モブリコ辺境暦   作:杖雪

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4月 モブリコ寿司にようこそ ⑥

「これらの手紙はすべて番号を振って、ノートに記録しているわ。旅行に来るリコリスたちの人数や日程は、事前に名古屋支部から連絡が入るんだけど、防諜上の理由から名前までは教えてはくれないの。だからモブリコ寿司に来てくれたときに名前を聞いて、その都度ノートを確認して、渡す手紙があれば帰りに渡す。逆に手紙を受け取った場合、必ずその場で番号を振って、渡す相手の名前をきちんと聞き取って、ノートに記入する。だから、このノートも手紙と同じくらい重要。そのため、こうして一緒に金庫保管しているのよ」

 

 立ち上がった風待が、金庫からノートを出し、スギナに渡す。

 背後に立つ風待に促されながらそのノートを開くと、そこには小さな字で、受取番号や受取日、受け渡す相手の氏名が細かく記載されていた。

 

「全部手書きなんですね、これ」

「本当はエクセルに入力すれば簡単なんだけど、本部連絡用ノートパソコン使ってデータ化なんかしたら絶対DAに見つかるからね…。逆に言えば手書きの帳面なら、本部のコンピューターがどれだけすごくても気づかれないわ。だからこのノートと手紙の入った缶、そしてモブリコ寿司の暖簾は、普段は誰にも見つからないようにこの金庫に入れておくこと、いいわね」

「本部に見られたくない、小悪事の三点セットですね…」

 

 いつの間にか巻き込まれているなと感じつつ、スギナはうなずいた。

 

「それではスギナ。これから諸咲支部長として、最初の命令をするわ。今後この金庫を開けるのは、モブリコ寿司店員の私のみ。ただし、以下二つの場合に限り、スギナがこの金庫を開けること」

 

 命令という言葉に、多少緩んでいたスギナの気持ちが引き締まる。

 支部長かつ上位のセカンドリコリスが下す命令という言葉は、サードリコリスにとっては絶対である。

 

「まず一つ目は、この地域に大津波警報が出た時とかの災害時ね。その場合、スギナは単独でこの金庫を開錠し、中のものを全部持って避難すること。緊急警報が出た時は、私たちの支部拠点の持ち出し作業は私がやるから、スギナはモブリコ寿司の持ち出し作業を優先しなさい。いいわね」

 

 一人か二人程度しかいない田舎支部の拠点兼宿舎は、たいていは安アパートである。

 大きな地震や、場所によっては津波等の災害で簡単に消失する危険のある拠点で暮らす田舎リコリスにとって、警報発令時にすぐにやらなければならないことは、脆弱な安下宿から必要な装備 ―DA連絡用ノートパソコンやスマートフォン、武器や制服といった特殊装備一式― を抱えて逃げることである。

 被災後も、本部への安否連絡と野営場所設置、担当地区の被害状況や暴動発生の確認と報告など、やるべきことは多い。

 そのため、数人しかいない田舎支部では、災害発生時の役割分担を決めておくことは大支部以上に重要となっている。

 

「私たちの拠点は、ここから歩いて5分程度の場所にあるアパートよ。緊急警報があったら、すぐモブリコ寿司に走って、店のオヤジさんたち家族に避難を呼びかけた後、カウンター下の持ち出し用バッグに金庫の中のものを全部入れて撤収すること。どのような状況下でも回収作業ができるようになるまで、しばらくは訓練を積んでもらうわね」

 

 先ほど、風待が金庫を開ける際に言った言葉を、スギナは思い出す。

 

 ―ダイヤル番号はまた後日に教えるね。最終的には停電時でも開けることができるように、指先でも覚えてもらうわ―

 確かに夜間の震災時は停電になることが多い。あれはこのことを言っていたのか。

 

 少しめんどくさい気もしたが、一応は支部長命令でもあるし、百年続いたモブリコ寿司の秘密を守るためなら仕方ない。スギナはそう自分に言い聞かせる。

 

「二つ目は、これもあってはほしくないけど、いつかはある話。もしこの諸咲支部が廃止になったら、この金庫の中にしまっているすべての物を焼却処分すること。この支部は歴史に取り残された、形だけの重要拠点だから、突然の廃止は実際にありえるのよ。だから、私が不在の時に廃止通告が来たら、スギナが一人で金庫を開けなさい。暖簾も手紙もノートも、すべて燃やしてこの世から消してしまいなさい」

 

 モブリコ寿司に託された手紙は、渡したい相手以外の人には見せたくないものばかりだ。

 信じて手紙を渡してくれた彼女たちの思いは、最後まで秘密にしなくてはならない。

 

 しかし、これだけ熱量のこもった手紙を、全部焼き払うのかと想像すると、スギナの気が重くなる。

 自分の任期中は、そんな事態になりませんようにと、心の内で祈った。

 

