、これはまだセーフのライン。けどねスギナ、このモブリコ寿司は、そのライン超えちゃったサービスもしているの」

 

 小悪魔っぽい笑みを浮かべて立ち上がる風待。

 座ったままのスギナの顔を見て微笑むその表情は、新しい悪戯を思いついた子どものような無邪気さがあったが、その話を聞いたら最後後戻りはできないなと直感したスギナには、何かしら恐ろしい笑顔に見えた。

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