モブリコ辺境暦   作:杖雪

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6月の雨の日に ⑳

「…こちら23TMZ001風待…はい…実は筑詩スギナがいまだ興奮状態でして……はい…作戦は終わったのだと説明している最中なのですが、テロリストどもの血を見るまでは俺は帰らないと、今も気が昂っている感じでありまして……はい…この異様な雰囲気に、私も今まで飲み込まれていまして……ええ、先ほどの暴言は、スギナの口調が憑依してしまったようで…申し訳ありませんでした……えっ、今の筑詩スギナの状況ですか…そうですね、初めて招待された出張任務に、未だ意気軒昂といった感じで…狂気の笑顔を浮かべたまま、近城橋に向かって両手の中指を高々と突き出していますね……ええ、そうですそうです、名古屋支部本館から出て行くとき、スギナがしていた、あのポーズです。あの時のようにダブルファックサインを天に掲げて、浜辺に棲息するスナガニのような格好で小刻みに左右に動きながら、今も敵に向けて聞くに堪えない呪詛の言葉を吐いています……ええと、つぶやいている内容は、待機中に言っていたのと同じセリフですね…テロリストたちを探しに行きたい、見つけたら絵本にしてやる。奴らの断末魔の顔を絵本に描いて、電波塔からばらまきたい。だから探しに行かせてくれ…そんなようなことを、泣いているかのような笑い声でつぶやいています……そうなんです、先ほどまでの声は、泣き声じゃありません、実は笑い声だったんです。私が行かないでと泣いて止めなくてはならないほど、スギナは興奮していました…テロリストどもはヒヨコだ、武器などいらねえ、この俺が絵本にしてやると言いながら、素手で近城橋を渡ろうとしていたスギナを止めるには、銃口を向けるしかなく……まあ次回からは落ち着ついて任務に就くことができると思いますので、今件については諸咲支部長としては不問にしていただきたいと…はい、そうですか、ありがとうございます……ところで、スギナに通信代わりましょうか?……え、怖いからイヤ?…まあそうですね…確かに聞かない方がいいと思います。夜寝れなくなると困りますからね……はい…ではこれで通信を終了します…はい、ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 風待は、優雅な手つきでヘッドセットタイプの通信機の電源を切る。

 

「よし!これで隠蔽は完璧ね!」

「どこがですか!」

 

 風待と名古屋支部との会話を、となりで固唾を飲んで聞いていたスギナが思わず叫ぶ。

 

「こんな適当な話で、誤魔化せるわけないですよっ!もしできたとしても、なんか私のイメージが怪しくなりすぎじゃないですか!」

「いいじゃない、キャラ立って。スギナは地味なんだから、これくらい脚色しても問題ないわよ」

「問題ありすぎです!だいたいこんな突拍子もないウソ、誰も信じてはくれないですよ!」

 

 浜辺に棲息するスナガニのような格好で、風待の前で小刻みに左右に動きながら、不満の声をあげるスギナ。

 

「それがねぇ、通信担当官は全部信じていた感じだったわよ。私の通信担当の人って、名古屋支部本館のロビーで、岡嵜支部リコリスに説明していた職員さんでね。なぜかスギナのこと怖がっているというか、腫れ物に触るかのような感じで聞いてきたわよ」

「…ああ、あのお姉さんでしたか…」

 

 任務開始前に集合した支部本館の一階ロビーで、岡嵜支部のコナギさんに任務内容を説明していた名古屋支部の女性職員さん。

 相手の勘違いとはいえ、スギナはその職員に対して、威嚇じみた台詞を吐いていたことを思い出す。

 

 もしかしてと思っていたが、やはりスギナの言動は、周囲の人たちに恐怖を与えていたようだ。

 スギナは、ロビーにいた分校リコリスや職員の方々を怯えさせるだけ怯えさせた挙句、何の弁解もせずに去ってしまっていた。

 それどころか、恐怖の形相で、中指を立てて出て行ってしまっている。

 

 ほんの些細な行動の食い違いによって、ほんの少し誤解されてしまった。

 今度会ったら、きちんと謝らないとなと、スギナは反省する。

 

