モブリコ辺境暦   作:杖雪

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6月の雨の日に ㉙

「しかしコナギさん、よく私のいる場所がわかりましたね」

 

 立ち上がったスギナは、話を変えようと、コナギに別の話題を振る。

 

「あっ…はい。実は私、スギナさんにお礼を言いたくて、今まで名鉄の各改札口をずっと歩き回っていたんです。諸咲に帰るには名鉄を使うだろうとは思っていたんですけど、名鉄名古屋駅って改札口は何か所かありますから、宝くじ売り場横の小さな改札口までいろいろ見て回っていました。そうしたら、コンコースの方から分校の仲間たちの絶叫が聞こえて来たんです。あ、これ絶対スギナさんだ。スギナさんがスナガニのような格好で、小刻みに左右に動きながら周囲を威嚇しているんだ。そう確信して、走ってきたんです」

「そう確信しちゃったのかー」

「だって、逃げるリコリスの皆さん、悲鳴の合間にデンパトウって三回唱えていましたし」

「唱えちゃったかー」

 

 自分で振った話題にもかかわらず、スギナは生気のない声で答える。

 

「けど、デンパトウって言葉が聞けてよかったですよ。私たちが探していたスギナさんが、今コンコースにいるんだって、これで気が付きましたから」

 

 気落ちするスギナに、コナギが笑いながら話す。

 

 作戦終了後、名古屋支部から分校リコリス全員に送信された、撤収時の注意事項のメールに書いてあった謎の呪文、デンパトウ。

 

 深夜の名古屋市内を、泣き声のような笑い声を上げながら、浜辺に棲息するスナガニのような姿勢で両手の中指を突き立てて、人外の速度で徘徊する本部卒のサードリコリスに注意するようにと書かれたそのメールは、明らかにスギナのことを誤解した内容だった。

 

 任務中にパニックになったスギナの失態を誤魔化すため、風待がよく回る知恵とよく回る舌を適当に動かして適当に並べたてた出鱈目を、通信担当官である名古屋支部の女性職員はそのまま信じてしまったらしい。

 

 昨日の夕方、分校リコリスや本館職員たちを長々と威嚇した挙句、中指を突き立てて出ていったスギナの行動を、現場で見ていたその女性職員は、個別に任務に就いた分校リコリスたちに被害が及ばないよう、分校リコリスたちが撤収時に威嚇されないよう、年上の職員としての優しさとスギナへの恐怖心から、少しだけ妄想を込めたメールを分校リコリスに送信した。

 

 その優しさは、完全に逆効果だった。

 

 深夜に届いたそのメールは、暗い都会の闇の中にいる分校リコリスたちの不安感を必要以上に煽り、スギナへの恐怖をなお一層膨らませる結果になったのだ。

 

「私が夜に名古屋支部に戻った時も、分校の皆さん、スギナさんのお話で盛り上がっていましたよ。変人ぞろいの諸咲リコリスの歴史に、新たに最強のカードが加わったって」

 

 これまでの諸咲リコリスの方々のお話、いっぱい聞きましたよと、嬉しげに語るコナギ。

 

「…諸咲支部って、どんな目で見られているんです?」

 

 誤解された自分の話題から目をそらすために、あえて諸咲支部全体のことへ話を振るスギナ。

 これ以上自分の評判を聞きたくないという思惑もあったが、自分以外の諸咲リコリスが他支部からどのような目で見られているのか興味も出てきたのだ。

 

「怖いけど、なんかすごいって感じですね。それに頭もすごくいいって話も聞きました。かつて中部地方のリコリスたちを震撼させた三大怪奇事件、シュトゥットガルトの憂鬱連続殺人事件、叛乱の制服連続殺人事件、ハンブルクの黒い霧連続殺人事件。この三つの大事件を全部解決したのは、当時の諸咲支部長だったんですね!」

