モブリコ辺境暦   作:杖雪

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6月の雨の日に ㉕

「先輩…私、電波塔孤児だったんです」

 

 風待に膝枕をされながら、風待を見上げながら、スギナは語る。

 

「旧電波塔が破壊されかけたあの日、私は家族と一緒に、塔の下のお土産屋さんにいました。お父さん、お母さん、そしてお兄ちゃんがいました。けど、爆発に巻き込まれて、私以外みんな死んじゃいました。手に持っていたお気に入りの絵本も、爆発で消えました」

「スギナ…」

「みんな瓦礫で押しつぶされました。私だけがどうやって助かったのか、記憶にありません。というか、家族が死んだあとは精神が混乱していたみたいです。周囲全てが瓦礫と煙で覆われていく中、両目に包帯巻いた男の人が、ちっちゃなファーストリコリスに追いかけられて逃げていく、シュールな幻覚を見たんです…」

 

 今思い出しても、よくわからないシチュエーションだと感じる、現実か幻かわからない変な光景。

 

 目が不自由なのだろう。両眼の上から包帯を巻いた男性が、必死の形相で電波塔入場口から出てきて、スギナの真横を走って逃げていく。

 その少し後を、小学生低学年くらいの可愛い女の子が、なぜかファーストリコリスの制服を着て、拳銃を片手に、逃げる男を追いかけている。

 

 スギナがもう少し齢を重ねていたなら、逃げることも忘れ呆然としてしまうような、奇妙な光景。

 しかし、当時のスギナは、呆然と立ちすくむ年齢ではなかったし、この場景にツッコミを入れるほどの余裕もなかった。

 

 スギナは生の本能にしがみつき、家族の死に背を向け、最後の力を振り絞り、遠ざかる二人の後を追った。

 

 この二人の後に続けば、必ず助かる。スギナには、なぜかそのような確信があった。

 

 破壊が巻き起こす粉塵と爆煙の中、スギナは、前を走る幼女の赤い服を目当てに、ただ走り、ただ追いかける。

 商業区画の出口まではほんの数十メートル。しかし、スギナにとっては、とてつもなく長い距離に感じた、とてつもなく長い時間に感じた。

 

 どれだけ走り続けていただろうか、いつしか赤い服の幼女の背中は、スギナの視界から消えていた。

 

 かわりに見えてきたのは、外の陽の光を背に浮かび上がる、レスキュー隊隊員たちのシルエット。

 気を失う前に見た光景は、スギナに向かって走り寄ってくる、東京消防庁第七方面特別救助隊の方々の姿だった。

 

「よくわからない変な幻覚に助けられて、私は生き残りました。そして、電波塔で孤児になった他の女の子たちと一緒に、私はDAに連れてこられたんです」

 

 後日、スギナがDA職員たちから漏れ聞いた情報の断片をつなぎ合わせると、当時、電波塔事件で孤児になった幼児は30人ほどいたらしい。

 そのほとんどは、年齢制限のあるアトラクションに参加中の親の帰りを待ちながら、幼児向けキッズルームで遊んでいた子供たちで、スギナのように爆発からひとり脱出した子供は珍しかったようだ。

 

 スギナはあまり覚えていないが、孤児たちはその日のうちに特殊な車両に乗せられ、DA本部近くにある選別施設へと連れられていった。

 降ろされたのは女子ばかり16名。男子はそのまま、県外の別の場所、別の組織へ連れていかれたようだ。

 

 選別施設では一週間ほど過ごし、スギナたち孤児はここで体力や知力など様々なテストを受けた。

 テストの内容も、スギナはよく覚えていない。覚えていないというよりは、記憶に留めたくなかったのだろう。思い出すのは、これからどうなるのかという不安と、夜中に小さな布団の中で、小さな体を丸めて泣いていた記憶だけだ。

 16人が集まって寝ていた部屋は、夜中はすすり泣きの声で溢れていた。16人全員が、布団の中で泣いていたのだ。

 

 やがてテストも終わり、12人が選別施設から去っていった。別れ際に、選抜担当官がブンコーという言葉を使っていたので、彼女たちは県外のどこかにある分校に行ったのだろう。

 

