モブリコ辺境暦   作:杖雪

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6月の雨の日に ㉑

「いつか、私の今夜の失敗も、笑って話せる日が来るのでしょうか…」 

 

 雨音にかき消えない程度の声で、スギナが風待に語りかける。

 

「そうね…いつの日か、そういう日が必ず来るわよ…具体的には、来週…いえ、明後日あたりに…」

「かなり直近ですね!」

「いつまでも心に残していてもしょうがないからね。失敗した時は、反省点と改善点を見つけたら後は忘れろ、翌日まで失敗を背負い込むなよって、ゼリィ先輩がよく言っていたわ」

 

 まあそれができないから、人生って大変なんだけどねと風待はつぶやく。

 

「そういえば、さっき風待先輩も新人の頃に助けてもらったことがあるって言っていましたけど、何かやらかしてしまったんですか?」

「あー、昔ちょっとね…」

「何をしでかしてしまったんですか」

 

 風待の横顔を見つめながら、スギナが尋ねる。

 

 スギナは、意外と好奇心が強い。

 特に、風待関係の話になると、スギナは必要以上のことまで熱心に聞き出そうとする。

 

 風待が隠したがっていた下の名前を、空気も読まず赴任初日に執拗に聞き出そうとしたほどの好奇心。

 一度このモードに入ってしまったら、話すまで何度も追及されるなと悟った風待が、諦めたように語りだす。

 

「私は、ルミナ先輩と入れ替わりでこの諸咲支部に赴任してきて、ルミナ先輩の後釜としてゼリィ先輩の部下になったんだけど、前任がファーストリコリスってのがやっぱり心のどこかで重荷になっていてね、ルミナ先輩に負けないよう頑張って仕事しようって思っていたのよ」

「先輩って、ここに赴任した時はサードリコリスだったですからね」

「当時の私たちの仕事は、冠典ゼリィ先輩の知力と、その手足となるバディの戦闘力で、都市部の逃走犯を処分する独立出張任務が多くてね。失敗したその日も、名古屋市内に潜伏しているターゲットを見つけ出す任務に就いていたわ」

 

 逃走するターゲットを追跡するという任務。それは周辺の地理や状況等、様々な情報をすべて集約しながら、敵の精神心理や気力体力を綿密に分析したうえで、常に数手先を考え追い詰めていく高度な心理戦である。

 

 DA本部のコンピューターは、現場の詳細な情報を基に、理想的な最短逃走経路を想定することはできるが、人間は理想では動かない。裏をかいたり、道を間違えたり、何も考えていなかったりと、人はコンピューターが考えもつかないほど多種多様な行動をとる。

 

 自称天才少女、冠典ゼリィ先輩は、大量の情報を瞬時に分析できる天才であると同時に、犯罪者の心理を予測し、その行動を演算して追い込むサンプリングプロエミュレートの天才でもあった。

 

 DAや大支部から送られてくる地理データとターゲットの経歴書、そしてターゲットの卒業アルバムの文章を読むだけで相手の思考と逃走経路を割り出し、バディの諸咲リコリスを接敵ポイントに向かわせる。

 

 もしバディが敵を逃した場合でも、変化する逃走路を再予測し、最短ルートで再び敵を追い詰める。何度逃れようと、何度でも追い詰め、最後には必ず仕留める。

 天才の冷たい頭脳がはじき出す完璧な演算戦(スクリティ)。そしてその指示で襲い掛かる、バディである本部卒リコリスの冷たい牙。

 

「そういう意味では、冠典ゼリィ先輩と臥観手ルミナ先輩って、完璧なコンビだったのよ。ゼリィ先輩の指示でターゲットを補足さえできれば、あとはファーストリコリスの力と技で完全制圧できるからね」

 

 当時、この二人は冷たいルミナゼリという異称で呼ばれていた程、息の合ったバディだったという。

 

「当時新人だった私は、そのルミナ先輩の役目を引き継ぐ形になったんだけど、やっぱり新人だから周囲が見えていなかったのね、あと無駄に気負い過ぎていたってのもあるけど、初めての仕事で大失敗やらかしたのよ」

「仕事中に、嫌なこと思い出して泣き崩れちゃったんですか?」

「そこまで酷くはないわよ」

「……そうですか」

「とはいえ、失敗は失敗。もう少しで敵は逃げ、私は命を取られるところだったわ」

 

 その時の任務、風待先輩の初任務の時の追跡相手は、プロの暗殺者兄弟だったという。

 

 数か月前に名古屋圏のとある暴力団に雇われ、対抗する暴力団組織への暗殺を請け負っていた兄弟二人組。

 大多数の一般人を巻き込む、テロまがいの暗殺を繰り返す二人は、DAにとっても看過できない存在となっていた。

 