「今思えば、スギナが本館出る前に中指立てて行ったのは、今回の言い訳へのよい布石になったわね。これがあったから、名古屋支部の皆様もこんなしょうもないウソを信じてくれたわけだし」

 

 自分が考えたウソを、自分でしょうもないと言い切ってしまう風待。

 ツッコミを入れる気も失せて、肩を落とすスギナに、風待は微笑みを浮かべて話す。

 

「まあ作戦自体は成功したみたいだし、気にすることはないわよ。こういうのってね、作戦が失敗した時は執拗に粗探しされるものだけど、逆に作戦が成功した時はどれだけ怪しくても黙認されるものよ」

「そういうものですかね…」

「それでも追及されるような場合は、ルミナ先輩に頼んでもみ消してもらうわ。形だけとはいえ、ルミナ先輩は一応名古屋支部長だから、それだけの権限はもっているのよ」

 

 私も新人の頃は助けてもらったことがあるのよ、と何気なく話す風待。

 

「いいんですか、いくらルミナ支部長が元諸咲支部のリコリスだったとはいえ、そんなご苦労までおかけしちゃって…」

「新人は失敗するのも仕事の内、そしてそれを助けるのが先輩の仕事。大きな失敗なんて、責任ある仕事をしていればいつかはある。いつかはあることならば、早いうちに大失敗を経験したほうが、人は成長するものよ。新人が失敗経験を乗り越えて、一人前のリコリスとして大成するなら、それを手助けできるのは先輩冥利に尽きるってやつよ」

「そういうものですかね…」

「まあ、ルミナ支部長に頼るほどではないとは思うわ。こういう大作戦って事後工作や事後処理が大変だし、名古屋支部が私たちのウソに気が付いていても、問い詰めるヒマなんかないだろうしね」

「確かに名古屋支部の皆さん、まだ働いているんでしょうね。ルミナ先輩も、帰りのバスに乗っていなかったですし」

 

 雨の中抱き合い、泣きあかした二人。気持ちも落ち着いたころ、二人の耳に聞こえてきたのは、橋の上を走るDAのバスの音だった。

 

 今作戦の主役、今夜の主人公、名古屋支部の精鋭、王須鉛撃隊が乗車するDAの移動用バス。

 あわてて歩道の端に並び、直立不動の姿勢で見送るスギナと風待に、DAのバスは餞別の水飛沫を投げつけて通り過ぎていった。

 

 バスの乗客は、疲れたような姿も見せず、行きと同じように前を見据え、背筋を伸ばして座る20名の精鋭リコリス。

 死者や負傷者は出なかったようだ。誰一人欠けることなく乗車した名古屋王須鉛撃隊リコリスたちであったが、ただ一人、隊長である臥観手ルミナ先輩の姿だけが、車内には見えなかった。

 

「ルミナ先輩は、まだ近城埠頭内で後始末の指揮を執っているのかもね。任務の全体内容は詳しく教えてくれなかったけど、今回の作戦は、なんかの密輸ルートの処分だったらしいから、密輸手段の調査とか密輸品の処理とか、まだまだやることは多いんでしょうね」 

 

 左耳から取り外したヘッドセット型通信機を、サッシェルバッグにしまいながら語る風待。

 

「…大変なんですね、ルミナ支部長って」

 

 そんな忙しい方に、私は後輩として迷惑をかけたんですねと、雨に姿を滲ませる近城橋を見ながら、スギナがつぶやく。

 

「上級リコリス、特にファーストリコリスは、普段からいろいろ大変らしいわね。リコリスは昇進しても苦しみが増えるだけだぞ、って私の前の諸咲支部長だった冠典先輩が言っていたけど、ルミナ先輩を見ていたらわかる気もするわね…」

 

 道端に落ちたスギナの通信機を拾いながら、風待がつぶやくように言う。スギナやセノカが諸咲支部に来る前、風待が一緒に住んでいた元支部長。冠典ゼリィ先輩の顔を思い出しているのだろう。

 

「そういえば、本部附の上級リコリスの方たちも、いつも大変そうでした。私たち候補生の教育係をしながら東京中を巡回して、関東で制圧戦や射撃戦があったら毎回駆り出されていましたし、高度な隠密性を必要とする暗殺任務も任されていて、朝に出て行って翌日に帰ってくることも珍しくなかったです…」