 12人の分校候補生を追い出した後、残ったスギナたち4人に、選抜担当官はおめでとうと言葉をかけた。

 君たちは選ばれたリコリス候補生だとか、栄光ある本部訓練生だとか、堅苦しい祝辞を送ってくれたようだが、まだ物心ついたばかりのスギナたちには、その言葉の意味は全く分からなかった。

 

 そしてつけられた、新しい名前。

 他の3人とは違い、選抜成績があまり良くなかったスギナは、最後に適当な植物の名前を付けられた。

 

 ベッドがちょうど4人余っていたから、運よくお前も選ばれたんだぞ、とか、お前はおまけで選ばれたんだから、他の3人の足を引っ張るなよとか、悪意のない言葉の棘で心を毟られながら、スギナは本部リコリス候補生としてDAの門をくぐった。

 

 一週間前までは家族がいたスギナ。一週間前までは帰る家があったスギナ。まだ幼い彼女にとって激動の、そしてあまりに悲惨な人生の変化だった。

 

「あとの人生は、先輩や他のリコリスと同じです。私は、辛くて、つまらなくて、乾いた練習生時代を過ごしました。私達4人は、特に仲良くなることもなく、電波塔孤児であることを隠して、それぞれ離れるように暮らしていました」

 

 リコリス候補生は、過去を語ることはできない。同じ電波塔で孤児となった間柄でも、昔のことを話すことはできない。

 同じ境遇の者同士、つい電波塔のことを口に出してしまうのを恐れ、自然に4人は疎遠になっていく。

 

「それでも、同じ電波塔で災難にあったという縁で、私は他の3人のリコリス候補生のことを、そっと目で追っていました。できれば一緒に卒業して、一緒に電波塔に行けたらなって思っていました。卒業後の配属は異なっても、出張任務とかで皆が東京に集まることがあれば、4人全員で電波塔に行って、皆で手を合わせたいな、4人で家族や犠牲者のご冥福を祈りたいな、そう思っていたんです。でも…」

 

 スギナのささやかな希望は、かなわなかった。

 

 スギナ以外の3人のリコリス候補生は、リコリス養成課程を修了することができなかったのだ。

 

 一人は、候補生になって一年で消えた。

 

 夜中になるたび電波塔での出来事を思い出すのだろう。毎晩寝ずに泣き喚いていた彼女は、ある夜DA職員に連れ去られ、そのまま戻ってこなかった。

 おそらく回復の見込みなしと診断され、処分されたのだろう。

 まだ幼かった彼女は、今頃は天国に住む家族のもとで、悪夢を見ることなく静かに寝ているはずだ。

 

 一人は、候補生になって数年目に死んだ。

 

 初めての射撃訓練の最中に、事故で死んだと聞かされた。

 おそらく初めて握った銃で、ためらうことなく自分の頭を撃ちぬいたのだろう。

 まだ子供だった彼女は、今頃は銃を持たなくていい平穏な世界で、家族と仲良く暮らしているはずだ。

 

 一人は、候補生課程卒業の前年に亡くなった。

 

 都内での訓練中、突然逃げ出したため、引率の教官に射殺されたらしい。

 おそらく東京に住んでいた彼女は、かすかに覚えていた親戚の家に逃げようとしたのだろう。

 まだ若かった彼女は、今頃はあの世にある実家に無事帰宅し、家族と再会しているはずだ。

 

 自分より成績の良かった3人は訓練生過程で脱落し、おまけで選ばれたスギナだけが、最底辺のサードリコリスとして卒業した。

 当時の選抜担当官たちは、重いため息をついたことだろう。もしかしたら内々で反省会くらいはやったかもしれない。

 

 電波塔孤児がリコリスになるということは、当時DAでもある種の期待が込められていたらしい。

 

 大規模テロによって孤児となった少女が、最強のリコリスとなって甦り、卑劣なテロと闘う。

 悪によって生まれた、悪を許さない純粋なリコリス。

 電波塔での災厄を繰り返させないため、自らがテロリストたちにとっての災厄になることを決意した、高潔なリコリス。

 

 某伝説のリコリスに続く、新たな伝説が生まれることを、DAは期待していたようだ。

 

 けっして表には出ない空虚な宣伝のため、内々だけのプロパガンダのためだけに、DAは電波塔事件の現場から強引に孤児をかき集めた。

 孤児院ルートからではない非正規の徴集は、現場の口止め料も含め多額の金がかかったはずだ。

 そこまで無理を通した結果が、あまり質のよくないサードリコリス一人。DAの教育関係者たちは、さぞ不味いヤケ酒をあおったことだろう。

 