「ねえ、それって本当にあった事件なの?みんなで私をだまそうとしていない?」

「私が所属している岡碕支部にも、昔何かの捜査で立ち寄ったそうなんですけど、その時に当時の諸咲支部長が語ってくれた『凍った矢作川よりも冷静になれ』って言葉、今でも岡碕支部の標語にしているんですよ」

「私が最初に聞いた時は庄内川でしたよ、それ」

「冷静に、そして冷酷に犯人を追い詰める、諸咲支部の二人。当時は、冷たいルミナゼリイってクールな名称で呼ばれていたそうですね」

「次年度からは、冷たい梅ゼリーになりましたけどね」

「そして今の諸咲支部長は、かつて噂になっていた京都の凶犬セカンドと並ぶ、愛知の凶犬セカンドらしいですね」

「そうなの?」

 

 朧月に照らされる湖面の桜影のような、静謐な美を身にまとう風待先輩の外見からは想像もできない異称に、スギナは少し驚く。

 

「はい、聞いた話によると、名前が気に入らないってだけで幼馴染の歯を何度もへし折ったり、お見送りの仕方が気に入らないってだけで駅のホームで支部長を蹴り飛ばす、ものすごいリコリスらしいですね。本当なんですか?」

「まあ…ウソではないですね」

 

 いろいろ理由はあるのだが、理由を話すのも面倒なスギナは、とりあえず肯定だけしておく。

 

「今回も、本館内で名古屋支部長に殴りかかったり、作戦中にスギナさんに銃口を突き付けたり、いろいろしたらしいですけど、本当なんですか?」

「まあ…ウソではないですね」

 

 いろいろ誤解はあるのだが、誤解を正すのも面倒なスギナは、とりあえず肯定だけしておく。

 

 本部卒リコリスは耳が良い、コナギの声は、遠くにいる風待にも丸聞こえだ。

 早く訂正しろという風待の視線を、背中に痛いほど感じているのだが、疲れているスギナは弁明を放棄している。所詮は他人事だ。

 

「けど、そんな諸咲支部長にも負けていないスギナさんは、本当に凄い人だって評判でしたよ。私が任務を終えて名古屋支部本館に戻った時、分校リコリスの皆さん全員が、スギナさんのこと話していましたから」

「…結局は、私の話に戻るんですね」

 

 ババ抜きのババが、一周回って自分の手札に戻ってきた時のようなため息をつくスギナ。

 

「スギナさんって、任務終了後も、テロリストどもの血を見るまでは俺は帰らないって言いながら、スナガニのような格好で、名古屋市内を徘徊していたって、私に謝ってくれた職員さんが教えてくれました」

 

 かつてコナギに中途半端な任務説明をしていたDAの女性職員は、作戦終了後はなぜかコナギと仲が良くなったらしい。作戦終了後の本館ロビー内で、この女性はコナギに、これまで見聞きしたことを全て教えてくれたという。

 

 スギナにとっては運の悪いことに、この職員は、作戦中は風待との通信担当官でもあった。そのため、任務後に風待が適当に話したスギナの行動を、そのまま話のネタとしてコナギに話していたようだ。

 

 情報漏洩って、こういうところから始まるんだなと呟くスギナに向けて、またしても早口で語りかけるコナギ。

 

「任務終了後も、こんなことを言っていたそうですね。テロリストたちを探しに行きたい、見つけたら絵本にしてやる。奴らの断末魔の顔を絵本に描いて、電波塔からばらまきたい。だから探しに行かせてくれ、テロリストどもはヒヨコだ、武器などいらねぇ、この俺が絵本にしてやるって」

「ええと、それって、実はかなりの脚色が…」

「そうかもしれませんね。私もデマだと思っていましたし」

 

 興奮している割には、スギナの否定をあっさり受け止めるコナギ。その率直さに、逆にスギナの言葉が詰まる。

 

「けど、私にとっては、貴重な情報でした。リコリス候補生の過去の話って、分校生同士では普通に教えあってはいますけど、本部のリコリス候補生の過去の話題って、なかなか分校には伝わってきませんから」

「まあ…そうでしょうね。本部と分校って、場所も離れていますし…」

 