 

 風待の手から通信機を受け取ると、スギナは状態を確認する。風待が力を込めて地面に投げつけたにもかかわらず、ヘッドセットタイプの通信機の表面は傷ひとつついていない。手に持った感じからABS製だと推測できるが、それよりも頑丈で、なおかつ柔軟性もある素材で作られた通信機。グロックにも似た感触も微かにするので、同じようなポリマーを使用しているのかもしれない。

 とりあえず壊れていなさそうでよかったと、スギナは通信機の電源を切り、泥で汚れたサッシェルバッグの中にしまう。 

 

「上のリコリスになればなるほど辛くなるんだったら、なんで私たちって昇格に躍起になっているんですかね…」

「さあ、なんでかな…たぶん、生きている証が欲しいんじゃないかな。まあルミナ支部長は、候補生のころから赤服だったし、なりたくて上のリコリスになったわけじゃないってのがまた難儀でね。私が名古屋支部に行くたびに、諸咲支部でヒラのまま暮らしていたかったって本気で愚痴っていたわ」

「ルミナ先輩って学童期昇進だったんですか。あれって強制ですからね」

「才能を見いだされれば、本人の性格や年齢なんか気にせずにすぐ昇格させちゃうからね。私の少し上の学年だと、8歳のころからすでにファーストリコリスだったって子もいたらしいわ」

「…そんな化け物のような子ども、いるわけないですよ。ただの噂だと思いますよそれ」

「まあ、たしかにそんな子がいたら怖いわよね…」

「けど、ルミナ先輩って候補生のころから才能を評価されたんですね。でも、なんでそんなすごい人が諸咲支部なんかに来たんですか?」

 

 風待が赴任する前、臥観手ルミナは諸咲支部にいたという。

 戦闘能力はないが、DAトップの頭脳を持つと自称していた自称天才美少女、冠典ゼリィ先輩と一緒に一年間、ルミナ先輩は諸咲支部でのんびり暮らしていたという。

 

 分校育ちの万年サードリコリスだったゼリィ先輩と、候補生時代からファーストリコリスだったルミナ先輩。

 体力も筋力も人並の少女以下だったというゼリィ先輩と、本部附教導役のファーストリコリスと同じ強さのルミナ先輩。

 頭だけ超優秀だったゼリィ先輩と、すべてが優秀だったルミナ先輩。

 小さな身体のゼリィ先輩と、大きな背丈のルミナ先輩。

 

 全く正反対の二人が、同じ部屋で暮らし、同じ炊飯器からご飯をよそって、同じ座卓で食べていた。

 

 風待先輩が諸咲支部に来る前の、二人だけの一年の物語。

 私も風待先輩も見たことがない、諸咲支部の過去の物語。

 

 興味が湧いてきたスギナの問いに、風待は首をかしげながら答える。

 

「それがね、よくわからないのよ。中部圏の配置人事は名古屋支部の大人たちがやっているらしいけど、こんな田舎に毎回本部卒を送り込むなんて、ほんと適当よね。そういえば、ルミナ先輩が来る前に諸咲支部にいたリコリスも、最初からセカンドだったらしくて、ゼリィ先輩はすっごく嫌がっていたのよ。その人が本部に異動した後、ゼリィ先輩は、次はサードリコリスが赴任しますようにって祭壇作って祈っていたところに、ファーストリコリスのルミナ先輩が来ちゃってね。ゼリィ先輩、激怒したらしいわよ」

「いつ聞いても、心が狭いというか、子供のような先輩だったんですね、ゼリーさんって。で、どんな感じで怒ったんですか?」

「とりあえず、歩きながら話そうか、雨が強くなる前に、どこか朝まで雨宿りできる場所を探さないとね」

 

 今夜いっぱい降る雨は、深夜1時を過ぎるころから本降りになるという。

 