 ただ一人となった電波塔孤児へそれとなく向けられる、DA職員や教官からのグチ。しかしスギナは、その言葉に傷つけられながらも、内心で暗い喜びも味わっていた。

 

 DAの計画を狂わせてしまった、無能な自分。

 しかしそれは、自分の人生を狂わせたDAへの、ささやかな復讐でもあった。

 

 亡くなった3人の電波塔孤児たちは、自らの命をもってDAに抗った。

 彼女たちは、それぞれ優秀な才能を持ちながら、それを命ごと捨てることによって、DAに復讐した。

 立派な復讐だった。立派な最期だった。

 

 ならば、私も抗おう。同じ電波塔孤児として抗おう。

 

 しかし私は、皆とは違い、死んでも惜しまれない無能者だ。

 

 ならば、私は生きることで、DAに抗おう。

 

 無能者として、生きよう。

 半端者として、生きよう。

 

 私が生きている限り、DAは電波塔孤児たちのことを忘れることはない。電波塔孤児を特別なリコリスとして育てあげようとした夢想とその蹉跌を、隠すことはできない。

 

 無能な私が唯一できる復讐。

 無能だからこそできる復讐。

 

 亡くなった電波塔孤児たちのことを、DAが忘れることがないよう、私は生き続ける。

 

 それが、この私の復讐。

 

 これが、私たちの復讐。

 

 候補生時代は常に底辺の成績をさまよい、日々罵倒されながらも必死に耐えたスギナ。

 必死の努力でDAにしがみつき、分校行きにもならずに本部寮に居座り続けたスギナ。

 候補生同士の苦手な人間関係を必死に乗り切り、自殺への誘惑を必死に堪えたスギナ。

 

 もともと意志の弱いスギナが、かろうじて訓練課程を卒業できたのは、DAへの復讐心と、亡くなった電波塔孤児たちへの鎮魂の気持ちがあったからだった。

 

「だから私、自分が弱いリコリスであるってことを、実は喜んでいるんです」

 

 風待に膝枕をされながら、静かに語るスギナ。

 

「才能のない私がただひとり生き残っていることで、DAは亡くなった電波塔の仲間のことを覚えていてくれる、才能があった彼女たちの死を惜しんでいてくれる。だから、私は死ねなかったんです」

「スギナ…」

「あえて接点を持たずに暮らしていても、私たち電波塔孤児には、仲間意識がありました。たまに目線を向け、たまに会話する程度の仲でしたが、心の中では、皆がつながっていました」

 

 薄暗がりの中、スギナは風待の顔を見上げる。

 風待の顔には、もはや先ほどまでの激情は居残ってはいない。静かに話すスギナの言葉を、風待はただ静かな表情で聞いている。

 

「だから、仲間が消える悲しみ、私にだってわかります。先輩の目の前から、冠典先輩やセノカさんが消えていった時の悲しみ、私にもわかっていたはずなんです。けど…」

 

 電波塔の孤児たちが一人ずつ消えていくたびに、スギナは泣いた。

 夜中の枕元で、誰にも聞こえないよう、声を立てないよう泣いた。

 

 その夜の悲しみは、今でも忘れていない。

 仲間を失う悲しみは、今も忘れていない。

 

 忘れることができない悲しみ。それは誰しもが持っている感情。

 

 私と同じ感情を、風待先輩も抱えている。

 

 私は、先輩の持つ感情を理解し、寄り添うべきだった。

 私もその痛みを知っているからこそ、先輩に優しく寄り添うべきだった。

 

 私は未熟だった、とスギナは反省する。

 相手の悲しい過去に対しては、触れないことが優しさだと思っていた。

 

 私は愚かだった、とスギナは悔悟する。

 リコリスは皆、悲しい過去に苦しめられているということを見過ごしていた。

 

 謝ろう。先輩に謝ろう。

 

 スギナは気持ちを落ち着けるかのように、小さな声でゆっくりと話し出す。

 

「先輩…ごめんなさい…私、先輩がこれ以上仲間を無くしたくないって思う気持ちにまで、気が付いていませんでした。いえ、わかっていたつもりだったんですけど、私が離れてしまうことを、先輩がこれほど怖がってくれていたなんて…先輩が、これほど私のことを…」