 DA本部から名古屋支部に、彼ら兄弟の処分命令が下ったのは2日前。48時間以内に処理せよとの一文付きであった。

 名古屋支部は、DAからの行動予測データをもとに、県内全域の防犯カメラの画像から情報を収集し二人を探したが、40時間たっても居場所を突き止めることができなかった。

 

 個人の人相を識別できる最新の防犯カメラと、面識率の高いリコリスの監視の目を潜り抜けている二人に手を焼いた名古屋支部は、追跡のプロである当時の諸咲支部に捜査を依頼する。 

 

 諸咲支部長である冠典ゼリィは、新人サードリコリスの風待を引き連れて名古屋支部に向かうと、本館内でターゲットの情報をすべて確認する。そしてターゲットの食べ物の好みから拠点を推測し、近くにあるDAのセーフハウスに移動。兄弟二人の人着を記憶させた風待に周辺を巡回させた。

 

 なんで食べ物の好みで拠点がわかるのだろうかと最初は訝しんでいた風待だったが、ゼリィ先輩の指示するルートを捜査してみると、接触確率が高いと言われた繁華街の裏道であっさりとターゲットの片割れを発見することができた。

 

 ひとり裏道を歩くターゲットを、背後から追尾する風待。

 名古屋市内を拠点に持ち、仕事は常に兄弟で行うという追跡相手の経歴から、ゼリィ先輩は事前に、深追いはするなと風待に指示を出していた。

 

 しかし、初めての任務を成功させようと、前任のルミナ先輩と同じくらい華麗に仕事をしようと、新人特有の短慮な熱気を胸に意気込んでいた風待は、その言葉を聞いていなかった。

 

 繁華街から離れた雑居ビル街、昼間でも人気のないビルの路地裏へと歩くターゲットを追跡する風待。しかしそれは、敵の罠だった。

 

「歩いているターゲットが、不自然なほど何度も耳に手を当てていたんだけど、そのことをゼリィ先輩に報告し忘れていてね、今思えばあれは、バディである弟に小型の通信機で連絡していたのよね」

 

 複雑な裏道を歩く敵を追いかけ、道の行き止まりで鋭く誰何の声をかける風待。なぜか簡単に諦めて手を上げるターゲットに向け、風待は銃を抜こうと背後のサッシェルバッグに手を伸ばす。

 初めての射殺、初めての殺人に緊張していたのか、風待はその時まで、ターゲットの顔が笑っているのに気が付かなかった。

 

「鞄から銃を取り出そうとしたときにね、私の後頭部に銃口が押し付けられたのよ。ぐりっとねじ込むようにね。その時の感触、今でも覚えているわ」

 

 背後から風待に銃を突きつけたのは、ターゲットの弟。

 常に二人組で行動する殺し屋兄弟。ターゲットである兄は追跡に気が付いていないふりをして弟に連絡し、風待を路地裏まで誘導していたのだ。

 

 路地の行き止まりに誘い込まれるまで、敵の誘導に気が付かなかった風待。

 路地裏の物陰に弟が待機し、兄弟二人で反撃するだろうということを想定していなかった風待。

 ターゲットの移動ルートや不審な行動を逐一報告していれば、冠典ゼリィ先輩が敵の策に気が付いてくれたはずだが、追跡に夢中でそれを怠っていた風待。

 

 初めての任務に気負い過ぎた新人によくある失敗。

 頭に血が上っていた新人がよく仕出かす失敗。

 結果は自分の死で償われる、完全な失敗だった。

 

「痩せ愛知リコリスの七ヶ条の一つ、凍った庄内川よりも冷静になれ。その言葉を忘れていた私のミスだったわ。熱くなり過ぎた挙句に、こんな単純な罠にはめられた。こんな自分が情けなく感じたわね」

「そんな七ヶ条、ありましたっけ?」

「ああ、もう死ぬわこれって思ったわ。こういう時の対処法も本部で習っていたけど、敵が全く隙を見せなくてね。せめて一瞬でも相手の気が逸れてくれればなんとかなるんだけど、敵はプロだから全然油断してなくて…まあ新人サードリコリスとしては、よくある最期よね」

「けど、風待先輩が今こうして生きているってことは、なんとかなったんですよね?相手の隙を見つけて、華麗に逆転勝利したんですよね?」

「隙を見つけたというか、作ってくれたというか…何というか…」

 

 背後から銃を向けられ、動けなくなった風待に、ターゲットの兄は数点質問をしたという。

 質問の内容は、今となってはよく覚えていないが、自分たち兄弟への暗殺を依頼したのは誰なのか、というような内容だったようだ。

 