 これまで散々悩まされてきた夜の雨、散々二人の上から水滴を浴びせてきたこの雨雲は、まだ本気を出していないのだ。

 今の時間はちょうどその夜1時。青凪線の始発電車が動き出す時間まで待機できる雨宿り場所を、二人はこれから雨脚が強くなる前に探さなければならない。

 

 その前に、野球場公園の屋根付きベンチに置いてきたお菓子の袋も取りにいかなければならない。任務が終了した以上、もう近城橋前の道路で立っている必要もないし、立ち話している余裕も実はないのだ。

 

 二人はとりあえず、近城埠頭に背を向け、北の方向に歩を進める。お菓子が吊り下げてあるベンチのある公園までは約2㎞。歩く速度の速いリコリスなら、話しながら歩いてもそれほど時間はかからない。

 

「冠典ゼリィ先輩って、小さい体や万年サードってことにコンプレックスがあったのよ。それなのに毎年諸咲支部に来る新人は背の高いセカンドリコリス、たまにサードが来てもすぐ昇進してしまう。そんな状況に我慢の限界が来ていた時に赴任してきたのが、新人ファーストリコリスのルミナ先輩なのよ」

 

 街路灯が並ぶ夜の道を歩きながら、風待は楽しそうに話す。風待先輩の先輩、冠典ゼリィ先輩の話になると、風待先輩はいつも楽しそうな顔をする。

 話す内容は毎回ひどいけど、仲の良い先輩後輩だったんだろうなと思いながら、スギナは静かに話を聞く。

 

「ゼリィ先輩って、内箕駅までお出迎えにいくような性格じゃないから、新しい後輩が来るのを下宿で待っていたんだって。小さな分校サードリコリスの後輩ができますように、って部屋の中で七星壇に祈って東南の風吹かせながら待っていたらしいんだけど、呼び鈴が鳴って玄関の扉あけたら、背の高いファーストリコリスのルミナ先輩が威圧感ある姿で立っているでしょ。それを見たゼリィ先輩、ついにぶちぎれたらしいわ」

「あー、まあキレるかもしれませんね。キレたゼリーさん。それからどうしたんですか」

「激怒はしても、先輩として威厳のある態度を示そうとしたらしいわね。上目づかいに睨みながら中指立てて、出ていけ(ゲラウト)と小さな声で吐き捨てると、ゆっくり扉を閉めて、施錠したらしいわ」

 

 ゲラウトって発音、とても流暢だったらしいわよと付け加える風待。

 

「ぜんぜん威厳のある態度じゃないですね。そんなことされたルミナ先輩って、その後どうしたんすか」

「普通にドア蹴破って中に入ったそうよ、お邪魔しますっていいながら」

 

 その時のことは、後にゼリィ先輩から愚痴として毎回聞かされていたのだろう。臨場感のある話し方で、風待は克明に説明する。

 

 本部卒リコリスが履いている学生靴は、防爆板が仕込まれているため、普通の靴に比べかなりの重量がある。

 この重い靴は、本部で鍛えたリコリスが履けば、防具以上の便利な道具になる。

 蹴り技、足技の威力向上はもちろんだが、それ以上に役立つのは、扉やバリケードの破壊に用いる時である。

 

 リコリスにとって、暗殺時の建物内への突入と、それに伴う障害構造物排除は毎回頭を悩ませる案件である。

 エントリーツールを使用できる軍や警察の特殊部隊とは違い、ドアブリーチング専用の大型器具を持ち歩けないリコリスにとっては、たとえ薄い扉一枚でも、施錠されてしまえば難攻不落の障害物となってしまうのだ。

 

 そのため暗殺の技能しか身につけていない分校リコリスにとっては、ターゲットを籠城させないことは、作戦上の重要なポイントになる。分校リコリスたちは、ターゲットの周辺に立て籠ることのできる施設はないか、逃げ込まれてしまうような建物はないかを、DA本部から送られてきた周辺情報を基に確認しながら綿密な計画を立てた上で、敵に籠城の機会を与えないよう慎重に暗殺を実行する。ターゲットが逃げるようなこと、ターゲットが反撃するようなことはもちろん、ターゲットが籠城するようなことになってしまった場合も、分校リコリスでは対処しきれなくなるからだ。

 