 

 あえて穏やかさを保つよう努力していたスギナの心が、奥底から湧き上がる情動に、俄かに揺れ騒ぐ。

 

 自分の過去を曝け出したことによって、心が敏感になっていたのだろう。

 先輩の過去を聞いたことで、己の感情が現れやすくなっていたのだろう。

 

 ともに仲間を失った過去とその傷が、仲間をこれ以上失いたくないという思いが、激しく共振しているのをスギナは感じた。

 

 大事な仲間が消えるたびに欠けていった、風待先輩の心。

 これ以上欠けたら生きていけないほどに削られた、先輩の心。

 今目の前にいる私を逃がさないよう、消えないように束縛しなければならないほど追い詰められていた、先輩の心。

 

 私も同じだ。

 

 電波塔の仲間が消えるたびに、私の心も削られていた。

 DAへの復讐という目的がなければ生きていけないほど、追い詰められていた。

 

 私も先輩も、同じ苦悩を抱えていたことに、なんで気が回らなかったのだろう。

 リコリスだから、皆同じ悩みを抱えていると、軽く考えていたのかもしれない。

 先輩は強いから、悲しみを乗り越えたのだと勝手に思っていたのかもしれない。

 

 ごめんなさい、先輩。

 

 スギナは、押し寄せる感情の波によって途切れ途切れになる言葉を、あえて喉の奥に飲み込み、風待の顔を見つめた。

 言葉ではなく、心で今の想いを伝えようとするスギナの目を、静かに見つめる風待。

 

 しばらく交差していた視線が、糸電話のようにつながり、風待の魂に届く。

 

 スギナの眼から聞こえる心の振動を感じ取った風待は、やがて優しい表情で答える。

 ありがとう、と小さく答える風待。その声を聞いたスギナの目に、涙が溜まり始める。

 

 既に大雨の中で出し尽くしてしまったと思っていた今夜の涙は、実はまだ在庫があったようだ。

 

 膝枕をされながら泣くのが恥ずかしかったスギナは、慌てて風待の膝上から頭を上げる。

 上半身を起こし、風待の横に座り直すと、気付かれないようにそっと指で涙を拭く。

 

「先輩、今聞いた私の過去の話、絶対ほかのリコリスには言っちゃダメですよ」

 

 泣きそうになったことを隠すかのように、あえてスギナは明るい口調で話す。

 

「あーあ、私も過去の話、ついに先輩に言ってしまいましたー。これで先輩も、私から離れられませんよ。いつも私の事を気にして、私を常に監視して、注意していなくちゃいけなくなりました。先輩も、これからは私のそばで、私だけを見続けなければならないんですよー」

 

 だから、いつまでも、私のそばにいてくださいね、とスギナはできるだけ明るい声で言う。

 しかし、声とは裏腹に、スギナの目は泣いていた、涙があふれていた。

 

「先輩…悪い後輩で、がっかりしました?」

 

 泣きながらも、せめてもの明るい声で、せめてもの明るい笑顔で、スギナは並んで座る風待に問いかける。

 

 横に座る風待も、泣いていた。

 両手で顔を押さえ、下を向き、泣いていた。

 

 風待の今夜の涙も、スギナと同じく、まだ実在庫があったらしい。どうやら二人とも、涙の棚卸表をつけるのが下手なようだ。

 

 ありがとう、ありがとうと言いながら泣く風待。しばらくの間、ベンチに二人の嗚咽が響く。

 

 つかの間の時が雨の夜に消え去った後、風待はベンチから立ち上がる。

 吊るされた袋の中から、新しい圧縮タオルを取り出すと、気に入らないメイクを落とす時の様に、乱暴に顔を拭く。

 涙を拭き終えた風待の顔には、先ほどまで宿っていた妄念の色はなかった。長く続いた悩みが、涙とともに拭われたかのような、晴れやかな顔だった。

 

 風待は無言で、自分の顔を拭いたタオルをスギナに渡す。スギナも涙にぬれた顔を拭き、同じくさっぱりとした表情になる。

 

「ねえ先輩、今夜は二人、悪い子になりませんか?」

 

 さっぱりとしたスギナが、さっぱりとした声で言う。

 

「悪い子?」

「はい、今夜はどれだけ話しても、雨の音が消してくれます。何を話そうと、誰にも聞こえません。DAにも、です」

 