 日頃から視界の隅に入ってくる謎の少女たち、いつも同じ制服を身にまとう少女たちを彼ら兄弟は常に気にしていたらしい。

 社会に溶け込み、社会を監視している彼女たちが、今回自分たちに襲い掛かってきたということは、おそらくどこかの大きな組織が彼女たちに暗殺を依頼してきたのだろう、と彼らは想像していたようだ。

 

 無論、DAは外部から暗殺の依頼を受けることはない。

 

 戦前戦中は軍や国から依頼を受けて行動し、戦後しばらくは公安と連携をとっていたことはあったが、今のDAは完全独立組織である。平和維持のためならば、まれに他組織と協力関係を築くことはあるが、それ以外はたとえ相手が日本政府であろうと、外部組織の依頼や意見や懇願を受け付けることなど絶対にない。

 

 しかし、彼らが勘違いしていたことは、風待にとって有利だった。風待が話している間は、後頭部に弾丸を撃ち込まれることはないからである。

 

「必死に頭を働かせながら、時間稼ぎに思われないよう慎重に話したわ。もちろん本当のことは言わずにね。ポケットのスマホは外部の音や声を常時送信するモードだったから、冠典先輩は今の状況を理解してくれているはず。今頃、冠典先輩は名古屋支部に救援要請を出しているはず、そう信じていたわ」

 

 とはいっても、大都市内を巡回するリコリスの数は、都市の広さに比べるとそれほど多くはない。名古屋支部は71名のリコリスを有する大所帯ではあるが、市内全区を三交代で巡回しているため、どうしても各区内の密度は低くなってしまう。数分以内に駆けつけてくれる距離を巡回中のリコリスなど、1名いるかいないかという程度であろう。

 

 さらには、武装したプロの暗殺者2名を相手にする場合は、単身で巡回中の分校リコリスを向かわせても返り討ちになるだけである。名古屋支部が救援に向かう際は、近くにいるリコリスではなく、戦闘技術に長けた王須鉛撃隊から選抜した、複数のバディからなる臨時編成ユニットを投入するはずである。もちろんその編成には時間がかかるし、彼女たち精鋭部隊が現場に到着するまで時間を稼ぐことは不可能だということを、風待も十分に理解していた。

 

「自分が助かるためというよりは、せめて一分一秒でもターゲットの足を止めさせるために、できる限り話を引き延ばしたわ。けど、当時の私は新人で相手はプロ。こんな稚拙な時間稼ぎなんか、最初からバレていたみたいね」

 

 市内全域のリコリスの配置密度をある程度把握していた兄弟は、この場所にどれだけの時間とどまることが可能か計算してから風待に尋問していたらしい。震える声を懸命に出しながら話を引き延ばす風待に、暗殺者の兄はご苦労さんと一声かけると、風待の背後で銃を構える弟に目配せをする。

 

「あ、これ撃つ合図だ、ってわかった時、なぜか目の前にサクラとモモの顔が浮かんだわ。うわっ、こいつらの顔思い浮かべながら死ぬのかって、ちょっとムカついた記憶があるわね」

 

 風待のリコリス幼年生のころからの腐れ縁、サクラとモモ。

 3月6日に孤児として、3人一緒にDAに引き取られた時からの腐れ縁。みんな仲良く春の花の名前が付けられた腐れ縁。

 

 しかし、仲はあまり良くなかったという。

 

 だが、今わの際にその二人の顔が思い浮かんだということは、風待は彼女たちのことを、それほど嫌ってはいなかったのだろう。

 

「で、サクラさんたちの顔思い浮かべながら、撃たれちゃったんですか先輩?」

「撃たれたら今こうして歩いてなんかいないわよ。撃たれる寸前にね、助けが来たのよ」

「誰が来たんです?やっぱりルミナ支部長ですか?」

「だったらステキだったんだけどね…」

 

 サクラとモモの、あまり思い出したくもない思い出に包まれながら、天国に旅立つ下準備を完了させていた風待の耳に聞こえてきたのは、季節外れのセミの鳴き声だった。

 

「セミ?」

「うん、セミ。じょわじょわじょわじょわああぁ!って大きな声で鳴きマネしながら、自転車の音とともに誰かが近づいてくるのよ。私もターゲットも、思わず動きを止めて音のする方向見つめたわ」

 

 セミの声が一段と大きくなると同時に、路地の曲がり角から一台の自転車が姿を見せる。

 暗殺者の兄、暗殺者の弟、そして風待の目が大きく見開かれる。

 

 どこかで奪ってきたのだろう、自分の体のサイズより一回り大きい自転車を全力で漕いでいたのは、冠典ゼリィ先輩だった。

 

「ああ、ゼリー先輩ですか。自転車乗って駆け付けてくれたんですね」

「そうね、先輩が追跡の指示を出していたのは、この近辺にあるDAのセーフハウスの一室からだったから、名古屋支部に救援を要請するより自分が特攻する方が早いって思ったんでしょうね。導火線に火の付いたダイナマイトを片手で持って、決死の形相でセミの鳴きマネをしながら、全裸で自転車にまたがって来てくれたのよ」

「全裸?」

 

 全裸?