 しかし、本部卒リコリスは違う。彼女たちは敵の逃走にも、反撃にも、そして籠城にも難なく対応できる。

 

 逃げる敵を追い詰める身体能力。武装して反撃する敵を撃退する戦闘能力。本部で鍛えた彼女たちは、そのどちらも有している。

 そして敵が建物内に立て籠もった場合でも、本部卒の彼女たちは身に着けた装備を有効に使用し、敵を殲滅する。

 

 本部卒リコリスが履く防爆板内蔵の靴は最強の破城槌となり、敵の前にそびえるバリケードや扉を難なく粉砕する。

 彼女たちが所有するクリスベクターは、拳銃とは比べ物にならないほど多量の弾丸を、短時間で敵の体内に提供する。

 狭い室内での射撃戦でも、彼女たちは常に優位である。どのような場所でも、どのような状況下でも戦える訓練を積んだ本部卒リコリスは、防弾仕様の制服や防弾用エアバッグの装備に守られながら、易々と障害物を破壊し、易々と敵の体を破壊していく。

 

 その本部卒リコリスの基本技能として位置づけられている、防爆靴による扉の破壊。まだ新人だったルミナ先輩は、閉じこもるゼリィ支部長に対して、お邪魔しますと挨拶しながら、本部卒ならではの大技を披露して見せたのだ。

 

「ドア蹴破っちゃったんですか」

「ドア蹴破っちゃったそうよ。後ろにいるゼリィ先輩ごと」

 

 ドアごと吹き飛んだゼリィ先輩は、部屋奥のベランダまで転がっていったんだって、と風待は付け加える。

 

「よくそんなことできましたね」

「簡単でしょ。ゼリィ先輩って軽かったし」

「いや、そうじゃなくて…」

 

 新人が先輩を、しかも支部長を足蹴にしたリコリスは、そういないだろう。

 これが大支部での出来事なら、かなりの大事件になっていたはずだ。

 

 もっとも、身長と階級が気に入らないという理由だけで、赴任した部下を部屋に入れなかった支部長がいるという事のほうが大事件なのかもしれないが。

 

「そのあと靴脱いでスカズカと部屋に入ったルミナ先輩は、ベランダで目を回しているゼリィ支部長に着任の挨拶をしたんだけど、その時のゼリィ先輩の第一声が、この乱暴者おおぉ!だったそうよ」

「修羅場の始まりですね。ゼリーさんの怒りは何時まで続いたんですか?」

「その日の夜は呪詛の言葉を吐きながら部屋の柱で爪を研いだり、畳の目を数えたりして怒りを表していたけど、翌朝にはぴたりと収まっていたんだって。よく考えてみたら、ファーストリコリスを従えるサードリコリスっていうのも、これはこれでキャラ立っているな、って勝手に納得しながら、笑顔でどんぶり飯を食べていたそうよ」

 

 自分が今住んでいる諸咲の下宿。田舎支部に相応しいあの小さな安アパートで、昔こんな騒ぎがあったんだなと、スギナは当時の光景を思い浮かべてみる。

 

 人に歴史があるように、住まいにも歴史はある。支部にも歴史がある。

 冠典ゼリィ先輩、臥観手ルミナ先輩、風待先輩、芭照瓦セノカさん、そして私。

 

 ここ数年だけでも、多くのリコリスが、入れ代わり立ち代わって、あの下宿で暮らしてきた。

 大きな海が見える、小さな下宿。

 二人で暮らすには少し狭い畳部屋。

 波の音が聞こえる、ちょっと古びた生活空間。

 

 私と風待先輩の今の暮らしも、いずれはあのアパートの歴史の一部になるのだろう。

 そして後輩の誰かが、その歴史を語り継ぐのだろうか。

 

 今日仕出かしてしまった失敗や、それを誤魔化すためにでっち上げたしょうもない言い訳も、数年後はこんな他愛もない笑い話となって語られるのだろうか。

 

 そのころ、風待先輩はどこにいるのだろうか。

 そして、私はどこで何をしているのだろうか。

 

 雨の夜道を並んで歩く二人。風待の話を聞きながら、スギナはぼんやりと、そのようなことを考えていた。

 

 

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