 夜の闇と雨は、世界を二人から切り離してくれている。今の二人には、小さな屋根の下の空間だけが世界のすべてである。

 それならば、何を話しても問題ない、とスギナは力説する。

 

「だから、今夜だけは、DAに反抗しましょう。悪い子になりましょう。悪い子になって、話してはいけない昔話、いっぱいしちゃいましょう」 

「スギナ…」

「私たちの家族の事や、私たちのお父さんお母さんの事、いっぱい話しちゃいましょう。全部ぶちまけちゃいましょう。そして、二人だけの秘密、いっぱい作りましょう!」 

「二人だけの…秘密」

 

 そうです、とスギナは立ちあがる。

 

「二人だけの秘密が多ければ多いほど、私たちは強くつながることができると思うんです。お互い心に首輪をつけなくてもいいくらい、強く結ばれると思うんです」

 

 だから、隠し事は無しです。私たちの間にだけは、リコリスの規則は無いんです、とスギナは力強く断言する。

 

「これまで隠してきた家族の事、孤児になる前の事、全部話しましょう。隠し事はせずに、今夜話しちゃいましょう。ね、先輩」

 

 小悪魔めいた微笑を浮かべながら語るスギナ。

 

「そうね…けど、どうしてスギナは、悪い子になろうって考えたの?」

 

 突然の様に積極的になって話しかけるスギナに、風待は些少の戸惑いがあるようだ。

 

「そうですね…私も、先輩を逃がしたくないって思ったんです。首輪をつけたいって思ったんです。で、今まで以上にお互いを束縛しあうためには、秘密を共有しあうことが重要だと気がついたんです」

「秘密を、共有?」

「私たち4人の電波塔孤児は、会話すらほとんどなかったんですが、心で繋がっていました。それは、秘密を共有していたからなんです。ともに同じ電波塔で被災し孤児になったっていう秘密があったから、私たちは繋がっていたんです」

 

 スギナは、しばし言葉を止めて、雨が落ちる野球場公園に目を向ける。

 

 ただ騒がしく降る雨の向こうに、亡くなった3人の電波塔孤児たちの顔が思い浮かぶ。

 

 ともにDAに拾われ、ともにDAで暮らし、ともにDAに抗い、ともにDAに復讐を果たした、私たち電波塔孤児。

 

 私は今も、あなたたちと共にある。

 私はこれからも、あなたたちのことを忘れない。

 今生の世で別れようと、私たちの絆は消えたりはしない。

 

 私たちは、今も、繋がっている。

 

 スギナは、彼女たちの面影に、心の中でそっと手を合わせた後、風待に向き直る。

 

「だから、私と先輩も、昔のことを隠さず教えあいましょう。私、もっと先輩と繋がりたいんです」

「そうね…今まで隠していた思い出を全部話してしまう、そんな夜があってもいいかもね」

「そうですよ。私と先輩は、これまで体の隠したい部分は全部見せあってきました、舐めあいました。それなら、心の隠したい部分も全部見せあいたいです。心の傷を舐めあいたいです!」

 

 気分が高揚してきたからなのか、少し変なことをいうスギナ。けど大丈夫、雨は二人の会話を全て隠してくれるから。

 

「昔の話、家族の話、ね。まあまだ夜も長いし、雨の日に語るにはよい話題かもね…」 

 

 遠い目で夜空を見上げる風待。おそらく風待も、朧げな過去の断片を心に思い浮かべているのだろう。

 

 スギナは、風待の追憶の邪魔をしないよう、静かに彼女の隣に座る。

 

 雨の音、ただ降る雨に閉ざされた公園の一角に、二人の過去が静かに訪れる。

 誰から語るのか、どこから語られるか、わくわくしながら、過去たちは無言で語られる時を待つ。

 

「スギナ、乾杯しましょう」

 

 風待が、ベンチの上に置いてあったペットボトルを手に取る。

 

「何に乾杯するんですか?」

 

 スギナも、自分のペットボトルを手に取る。

 

 風待は、少しだけ考える。

 

「そうね…今日この日に、乾杯しましょう」

 

 二人は、ペットボトルを雨降り続く夜空に掲げる。

 

 乾杯、と風待の声。

 

「6月の雨の日に」

「6月の雨の日に」

 

 お互いにそっと当てたペットボトルが、ペコンと音を立てた。

 

 

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