 

「そう、全裸。貧相な身体を白昼に晒しながら、体中汗まみれで自転車ごと突っ込んできたわ」

 

 歩きながら話していたが、予想外の展開に思わず立ち止まるスギナ。

 歩道の上に止まったまま、しばらくスギナは言葉を探す。

 

「なんで全裸なんですか!」

 

 時間をかけて探したにしては、少々平凡な言葉が、ようやくスギナの口からでる。

 

「今、スギナは立ち止まったでしょ。それが答えよ」

 

 冠典ゼリィのあまりに突拍子のない姿格好に、ターゲットの兄弟も、今のスギナのように思わず動きを止めたという。

 

「弱々しい見た目の自分が助けに来ても、どうせ敵は驚いてもくれないだろう。だったらできるだけインパクトのある格好で登場して、相手の意識を少しでも自分に向けさせよう。そう考えたんだって」

「考えた結果が、全裸なんですか?」

「寒天色の脳細胞がはじき出した、一秒を争う緊急時の際の最適解らしいわね。まあ実際にターゲット達もしばらく固まっていたから、それはそれで正解だったんだけどね」

 

 歴戦の殺し屋二人が初めて見る珍妙な姿、そしてそれが、彼らが最期に見た姿にもなった。

 

 背後から銃を突きつけられていた風待は、彼らの一瞬のスキを見逃さなかった。風待は体軸を中心に回転するかのように振り向くと、左手の甲で敵の銃口をそらしながら、サッシェルバッグから抜き開いた右手のバタフライナイフで敵の喉を真横に切り裂く。

 

 幼年時代から、吊るされた死体相手に練習を繰り返してきた本部卒リコリスのナイフ捌きの精妙は、生体相手でも狂うことはない。

 

 丁寧に砥がれたバタフライナイフの刃は、一閃で首の気道と頸動脈を切断する。

 水鉄砲のように鮮血をまき散らしながら崩れ落ちるターゲットの断末魔には目もくれず、風待は振り向いた勢いのままもう半回転すると、敵の弟の首を切ったバタフライナイフを、回転で得た遠心力を利用し敵の兄に投げつける。

 

 血を噴き上げて倒れる弟の名を叫ぼうとしたのだろうか、大きく口を開けた兄の喉首に、風待の投げたナイフが突き刺さる。

 

 骨に守られていない、柔らかい箇所である喉部は、ナイフスローイングの際にまず狙う急所である。背後の敵に切りつけながらの投擲という、練習したことがない体勢での投げだったが、鋭いナイフの刃先は、敵の喉に深々と突き刺さる。

 

 顎の下にナイフの柄を生やした姿で、ターゲットの兄の動きが止まる。

 

 風待が投げたナイフは、気道を切断し、その切っ先は頸骨の間に食い込んでいる。

 首の神経がナイフの先端で損傷したため、体が動かなくなっているのだ。

 大きく開けた口から血の塊を噴き出しながら、男は倒れることもできずに、うがいをするような声を出しながらそのまま立ち続ける。

 

 風待の一振りで死に瀕した二人の男。しかし、風待の動きはまだ止まらない。

 

 勢いよく噴き出す血を止めようと、必死で首筋を押さえるターゲットの弟。風待の背後で膝を付く弟に再び向き直ると、血の気を失いつつある弟の顔面に、踏み込むような蹴りを入れる。

 

 体重を十分に乗せ、腰と太腿の力を十分に込めた重い蹴り。部屋の扉をも破壊する防爆板入りの学生靴の一撃をまともに受けた男の顔面が、靴の形に凹む。

 圧縮された頭部の中身が、両耳から噴き出る。鼻と口、そして目の穴は靴底で塞がれたため、蹴りの圧力が逃げる場所は、両耳の穴しかなかったのだ。

 