 本部では候補生同士でも隠している個人の情報、それも過去についての話題を、分校生は互いに教えているという話自体が、スギナにとっては初耳であり、驚きだった。

 

 おそらくはほんのわずかな細い糸、口伝えの裏情報のような共有なのだろうが、それでも本部で育ったスギナには、全く考えもできない事柄だった。

 本部と比べ、分校の規律はそれほど厳しくないのかもしれない。あるいは、分校生同士の結束は、本部とは比べ物にならないほど固いのかもしれない。そんなところだろうなと、スギナはぼんやりと考えた。

 

 しかし、なぜコナギはこのような話をし始めたのだろうか。

 

「だから、私たち、どんな些細なことでもいいので、本部に送られた4人の候補生の情報を集めていたんです。揃って宮騨村分校に送られた私たち全員で、手掛かりを探っていたんです」

 

 相変わらずの笑顔で話しかけるコナギ。

 

「私たちと同じ年齢、そして優秀なリコリス。わかっていることはそれだけでしたが、いつかは出会えることができるって、みんなが信じていました。絶対に会おうねって、毎晩みんなで語っていました」

「コナギさん?」

「見方を変えて違う角度から見ろ、ナナちゃん人形は遠くからだけでなく真下の股下からも見上げて見ろ。これも昔の諸咲支部長から伝えられた、岡碕支部の標語です。どれほど脚色されたデマでも、もとになっている事実はある。本体がなければ、脚色なんてできませんからね」

「…なんの話をしているんですか」

 

 次第に表情が硬くなるスギナ。今のスギナには、目の前にいるコナギが、何を話そうとしているのか、何を考えているのかが理解できなかった。

 

「だから私、視点を変えて違う角度から考えてみたんです。任務終了後にスギナさんが叫んだって噂されている台詞を、もう一度よく考えてみたんです。そして見方を変えて、台詞の中から、今夜の作戦に関係のない単語を抜き出してみました。任務関係の言葉は、ほとんど脚色でしょうからね」

「コナギさん…」

 

 残った言葉は、絵本、ヒヨコ、そして電波塔。この三つの単語でした、とコナギは言う。

 

「絵本、ヒヨコ。これってスギナさんの子供のころの思い出だろうなって考えました。一緒にDAに連れ去られる前の、私たちが幼かったころの記憶ですよね」

「…なんで」

 

 なんで、そこまで、と口に出そうとするが、驚きで言葉がうまく口から出ない。

 言葉が詰まるほど、スギナはコナギの推理力、頭の回転の速さに驚愕していた。

 

「驚かせてごめんなさい。実はこれ、推理じゃないんですよ。選抜試験の夜、私の隣のお布団で寝ている子が、絵本が無くなったことを嘆いていたのを、思い出しただけなんです」 

「え…」

「孤児になった日の夜、スギナさん、お父さんやお母さんと別れたことだけじゃなくて、絵本をテロリストたちに踏まれたことも悲しんで泣いていましたね。ご家族の思い出が詰まった絵本、大事にしていたんですね」

「コナギさん…コナギさん…どうして、そこまで知って…」

 

 スギナの口から、ようやく言葉が漏れだす。

 その言葉を聞いたコナギの目が、感情が迸るかのように揺れ動き、潤みだす。

 

「やっぱり…スギナさんだったんだ…」

「コナギさん…あなたは…」

 

 コナギは、体の内側より襲い掛かる激情に耐えるかのような表情でスギナを見つめる。

 

 しばらくの沈黙の後、コナギは小さく口を開き、スギナにだけ聞こえるように、そっと単語をつぶやく。

 

 デンパトウ、デンパトウ、デンパトウ。

 

 それは、分校のリコリスたちにとっては、スギナ除けの呪文。

 しかし、コナギにとっては、スギナと再会できた魔法の言葉。

 

 コナギが叫ぶ。

 

「私、スギナさんと同じ、電波塔孤児です…選抜に落ちて分校に送られた、12人の電波塔孤児の一人です!!」

 

 

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