「命令は以上。で、それ以外に話があるんだけど、いいかな」

「はい?なんでしょうか」

「…で、ね。このモブリコ寿司なんだけど」

 

 先ほど命令していた時の口調と違い、少しだけ気弱そうな声になる風待。

 スタイルの良い体をもじもじとくねらせながら、上目づかいにスギナを見つめる。

 

「…ここ半年はひとりでお寿司握っていたんだけど、やっぱり人手が欲しくてね。だから、スギナも、お手紙の管理だけじゃなくて、一緒にここでお料理作ってほしいなーって…。あ、これは命令じゃなくて、私からのお願いなんだけど…どうかな?」

 

 やっと本題が来たな、とスギナは身構える。

 

 このお願いを言うために、風待はわざわざ店に案内して暖簾を見せ、スギナの前で寿司を握り、置手紙の束を見せたのだ。

 

 用意周到ともいえるが、回りくどい。

 意志の強そうな美貌に反して、意外と強く押すことができないタイプなのかもしれない。

 

 命令ではなく、お願い。

 

 本来のリコリスの任務から全くかけ離れているため、拒否するのは容易い。

 

 しかし…

 

 スギナは先輩から目線を外し、寿司屋のカウンターを見る。

 

 風待先輩と自分。

 二人で厨房に立ち、料理を作る。

 お客は全国から旅行に来るリコリスたち。

 店内に広がる談笑、お料理の匂い、お寿司の味。

 先輩と二人で創る、おもてなし。

 

 これから始まるであろうここでの日々が、現実の様に瞼に浮かぶ。

 

「いいですよ、先輩となら」

 

 風待の目をしっかりと見て、スギナは答えた。

 

「いいの?…ほんとうにいいの?」

 

 数瞬の間の後、風待の頬が薄い朱に染まった。

 下を向いた顔を両手で隠すように覆い、肩を震わせる。

 

「よかった…ありがとうねスギナ…私、断られたら本当にどうしようかと…うれしい」

 

 顔を隠したまま、ぴょんぴょんと跳ねる風待。

 今まで冷静に説明をしていたのは表面だけで、内心はかなり心配だったのだろう。初めて男子に告白し両想いになった少女のように喜び、身を震わせる風待の姿は、セカンドリコリスらしからぬ可愛さと健気さにあふれていた。

 

 ああ断らなくてよかったな…と、スギナは自分の選択した答えに安堵した。

 今の風待先輩の姿を見ていると、断った時の落ち込み様は容易に想像できる。

 そして、文字通り飛び上がるほど喜び、嬉しがっている先輩の姿を見ることはできなかっただろう。

 

「一人でお料理しているとね…どうしても会話が続かなくなるのよ。実は私、集中していると無言になるタイプらしいの。だからお寿司握っている最中は間が持たなくて困っちゃって…」

「確かにそうでしたね。間が持たないというか、空気が重く感じるレベルでしたよ」

 

 カウンター越しに対面する美少女が、こちらには目もくれず、眉間にしわを寄せて一心不乱に寿司を握る姿は、見る人によっては楽しいかもしれないが、質問にも反応しない風待の無言さは限度を超えていた。

 

「せめて聞き役に徹することくらいはできるかなって思って、DAのオンライン講座やここの図書館の本で会話の技術学んだりしたんだけど、それでもダメだったわ。なんというのか、私、お料理していると、集中しすぎて周りの声自体が聞こえなくなるの。これが暗殺なら、どれだけターゲットに集中していても周囲に気を配ることができるんだけど…不思議よね」

 

 そういえば先輩って聞き上手だったな、とスギナは昼にはじめて風待にあった時のことを思い出した。

 あれは天性の才ではなく、このモブリコ寿司のために苦心して鍛えた技術だったんだなと、その隠れた努力に感心する。

 

「けど、盛り付けや配膳とかなら問題ないわ。その程度の作業なら無言にならずに、普通に接待できるの。だからスギナは私の後ろで調理だけしていれば大丈夫。接客は私に任せてくれればいいわ」

「人と話すことは苦手なんで、そうしていただけると助かります。けど上手くいきますかね…」

「去年夏までは、そんな感じの2人体制で営業していたから、その辺は心配ないわ。それより、スギナってお料理は好き?」

「本部の家庭科学習で学んだ程度なのでよくわかりませんが…まあ嫌いじゃないとは思います」

 

 訓練生としてDA本部で生活していたときは、調理すること自体なかったので、どうしても曖昧な答えになってしまう。

 

「そう…たぶんだけど、明日から好きになると思うよ。たぶんね」

 

 少し心配そうな顔をしているスギナに、風待が笑顔で答える。

 

 まあ、先輩がそういうのなら大丈夫だろう。スギナはそう思うことにした。

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