 色白の肌と女性らしい柔らかな脂身の下に、鍛えた強靭な筋肉を隠している風待の脚。綺麗な顔に相応しい、すらりと伸びた綺麗な脚。その足裏に伝わる細かな痙攣と全身の弛緩から、男が即死したことを確認すると、風待は足下の潰れた顔から、靴底を引きはがす。

 

 どろりとした赤色と灰色の液体を両耳から垂らしながら、顔面を踏み潰された男が仰向けに倒れるのを見ようとせず、風待は少し離れたターゲットの兄のもとに走る。

 

 弟の死を追いかけるかのように、今まさに崩れ落ちるかのように倒れる兄。

 喉にナイフを突き立てられた姿とは言え、静かに事切れようとしている兄。

 

 しかし、そのような最期を許すリコリスではなかった。

 

 任務中のリコリスが掲げる旗幟の言は、必ず殺すという一言に尽きる。

 必ず殺す、すなわち必殺である。見敵必殺である。

 

 ターゲットが致命傷を負った程度では、まだリコリスの仕事は終わっていない。

 ターゲットが死にかけている程度では、まだリコリスの任務は終わっていない。

 

 ターゲットを自分の手で絶命させ、死を与えたことを確認するまで、リコリスは止まらない。

 

 敵は必ず殺す。最後まで殺す。完全に殺す。確実に殺す。絶対に殺す。

 

 そうしないと、平和は守れない。

 そうでないと、平和は守れない。

 

 死ぬ寸前のターゲットが、善良な市民を巻き添えにしようと、最期の悪足掻きで、爆破ボタンのスイッチを押すかもしれない。

 死に切れぬターゲットが、リコリスたちを巻き込んでともに死のうと、最期の力を振り絞り手榴弾のピンを抜くかもしれない。

 

 そのようなことがあっては、平和は守れない。

 だからきちんと殺さないと、平和は守れない。

 

 そのリコリスとしての信念に動かされ、死を与える機械となった風待が倒れる寸前のターゲットのもとに走り出す。

 

 前のめりに倒れようとする男の一歩手前で高々と跳躍した風待は、空中で左足を真横にしならせて、水平に蹴りを放つ。

 下半身の力と重さをスピードに変えて放つ、素早い一撃。白鷺の斬蹴とも称される、本部卒リコリスの足技が、男の頭部を直撃する。

 

 男のこめかみに突き刺さる風待の靴先。防爆板が入った学生靴のつま先は、風待の全身の力を込めた横蹴りによって、鋭い槍先のように、男の頭蓋骨に突き刺さる。

 丸い靴先のほとんどが埋まるほどの蹴りに、男の両眼が大きく飛び出る。

 

 頭部の輪郭が歪むほどの大きな衝撃。風待は空中で再び太腿に力を込めると、サッカーボールを蹴るかのように、男のこめかみに刺さるつま先を蹴りぬく。

 頸部の奥から鈍い音がして、男の首が脊髄を中心に一回転する。

 

 首に刺さった風待のバタフライナイフが、その衝撃で空中に吹き飛ぶほどの風待の蹴りによって、前方へ倒れ込もうとしていた男の体が、後方へ吹き飛ばされる。

 首の骨が折れた頭部を、背中側に担ぐように垂らしながら、男の死体が仰向けに倒れていくのを、風待は空中で見つめる。

 

 飛び蹴りを受けた男が地面に頭をつけるのと、飛び蹴りを放った風待が地面に足をつけたのは、ほぼ同時だった。

 

 残心。風待は暗殺者だった二人の死体に注意を残しつつ、昂った気を静めるかのように大きく深呼吸をする。

 

 風待の足裏には、まだ二人の最期の痙攣がこびり付いている。

 風待は、足元に残る死の感触を振り払おうともせず、ただそこに立ち尽くしていた。

 

 新人サードリコリス風待ウメ。彼女の最初の殺人は、拳銃ではなく足による蹴殺だった。

 

 

 雨の降る夜道で、訥々と語られる風待の凄惨な過去。

 風待は、自分の失敗とそれに続く戦いと殺戮の思い出を語り終えると、背負っていた重荷を下ろしたかのように、小さく息をついた。

 

 二人は無言で、誰もいない夜道を歩く。

 

 降りしきる雨が、本降りに向けて力を増しているのだろうか、周辺に響く雨音が大きくなっていくのがわかる。

 

 雨音が煩く響く、静かな夜の道。

 

 しばらくの間閉じていたスギナの口が、やがて意を決したように開く。

 スギナは、下を向いて歩く風待に顔を向け、しっかりとした声で尋ねる。

 

「それよりも先輩、なんでゼリーさんセミの鳴き声マネしながら来たんですか?」

「いや、もう少し私の昔話の方に興味を示してよ…」

 

 

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